六. 捜査開始二日目 その5
「なぁ、留さん。それ本当の話か?」
ほんの少しの間を置いて、虎之助はそう尋ねた。
「う、疑ってんのか?!」
「疑ってるっていうか……なあ?」
「ええ」
「何だよ」
「あんた、完全に嵌められてるぞ」
「……え?」
いくら世間知らずで鈍い虎之助でも、さすがにこの話は怪しすぎる。
「だってよ、留さん、そんな人の好い顔してねぇじゃん」
「若旦那っ!!」
「ひでぇなぁ……」
虎之助のあまりに直接的な物言いに千之輔が突っ込むが、言われた当の本人は眉をへの字に下げはしたもののそれほど怒ってはいない。
何せこの界隈では”仁王留”と呼ばれる程、いかつい顔付きをしているのである。
それは勿論留介自身も知っていて、子供などには”鬼留”と言われて追いかけっこのタネにされているぐらいだ。
その留介が一人で酒を飲んでいるのである。
よほどの顔見知りでもなければ気安く声などかけられない。
そもそも、その時本人は上機嫌で酒を飲んでいたらしいが、それが本当に上機嫌なのかどうかは嫁ぐらいしか区別が付かない。
そういう男なのである。
「他にも色々気になる所はあります」
「まぁな」
「そもそも留介さんに声を掛けてきたのは、本当に商人なのでしょうか?」
「は?」
「留介さん。賭場で商人風の男が、着流し姿の侍に本当に「違う、脅すだけだ」、と言ったんですね?」
「お、おう」
「それは私達に話す為にあなたがそう言ったのではなく、本当にその場で商人風の男がそう言ったんですね?」
「そうだ……。ああ、間違いねぇ、何かあれ?っと思ったんだ、間違いねぇ」
「あなたも無意識では気付いてるんです」
千之輔はそう言うと納得したように頷いている。
「だから何がだよ」
「いくら雇用関係にあるからと言っても商人がお侍に互角に口をきくなんて有り得ません」
「は?」
「あ、そうか、だからか」
留介は理解したようだが、虎之助の方はイマイチすんなりと話が飲み込めない。
すると千之輔はふぅっと溜息をつくと
「仮に。紀伊屋さんで灰原様を用心棒として雇ったとします」
と言い出した。
「お、おう」
「それで灰原様が勝手に人を斬ろうとしたとします。若旦那はどうします?」
「止めるに決まってんだろう」
「何と言って?」
「アンタ何すんだ、かな?」
「そうしたら、灰原様はどうします?」
「……あの人の事だから、多分誰にタメ口利いてやがんだって俺に怒鳴り……あ」
「そう言う事です。普通町人がお侍に対して互角に口を利いたらこちらに火の粉が飛びます。さすがに最近は聞きませんが、一昔前なら無礼打ちと称して切られていたかも知れません。まして留介さんの話を聞いた限りでは、その商人風の男は若旦那と違って随分と物腰が柔らかい印象の人物のようですから、そんな道理を弁えた人がお侍に命令するなんてまず無いでしょう」
言葉の端にちょくちょく自分への毒を感じるがそこは気にしないようにして
「だから?」
と虎之助は結論を求めた。
「商人風の男、というのは、商人に身をやつしたお侍。それも着流しの男の同僚もしくは上司です」
「だとして、だ。お侍が留さんに何の用があるんだ?」
「……ちゃんと話聞いてましたか?」
「あ?」
「屋敷の絵図面が欲しいんです」
呆れたような千之輔の物言いにムッとする。
さすがにそれぐらいは虎之助とて理解している。
ただ分からないのは
「だから、お侍が新しく建てる寮の絵図面なんて何で欲しがんのか分かんねぇって事だよ」
である。
「ああ、そういう意味でしたか。そうなんです。そこも謎なんです。その連中が欲しがってる絵図面のお店は、三好屋さん、と言いましたか。それは、あの富沢町の?」
「ああ。その三好屋だよ」
「そうですか」
ふむ、と千之輔が何か思案するような顔になった。
三好屋、というのは日本橋富沢町にある古着屋である。
古着屋、と聞くとリサイクルショップの印象が強いが、江戸ではそうした店の他に仕立て上げた量産品の新品を売る店も古着屋と呼んでおり、三好屋はこちらの部類にあたる。
反物から仕立あげる店よりは格は落ちるが、中の上、といった町人には重宝がられる店で、ここ数年で一気に売上を伸ばしている店だ。
その店の絵図面、というのなら明らかに盗賊と見当がつくのだが、その寮、となると話は違う。
寮である以上、そこにはまず大量の金はない。
当代の主人が数奇者というのなら、寮の家財道具にもそれなりの品が集まるだろうが、そういう噂も聞かない。
「その寮というのは、どうして立てる事になったんです?」
「何でも娘さんが病持ちらしくてその療養の為って話だ。まあ、旦那も身持ちが固いって話だし、お妾を囲う言い訳って風でも無さそうだから、本当なんじゃねぇかな」
「「娘?!」」
思いがけない言葉に虎之助と千之輔の声が揃った。
「な、何でぇ、いきなり二人してデカイ声出して」
「おい」
「ええ」
「まさか……」
「偶然かも知れませんが、可能性はあります」
「だよな」
「どうしたんだよ?」
「留さん」
「留介さん」
「「もう一度昨日の話を聞かせてくれ」下さい」」
「へえ?!」
もう勘弁してくれよ、と留介が根を上げるまで二人は根堀り葉堀り話を聞いた。
今度は虎之助も、少しでも分からない、と思った事には口を挟んだ。
と言っても、大半は無駄な事で千之輔に叱られたのだが。
「で、どうする?」
とりあえず、と一旦話を区切ったのは、昼食をとった後だ。
向島の仕事場には一太が話をつけに向かっているから、今日一日は留介は虎之助達と行動を共に出来る。
「そうですね……先程留介さんから聞いた商人風の男の似顔絵は、後で知り合いの絵師の方にお願いするとして。一度昨夜の留介さんの足取りを追いたいです」
「よし。じゃ留さん、馴染の居酒屋に連れてってくれ」
「それはいいけどよ。またアイツに会ったらどうすんだよ?」
「多分、私達と居たら向こうは声を掛けてこないと思います」
「そ、そうかな……」
「とりあえず今日一日の猶予を与えているんです。明日までは動きはないと思って良いんじゃないでしょうか?」
「よし、じゃ、行こうぜ。早くしねぇと日が暮れちまう」
「そうですね。急ぎましょう」
そうして二人は留介と共に、永代橋へと足を向けた。
次回更新は11月7日です。




