あなたは天使?悪魔?それとも何?
「やぁ、はじめまして」
「………誰じゃあ、貴様」
21世紀某年某月。
かつて名もなき最速の兵士と呼ばれた少年兵はその後の戦争を生き残り、平和な時代を享受していた。故郷に帰り、妻ができて子どもができて仕事をして………特段刺激的ではないにしろ、平和で楽しい暮らしをしていた。
そしてついさっき、後期高齢者となった少年兵はぽっくりと逝ってしまったのだった。
「もしかして、あんたあれか、俺を閻魔様のところに案内してくれる獄卒かなんかか?」
「違う違う、別に私は天使でも悪魔でもなければ鬼でもないし、もっとこー、高次元の存在というか………いやまぁ、神ってわけでもないんだけど」
「違うのか。だったら尚更なんなんだここは。俺はさっき死んだと思ったんだが」
「そうそう、なんだか寂しい最後だったよね。奥さんには先立たれてるし、息子は音信不通、孫に至っては会いにすら来ない………何か悪いことでもしたの?」
「あぁ、したな。俺ぁ所詮人殺しだよ。何人もの人間の喉元を掻っ切った。当然の報いってやつだな」
「あれ、意外だなー。君は戦争を楽しんでいたじゃないか。祖国の為に敵を屠っていただけじゃないか。君だけじゃないどの国の人間だってそうだった、そうせざるを得なかった。君は悪くないんじゃないのか?」
「………確かに、俺は戦場でしか味わえない『スリル』が大好きだった。だが、それだけだ。人を殺すのは、たとえ祖国を脅かす敵兵ってでもいいもんじゃねぇ。気持ち悪い感覚だよ」
かつて少年兵だった老人は、細くシワシワになった掌をグーパーグーパー広げる。
「気持ち悪ぃ血の温み、切り裂くときの肉の抵抗、ぐちゅぐちゅって感じの音………そいつぁ、いくらやっても慣れなかったな」
「ふぅん………でもさ、君って『死』に対してちょっと舐めてる節があるよね?」
「…………なんだと?」
「だって、生と死の狭間でタップダンスをすることに快感を覚える根っこからの変態が、殺しには罪悪感があるんですー敵とはいえ死は悲しいものですーとか、ちょっと説得力が無いんじゃないの?」
「………………」
「あとさ、君は戦争が終わってから何にも楽しくなかったんじゃないの?」
「………そんなこと、ねぇよ」
老人は指折り数えて、楽しいと思ったものを思い出していく。
「…………………なんだったか」
「ほらね?」
「違う違う、ボケてるだけだ………今思い出す……あー、宇宙戦艦ヤ○トとかガ○ダムは好きだったぞ。最新作まで追ってた。あとベ○ブレードとか遊○王とか」
「一人虚しくやるベ○ブレードと遊○王楽しい?」
「…………………正直微妙」
「ははウケる。そう、君の正体は家族とろくにコミュニケーションをとらず趣味を共有する友達もいない戦場でしか生を謳歌できない悲しいモンスターなのさ。そのくせ殺人には罪悪感を持ってると言いながらも『死』に対して全く感情を持っておらず他人どころか自身の『死』にさえ無頓着な非人間なのさ」
「……俺ぁ自分の『死』に無頓着だったなんて一言も言ってないが」
「じゃあ最期の時が怖くなかったとでもいうのかい。誰一人自身の最期に付き添ってくれずピッピッピと機械音だけが鳴り響く静寂の病室で孤独に悲しく死ぬことにぃ……………何か感じていたのかい?」
「…………………………………………………………………………………………………………………」
「………んん、結構。実に結構」
男は少し満足気な顔で老人に顔をペチペチとリズムカルに叩く。
「………で、お前さんは結局何しに俺と話してるんだ」
「そうだね、本題に入ろっか。今から君にはいろーんな『死』を経験してもらおうと思うよ」
「…………あーつまりなんだ、それが俺が地獄で受ける刑罰ってやつか。もう死んでるのに死刑ってか」
「あー違う違う。それはまぁ……私から話すよりも後で実体験してもらった方が分かるよ。とにかく、君には私から、私たちから試練を与えよう」
「………?なんだこの穴は」
老人の足元に、光り輝くサークルが出現する。どこかに繋がっているのか。老人はそっと覗き込む。
「地獄………にしちゃ煌びやかな穴だな」
「地獄ねぇ………まぁ、君の世界と比べたらある意味地獄かもね。なんせ何もかもが自分より格上なんだから」
「あ?―――あぁぁぁぁぁ!?!?
ドン!と老人は男に突き落とされ、輝く穴へと落ちていく。穴から落ちる老人を覗き込む男は最後に言う。
「それじゃあ頑張ってね。あぁ、そう。君のその変態スキルだけど……」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」
「たまには人を助けることにでも使えば?そしたら罪滅ぼしごっこにはなるんじゃない?」
それが、老人がこの世界で最後に聞いた言葉だった。