第三章 ニュース
動くことが出来たのは夕方近くになってからであった。目が覚めてから何となく気に掛かっていたパンツを脱ぐと、半分乾きかかってはいたが、ぬるっとした液体が大量に付着していた。
「えっ?」
電車で痴漢に会った訳でも無い。ここの記憶は確かにあるのだ。となると、昨夜の空白となった時間に・・・・
私は急いでパンツを脱ぎ捨て、テレビのスイッチを入れた。夕方のニュースは既に始まっている。下半身裸のままテレビの前に正座して画面を凝視した。見始めてから二つ目のニュースだった。アナウンサーは男の変死体が発見されたと騒いでいる。現場はこの街だ。死体の男は、喉を鋭利な刃物で刺されており、出血死している。だが、可笑しなことに、上半身は服を着ているが下半身は裸だという。倒れている近くにイソフルランが入った小さなビンが落ちていたが、事件との関連性は調査中だが、凶器の刃物はまだ見つかっていないと伝えた。
下半身裸って何よ?
イソフルランって聞いたこともない。
「えっ?」
ちょっと待ってよ。死体は下半身裸。私の状態と照らし合わせると・・・・
これって、私が係わってるってことになるの? でも、私は刃物なんか持って無い。
もしも死体の陰部のDNA検査でもやられたら、私の何かが出てくることも考えられるのだろうか。
確か、唾液でも反応が出ると聞いたことがある。それが本当なら私の液体が検査に反応してしまうのではないのか。
私はハッとしてバッグの中を床にばらまいた。だが、刃物は何処にもなく、血痕さえ付着していない。私、何処かに捨てたのだろうか。だけど、歩く範囲なんてたかが知れている。もしもその辺りにでも捨てていたら、もうとっくに発見されていても可笑しくはない。それとも、発見されないような場所を探して捨てたのだろうか。そう考えると何が何だか分からなくなってきた。
だが、きっと奴はまた私のところへ来るだろう。あの目は絶対に私を逃すまいとしている黒い光を放っていた。もしも、殺害された時間の直前に駅辺りのカメラにでも映っていたら最悪だ。それだけで私のアリバイは無くなってしまう。
そう思ってしまったら、何とか嘘のアリバイを作らなくてはならない。駅に居た時間は操作出来ないだろうし、何処かへ寄り道したと言っても証人は作れない。考えは行き詰まった。
翌日の朝早く奴はアパートのインターホンを鳴らした。
「毎度毎度ゴメンなさいね。それで、一昨日の夜ですが、貴女は何をされてましたか?」
露骨な質問だった。
私は、何時頃の電車で駅に着いた事を簡単に説明した。
「ほう、いつもそんなに遅い帰宅なんですか?」
恐らく、その前日も、そしてまた前々日の駅を通った私の時間でも確認したのであろう。その自信満々な口調はそれ以外には考えられない。
「その日は会社の飲み会に参加したものですから」
「ということは、普段はもっと早いと?」
「ええ」
浅村は、「なるほど」と理解したような言い方をしながらも手帳にメモしていた。
「で、駅からここまでは?」
「帰宅したに決まってるじゃありませんか」
「駅からそのまま帰宅したと?」
私は溜め息をついて見せた。
「あの夜は大雨だったんですよ。そんな中、帰ると思いますか?」
「では、タクシーか何かでも?」
「そんな勿体ない。小降りになるまで駅のトイレで雨宿りですよ」
「トイレで?どうしてまた?」
「立ち尽くしてるとキツかったから、トイレの便器に座ってました」
「どの程度でしたか?」
「そうですねえ。一時間は過ぎたと思いますよ。中で読んでいた本の区切りが良いところで外を確認してみたから、そんなもんだと思います」
「一時間ですか・・・・」
浅村は、このやり取りに納得出来ないようで、腕を組むと少しの間考え込んだ。そしておもむろにこう切り出して来た。
「そう言えば、その日に来てた服はありますか?あれば見てみたいのですが」
「昨夜洗濯して部屋干ししてるんですが、もう乾いてるかも」
私は、ハンガーから服を外すと浅村の目の前に差し出した。浅村は、触っても良いかと確認すると、服を頭上に広げた。勿論、裏も同様にしっかりと目を通している。私は、その様子を無言で眺めた。