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サッカーボール、柚子、月のマンション

作者: 大石次郎

(1)


少し慎重に、歩道に車を寄せる。


「家の前まで送るのに」


「いい、荷物はなるべく早く送って。すぐ引っ越すから。大丈夫」


頭に血が昇ってる麻矢(まや)は頑なだった。

同棲を解消するにしても友人の都合がつかず麻矢は郊外の実家に戻るしかなかったのと、タクシーの配送アプリが激混みで掴まらず、間が持たなくなって送る事になっていたから色々具合が悪かった。


「それじゃ」


「うん、さよなら」


手厳しい。

浮気や何かトラブルがあったというワケじゃなく、生活時間のズレから段々拗れてこうなってしまった。

親にも紹介し合っていて、試合に負けて勝負にも負けたような、何ともいえない苦々しさが2人ともあった。


30代手前、自分じゃなかった。そう思い知りながらそれぞれ夜道を帰った。



同棲を解消しても仕事はいつも通り何の問題も無く進む。


昼間はカフェ。夜はワインバーというタイプの店の厨房で働いている。

2年前に社員になってしまったからランチのラッシュと夜の仕込みの担当作業が一段落すると、狭い執務室で事務が細々あってうんざりだが、今日は頭がクリアで安っぽい業務用PCの画面の数字が行儀良く見えるくらいだった。


「そういや麻矢さん、前に綿のストール探してたですよね?」


後輩の鈴木が何とはなしに言った。

何人かで行ったグラススキーや飲み会等で何回か? 麻矢と面識がある。

連絡先は知ってるが普段付き合いをする程じゃなかったと思う。


「いやぁ、別れたんだ」


「ええっ?!」


こちらが驚くくらい驚く鈴木。


「完全に結婚される流れだったじゃないですかっ」


「面目無い」


ホント面目無い。と思っていると、


「高井さん、夜用のポルチーニ茸ちょっと傷んでるみたい何ッスけど? 箱で」


「箱で??」


不意に執務室に入ってきたベテランバイトに言われて俺は鈴木に後は任せて、慌てて厨房に戻った。


同棲解消しても普通に仕事トラブルったりもするな・・



休日、近くの河川敷に来た。たまに麻矢と「犬、飼いたいよね」何て話しながら来てた。

未練というより、1人でも散歩を楽しめるのかな? って。当面引っ越さないし。


取り敢えず、土手の階段に座って汁粉ドリンクを飲んでみる。


小学生がフットサル教室に参加している。

中学の時一応サッカー部だったから、草野球よりかは見てられる感じだ。


子供がボールに夢中。良い事さ。


今、懸案は3つ。


1つ、件のポルチーニ茸をダメにした『新卒正社員』がもう辞めると出勤拒否してる。


2つ、麻矢がいらないと言った家具の処分。


3つ、鈴木がすごい連絡取ってくるようになった。


汁粉ドリンクを飲み干した。小豆が引っ掛かってるがキリが無い。


「店長はダルがってるが、新人は本部に伺いを立てつつ個人的には接触しない。家具はリサイクルショップ。鈴木は一旦置いとく」


小声でボソボソと方針を確認。暫く自分の仕事以外何もしたくないが、しょうがない。

やれる事するしかない、と開き直ってたら子供が打ったシュートがゴールのバーに当たって高く上がった。


天気、好いな。


(2)



実家。何て居心地の良い空間だろう?


オーロラの北極。モンゴルの大草原。エジプトのピラミッド。アイスランドの火山。ガンジス川の畔。アンコール・ワット。ハワイ。屋久島。月面。実家。


実家、だね。圧倒的に。


今年で29歳になった私は、遂に『子供部屋お姉さん』デビューしてしまった。


難点があるとすれば会社から遠い事。

遠いって事は交通費の届けがややこしいって事。新たに届けるには理由をざっとは説明するって事よね。


それなりに職場はザワついたよ。


まぁでも日曜日。


「はぁ~あ」


高校の体操服を着てる私はベッドで中学まで読んでた少女漫画を読み直してた。


「麻矢ぁ、ちょっと降りてきてぇ!」


1階から母の声。これも実家的。


「何ぃ?」


返事をして1階に降りると、ダイニングテーブルの上のプラスチック籠2つに柚子が山盛り入ってる!


「こんな今年生ったの?」


「毎年よ? お父さん、マメだから」


「はぁ・・」


それにしても大量。ちょっと会社、持ってってみよっかな?



ちゃんと洗って拭いて乾かして、見栄えのいいのを選んで紙袋に入れて職場に行ったら、思いの外珍しがられた。


「何か、売ってるのよりゴツゴツしてるね!」


「野生だ!」


「いや、麻矢ん()の庭産」


野生の庭ですぞ? ふふん。


「こういうアイテムあったなぁ」


ボソッと柚子を1つ摘まんで上司の香田さんが言った。アイテム?


「何です?」


「ああ、ゲームだよ。今やってる。ラストサーガⅤ!」


「・・・」


そうだ。ゲーマーだったよ、この方。確か父子家庭なのによくオンゲー何てする暇あるな、と。


「香田さん。時間、大丈夫何ですか?」


「大丈夫大丈夫。娘ももう中学生だし。手の掛かる低学年の頃までは、ゲーム断ちしてたからね!」


自慢気に言う香田さん。う~ん?


鵜崎(うざき)さんもウチのクランに入らないかい? 結構女子も多いよ? オフ会いったら中の人オジサンだったりもするけどっ。逆もあるからね? あはは」


「オンゲーですか・・」


ゲームの中でもハードル高いよね??


「とにかく! その柚子はリアル何で、ちゃんと食べて下さいねっ」


「お~、わかった。娘と鍋でも食べるよ」


うむ。我が実家の柚子がクリティカルなスパイスになる事を期待しよう。


何て思いつつ、その日の仕事は特に何も異常無く、気が付くと帰りの駅からのバスの中にいた感覚がするくらいで、妙に気まずいような怖いような気がして、何気無くジャケットの両ポケットに手を入れて姿勢を正すと柚子が1つ入ってた。


どのタイミングで入ったかな?


「鍋、かぁ」


何も考えずに呟いて、香田さんの発言に引っ張られてる気がしてちょっと慌てた。


まぁ今日した人との会話で一番アクが強かった。てだけだけど、何だか厄祓いも必要な気もしてきた。


何かフラフラしてる。


「現状確認、必要だね」


私は面倒で断ってた同期の独身仲間からの合コンの誘いに乗ってみようと、柚子を摘まんでみながら考えた。


(3)



高井と鵜崎が別れて3月半程経ち、2月の下旬となったある日、雪が降っていた。


午前中、調理場スタッフの社員候補者向けの講習会に午前の部の講師の1人として参加していた高井は午後1時過ぎ、滑らないよう気を付けながら普段使わない駅近くの通りを足早に歩く。

会場までは会社のマイクロバス移動だった為に少々薄着で、何か温かい物を食べようと目当てのきしめん屋に向かう。

鵜崎の好きなチェーンであったがもう時効で、この地域には店舗が少なく、入れる機会はそう無いと判断。

鰹節のたっぷり乗った温きしめんは値段の割に最高だった覚えが高井にはあった。


「いらっしゃいませ~」


少し外れた時間だから程々の客入りの店に入り、早速レトロな券売機に向かうと、


「おっ?」


「うわっ?」


券売機近くの席に上着を取った私服の鵜崎が1人座っていた。


鵜崎は親に心配されながらこの2つ先の駅近くの古いマンションに引っ越し、今日は変則的に日曜出勤する事になった代休だった。

子育て中の者も含め、平日の昼間に急に都合のつく友人がいなかった為、一人で近場を街ブラしていた次第である。


数分後、2人は同席して黙々ときしめんとサイドメニューを食べていた。


「柚子搾りたくなるよね」


不意に呟く鵜崎。


「柚子?」


「いや、何でもないけど」


「そういや麻矢の実家からたまに送られてきたよな」


「まぁそうだけど・・」


バツが悪そうな鵜崎。


「鈴木ちゃんと付き合ってるんだって?」


「ごほっ、ごほっ」


むせる高井。


「たま~に、SNSとかで牽制されるんだけど? やめさせてね?」


「わ、わかった。すまんっ。・・麻矢は?」


麻矢は暫くとぼけて手羽先を噛っていたが、慣れている高井が知らん顔をするので、白状した。


「バツイチコブツキの職場の上司と付き合う事になったわ」


「言い方」


「合コンも何回かしたし、マッチングアプリも覗いてみたけど、何か、パッとしなくてさ」


「ノロケか? 勘弁しろよ」


「違うって!」


食事をしながら、しばらく2人は互いに意地悪な質問をしてみたり、近況を確認し合ったりして、食事を終えると店の前に出た。


「じゃ」


「バイバイ」


鵜崎は予定を変更して駅へと去った。

高井も駅から帰るのだが、時間をズラす為に商店街を歩いてみる事にした。



2人が再会するのは約40年後の共通の知人の葬儀の時となる。


それは遠い夢の話。例えば、


その頃、月面でマンションの分譲が行われるようになっていても、


現世紀の最終戦争があって文明が中世くらいまで後退していても、


あるいは異世界から来た兎型人類と共生する社会となっていたとしても、



2人は何も驚かない。

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