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Act.16 ミシック・シビライズド・ビジター(神話的文明来訪者)・4

「──それで、残るあたしたちは監獄行き?」


ユーマが嫌味たっぷりに声を上げた。


「まさか」ギルステンビュッテルは大仰に驚いて見せた。「此処にそんなものはない。空いているスタッフ用キャビンがある筈だから、そっちに移って貰うだけだ」


「あら、シャワーでも浴びれるのかしら?」


ネルガレーテが露骨な作り笑いを浮かべた。


「勿論だ。食事も手配しておく」高圧的だが、ギルステンビュッテルは紳士的に言った。「まあ、君たちもビジター(客人)には違いない」


「ええ、シビライズド・ビジター(教養ある訪問者)ですもの」


「くれぐれも、ミステリアス・ビジター(不可解な訪問者)には成らないでいてくれたまえ」ネルガレーテの一層の愛想笑いに、ギルステンビュッテルが逆に顔を曇らせた。「──良い返事は、戻って来た時に聞くよ」


そう言うとギルステンビュッテルは身を翻し、モスバリーを促して歩き出す。モスバリーはミルシュカの背を(たた)くと、(くびす)を返してギルステンビュッテルの後に続いた。


ギルステンビュッテルたちがドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人の脇を通り過ぎ様、ジィクが振り返る。


「リサとアディ──」


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人の後ろにはいつの間にか、7人もの武装セキュリティが銃を構えていた。


「それにミルシュカに何かあったら、貴様の首根っこを()し折る・・・!」


セキュリティ越しに凄むジィクを歯牙にも掛けず、ギルステンビュッテルは一瞬振り向き、ニヤッとしただけだった。


まだどこかで逡巡している風情のミルシュカが、強張った表情で振り向く。


「ミルシュカ・・・!」


ジィクが1歩踏み出した途端、セキュリティが一斉に銃口を向ける。


「心配するな。向こうにはリサもアディも居る」


ジィクの言葉に頷くと、ミルシュカはモスバリーに促され、もと来たホッパー(漏斗型)シューターの陰に消えた。


「では、諸君らを案内する」


並び立つセキュリティの1人が声を掛けて来た。


ネルガレーテが大きな溜め息を吐き出す。ユーマが仕方ない、と言う風情で肩を(すぼ)め、行くわよ、とジィクの肩をぽんと(たた)いた。


前に2人、両脇に1人ずつ、背後に3人と、セキュリティに囲まれながら、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人がぞろぞろと歩き出す。緩やかな上り斜梯に足を掛けた時には、ミルシュカたち3人は折り返しラッタル(裸階段)の中ほどまで登っていた。さすがに階段は団子になって歩く訳にもいかず、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人が先行する。後ろから7人のセキュリティが追従するが、その中の先頭2名は1メートルの間隔を保ったまま、油断なくドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の背中に銃口を向けていた。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人は無言のままラッタル(裸階段)を上り切り、再び棟屋へ出た時には、先を行ったミルシュカたち3人の姿は既になかった。棟屋内は人気(ひとけ)が無く静まり返り、相変わらず放置された土木機材が無機質な影を落としていた。


モスバリーが降りて来た大きな6輪車の横を抜け、ウインドブレイク(風除け)を開いたスライド・シャッターの隙間から外へ出た途端、ブレード(回転翼)音が大きな唸りを立てて、小型のロータークラフト(回転翼機)が離陸するところだった。ギルステンビュッテルがネルガレーテを同乗させ、開発基地の概要を説明しながら移動するのに使った、小型のロータークラフト(回転翼機)と同型機だった。下の坑道に降りている間に回航させてあったのだろう、ミルシュカたち3人を乗せた機体は見る見る高度を上げ、そのままアモンが駐機するランディング・デッキ(離着床)の方へ飛んで行った。


一方のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)たちは、大袈裟とも思える7人の武装セキュリティに銃口を向けられ、ここへ来る際に乗せられたパラレル(並列)ツインのロータークラフト(回転翼機)に、再び追い立てられた。ロータークラフト(回転翼機)はドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人を乗せ、上昇してピット(採鉱坑)を抜けると、ランディング・デッキ(離着床)とは反対のバルンガが駐機するリフター・パッド(垂直離着床)の方へ鼻先を向けた。


5つ並ぶパッド(離着床)の中央、バルンガの駐機する隣のパッド(離着床)へ、2分と経たずに着陸した。乗ったり降りたりと、お前らの脳味噌同様にクソ慌ただしいこった、とジィクが挑発するものの、セキュリティたちは全く口車に乗ってこない。先だってのジィクとユーマの反抗的な態度から、一切相手になるな、と指示が下りているのは間違いなかった。


着陸したパッド(離着床)には、下のピット(採鉱坑)の棟屋内で見た、厳つい6輪車が停まっていた。車輛の履くタイヤも巨大で、クリアランス(最低地上高)が50センチはあろうかと言うオフロード車だ。粗く溶接付けされた武骨なクローズド・ボディは、六角形の断面をした複雑な面構成で、小さなフロントガラス以外に窓がない。最後部が両開きのハッチ・ゲートになっていて、窓が無い室内の両壁際にはベンチシートがあり、まるで軍用のアーマード・パーソナル・キャリア(装甲人員輸送車)だった。


先に運転席と助手席に乗ったセキュリティ2人が、後部ハッチ・ゲートから乗り込んで来るドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に対して、前からシート越しに警戒の銃を構える。囲むセキュリティの1人が銃口を振って、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人に、乗れと指図した。


乗降用ステップがあるものの、その段差にぶう垂れるネルガレーテがユーマを呼び寄せる。何であたしが、あんたをお姫さま抱っこしないとならないのよ、とユーマは鼻を鳴らしながらも、抱えるようにしてネルガレーテを車内へ押し上げた。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人は、車体右側の8人掛けシート真ん中へ座らされる。その左右に間隔を空け、セキュリティが1人ずつ、シートに腰の半分だけ着座して身を捩り、3人に銃口を向ける。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)真正面の左側シートには、残りの3人のセキュリティがずらりと並んで座り、当然のように銃口が3つ睨み付ける。


多人数で同時にドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を警戒するため、一般車輛を使わなかったのだ。少々大袈裟に過ぎる気もするが、それだけ危険人物だと目されている証左だった。最後のセキュリティが乗り込むや否や、6輪車は発車した。


女性用下着のモールド・ブラカップのような山高の、緩やかな曲線を描く山吹色の屋根の棟屋の間を抜け、ある1棟にホィーラ(車)は着いた。施設棟は、アールスフェポリット社の施設同様、氷表に生活熱が直接伝わらないように、3メートル程のピロティ(高床)式オープン・ガレージになっているが、駐車されている車輛は無かった。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人は武装セキュリティに指示され、ウインドブレイク・エントランス(風除け室)を通ってから階段を上がって棟屋内に入った。


棟屋は全長100メートルほどの楕円形の3階層建てで、全フロアが当該開発基地就業者用のレジデンス(居住棟)になっている。1フロアの面積は8000平方メートル近く、60人ほどのキャビン(個室)があるので1棟に180人近いスタッフが暮らしている。もっとも開発基地自体の規模がアールスフェポリット社とは桁違いであり、就業者総数も3000人を優に超えるため、同じようなレジデンス(居住棟)が他に20棟もある。


上がった先は、フロア共用のラウンジみたいなスペースになっていた。ラウンジには7人ほどのスタッフが談笑しており、併設されているリビングスペースにはテーブルが8つほど置かれ、10人ほどが(たむろ)していて、フロア全体が賑やかだった。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)たちは居心地悪い視線に(さら)されながら、リビングを通り抜ける。


レジデンス(居住棟)とは言え(たむろ)している従業員の多さは少し異常で、本来なら大半の者が採鉱作業に就いていて、この半分も残っていない筈だ。採鉱作業が滞っている事を知らないユーマとジィクは、失業者の救済施設のような有り様に顔を見合わせた。


一方の居合わせる従業員連中も、銃を構えたセキュリティ7人と、それに囲まれた如何にも胡散臭い3人の場違いな混成一団に、一斉一様に視線を向ける。


勿論、従事している開発基地スタッフは、自社のセキュリティがドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)と呼ばれる破落戸(ごろつき)連中と派手に()りあった、などとは想像だにしないし、そもそもドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)自体を目の当たりにする事などまず無いので、正体の知れない連中に奇異と興味の目付きを向けるしかない。


テーブルに居たテラン(地球人)の若い男性スタッフが、惹かれるようにネルガレーテと目が合ったが、ネルガレーテは、ふん、と鼻先であしらった。そのグラマラスで魅力的、派手なネルガレーテの容貌は、リサ以上に見る者を惹き付けて()まないが、ネルガレーテ自身は見知らぬ初見の相手に、気安く秋波を送るような愛想を持ち合わせていない。


グリフィンウッドマックの3人は、ランドリー・スペース横の階段を上へと追い立てられた。1つ上のセカンド・フロアにも、同じような共用スペースがあって、そこも(かまびす)しいほど賑わっており、別の施設へ繋がる高架コリドー(通廊)が奥に見えていた。


さらにもう一層上の最上階へと連れて行かれ、幅2メートル程の少しジグザグした廊下を歩き、腰高の壁に仕切られた小さなミーティング・スペースの脇にあるドアの前に着く。


セキュリティが壁際のスイッチに触れると、ドアがスライドして開いた。中は4人用のスイート・オキュパンシー(続き居室)になっていて、入り口を入ってすぐが共用のリビング・スペース、その奥に同室4人それぞれのベッドルーム(個室)がある。右手は共用のバスルーム、左手には簡易キッチンが設えてあった。


ダイニング・ホール(食堂)は2つ隣のリッジ(棟屋)にある、常時開いているから自由に使え、とだけ言い残すと、7人のセキュリティは残らず引き上げて行った。


「おやおや、これは随分と扱いが真面(まとも)ね」


室内を見回したユーマが、大きな肩を(すぼ)める。


「クライアント(受注先)のファシリティ(設備)より、ずっと充実してるじゃないの」


ネルガレーテも、何故か忌々しそうに唇を噛んだ。


セキュリティが出ていった入り口脇の壁際に立ったジィクが、ドア口から顔を出した。


「おいおい、本当に行っちまったぜ」ジィクが突き出した首を、2度3度と左右に振る。「誰も居ないぜ。てか、このフロア自体が無人じゃないか・・・?」


人気(ひとけ)の全く無い廊下に、ジィクが半身を突き出す。


「監視も無し、ってか・・・」


さすがのジィクも、呆れたように言った。


「凄い自信家ね、あのギルステンビュッテルって言う男」ユーマは耐寒ジャケットを脱ぐと、その巨躯をリビングの長ソファに沈め込んだ。「あたしたちが逃げ出しても、どうしようもない、と踏んでいるのね」


「まあ、確かにその通りじゃない? 現状は」


「それで、どうする? ネルガレーテ」


簡易キッチンを漁り、酒の1本も置いてない、とぼやくネルガレーテに、ユーマが苦笑しながら言った。


「アールスフェポリット社とヒゴ社の企業争いに、頭を突っ込むつもりはないわ」


銀の耐寒ジャケットのポケットからヒップフラスコ(携帯用酒容器)を取り出すと、ネルガレーテはキャップを開いて口を付けた。


「あのロード・マック(高慢ちき野郎)が何をしようと、関知はしないつもりよ」


ネルガレーテは歩み寄ってくるジィクにも、ヒップフラスコ(携帯用酒容器)を差し出した。酒類を(たしな)まないユーマには、勿論勧めない。


「──今、現在、彼奴(あいつ)らの手の内に落ちた26人はさて置いても、少なくともトトとミルシュカだけは返して貰う」


くいっと一口煽るジィクに、ネルガレーテがきっぱりと言い切った。


「それで、アディとリサは?」


「──連絡、付きそう?」


聞き返すジィクに、ネルガレーテがソファのユーマを見遣った。ユーマは左カフ(袖口)の通信機に目を落としていたが、小さく首を振った。


「駄目ね。ここからじゃ、装備の通信機じゃあ届かない」


そのユーマの言葉にネルガレーテは、その尖った右耳にイヤフォン(受話器)を挿し込むと、自身の通信機に話し掛けた。


「──ベアトリーチェ、聞こえる?」


「はい、ネルガレーテ」


可愛らしいが抑揚の薄い、いつものベアトリーチェの声が、直ぐさま返って来た。


「アモンはどんな具合? 誰かに乗り込まれてる? システムの機能を、何か制限されてる?」


「いえ、異状は何もありません。システムに不備もありません」


「じゃあ、直ぐにでも離陸できるの?」


「いえ、艦外カメラの画像を見るかぎり、ランディング・ギア(降着装置)にタイダウン(機材固縛)を掛けられています」


「外に出て外さないと、離陸は無理ね」


「バスト・ファイバー(植物靭皮繊維)製の索具だと思われます。レーザー・トーチで断ち切れると推断しますが、外してそちらに向かいましょうか?」


「まだ良いわ。ベアトリーチェは艦内(なか)にいて、何時でも離陸出来るようにしておいて」ネルガレーテが真剣な声で言った。「──それより、アディたちから連絡はあった?」


「いえ、ありません」


「そう」ネルガレーテは小さく溜め息を吐いた。「ガーメント装備の通信システムの出力だと、アディたちと連絡が取れないのよ。アモンで中継してくれる?」


「分かりました」再度間があって、ベアトリーチェの声が返って来た。「──ネルガレーテ、どうぞ」


その言葉に頷くと、ネルガレーテは意識して平常な口調で言った。


「アディ、聞こえる?」


やや間を置いて、ネルガレーテが再び、今度は少し熱を込めて言った。


「──アディ? リサ? カミング(応答して)?」


「──大丈夫そうね。もうジャミング(通信妨害)はされていないみたい」


イヤフォン(受話器)を挿し込み、通信を傍受しているユーマが、同じく傍耳立てているジィクに頷いた。


「アディ! リサ!」ネルガレーテの声が、一層尖った。「聞こえる? カミング(応答して)!」


「──ネル・・・レーテ・・・!」


じっと聞き耳を立てる3人の耳に、雑音に混じって、確かに声が返って来た。


「ネルガレーテ!」


今度ははっきりと聞き取れた。間違いない。ネルガレーテはイヤフォン(受話器)の挿さった右耳に手を当て、ユーマとジィクが口を真一文字にして顔を見合わせた。


「リサ? リサなのね?」ネルガレーテが噛み付くように声を上げた。「大丈夫? 現状を報告──」


そのネルガレーテの声を遮って、リサの声が覆い被さる。


「ネルガレーテ! アディが! アディが!」


リサの声は、喩えようもないほど動揺し、震えていた。


「リサッ? どうしたのッ? アディに何かあったのッ?」


一瞬にして尋常ならざるものを感じ取ったネルガレーテは、焦りを隠せない。


「アディを・・・救けて・・・!」


ぼろぼろと泣き崩れるリサの声が、ネルガレーテ、ユーマ、ジィクの耳朶に、いつまでも響いていた。





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 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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