逃げの一手
外へ出るといつしか太陽は沈み、夜中でも相変わらず吹雪が山を覆っていた。
「おいガキ、早く行け」
「……その前に、何か着るものをくれませんか?寒くて寒くて。このままじゃ案内どころじゃない」
「チッ、仕方ねぇな。ちょっと持ってくるから、ゾローこいつ見張ってろ」
「へいへい」
ヤンと呼ばれた山賊の男は一旦アジトへ戻る。しばらく流れる沈黙。
「あー、せっかくやし何か話すか?」
「え、いや。結構です」
「今のお前に拒否権はないで。こういうしーんとした雰囲気苦手なんや。ちょっくら付き合えや」
「はぁ……」
「そういえば、なんでそんな薄着なんや。こんな真冬に……自殺志願者なんか」
「いえ、俺も目が覚めたらこんなところに放り出されていて何がなんだか……って感じで」
「ほーん。お前も大変やったんやな。どーじょー」
「はは………そうだ、こっちからも質問いいですか?」
「答えられる範囲でなら」
「じゃあ………あなた方はなんていう名前の団体なんですか?どんな活動をなさって?」
「おん?なんやワイらのこと知らんのか。このマーク見たことないんけ」
ゾローはトントンと装束の背中に刻まれたマークを見せる。
変わった形………いや、これはアルファベットの『K』の字じゃないか?デカデカと『K』の字が書かれている。
「………『K』?」
「そう!我らは世界考古調査機関『K賀団』!世界中の遺物や遺跡を漁り、調査し、ついでの兵器開発とかも行っちゃう世界規模の組織なのだ!」
「へー………すごい、ですね」
「せやろ……まぁ、ワイは下っ端も下っ端やから、雑用しかやらされてへんのやけどな」
自傷気味にハハハと笑うゾロー。ついでも俺も笑っておいた。
しかし、『K賀団』か。世界規模の組織だとか言っていたが、こんな山賊紛いの輩が世界中に転がっているのか。全体的に治安が悪い世界なのかもしれない。
「おい、何笑ってるだゾロー。またいらんお喋りか」
「まぁええやないの。あんまり緊張させすぎても、パニックになってエラいことしでかすかもしれへんし」
「なんだその建前………おいガキ、早くこれ着て行くぞ」
「は、はーい……」
リラックスタイムは終わり。防寒着を着て進み出せば、先の見えない道が進む。はたしてどう切り抜けるか………
########
ずし、ずし、ずし。
雪道を踏みしめる音が鳴る。吹雪が少し止んでいたおかげか、進みやすい。ただ……
「おい、まだ着かないのか」
「………もうすこし、ですよ」
「それ聞くの二回目なんやけどな」
マズイな。そろそろハッタリの効果が薄くなる頃だ、二人が俺を疑い始めている。
この状況を打開する方法はなくはない。それは、単純だが全速力で逃げることだ。若い頃の脚力を取り戻した今、暗い山中であろうと常人から逃げ切るのは容易い。
だが、この方法は不安要素がある。
一つ、『K賀団』の二人は武器を持っているということだ。武器が問題なのではない、武器を持っているということが問題なのだ。
それすなわち、奴らは戦闘に慣れている。立ち振る舞いや武器のボロさ加減からして、できるなのは伝わってくる。もし、俺の想像を超える武人ならば……逃げ切ることは難しいかもしれん。
二つ目は、単純にロープで簀巻きにされていることだ。足だけなら動かせるが、速度や立体移動に欠かせない両腕がふさがれていては全速力は出せない。
以上二つから、この作戦で大事なことは奴らから逃げ切る為の隙があることだ。だが、そう簡単に隙を作れそうにもない………さて、どうするか。
――――閃いた。少々お粗末だがやるしかない。
「あのー、すみません。ちょっと言いづらいんですけど……」
「なんだ」
「ウンコしてきていいですか?」
「………………はぁ」
「ぷ、ぷふ!突然ウンコはやめーや!吹いてまうやろ!」
「いや、ホントすみません………ちょっと我慢できなくて。お願いします!人間としての尊厳を保っていたいんです。人が目の前でウンコ漏らすところも見たくもないでしょう?」
「はぁ、しかたねぇ。向こうでしてこい。あ、縄は解かないからな。汚い音出さねぇように配慮してくれよ」
「よし、ワイが歌でも歌ってやるさかい。安心して野糞せーや」
「はは、どうも………」
よし、かなりいい加減な作戦だったが上手く行きそうだ。手綱は握られたままだが、意識は俺から逸れたはず。一気に駆け出せばヤツもロープを掴み続けられまい。
ゆっくり距離を離してから、ダッシュだ!
「そろーり………そろーり………」
「せまる〜ジョーカー、冥府の軍勢〜」
「ほんとに歌うヤツがあるか馬鹿」
「ええやん別に。歌ってリフレッシュしようや。我らを狙う赤い影、あの娘の笑顔を守るため〜」
「そろーり………そろそろ……」
「ゴー、ゴー、レッツゴー!輝くまーしー―――ンッッッグッ!?!?」
「ゾロー!?」
「な!?」
駆け出そうとしたその瞬間、グギッ、と。
人体から出ちゃいけない生々しい音が響いた。意気揚々と歌っていたゾローの首が180°回転したのだ。潰される虫のような声を出しながら、ゾローはその場で倒れる。
「ゾロー!ゾロー!……チッ、クソ!」
「何が起こって……」
「まさか………『木の腕の女』か!!」
「嘘だろ。ホントにいたのか『木の腕の女』!?」
ヤンが周囲を警戒し、腰のククリナイフを抜いて臨戦態勢に入る。周りには俺とヤン、倒れたゾローしかいない。仮に『木の腕の女』がやったとして、一体どうやって触れずにゾローの首を捻じ曲げたのか。
「クソ、どこだ……出てこい!!盗んだ『遺物』を返してもらおう!ついでにゾローの敵として、その命も貰ってやる!」
「『木の腕の女』……どこだ……このままじゃ、俺も危ない」
と、後ろを振り向いたその時だった。
―――目が合った。闇夜で光る赤い眼光と。
「ぐぼっ―――!?!?」
強烈な衝撃が腹を貫く。とんでもない力で殴られ、ノーバウンドで10メートルは吹っ飛んだ。大木に背中を打ち付け、胃酸が逆流する。
「ぐぼ、おぇ………い、いてぇ……なんだこれ……!?」
「出たな、『木の腕の女』ァ!キェェェェ!!」
「……………」
ヤンが気合なのか奇声なのか分からない掛け声で『木の腕の女』に斬り掛かる。
「シャッ!ハァッ!ヒャァ!」
「………………!」
ヤンの連撃。しかし、『木の腕の女』はそれを見越しているように避け、反撃のアッパーカットがヤンの顎を捕らえた。
「―――ぐぼっ」
「………!」
「させ、るか!」
続けて『木の腕の女』の肘打ち。だがヤンは辛うじて防ぎ、その隙をついて女の足元を掬いう。
転倒。そのチャンスを逃すヤンではなかった。
「これで……キェェェェ!!!」
「………!」
ククリナイフが『木の腕の女』の顔面を貫く!
………そのはずだった。
「………え?」
「は?」
「……………」
顔面が貫かれていたのは、ヤンの方だった。突如飛来した鋭利な木の枝に脳天を突き刺され、ヤンはぐったりと倒れ込んだ。
「………………………」
「…………これ、は」
「………!!」
赤い眼光が告げる。
『次はお前だ』
「逃げの一手!」
ダンッ!!と弾丸のように走り出した。幸か不幸か、ぶん殴られた衝撃で縄が解け自由の身になった。懸念だった速度の問題は解決した。このまま突っ走る!
「…………!」
「……は、どうやらこの世界でも俺の脚は通用するらしい!!遅いぜ!」
妙な力を持っている『木の腕の女』だが、速度はそこまでだ。一般的な人間の速さでいえば速い方だが、この俺には追いつけまい。
と、思いたかった。
「うおっ!?」
ドン!と衝撃音と共に雪が散る。何かが進行方向に投げつけられた。その正体は………ヤンの死体だ!
「………!」
「くっ、させるか!」
一瞬足を止めた俺に向かって、『木の腕の女』が突っ込んでくる。腕の大きな薙ぎ払い攻撃。俺は避けつつ、距離を取った。
「………!」
「避けられたのがそんなに意外か?悪いがその程度じゃ俺を……」
「………!」
「ちょっと待て。話は最後まで聞くものだぞ。これだから最近の若者は!」
今、戦友の霊から『じゃあお前は戦場でも相手の話を聞くのか』とツッコまれた気がした。勿論俺は話なんて聞かずにとりあえず殺す。
どうやらその暗黙の了解を相手は心得てるらしい。
『木の腕の女』はヤンの死体から取ったククリナイフを振り回す。
「よっ、ほっ、はっ!」
「………!!」
「どうやら剣は素人らしいな。無闇に振り回しても、当たるものも当たらない、ぞ!」
俺は連撃をかわし、蹴りで相手の手からククリナイフを打ち落とす。その隙を俺は逃さない。
「おぉら!」
勢いをつけたまま、大ぶりの回し蹴り。直撃すれば体勢が崩れるは避けられない。その隙に逃げる!
そう考えていた。その通りにいくはずだったのに………
「え………」
「…………!!」
女が、『木の腕の女』が離れていく。女が動いているんじゃない、俺が動かされて………
「うおおおお!?」
視界が揺れる。世界が回る。突然見えない何かに掴まれたような感覚に襲われ、そのままボロ雑巾のように木に打ち付けられた。
「ゴボェェッ!?!?」
血を吐いた。胸が痛い。痛いというか―――熱い!なんだこの尋常じゃない痛みは!
視線を下にやると、鋭利な木の枝が俺の心臓を突き刺していた。血がドバドバ流れ出している。
「お、おぼ、ば」
「……………」
『木の腕の女』は俺を冷たい目で見つめる。そこに、人を殺したという実感はあるのか。害虫をみるかのように冷たい視線だ。
「……う、うう」
痛い、熱い、痛い、熱い。
思い出した。これは、昔戦争で大きな怪我を負った時だ。腹に破片が突き刺さり、腕も折れていた。尋常じゃない痛みだった。あの時は死を覚悟した。もうあのスリルを味わえないと考えると、残念だなーと思った。
そうか、俺は死ぬのか。
ベッドの上で意識がない内に死ぬのとは違う。痛みと暗闇に囲まれながら、無様に死にゆくのだ。
怖くはない。ただ、死ぬのか。痛い、痛いなぁ。あまり感情が湧いてこなかった。
「ぐ、ぐぼぼぼぼぼぼがぼ」
視界が更に揺らぐ。回る回る。俺の身体は今何かに掴まれて突き刺さった木の枝を中心に回転している。口の中は血のゲロでまみれど、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、きもおろろぼぼぼ―――――
♡×9998
「……………へっくしょん!寒!?」
目が覚めたら、そこは真っ白な銀世界だった。