リスタート、9998
「…………は?」
もしかしたら俺は頭が狂ったのかもしれない。やたらリアリティのある、自分が死ぬ夢を見た………
「いや、アレは夢なんかじゃない」
まだズキズキと胸が痛む。尖った木の枝が突き刺さった場所だ。あの痛みが、熱が、夢なわけが無い。あってたまるか。
だが、それはおかしい。俺は死んだ。さっきばかり、絶対に死んだはずなのだ。しかしこうして五体満足で生きている。これは明らかな矛盾だ。
そして何より、気になることが……
「ここ、俺が元いた場所だよな?空も夜じゃなくて昼になっている。まさか、時間が巻き戻ったとでもいうのか?」
目の前に広がる光景は、ビュービューと吹雪が降り雪景色の広がる山中だ。加えて服装も、山賊……『K賀団』から貰った防寒着ではなく最初の薄着の病衣になっている。
おかしい。
そして、死ぬ間際、頭の中によぎった文字だ。
『♡×9998』
このとき9999から9998に数字が減った。これは俺の中で何かが減ったということじゃないのか。
死ぬと、ハートが、減る。時間が、巻き戻る。
ところで、最近の若者が好んで読む『ライトノベル』なるものによると、異世界へ行った者の多くは『チート能力』なる絶大な力を手に入れることが多い。何冊か読んだが、正直ジジイにはピンと来なかった。
…………もしかして、そういうことなのではないか。
「死ぬと、時間を巻き戻して『復活』する力…………はは」
この世界にくる直前、あの男が言っていたセリフを思い出した。
いろんな『死』を体験してもらう、と。
妙に腑に落ちる。そうか、コレが俺に課せられた地獄の刑罰というわけか。
「地獄の閻魔様も、性格の悪い事考えるな」
#######
「どうする外に逃がしてやる殺す?」
「「「「「殺す」」」」」
「はいわかりました」
「待て待て待て、気が早すぎるだろうお前さん達」
というわけで、またK賀団アジトへ舞い戻ってきた。こっちに来ても碌なことがないんじゃないのか。そうも考えた。だが、見知らぬ極寒の地で宛もなく彷徨うよりも、前回と同じ様にすれば防寒着が手に入る可能性が高い方を選ぶのが得策と考えた。
「まぁ待てよテメェら。殺す前に一つ聞いておこうぜ。情報は何よりも大切だ」
「………来たな」
『木の腕の女』について俺に聞いてきたまとめ役の男だ。同じセリフ、同じ表情で俺に近づいてくる。前回同様、このシュチュエーションを利用させてもらう。
「で、何かしってないか?」
「………あぁ、知ってるよ『木の腕の女』。居場所なら知っている、案内するからどうか命だけは助けちゃくれねぇか?」
#######
俺がヤンを案内することになり、ゾローがペラペラと喋り、防寒着を手に入れて、ちゃんと縄でぐるぐる巻きにされて、出発する。
同じ、前回と全く同じルートを辿っている。
確信を持つというには情報が足りないが、やはり推測通り時間が巻き戻っていると考えてよさそうだ。
ということは、このまま前回と同じ道のりを進めば『木の腕の女』と遭遇し、わけも分からず殺される。ヤンとゾローを押し付けれるという点でいえば悪くないかもしれないが、あの妙な『掴む力』は脅威だ。判断を間違えれば全く同じ殺され方をするかもしれん。
「うーむ………」
「何唸ってんや。悩み事か?まぁ、こないな命の掛かった状況じゃ頭も抱えたくなるわな!」
「……………」
「ん、何や。ワイの顔になんか付いとるか?」
「………いえ、なんでも」
首が180°回転して絶命したゾローの顔を思い出す。さっき死んだ人間が、当たり前のように喋って闊歩している。奇妙な気分だ。
「………おい、あとどのくらいだ」
「もう少し、かかります。なんせ暗い上に見ただけなんで」
「………ちっ。ホントに『木の腕の女』の居場所を知ってるんだろうな?」
「それはもちろん」
知っている、知っているけど今歩いてる方向は『木の腕の女』がいる方向とは真反対だ。
作戦は単純、前回と同じだ。隙を伺い、全力ダッシュで逃げるだけ。だが前回と違うところもはある。それは情報の差だ。
前回は、ヤンとゾローがどのくらい動けるのか不明確だったから不安要素が多かった。しかし、『木の腕の女』の急襲の際にヤンの実力は分かった。ゾローも同じくらいだとすると………逃げ切れる可能性は十分にある。
まぁ、結局博打であることには変わらないが……
「何?便所?………はぁ、そこでしてこい」
「じゃあ、ワイが歌って音を掻き消したる!ゴホン、あー、あー」
「うるさい」
前回と同じウンコ作戦でいく。二人の視界から俺が消え、ゆっくりと距離を離していき……
―――今だ!
「……な!?」
「なんやと!?」
バンッ!!!と。
雪飛沫を飛ばして、弾丸のように走り出した。スルリとヤンの手から縄がすり抜ける。
「あいつ、逃げやがった!」
「しかもなんつー速さや!?はよ追いかけるで!」
「チクショウ!」
慌てて俺を追い掛ける二人だが、もう遅い。既に手のひらサイズにまで小さくなった二人が、この速度に追いつけまい。
「よし、賭けには勝った!」
雪を駆け抜け、木々の間を蹴って中を舞う。この立体的な移動こそ俺の強みだ。年甲斐もなくテンションが上がってきてしまったな。
しかしこの先、どこへ向かおうか。とりあえず下山するとして……集落が近くにあればよいのだが。食料は……まぁ、動物くらいいるだろう。昔のサバイバル訓練で得た知識や技術を忘れてなければいいが……
「……………む」
木の上で一度立ち止まる。
何か、違和感を感じる。視線だ。この鋭く突き刺さるような視線。ヤンとゾローではない。ましてや、『木の腕の女』でもない。
この殺気は、荒々しく野生に満ち溢れている。人間にこの殺気は出せない。
下を見下ろすと………
「………ん?」
暗闇の中、木々の間に差し込む月光の光が僅かに見せた影。黒く、鱗を持ち、サメのような三角形……
ドンッ!!
「うおっ!?」
大きな何かが木に突進する。大きな揺れで木から落ちてしまう。直後、正面から殺気―――
「ぉぉおお!!!」
脚の筋肉に全てのパワーを注ぎ、なんとか体勢を立て直す。命懸けの回避にはなんとか成功した。
「な、なんなんだ………!?」
雪の中をまるで水中の様に泳ぐ巨体。サメ映画に出てくる人喰いサメを連想させる。ゾゾゾゾゾ……!と雪を掻き分け、俺へと向かってきた!
直後、ガバッッ!!!と雪の中から大きな口を開けて飛び出す!!
「―――ガァ!!!!」
「デカ………いっ!?」
大きくて鋭い牙が襲う。なんとか反応し、俺は横へ飛び出して距離を取った。
なんなんだこの生物は!?このデカい身体で雪の中を潜水……潜雪?できるわけないだろ!!サメとウナギを合体させたような見た目に、クジラ並にデカいヒレと巨体に似合わないアンバランスな脚もある。ちょっとキモイ。
いや、そんなことはどうでもいい。殺気の正体はコイツだ。どうやら俺を今晩の食材にしたいらしい。カチカチと牙を鳴らし、肉を口に入れるのを今か今かと待ち望んでいる。
半端な生き物なら蹴り殺せなくもないが、今の俺がこのデカブツを倒せる自信がない。ここは逃げるのが最適解だ。
相手に背を向け猛ダッシュ。自然界において敵に背を向けることは死を意味するが、俺の脚はそれを超えてみせる。
仮称、雪サメは再び雪の中に潜り込んで俺を追い始めた。思ったよりも速い。少しでも速度を落とせば、追いつかれるかもしれない。
「踏ん張れよ、俺!」
「―――ボォォォ………」
「なんだ!?」
雪サメが浮上し、大きく息を吸い始めた。何か仕掛けてくるつもりだ。何をするつもりだ?
あの、息を吸いながら上半身を仰け反らせる動き。咆哮………いや、何かを吐く!?
「ガァァァァァaaaaa!!!」
「ビーム!?うおぉ!?」
口からビームを吐き出す。今までの人生の中で経験に無い、予想斜め上の攻撃に判断が一瞬遅れた。ビームを食らってしまい、木から転げ落ちる。
「ぐあっ!」
その隙を逃さない雪サメではなかった。一瞬で距離を詰め、その巨大な口で俺に噛みつく。
「あがぁぁぁぁぁ!?!?!?」
ナイフで斬れるのと、銃弾を食らうのと、鈍器で殴らるのと、どれにも当てはまらない新感覚の痛みだった。
ガキボキ、ムシャムシャ
俺という命が削られていく。生態系の残虐性に殺される。
「うが、いた、やめろぉおああ!!!」
「―――ゴガァァ!!」
雪サメは抵抗する俺を雪中に引き摺り込み、雪中を泳ぎ始めた。雪の冷たさと血の温みで感覚がおかしくなる。
「ぶ、おぼ、ぼぼぼぼおおおお」
「ガァァァァァ!!」
最後には、凄まじい勢いで地上に放り出されて、そのまま―――
最後に見えたのは、牙に反射して見える、グチャグチャになった自分だった。
♡×9997
「…………はくしょん!!寒!?」
目が覚めると、そこはまたまた銀世界だった。