八.捜査開始二日目 その7
「輝平に涼次郎?!」
「お二人がどうしてこちらに?」
見れば人波から一つ突き出た頭が二つ、ぶらぶらとこちらに向って来ていた。
そもそも涼次郎は紀伊屋で朝食を摂った後、しぶるであろう輝平を引きずり出して日本橋界隈をもう一度当たる手筈になっていた。
「日本橋探ってるはずのお前らが何でここに居んだよ」
「色々あってな。飯屋なら向こうよりこっちのが安いし美味いし、渡って来たんだ」
「いや~でも会えて良かったよ。千之輔ちゃんに、というか、千之輔ちゃんのお兄さんに頼みたい事があって」
「私の兄?」
「うん。成次郎さん、だっけ?奉行所の偉い人の……」
留介の存在に気付いた涼次郎がごにょごにょと語尾を濁す。
「ええ、成次郎兄さんですが、またどうして?」
「それがよ、ちょっと妙っつーか、ヤバい話みてぇなんだよ」
千之輔の問いに珍しく輝平が表情を曇らせる。
虎之助は思わず千之輔と顔を見合わせた後、
「じゃあ、どうする?お前ん家行くんなら、一回うち帰って船出すか?」
と尋ねた。
「そうですね……こちらの方の話もしたいですし、歩くよりも早いでしょうし」
「まあ確かに、お前が歩くよりかは早ぇな」
「失礼ですね。私はそんなに歩くのが遅い訳では」
「お前らいつの間にんな仲良くなったんだ?」
「「別に仲良くなんかねぇよっ」ないですっ」
「……ま、どうでもいいけどよ」
「輝平ちゃんっ!!それより、あの、その人は?」
「こいつは留介って博打と酒が好きな大工だ」
涼次郎の問いに答えたのは、どういう訳か輝平である。
「おいっ!!」
本人を前に大概な紹介の仕方に虎之助が思わず突っ込みを入れたが、当の本人は苦笑いを浮かべるだけだ。
さすがに昨日からの流れではそうそう怒る気にもなれないらしい。
「えーっと。で、その留介さんがどうして?」
本人が気にしなくても周りは気にする。
再び言葉選びに迷った涼次郎は、また曖昧に濁して話を進めた。
「こちらはこちらで別の問題を抱えてらっしゃるんですが、どうも私達の件と関わりがあるように思えまして。今、その話の足取りを追いながら裏づけを取っていた所なんです」
「はぁ……何か難しそうだねぇ……」
「いえ別に難しい話では……」
どうやら涼次郎、人付き合いとあしらいは上手いが頭の回転はそう速い性質ではないらしい。
何とも微妙な表情を一瞬だけ浮かべて、千之輔が虎之助を見上げて来た。
「若旦那。すみませんが船を出して頂けますか?やっぱり一度うちで全員の情報を摺り合わせた方が良さそうです」
「そいつは構わねぇけど、留さんはどうする?」
「一緒に来て頂いた方が良いと思います。又聞きの話だと微妙な様子が伝わり辛いですし、私達では気付かなかった事に兄達なら気付くかも知れませんから」
「分かった。留さん、悪いがもう少し俺達に付き合ってもらうぜ」
「分かりやした。どっちにしろ今日一日は若旦那達とご一緒するつもりだったんだ、構いません」
「よし。じゃ、行くか」
一度紀伊屋に戻ると一行は船を二艘仕立てて千之輔の店に向った。
最初は大きめの船で、と思ったのだが、猪牙の方が近くまで行けるし早い。
それでも輝平は猪牙に無理矢理5人乗ろうとしたのだが、桁外れの大男が三人も混ざっていてはどう考えても無謀だ。
おりよに一喝されしぶしぶ分かれたが、面倒臭さが先に立ったのだろう。涼次郎に棹を任せている。
「ただいま戻りました」
「千ちゃん、お帰りーーっ!!紀伊屋にいじめられたり、襲われたりしなかった?」
「誰がするかよっ!!」
「あれ?何だ、若旦那も居たの?っていうか、何、この大所帯?」
出迎えからとんでもない発言をしてくれた成次郎も、さすがにこの人数は予想外のようである。
「とりあえず茶ぁ」
「は?」
「腹減ってんだよ。飯食わせろ」
「いやいやちょっと待ってよ、桐ノ屋」
「あ、虎之助ちゃんが急いでおにぎり作ってくれたんで、ほんとに茶だけで良いんですけど」
「海道屋も。何か違うくない?」
「兄さん、すみません。色々相談したい事もあるので、奥で一緒に話聞いてもらえませんか?」
「……千ちゃんまで流すのかよ、この状況」
伊兵衛は所用で出掛けている、との事で結局六人が六畳間に集まっているのだが。
何せ規格外が三人寄ると息苦しい事この上ない。
まして留介もどちらかというと体格が良い方なのだ。
相当に男臭い空間の中、とりあえず輝平と涼次郎が昼飯を終えるまで待機するというのは中々にキツイ状態であった。
「で?何をどう相談したいって?」
ようやく話が進むと判断したのだろう。
部屋の隅の方に逃げていた成次郎がそう口火を切った。
「そうですね……まずは私達の方からお話しましょうか。留介さん、すみませんが、昼に私達にしたのと同じ話をもう一度してもらえませんか?」
「へい」
言われて留介が話出す。
一度話した事だからか、虎之助達が聞いた時よりも滑らかに話が進む。
「うーん……富沢町の三好屋さんかぁ……結構な大店だよねぇ。それに確か一人娘のお咲ちゃんが体が弱いってのも結構有名な話だけど……」
と成次郎はそこで言葉を切った。
「兄さん?」
「ん?うん、で?そっちの若旦那達の話は?」
「お前しゃべれ」
「そうなるんだね。そんな気はしてましたよ」
はぁっと諦めの溜息をつきながら、それでもどこか悟ったような表情で涼次郎が話を始めた。
涼次郎が新材木町の桐ノ屋に輝平を迎えに行った時、輝平はまだ起きていなかった。
番頭の翔之介に叩き起こしてもらい、起き抜けに飯なんか食えるかよ、と言うので着替えて顔だけ洗わせてとにかく店から引きずり出した。
それだけでも大したものだと虎之助などは思うのだが、涼次郎はそこから更に頑張って自分の店で朝食を取らせようとしたらしい。
「え?それは無茶だろう……」
思わず心の声が口を付く。
それぐらい、輝平は朝が弱いのである。
「ええ、そうだったんですよ……」
とは完全敗北した涼次郎の弁だ。
ただ、朝、とは言うものの間違っても早朝ではない時刻だ。決して少なくない人通りをこの二人が並んで歩くと目立つ。
大男、というだけでも目立つのに、一応今様伊達男なる浮世絵を出された上、片割れは人気商売で稼いでいるのだ。
いやでも人目を引く。特に女子。
で、結局海道屋に着く頃には、それなりの人数の女子が本人達的にはこっそりと後をつけて付いてきていた。
それを見て輝平は鼻先でふんと笑い飛ばし、涼次郎はげんなりとしたのだが、涼次郎の兄の幸太郎は違った。
昨日は現場にたまたま居合わせた娘から○屋へ行き着いたのだから、おみつ以外の娘の事を知っている者が居るかも知れない。
そう思った彼は、渋る二人を怒鳴りつけ、店を開けて中に付いてきた娘達を入れてやった。
最初は思わぬ厚遇に戸惑っていた彼女達も、憧れの人を目の前にした興奮と1人ではない安心感からだんだんと緊張がほぐれて口も滑らかになってきた。
そこで改めて、おみつの事を聞いてみた。今度は漠然とした名前だけではない。住まいの場所も分かっている。
が、生憎その行方を知っている者はいなかった。
その代わり、似たような話を聞いた、と言う者が何人か出て来たのである。
とりあえず、昨日から今朝に掛けての話で似たような話が出たらそちらも追う、という方針に従い詳しく話しを聞いてみる。
と、どうやら二人、居るらしい。
一人はちょうど十日程前。
通本町二丁目に店を構える京小物を扱う近江屋の娘でお千夏。
もう一人は、一月前になるのだが、濱町の小物問屋井坂屋の娘、お弓。
共に年は十六でおさき・おみつと同じ年だ。
ただ問題なのは、お弓の方だ。
この娘、お千夏が行方知れずになる前日に大川に死体が上がっているのである。
「マジかよっ!!」
「それは……」
「おいおい……」
「それで、皆が言うには」
と涼次郎が言うには。
このお弓という娘、相当の発展家だったらしいのだ。
曰く、男と出歩いていない日は無いぐらい、とか。
しかも見る度に男が違うらしく、見た事があると言った娘達の目撃情報も大半が違う男だったのだから、それはそれで大したものだ。
それでもさすがに大川に上がった死体の様相までは彼女達も詳しくは知らなかった。
というよりも、親がそうした情報から彼女達を遠ざけたのだろう。
無理もない話だ。
ただ、それでも涼次郎が気になったのは、居なくなる前、一週間程はどうやら同じ男と居たらしい。
今海道屋に居る娘達、というも、大人しい方ではないのは明らかだ。
尻軽かどうかはさておき、行動派である事は間違いない。
暇さえあれば出歩いている彼女達の話を摺り合わせていくと、涼次郎達はそういう結論に至った。
別段下手人を上げようとか、そうした義心があっての事ではない。
そうした娘を誑かす遊び人は、得てして犯罪者と繋がりやすいものだ。
しかも、話を聞くに井坂屋もそれなりの商いをしている店らしく、大きく襟元を開けて夜鷹のように男を誘うような風体をしてはいても、そこは年頃の娘なのだろう。
身につける着物は流行り物だし、簪にしても店の物を持ち出しているのか、決して安物ではなかったようだから、その手の男達からしてみれば格好の獲物だったようだ。
そして、そういう男ならば、おみつの件にも何か関わりを持っていても不思議ではない。
そう思ったのである。
「へぇ~意外と目の付け所が良いね、海道屋」
「どうも」
「言ったの、こいつの兄貴だけどな」
「輝平ちゃんっ!!」
そこで詳しくこの話を調べてみるには、北町にツテのある成次郎に頼むのが一番手っ取り早い。
それにはまず千之輔を捕まえよう、と話が進み。
今、千之輔は虎之助の指導で深川に居るから、せっかくなら永代橋近くだし、井坂屋を覗いてみよう、となった。
「え?!お前ら、行ったのかよ?」
「おう」
「マジで?止めてよ話ややこしくなるじゃん」
「どうでした?」
「普通だった」
「はい?」
「普通に店やってた」
それはそうだろう。
葬儀の日ならともかく、商売人の店がそうそう店を閉めてはいられない。
が。
「お弓の事聞いたら追い出された」
「当たり前だろう、バカっ!!」
「最悪……」
「岡っ引きに声掛けられちゃいました。下手人、まだ目途立ってないみたいで」
あっけらかんとした輝平と違って一応涼次郎の方は申し訳無さそうにしてはいる。
しているが
「マジで最悪……あの辺だったら太平親分だし。俺あの人苦手だし……絶対話揉める」
とげんなりした成次郎には何の救いにもならないようだ。
「それで、その人の風体は?」
「この状況で良く話進められるね、千ちゃん……」
「あ、似顔絵、描いてもらったよ。絵が得意な子が居たんで」
と涼次郎が懐から出した似顔絵に
「え?」
と留介が反応した。
「留さん?」
「留?」
「まさか……」
「はい。似てます。どこって訳じゃねぇんすけど……何か」
そこには大きな三角形の瞳に特徴的な眉をした、品の良さそうな男の顔があった。
次回更新は11月14日です。




