一. 捜査開始一日目
翌日。
言われた通り、朝の五つに○屋に集合した虎之助達。
珍しい事に輝平までもが遅刻せずに姿を現し、順調に事が進んでいるように見えたのだが。
「おら、着いたぞ」
と昼の申七つ過ぎに戻った時、どういう訳か虎之助は千之輔を背負っていた。
「………………」
「おかえりぃ~って千ちゃん?!」
「……ただいま……戻りました…………」
もはやそれは死ぬ直前の病人のような声である。
「一体何があったんだよ?!」
「どうもこうもねぇよっ!!コイツ、歩くの遅すぎて話にならねぇ」
「…………」
はっきりとは聞こえないが、何やら文句を言ったらしい。
とりあえず背中から千之輔を降ろし、何があったのかとしつこく尋ねる成次郎にもう一度千之輔の歩く速度が余りに遅すぎて移動がままならないと言っている最中、
「もうっ!!何なんだよ、アンタはっ!!」
「るせぇんだよ、ったく。だりーなー」
とこれまた何やら揉めながら輝平と涼次郎が戻って来た。
「随分と賑やかですね……って、千之輔?!」
奥から出て来た伊兵衛もまた、成次郎同様へたばった千之輔の姿に動揺を隠せず虎之助に理由を聞こうとするから、鬱陶しい事この上ない。
いい加減イライラしていた虎之助は、本人から話を聞いてくれ、と言い捨てると、とりあえず店を出た。
そして。
「あ~もうっ!!本当、この人は何なんだい、虎之助ちゃん!!」
「そいつはそういうヤツなんだ、慣れろっ!!っつーか、問題はこっちだ、こっち!!何なんだ、あの千之輔って野郎はっ!!弱っちいにも程があるっつーのっ!!」
「チッ。ガタガタうるせぇんだよ、てめぇら。黙ってメシ食え。マズくなんだろうが」
「アンタが「お前が言うなっ!!!!」」
「それは私が言いたいわよっ!!一体何なのよ、アンタ達っ!!!!」
「「「すみません……」」」
どういう訳だか、続いて出て来た輝平と涼次郎の二人まで一緒に紀伊屋に戻ってしまい、夕餉の席についている。
そもそも解散した場所が○屋なのだから、一番近いのは三河町の涼次郎の家だ。
しかも居酒屋なのだから、人に物を飲み食いさせるのが本業である。そちらに行った方が余程適任だろう。
そう思うのだが、余り人に知られてはいけない人探しの話を店でするのはいかがなものかと至極まともな顔で涼次郎が理屈を捏ね、だったら虎之助ん家行こうぜと輝平が言った結果、こうなった。
それでなくても大喰らいの虎之助の為に、紀伊屋では朝晩二回飯を炊く。
その飯の既に三分の二が平らげられ、押しの弱い年若い手代など、すでに昼の残りの冷や飯を探しに台所へ行っている有様だ。
これでも一人使いで留守にしている分マシなのである。
「全く。連れてくるなら連れてくるで、一言言いなさいよ」
「連れてくるつもりなんかなかったつーのっ」
「すみません、おりよさん。でも、この芋の煮っ転がし、めちゃくちゃ美味いですよ。美人で料理上手って最高だねぇ」
「「「え?」」」
「「「…………」」」
「ぶははははっ」
言葉に詰まったおりよ・虎之助・輝平、何も言えなかった店の一同。そして、最初に感情を抑えられなくなったのは、やはり輝平だった。
「え?何?」
「それ、そんなに美味いか?」
「美味いね。めちゃくちゃ俺の好みの味。ずっと作って欲しいぐらい。ね、おりよさん?」
「そうか、そうか。良かったな、虎之助。婿の貰い手が決まったみたいだぜ?」
「るせぇよ」
面白そうに輝平が笑う。
「は?」
「輝平、バラすの早いっ!!」
「おりよ……誤魔化すつもりだったのか……」
「良かったな、平助。おりよを海道屋にやらずに済んだぞ?」
「アンタは黙ってろっっっ!!!!」
そんな一連の流れを聞いて、涼次郎がおずおずと
「え?……何、これ作ったの、まさか虎之助ちゃん?」
と箸で芋を掴みながら虎之助の顔を見た。
「そうだよ」
「え?マジで?!」
そんなに驚かなくても、と思いながら無言でコクリと頷くと、どうにも信じられないらしい涼次郎が
「いや、でも案外おりよさんも……」
と、とんでもない爆弾発言をやらかした。
「怖い事言うなっ!!!!」
瞬時にその場にいたおりよ以外全員が激しく突っ込む。
「え?」
「姉貴の飯は、死んだ猫さえ生き返らせるぐらい凄いんだ」
「そしてその直後悶絶して死ぬんだぜ?」
「あれは私の料理のせいじゃないでしょう?!」
「でも本当にそうだったじゃねぇかっ!!平助だって、姉ちゃんが作った握り飯食って腹壊してたし、一太だって熱出したし。鉄五郎さんなんか、しらっとした顔で木場のじいさんに押し付けて、その後じいさん引っくり返って大騒ぎになってたんだぞ?!」
「ああ、あれは凄かったなあ。いい刺激になって若返るかと思ったんだが」
「んなワケねぇだろう!!じいさん殺す気かよっ!!つか、おりよに貰ったモン勝手に他人にやるんじゃねぇよっ!!」
「はぁ……」
この一連の遣り取り。
虎之助や輝平には慣れっこの様相だが、初心者の涼次郎には少々刺激が強かったらしい。
呆然としていたが、もそもそと飯を噛む内に事態をそれなりに飲み込んだようだ。
「もしかして、ここ、おりよさんが平助さん婿に取って跡継ぐって話になってるんすか?」
と巷の噂になっているらしい情報を口にした。
「ああ」
「やだ、まだ別に平助とって決まったワケじゃ」
「そそそそそうだぞ?な、なあ、おりよ?」
「ね、ねえ?」
「じゃあ俺でも良いのか?」
「ふざけんなっ!!誰がアンタみたいな遊び人におりよをやるかっ!!」
「どうして跡継ぐの、虎之助ちゃんじゃないんですか?」
内輪の話を知らない人間からしたら当然の疑問が出た瞬間、ぴくりと輝平の頬が引き攣った。
「え?だって……ねえ?」
「ああ」
「数、苦手だもの」
「バカがつくぐらいのお人好しだし」
とおりよと平助がそんな返事を返している。
世の中、そんなバカ息子が店を継ぐのは良くある話だ。
そしてそれを姉妹の婚家が助ける、というのも良くある話。
きっとそう思ったのだろう。
どうにも腑に落ちないといった顔の涼次郎が口を開こうとした瞬間
「お前、好奇心猫を殺すってことわざ、知ってるか?」
とややドスの効いた声で輝平が言った。
「輝平ちゃん?」
「帰りに大川に沈められたくなかったら、黙ってさっさと飯食え」
「な……っ」
「おい、輝平」
全身から迸る殺気にさすがの涼次郎も飲まれたように固まってしまっている。
その様子を見て虎之助はふぅっと溜息をついた。
本人がまるで気にしていない事に、この幼馴染は異常なまでに反応を示す。
実は虎之助は紀伊屋の実子ではない。拾われ子なのである。
別段本人は隠すつもりはないし、木場では皆知っている話だ。
だから、という訳でもないのだが、本人の出来と相俟って、この界隈では総領娘のおりよが婿を取り虎之助はそれを体力で支えるのだろうと、皆思っているのである。
どうやらそれがこの幼馴染は気に食わないらしい。
本当に幼い頃はそうでも無かったのだが、それなりに物心がついた頃から、必要以上に虎之助の身辺を守ろうとする。
おそらく、自分の父親がどこぞのお武家様の落し胤だと、妬み半分に大人達が陰口を叩いているのを知ってからだろう。
一見傍若無人な男だが、実は父を尊敬していて、身内と思う者を大切に守ろうとする優しい心根の持ち主なのである。
それを知っているからこそ、虎之助は輝平が嫌いになれないし、見放す事も出来ない。
今も本人に悪気がないのが分かっているし、だからと言って一方的に味方をするのもなあ、と思って黙っているのだ。
やれやれ明日にでも事情を話そうかと思っていると、睨んだだけで殺せそうな目のまま飯を掻き込む輝平が
「俺はこういう野郎が一番嫌いなんだよ。ったく……これならあの小さいのと組んだ方がよっぽどマシだぜ」
と言い放った。
「ちょっと、輝平ちゃんっ」
「それは無いっ!!」
これにはたまらず嘴を挟んだ。
「は?」
「お前、アイツの体力の無さ甘く見すぎだ。大体、アイツの店から浅草橋まで行く間に姿見えなくなるって歩くの遅すぎるだろう?!」
「まあ、な」
「しかも追いつくの待ってやってたら、走って息切らせた挙句、俺が歩くのが早すぎるって文句言うんだぜ?てめぇが遅いんだろうって話だろう?」
「……虎之助ちゃん」
と、それまで完全に輝平に飲まれていた涼次郎の呆れた声がした。
「あ?」
「今まで女の子と外歩いた事、ないでしょう?」
「悪ぃかよ」
「っていうか、輝平ちゃん以外の人と外歩いた事無いんじゃないかい?」
「あ~……最近はねぇ、かも」
虎之助がそう正直に答えると、涼次郎はこれでもかというぐらい深い溜息をついた。
「それは千之輔さんじゃなくて、虎之助ちゃんが悪い」
「何で?!」
「体の大きさ考えたら分かるじゃないか。虎之助ちゃんと輝平ちゃんは並外れて体が大きいんだよ。背の高さが違えば、歩幅が違う。そうなれば自然と歩く速度も変わる。それぐらいの気遣い出来なくてどうするんだよ」
「涼次郎、良く言ったっ!!だからアンタはモテないんだよっ!!」
「なっ?!」
「その通りっ!!」
「おいっ!!」
そういう問題なのだろうか。
そう思っていると輝平までもが
「そうか……仕方ねぇ、お前の為だ。俺はこのバカで我慢しといてやるよ」
などと言い出す。
「いや、ちょっと待て。何か話おかしくねぇか?何で俺が悪いって話になってんだよ?!」
「別におかしくないわよ。本当にアンタが悪いんだもの」
「え?」
「ま、童貞には分からねぇ話って事だよ」
「はあ?!」
「こら輝平っ!!おりよの前で何て事言うんだ、お前はっ!!」
「え?何だ、平助兄、まだ手ぇ出してねぇの?」
「はあーーーーっ?!おま、何て事言うんだよっっ」
「輝平ーーーーーっ!!!!」
「親方留守で良かった……」
「確かにな。良かったな、平助、命拾いしたぞ」
「るせぇっ!!のほほんと笑ってんじゃねぇ!!!!」
こうなるともはや誰も虎之助の不満など問題にしていない。
(くそっ!!皆して何だよっ!!)
虎之助とて言われなくても体格が違えば歩幅が変わるぐらいの事は分かる。
だが、「ゆっくり歩いてやろうか?」と気遣うと、途端に千之輔は「平気です」と意地を張るのだ。
(どうしろってんだよ……)
憮然としたまま虎之助は1人取り残された気分で飯を豪快に口に放り込んだ。
次回更新は21日になります。




