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○屋よろづ事顛末記  作者: 霜月ニ條
第二章  ”人”に関わる様々な事
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三. 捜査開始二日目 その2






千之輔が行こうと誘った八幡様とは、富岡八幡宮の事である。

深川八幡宮とも呼ばれ、元々相撲の勧進元でもあったこの神社。

葉月に行われる祭りは水無月に行われる山王祭、長月に行われる神田祭と並んで江戸の三大祭と言われる程有名で、売りはかの豪商・紀伊国屋文左衛門が寄進したと噂される純金の派手な神輿だ。

今は祭の時期ではないが、それでも門前町の賑わいはそれこそ浅草や上野に引けは取らない。

一足先に輝平を迎えに行くと出た涼次郎共々、どういう訳だかにやにや笑いを隠そうともしないおりよと複雑な表情の平助に見送られて、そんな遊興地に向う。

今日は昨日の轍は踏むまいと、一応千之輔の速度に合わせた速さで歩く努力をしてみる。

家を出てすぐの小橋を渡り、そのまま道なりに進む所まで並んで歩いていた虎之助は、そのせいで次の小橋の袂で「どこへ行くんですか」と千之輔に首根っこを掴まれた。

「は?どこって、八幡さんに行くんだろ?だったらここ真っ直ぐ行った方が早ぇんだよ」

虎之助が行こうとしている道は、確かに武家屋敷が居並ぶ前を通ってはいるが、そこにあるのは武張った上屋敷ではなく、下屋敷である。

基本的に呼ばない限り門番も出て来ない。

仮に出ていたとしても知った顔だ、別段気にしたり遠慮したりするような間柄ではない。

そう思っていたら、ふぅっと大袈裟なぐらい大きな溜息をつかれた。

「んだよ」

「若旦那。私達の目的は八幡様にお参りする事じゃありません」

千之輔はわざわざ立ち止まりキッと虎之助を見据えた。

「分かってるよ。人探しのいろは教えてくれんだろう?」

「そうです。だからこちらから行ったら意味がないんです」

「何で?」

「こちらからだと参道を逆から行く事になるんじゃありませんか?」

「ああ」

「人を探すのに尋ねて歩こうというのに、人が少ない方を歩いてどうするんですか」

「ああ……そうか」

「全く……昨日もそれを注意しようと思ってもまるで人の話を聞こうとしないし。それで良く人探しするなんて大口を叩けたものです」

「なっ」

言っている事は至極真っ当、お説ごもっとも。

だが、どうにも素直に言う事を聞く気になれないのは、必要以上にきつく感じる物言いのせいだ。

今も何もそんなキツい言い方をしなくても、と思うぐらい強い口調で咎められ、虎之助はかなりむっとした。

なので

「そういうてめぇこそ、足で稼ぐ商売の割に体力ねぇよな」

と珍しく嫌味混じりの言い方でやり返してしまった。

その言葉にサッと千之輔の顔が紅潮する。

それを見て(しまった)と思っても後の祭りだ。

「昨日息が切れてしまったのはいつも以上に早く歩いてしまったせいです。私一人で動いていたらあんな事にはなりませんでした」

とこれまた不機嫌全開で言い返された。

「仕方ねぇだろう!!お前と一緒に動けって、お前の兄貴が言ったんだから。逆らって後でバレて怒られるのはてめぇだろうがっ」

「てめぇ呼ばわりはやめて下さい。不愉快です」

「ああそうかよ。悪かったなっ」

カッとなると言葉が悪くなるのは性分だ。

そもそも育った環境が荒くれた男達の中だ、遠慮などしていたら今以上に舐められる。

今だって、別に千之輔とケンカをしたい訳ではない。

自分が焦がれる空の風の持ち主だ、どちらかというと親しくしたい。

(何でこうなっちまうかな……)

どうにも上手くいかない関係に苛々しながら、無言で、それでも足は八幡様の門前町へと進んで行く。

すると千之輔は「すみません」と何事もなかったかのように、一番近くにあった茶店の娘に声をかけていた。

「最近この辺りで姿を見なくなった娘さんが居る、というような話を聞いた事はありませんか?」

「え?」

「ちょうどあなたぐらいの年頃の人なのですが」

「いえ。聞いた事ないですねぇ。ちょっと待って下さいね。おじさーん」

そう言って娘は一度奥に引っ込み、「おじさんも知らないって言ってますよ」と千之輔に教えた。

「そうですか、ありがとうございます。もし何か気付かれた事がありましたら、日本橋橋本町の○屋にお知らせ頂けますか?」

「橋本町?!」

「はい」

「別に構いませんけど……」

言われた娘の顔が曇る。

何せここからだと永代橋を渡って繁華街である日本橋界隈を突っ切るか、北へ向って両国橋を渡るかしなくてはならないのだ。

茶店勤めの娘が「ちょっとそこまで」というには些か遠い。

それに気付いたのか、千之輔はすかさず

「もし、遠ければ材木町の紀伊屋さんでも構いません」

と言った。

「え?」

いきなり出た自分の店に驚きの声を出すと腰に肘鉄を喰らった。

「ああ、それなら」

「すみません、よろしくお願いします」

深々と千之輔が頭を下げる。

「若旦那も」

小声で言われ、慌てて

「よろしく頼む……頼みます」

と頭を下げる。

すると娘は

「い、いいえ」

と改めて虎之助を見て少し頬を赤らめると店の奥へ引っ込み、「良かったらどうぞ」と団子をくれた。

「え?いいのか?」

「ええ。その代わり、今度の小町娘、私に入れて下さいね」

「お、おう」

「よろしくお願いします」

と、とびきりの笑顔で送り出された。

「小町娘って何ですか?」

「は?」

先程までの普通の顔はどこへやら。

不機嫌全開のむくれ顔で千之輔がそう聞いてきた。

「お前、知らねぇの?」

「小町娘の意味は知っています。ただ、あの人に入れるってどういう意味かと聞いているんです」

「ああ」

そっちか、と思いながら虎之助は

「札入れすんだよ」

とだけ言って、貰った団子を一気に頬張った。

「は?」

「だはら」

「食べてからで良いです」

「……ん。祭ん時に、何人か娘候補が出て札入れして、一番人気が八幡様の小町娘って事になるんだよ」

「はあ……そんな事をしてるんですか」

「おう。おりよ姉も一応去年出たんだ。二番だったけど」

「へぇ……」

「あの子、ああやって普段から札入れて貰えるようにしてんだな。そりゃ姉貴勝てねぇや」

そう言うと虎之助はあははと声に出して笑った。

「私にはそれだけには見えませんでしたけどね」

「あ?」

「別に何でもありません。それより要領は分かりましたか?」

「何の?」

「人探しのですっ」

「ああ……何となく」

「何となくって……」

はぁっと再び千之輔が溜息をつく。

「いつもなら似顔絵を持って歩くんですが、今回はそういう訳にもいきません。それにどうやら似たような話があちこち出ているようですから、そちらと絡めて攻めていこうと思っています」

「お、おう」

分かったような分からないような、何とも頼りない返事しか出来ない。

「若旦那はどうやらこの辺りでは女の方の人気があるようですから、せいぜい愛想良くして下さい」

「は?何だそれ?」

「気付いてないなら良いです」

「んだよ……」

どうにも千之輔の不機嫌の理由が分からない。

まだ軟弱者扱いしててめぇ呼ばわりしたのを怒っているのか、胆の小さいヤツだな、と思いながら歩いていると、

「お?何だ何だ。お前ら知り合いだったのか?」

と声を掛けてくる男があった。

着流しに羽織を引っ掛けゲタを履いた、体格の良い若い男だ。

年の頃は虎之助達よりも少々年長か。

強い意志の力を感じさせる瞳の持ち主で、ここ深川と吉原にある夢見屋という娼家の主人で、名を二谷修造という。

武家上がりという変わった経歴の人物なのだが、今は刀を帯びていない。

「おう、夢見屋の旦那」

「二谷様、ご無沙汰してます」

「「え?」」

それぞれ相手の名前を呼んでから、二人は驚いて顔を見合わせた。

「若旦那、二谷様を知ってるんですか?」

「お前、夢見屋の旦那知ってんの?何で?」

「そうですか……やっぱり若旦那もこっそり悪所通いしてたんですね」

「違ぇーよっ!!!!俺じゃねぇっ!!!!輝平だっ!!!!勘違いすんなっ」

「別に隠す事では」

「ほんと違うからっ!!!!!!俺には馴染みの女も惚れた相手も居ねぇからっ!!!!」

誤解して欲しくなくて全力で否定する。

と、今度はその勢いに驚いたのか、丸い目をぱちくりさせてから

「わ、分かりました。分かりましたから、落ち着いて下さい」

と言って、どういう訳か千之輔が肩の力を抜いた。

「つか、お前こそ何で知ってんだよ?!」

「二谷様はお得意様なんです」

「え?!お得意様って……お前、まさか体……」

「は?何です、私を陰間扱いするんですか?」

サッと頬を強張らせた千之輔に本日二度目の失敗に気付く。

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあどういう意味です?」

「その、だから……お前、可愛いし、ヘンに色気あるトコあるし、その」

「完全に陰間ですね」

「いや、だからごめん、悪かった。ほんと悪い。その、何っつったら良いのかな、あの」

「何てんぱってんだ、虎之助?」

「は、灰原さんっ!!」

救いの神とばかりに入った合いの手に縋りつく。

いささか崩し気味の本多髷の風体に二谷同様の着流しで、こちらは刀を差している。

灰原作五郎というこの男は、立場としては夢見屋の用心棒だが、前に居た娼館で店の女に手を出して放り出されたという曰く付きの浪人者だ。

北辰一刀流の免許皆伝と本人は言っているが、素の腕っ節では二谷に勝てない事を虎之助は知っている。

なので、今も主人の護衛として出ているのだろうが、実の所、放って置いたら何をするか分からないから連れて歩いているんだろうなと思っている。

「何、お前千之輔の事、旦那が買ってると思ったのかよ?」

「いや、あの、だからっ!!!!」

「作五郎、千之輔もそれぐらいで勘弁してやれ。コイツは純情なんだよ」

にやにやと笑いながら、二谷が虎之助の頭をポンポンと叩く。

「ちっ……せっかく面白ぇおもちゃだと思ったのに」

「私は別に……」

「千之輔。○屋の人間以外とも関わるようになったんだな」

「単なる成り行きです」

「その割には随分と懐いてるじゃねぇか」

「二谷様、冗談が過ぎます」

「そうか?俺にはそう見えたがな」

そういう二谷の顔は相変わらずにやにや笑っている。

どうやら千之輔にとって、二谷という男は逆らえない相手らしい。

二谷相手に見せる拗ねたような、少し幼い表情に胸の奥がチリっと焦げるように痛む。

その事に戸惑いながら、虎之助は

「み、店の見回りですか?」

と何でも無い風を装って訊いた。

「ん?ああ、昨夜はこっちに泊まったからな。今日は本店に居ねぇとマズいだろう」

本店とは吉原の方の店である。

武家上がりというだけでも珍しいのに、吉原と深川、両方に店を持っているというのは更に珍しく、おまけに店の名前まで一緒となると珍しいを通り越して唯一だ。

場所が違うんだからわざわざ名前を変える必要などないと二谷は言うが、桐ノ屋の翔之介などは「お武家様やのに商売がお上手や」と感心している。

どこが、と虎之助は思うのだが、要は店の名前だけで常連なら安心感を持ってどちらの店でも遊べるというのが大きな利点になるらしい。

「女郎屋て言うのは通って貰うてなんぼでっせ」と翔之介は言っていたか。

「そ、そうだ。旦那なら知ってんじゃねぇか、なあ、千之輔」

「何をです?」

先程までとは比べ物にならない程の不機嫌全開で睨まれ怯みそうになる。

が、とにかく話の流れを変えない事には始まらない。

虎之助は

「店に来る客で、誰か娘が居なくなった、とかって話してる人とかそういう噂話だよ。旦那とか灰原さんなら俺達より詳しいんじゃねぇか?」

と咳き込むように言葉を紡いだ。

「……なるほど。意外と良い線かも知れませんね」

「ん?どうした?」

「実は」

虎之助は急いで昨日からの話を全て二谷と灰原に話して聞かせた。

「なるほどな……お前、何か知ってるか?」

「さあ……似たような話は聞いてはいるが……まともに聞いちゃいませんからね」

「だろうな」

「気になります?」

「そう、だな。こいつらが関わってるんだ、ちょっとぐらいは力になってやっても良いんじゃねぇか?」

「分かりました。じゃ、それとなく盛り場で聞いときますよ」

そう言いながら灰原が二谷に向ってひょいと手の平を出した。

「何だ、この手は?」

「軍資金ですよ、軍資金」

「調子に乗ってんじゃねぇぞ、作五郎ぉ」

「ちっ……しけてやがんな……」

「ったく……ほらよ」

拗ねた灰原に同じように舌打した二谷は、懐から財布を出すとその手に1分銀を二枚落とした。

「これだけかよ」

「おい」

「へいへい。あんま期待はすんなよ、千之輔、虎之助」

「分かってます」

「おい……お願いします」

頭を下げ、カランカランと派手な音を立てて歩く二谷と灰原を見送る。

そこに微妙な間が生まれた。



次回更新は28日になります。

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