妹が私の物を欲しがるけれど、こればかりは誰にも譲れない
学園の階段下で、ルナリー・キルシェは「またか」と諦めの境地に達していた。
旧校舎の人気がない場所だからって、やっていいことと、悪いことがあるでしょうが。
私みたいに、一人になりたい生徒がくることもあるんだから。
ルナリーの視線のさきでは、一組の男女が熱いキスを交わしていた。
知らない男女ならまだいい。だが残念ながら、どちらもルナリーが良く見知っている人物だった。
女生徒の方はソレーナ・キルシェ。名前の通り、ルナリーと血の繋がった、実の妹である。
男子生徒は、スカイラー・ヘルト。昨日までルナリーに付きまとい、しつこく口説いてきてた、軽い男。
スカイラーが違う女生徒に目移りしたことは、大いに歓迎すべきことだが、その相手がよりによってソレーナだというのは、いかがなものか。
妹は小さい頃から両親に甘やかされ、わがままな人間に育ってしまった。
ルナリーにとって厄介だったのは、彼女がルナリーの物やルナリーに近づく人間を、やたらと欲しがり奪う癖があることだった。
私以外の人には、そんな悪癖を出さないのが、余計に厄介なとこだよね。
ソレーナのことは、それでも可愛い妹だと思ってるけど、今みたいに、変な男と関係を持たれると、心配でしょうがない!
「……こほんっ」
ルナリーはわざと二人に聞こえるような咳払いをした。
「ルナリー嬢っ。違うんだ、これは!」
「きゃっ! お姉ちゃん!」
スカイラーはソレーナを突き放して、ルナリーに弁解し、ソレーナは突き放されたのにも関わらず、ルナリーに笑顔を向けてきた。
「ソレーナ、大丈夫? 後で話があるから、そこで待ってて。スカイラー様、そんな方だとは思いませんでした。もう、顔を見せないでくださいね」
「はーい」
「……分かりました」
ソレーナは嬉しげな返事をしながら、ルナリーに近づき、スカイラーは悔しげに去っていった。
「なんでスカイラーとあんなことを?」
「だって、お姉ちゃんのこと好きそうだったから。欲しくなっちゃって」
「……もうこんな事しないで。世の中にはいい人ばかりがいるんじゃないんだから。事件にでも巻き込まれたらどうするの?」
「うーん、考えとくね?」
ソレーナはルナリーに愛嬌を振りまきながら、気のない返事をしてきた。
まったくもう!
◆◆◆
家族みんなが揃った晩餐の席で、父が口を開いた。
「ルナリー、覚悟はできていたと思うが、お前の結婚日程が決まった」
ついにきたか。
ソレーナは知らないことだったが、ルナリーには幼い頃から決められた、婚約者がいた。
その婚約者というのが、隣国の皇太子なものだから、両親はルナリーを幼い頃から厳しく育てたわけである。
ソレーナをこれでもかと甘やかしていたのは、その反動だったのかもしれない。
「……いつですか?」
「卒業式の次の日だ」
それはまた、随分性急ですね。
国を背負うに相応しい堂々とした態度と、寛容さに溢れた眼差しを向けてくる婚約者を思い出す。
彼と並び立てるよう育ててくれた両親に、恥をかかせないためにも、頑張らなくてはと改めて決意する。
「お姉ちゃん、誰と結婚するの!? 私そんなこと知らない! ……その人のこと欲しいなぁ」
まただ。だけど、いつもより声に焦りが混じってる?
どうしたのだろうと、ソレーナの方を見ると、妹はぎこちない笑顔で、ルナリーを凝視していた。
「ソレーナ……?」
「ソレーナちゃん?」
さすがの両親も、これには訝しげな反応を示した。
今まで、両親の前では悪癖をさらしたことがなかった妹だから、父も母も驚いたのだろう。
「ソレーナ、悪いけど、こればかりは誰にも譲れないの。ごめんね」
皇太子妃に必要な教育を受けたことがない妹に、重荷を背負わせるわけにはいかない。
ルナリーは心を鬼にして、ソレーナの要求を拒んだ。
「っえ? なんで……? お姉ちゃんはいつも私の望みを叶えてくれたのに……?」
理解できないというような妹の絶望的な声に、一瞬絆されそうになるが、再度心を鬼にする。
「ごめんね」
「そん……な。お、お姉ちゃんが、結婚しちゃうなんて! いやあぁぁぁ!」
ソレーナはルナリーに抱きつくと、泣き崩れてしまった。
もしかして、妹は私のことが大好きなのだろうか?
だから、私の気を引くために、物を欲しがったり、奪ったりしてきたのかもしれない。
ソレーナを慰めながら、ルナリーは一人納得していた。
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