Act.15 競合企業・3
「設備の被害状況などは概要だけで、詳細な被害を未だ掴めていないのだ。復旧復興など、計画すら立てられない状態ながら、実はもう1つ」
ギルステンビュッテルは大きく息を吸い込むと、さあ行こう、とドラグゥン・デューク(編団頭領)を促し、歩きながら話し出した。
「──私が、この地に執着を抱く素因があるんだよ」
「執着? 鉱物資源開発ではなく、と言う意味で?」
その人となりからは縁遠そうな言葉と、勿体付けるような口調のギルステンビュッテルに、ネルガレーテが訝る。
「私は自分で実業人の権化だと自負しているつもりだが、その私でも利害を少しばかり超越して、興味をそそられる対象がある、と言う意味だ」
「実業人は夢を見ないものでしょ?」
足早に足を繰るギルステンビュッテルに、ネルガレーテが冷やかすように言葉を返した。
「夢ではないよ。得体の知れない、大きな期待感、と言っても良いかも知れない」
「持って回った言い方をするのね、実業人は」
「また、そう言う嫌みを言う」さあ乗った、とギルステンビュッテルがロータークラフト(回転翼機)の方に首を倒す。「──実に魅力的なお人だ」
「あんたの方こそ、そう言う物の言い方、繰り言より余程に似合ってるわよ」
ギルステンビュッテルが開いたドアから、ネルガレーテが飛び乗る。反対側のドアからヒゴ社プレジデント(支社長)が機内に飛び込むと、ロータークラフト(回転翼機)は慌ただしく離陸した。機体は前傾しながら回頭すると、連なる廃棄氷山の麓沿いを、大きな第3坑を右に見ながら第1坑の方へ向かう。コリドー(通廊)で結ばれた山吹色の棟屋群の上を飛び抜ける先の少し開けた氷地に、整備された小型機専用の駐機場が5つあるリフター・パッド(垂直離着床)が見えた。背後には直ぐそこまで、スポイル・ダンプ(掘削残廃捨山)の円錐氷塊の山並みが迫っている。
一番左端のパッド(離着床)には小型ロータークラフト(回転翼機)が2機、肩を寄せるように駐機し、その隣のパッド(離着床)には一回り大きなロータークラフト(回転翼機)が留まっている。ネルガレーテたちを乗せたロータークラフト(回転翼機)は、離氷してから3分と掛からず中央のリフター・パッド(垂直離着床)に着地した。バルンガで降下したアールスフェポリット社のリフター・デッキ(垂直離着床)棟と違い、吹き曝しのオープン・スペースだがアイス・バウンド(氷結)防止機構を組み込んであるのか、床面は全く凍てついていない。
僅かに温もりを感じる足下を気にしながら、ネルガレーテが溜め息交じりに口を開く。
「──それで? あんたが期待を抱くようなもの、って?」
「それは──」
ギルステンビュッテルが意味あり気な笑みを浮かべた矢先、通信が入った。ポケットから取り出した端末で、二言三言交わしたギルステンビュッテルが、通信を終えるとにこやかな笑みでネルガレーテを見遣った。
「タイミング良く、此方に着いたようだよ」
ギルステンビュッテルが、鈍色の空の彼方を見上げた。
「彼らと一緒に行くとしよう」
振り向くネルガレーテの視線の先、空に小さな滲みのような点が目に入ったと思ったら、小さな排気音が聞こえ始める。
「あれは──」
キュラソ人デューク(頭領)の尖った耳に届く、聞き慣れたエンジン噴推音。そして機影が徐々に大きくなる。角張った鯨が小さな羽根を拡げたような銀色のフォルム(姿容)、それはネルガレーテが良く知った、グリフィンウッドマックの保有機材バルンガだった。
* * *
「そろそろだろ? ユーマ」
そう声を掛けながら、バルンガのコックピット(操縦室)にジィクが入って来た。
「ルーシュは? まだ寝てる?」
主操縦席のユーマが、その巨躯を捩らせて振り向いた。ユーマはジィクを見て、すぐその後ろから銃を突き付けている、ヒゴ社のロゴらしき標章が入った深緑の防寒アウターを着込むザラブ人の男に、ちらっと目を走らせた。
三角形した頭蓋骨、ジャミラ人同様に特異発達した可動域が狭い頚椎部、細い鼻梁と刻み込んだような鼻穴、角質化した耳介が特徴で、肌の色は艶のある金色に近い黄土している。このザラブ人は、アールスフェポリット社の試掘坑を襲撃して来た一団の1人で、ジィクたち3人が中型ブレーダー(回転翼機)で逃げ出そうとしたところを、エクスカベータ(掘削機)を操縦して襲って来たギャリア(汎用重機)乗りだ。
「ああ」ジィクは入り口両側に立つ、2人のワイアール人を交互に睨み付けた。「相当疲れたらしい。ちょっとばかり無茶をさせ続けたからな」
ワイアール人たちはザラブ人と同じ防寒アウターを着込み、抜け目なく銃を構え、後ろ端から操縦者たるユーマを監視していた。ワイアール人は瞳孔と白目が同色で、耳介上部が垂れ下がっている。うち1人は最後に、乗っていたギャリア(汎用重機)から降伏を勧告して来た女だ。
このワイアール人の女と、ジィクに目を光らせて付いて来たザラブ人の男は、他に同乗している奴らとは、明らかに雰囲気が違っていた。おそらくはドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)か、それに類する人種だ。
「そう」コ・パイ・シート(副操縦席)に腰を落とすジィクに、ユーマが小さく頷く。「少しは眠れた? あんたも」
「邪魔なお客さんが居なければ、ルーシュに本当の男を教えてやれたのに、残念だ」
ジィクは、後ろで雁首揃えるヒゴ社の連中に顎を抉る。本来なら此処で、ユーマが突っ込みの1つも入れる所だが、今は気重な表情で小さく頷くだけだった。
アールスフェポリット・コスモス社の試掘坑で追い詰められたドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は、ひとまず投降した。ミルシュカの素性と立場を説明したが、連中からは何の反応もなく、正体を尋ねたものの素直に明かす訳もなかった。
ユーマとジィクはザラブ人の男に、そこらにあった作業用の補修テープで、手首をぐるぐる巻きに拘束された。その間にワイアールの女が、通信で応援を呼んでいた。何せ表坑を上がるためのウォッチ・タワー(作業監理塔)のリフトはドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に潰され、氷壁のラッタル(裸階段)は自分たちが放ったロケット弾で目茶苦茶になってしまい、足として降下に使ったロータークラフト(回転翼機)すらも飛行不能にしてしまったため、表坑にいる全員が自力では上に出られなくなってしまっていた。
5分としないうちに、洗熊を平べったく潰したような、濃緑色にオレンジのラインが入ったロータークラフト(回転翼機)がバタバタと飛んで来た。
タワー(作業監理塔)占拠を担当した部隊の機材だ。一番最初に襲って来たフィギュア・マシンナリー(人型機工器械)は、この連中が投入したものだった。間を置かず、4台の氷上車がユーマたちとは反対の方向から姿を見せ、小型ロータークラフト(回転翼機)の脇に停車した。4台に分乗していた7人がばらばらと飛び出し、一番大きな履帯式ピックアップ・トラックの荷台から、ぞろぞろと人が降ろされる。表坑でトトの捜索に当たっていたアールスフェポリット社の社員だ。全部で6人、全員がすっかり疲れ切っていて、無言のまま氷地にへたり込み、皆が大なり小なり負傷していた。
残りの2人は、別のピックアップ・トラックの荷台から腕と足を抱えられ、半ば投げ捨てるように氷地に降ろされた。この2人は再び目を開けることはない。うち1人はランドールだった。その2人の遺体を、氷上車から降りて来た連中が、手荒にロータークラフト(回転翼機)に積み込んだ。その光景をアールスフェポリット社の社員も目にしていたが、誰も押し黙ったまま見詰めるだけで声を上げようとはしなかった。
やがて空気を叩く、もう1つ別の大きなブレード(回転翼)音が轟き始めた。
サンドイエロー(黄土色)の中型ロータークラフト(回転翼機)が、見る見る近づいて来ていた。あの武装ギャリア(汎用重機)を積載して来た機材と同型だ。
交差式パラレル(並列)・ツインローターの中型ロータークラフト(回転翼機)が、洗熊みたいなロータークラフト(回転翼機)から少し距離を置いて着地した。
ユーマ、ジィクが銃で小突かれ、ミルシュカと共に中型ロータークラフト(回転翼機)の方へ追い立てられた。それと同時に、アールスフェポリット社の6人も、歩け、と命じられた。連中は銃で小突く以外は特に手を出す事もなく、ミルシュカにも手荒な真似は見せなかった。勿論ジィクが常に、直ぐ手の届く横に付き添っていたし、グリフィンウッドマックの2人が殊更に波風を立てず、大人しく指示に従ったから、と言う情況もあったかも知れない。
背後でブレード(回転翼)音が一層大きくなったかと思ったら、ランドールらの遺体を乗せた濃緑色の洗熊みたいなロータークラフト(回転翼機)がふわりと浮き上がる。僅かに回頭すると、そのまま開発基地のセンター・リッジ(管理枢要棟)やレジデンス(居住棟)のある方へと飛び去って行った。
襲撃して来た連中に囲まれながら、グリフィンウッドマックの2人とミルシュカ、加えてアールスフェポリット社の6人は、中型ロータークラフト(回転翼機)が開く後部のランプ・ドア(搬出入用斜路扉)から、別の2人が銃で待ち構えるカーゴ(貨物室)へと押し込められた。押し込められたと言っても、だだっ広いカーゴ(貨物室)内には何も積まれていないので、がらんとしている。
カーゴ(貨物室)に、あのワイアール女が操縦するギャリア(汎用重機)が載せ込まれると、アールスフェポリット社の連中は、誰とは無しに各々(おのおの)がまばらに座り始めた。ジィクもミルシュカを促すと、デッキ壁際の床に座り込んだ。ミルシュカもジィクの脇に腰を落とすと、自然とジィクの肩に凭れ掛かった。
積み込まれたギャリア(汎用重機)がタイダウン(機材固縛)されると、カーゴ・ドア(貨物庫外扉)が閉じきる前に、機体が離陸した。ミルシュカを挟んで反対側で片胡坐をかくユーマが、どこに連れていくつもりかしら、と独り言のように声を漏らすと、ジィクは、さあ、と無言で肩を窄めて見せた。
その目的地は直ぐに判った。
3分としないうちに、機体は再び高度を下げ始めた。開くカーゴ・ドア(貨物庫外扉)の目の前には、あの8角形の外観をしたセンター・リッジ(管理枢要棟)が立っていた。左手にはコリドー(通廊)で繋がったストレージ・ウォード(資材保管棟)が見える。
ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を含めた9人が、敗残兵のような足取りでロータークラフト(回転翼機)を降りる。右手には、先程ランドールらの遺体を運んだ濃緑色のロータークラフト(回転翼機)が駐機していた。
正面に見える折り返しの裸階段へ誘導するように、襲って来た連中が銃を構えて列を作る。ユーマとジィクは歩きながら、鋭い目付きで辺りを窺う。ざっと見渡しただけでは、ギャリア(汎用重機)の姿は見当たらない。運ばれたロータークラフト(回転翼機)機内にも予め積まれていなかった事を考えると、襲撃するに当たって、擁するギャリア(汎用重機)を全て投入して来ていたのかも知れない。
階段の裏にはエレベータがあるのだが、定員オーバーなのは明白なので、階段を昇らされる。
ウインドブレイク・エントランス(風除け室)を抜け棟屋内に入ると、別の2名が待ち受けていて、アールスフェポリット社の6人を、エレベータのある方の廊下からメディカル・ステーション(救護医療処置室)へと連れて行く。残ったグリフィンウッドマックの2人とミルシュカは、そのまま全面ガラスのアラウンド・ウォーク(周回歩廊)を、リフター・デッキ(垂直離着床)棟に繋がるコリドー(通廊)へと歩かされた。
一癖あるザラブ人の男ともう1人が、銃を構えて先導し、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の両脇を4名が見張り、その後ろに従うミルシュカの背後から、ワイアール人の女を入れた3人が油断なく銃を構えて追い立てる。大仰な警戒の仕方だが、試掘坑で見せられたドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の反撃能力を考えると、強ち大袈裟すぎるとは言えない。事実ユーマもジィクも、ミルシュカさえ居なければ、多少の負傷はしても逃げ果せると踏んでいる。
リフター・デッキ(垂直離着床)には、勿論グリフィンウッドマックが乗機して来たバルンガの機体がそのまま駐機してあった。と同時に、捕らえたドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)たちを乗せた機材が屋外へ着陸し、他の機材も同様に氷地に駐機している理由も判った。バルンガがデッキ(離着床)を独占しているので、他機が着陸できないのだ。
グリフィンウッドマックが保有する主要機材は、核融合電磁励起エンジンが常時稼働しているが、生体暗証ロックを解除しないとシステム・ステータスを変更できない。つまり動かせないのだ。かと言って、此処で爆破する訳にもいかない。
バルンガが駐機するデッキ(離着床)へ降りる斜行リフトを前にして、ユーマの横にいたワイアール人の女が、1人の武装員に指示を出す。指示された男は頷くと踵を返し、棟屋を一周している高架通路の方へ駆け出した。男は管制室へ、デッキ棟のトップ(天蓋)を開きに行ったのだ。
ユーマとジィクはミルシュカを庇いながら一時も隙を見せず、無言だったが時折り目を合わせては目で会話していた。
どうやらこのアールスフェポリット社の地上採鉱基地は、この招かれざる武力集団によって、完全に制圧されているようだった。ただ捕らえられ虜囚のような扱いを受けているところから察すると、前提として殲滅しに来た訳ではなさそうだ。だが敵の目的がはっきりしない上に、正体も定かではない。それに武器の扱いから、素人ではないのは明白だが、然りとて全員が同業ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)にも思えない。
コンペティター(競合企業)の可能性が高いが、何にしてもミルシュカを同伴していては、特別に酷い扱いを受けない限りは、少しばかり静観する時機だと、2人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は悟っていた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




