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Act.14 鉄火のプランセス・デ・ネージュ(雪子姫)・4

アディの全身に緊張が(はし)り、リサも慌ててグレネード(擲弾)をポケットに忍ばせると、もぞもぞしているエンジェルの幼体をそっと抱え上げた。白く(もや)の掛かっていた視界に見通しが利き始め、ギュルギュルと耳障りな回転音がどこからともなく聞こえて来た。


「全く良くやってくれるよ、貴様ら」


その声と共に、左手に横たわるエンジェルの(むくろ)の陰から、蛍光オレンジのド派手な塗装をした氷上車輛がゆっくりと姿を現した。


動くテーブルみたいなピギーバック(平台輸送車輛)で運び出していた、ドリルの上に田鼈(タガメ)を載せたようなスクリュー・プロペラ・タンク(螺旋櫂駆動氷上車)だった。一見して武装はしていなさそうで、大型トラックほどの高さにあるキャビンには人影が何人か見えるが、その顔までは判別できない。


「あの田鼈(タガメ)みたいなスクリュー・タンク(氷上車)を引き寄せて、近接交錯状態に持ち込めば、ギャリア(汎用重機)は巻き添えを恐れて容易くロケット弾を撃ってこない」


氷表に片膝突くアディは、スラムファイア(連続射撃)・モードに切り替えた右手の00(ダブルオー)ストライクを握り直し、直ぐ脇で固唾を呑むリサの肩を痛み上がる左手で抱き寄せる。


「行くぞ、リサ・・・!」


リサも甘えるように寄り掛かり、うん、と返事する代わりに、首を傾げたヘルメットの横で、アディの肩口を軽く(たた)いて応じる。


耳障りな回転音が止み、オレンジ色のスクリュー・タンク(氷上車)が停車した。2人の左斜め前方、約25メートル。間髪入れずアディが、パイロジェネティック・ハイドロネード(水素反応熱波爆薬擲弾)の起爆ノッカーを押し込む。一呼吸置いてから、投擲(とうてき)すると同時に短く叫んだ。


「──走れ・・・ッ!」


その合図の声に、リサとアディが同時に別々の方へ、弾かれたように氷地を蹴り出す。


幼体を抱え込むリサが、倒れている巨木沿い、左へ15メートル離れた赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)へ。アディは正面のスクリュー・タンク(氷上車)を目掛け、25メートルを駆け出した。


アディとリサの動きを見た車内の敵が、応戦のために外に出ようと右ドアを開いた刹那、氷地に転がったハイドロネード(水素熱波擲弾)が光爆した。目も眩む火球が膨発し、熱波が爆張する。氷表が一瞬のうちに昇華し、白濁の水蒸気ガスがタンク(氷上車)を目晦(くら)ましする。


濛々(もうもう)と立ち篭める水蒸気の中を突っ切るアディが、立て続けにタンク(氷上車)に向かって銃撃を浴びせる。ほぼ目瞑撃ちとは言え、車体の何処かにでも(あた)れば大きな音が立つため、乗車の敵に対しては充分な威嚇の制圧射撃になる。それにタンク(氷上車)の中からでは、アディの姿は影すらも視認出来ていない筈だ。


アディがちらりと、後ろを目の端で見遣る。


リサが赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)に乗り込もうとしていた。


アディはさらに追い討ちを掛けようと、アイソマー・グレネード(核異体爆素擲弾)のストライカー(撃針)・タブを引き起す。間髪置かず、スクリュー・タンク(氷上車)のオレンジ色した車体の腹下を目掛け、アディがサイドスローで投擲(とうてき)した、その矢庭。


一瞬アディが、空気が震える気配を感じた。咄嗟に見上げた、舞い上がる水蒸気ガスの上方で、エネルギー弾の散乱光が小さく(かがや)く。


“──しまった! ギャリア(汎用重機)の反応が早い!”


ギャリア(汎用重機)からのレーザー砲撃だった。標的はリサが駆け込むホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)だ。アディが振り向いた時には、エネルギー弾が倒れた巨木の幹に流星群のように突き刺さっていた。


ファイア・バーキー(非装甲戦闘車輛)が載せていた火器とは、出力が段違いに大きい。喰らった巨木の幹にカボチャほどの大穴が開き、瞬く間に其処彼処(そこかしこ)(えぐ)れ砕ける。


“──読まれてたのか・・・ッ!”


焦るアディの視界の中、濛々(もうもう)と湧き上がる昇華ガスを巻いて、リサの操る赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)がリバース・ピボットターン(信地旋回)する。リサは間一髪、レーザーの火線を(かす)めるようにして、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)をバックさせていた。


“──リサッ・・・!”


リサが無事だった事にホッとした刹那、背後で轟く爆破音が耳を(つんざ)く。


アディの投擲(とうてき)したグレネード(核異体擲弾)だ。


“スクリュー・タンク(氷上車)を仕留めた・・・!”


爆音を聞いてアディが振り向く。


どんな車輛でも一般的には、車体底部が一番脆(もろ)い。腹下に投げ込んだグレネード(核異体擲弾)で、タンク(氷上車)を行動不能にした、筈だった。


だがアディの目に映ったのは、吹き上がる氷粉の銀煙の向こうで全速後進する、スクリュー・タンク(氷上車)の姿だった。タンク(氷上車)は、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)で逃走するリサを、轢き潰そうと動いたのだ。アディが投擲(とうてき)したグレネード(核異体擲弾)に気付いての、退避行動ではなかった。


“──リサ・・・ッ!”


しくじった、と(ほぞ)を噛むアディの視線の先で、スクリュー・タンク(氷上車)の突撃を赤い車体がするりと(かわ)す。リサの赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)は脇目も振らず、そのままエンジェルの(むくろ)の陰へと飛び込んだ。


立て続けに肝を冷やしたアディがリサと合流すべく、直ぐさま(くびす)を返して反対側に駆け出した。エンジェルの白い小山のような(むくろ)を回り込んだ矢先、アディの目の前にホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の赤い車体が迫っていた。


「アディ! 乗ってッ!」


フロントが(ひしゃ)げたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の運転席から、首を突き出してリサが叫ぶ。


僅かに速度を緩めながら走り込んで来るホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)に、すれ違いざま飛び込もうとアディが駆け出した刹那。小さな空気漏れのような音がして、アディは強烈な衝撃を背中に受けた。


ペトロフスキーが撃ったニードルガン(短針銃)だった。


アディが()け反るようにして足を(もつ)れさせ、氷表に転倒する。それでもなお、アディは昏倒しながらも反射的に身を捩り、渾身の応射の引き金を引いていた。


アディは完全に油断していた。


アイソマー・グレネード(核異体爆素擲弾)が炸裂した直後、ニードルガン(短針銃)を握ったペトロフスキーが、スクリュー・タンク(氷上車)から飛び降りていたのに全く気が付かなかった。膨発した氷煙が目隠しになり、アディからは見えなかったのだ。


「──アディ・・・ッ!」


リサが慌ててブレーキを踏みながら、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)をピボットターン(信地旋回)させる。


「この野郎・・・ッ!」


半ば潰れたコックピット(操縦席)から血相を変えたリサが、エンジェルの陰に逃げ込んだペトロフスキー向かって、レイガン(光線拳銃)を浴びせ掛ける。身を屈め僅かに顔を覗かせたペトロフスキーが、慌てて首を引っ込めた。その刹那、リサ、と叫ぶアディの声がした。


はっと気付いたリサが、首を巡らせる。


スクリュー・タンク(氷上車)が直ぐそこまで、恐ろしい勢いで突進して来ていた。


リサが慌てて立ち上がり、潰れたフロント・ノーズを蹴飛ばす。ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の車上から飛び出した刹那、背後で赤い車体がバキバキと音を立てた。


まさに間一髪、紙一重だった。


スクリュー・タンク(氷上車)の、轢き潰しから辛うじて逃れたリサだったが、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の車体がぼっきり砕け折れて、くの字に反れ上がった。


フロント・フレーム先に懸架されている前輪が、投げ出したリサの身の、最後に残った足先を掬い上げるように(こす)った。バランスを崩したリサが、抱えたエンジェルの幼体と一緒に、氷表に投げ出される。


転がりながら、ぐるぐる回る視界の中、リサ、と呼ぶアディの声が聞こえた。


そして銃声が轟く。アディのベネリ・00(ダブルオー)ストライクの射撃音だ。


突っ伏したリサが、眩暈を感じながらも、強引に顔を上げた矢庭。


アディの短い呻き声がして、空気の震えるような発射音が聞こえ、次の瞬間には目の前にアディが倒れ込んで来た。


「──アディ・・・ッ!」


リサが跳ね起き、アディの顔を覗き込む。


「──し・・・心配・・・するな・・・ほんの・・・擦り・・・傷だ・・・」


それでも何とか起き上がろうと、這い(つくば)るアディの背中を見て、リサの血の気が引いた。両の肩甲骨から左の脇腹の辺りまで、銀の耐寒ジャケットがズタズタに引き裂けて、数十本という針弾がアーマー・プロテクタ(胸鎧)に突き立っていた。アディが被弾したのは、1発だけではなく2発だった。しかもプロテクションのない右腿の後ろ側に、(てのひら)より一回り小さいパーム・ダガー(爪小剣)が刺さっている。


1発目を喰らったアディは、リサが投げ出されたのを見て、強引に身を起こした。ペトロフスキーへの牽制の引き金を絞りながら、リサの元へ駆け寄った。


その刹那、背中を見せた一瞬の隙を、ペトロフスキーに()かれた。足を止めようとペトロフスキーの放ったパーム・ダガー(爪小剣)が、背後から見事に突き刺さった。右足の踏ん張りを失くしたアディが無防備に転びかけた所に、2発目のニードルガン(短針銃)を浴びたのだ。


マチェット(大屶)の斬撃で、合金繊維複合高分子強化製アーマー・プロテクタ(胸鎧)の最外被はグスグスに潰されていて、抗弾効果は皆無に等しく、硬化した衝撃吸収用高分子ジェルが辛うじて厚みを稼いでいるが、針弾の数本は砕けたプロテクションの隙間から筋肉に突き立っている。下手をすれば、内臓にまで達しているかも知れない。


ダガー(爪小剣)の刺さったアディの腿が、見る見る真っ赤に染まる。直接は見えないが、背中の被弾箇所も、フィジカル・ガーメントの下で大量に出血しているのは間違いない。


「アディッ! あたしに掴まって・・・!」


リサが肩を入れ、アディの右腕を回す。


「リ・・・リサ・・・」息も絶え絶えに、アディが声を上げる。「大丈夫だ・・・自分で・・・歩ける・・・」


何、強がってるの──リサが、そう言い掛けた矢先。


「手前ェら、よくもシュラダたちを()ってくれたな・・・ッ!」


その蛮声が頭の上から投げられたと思ったら、アディがいきなり前へ投げ出された。それに引き摺られるようにバランスを崩したリサが、折り重なるようにアディの上に倒れ込む。アディが誰かに、後ろから思いっ切り蹴飛ばされたのだ。


リサがアディを庇うように身を挺し、握り締めていたレイガン(光線拳銃)を咄嗟に振り上げる。


剛健そうな巨躯のバド人が目を吊り上げ、憤怒の形相で睨み付けていた。リサのホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)を踏み潰したスクリュー・タンク(氷上車)のドライバー、ジリツォだ。オレンジ色のタンク(氷上車)自体は、男の5メートルほど後ろの距離に停まっていた。


「よくも、このチーズ・バケット(反吐野郎)・・・ッ!」


リサが引き金に指を掛けるより、ジリツォの動きが早かった。振り上げたジリツォの足がリサの手を蹴り上げる。リサは無様に万歳して銃を手放した上に、さらに胸倉を蹴り飛ばされた。リサは2メートルも飛ばされて、氷表に尻餅を()いた。


「──これはまた、酷い手傷を負ったものだな、アールス社のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)」


ジリツォとは違う男の声に、リサが跳ねるように身を起こす。


虫の息で臥すアディの足元に、黒のキルティング・ジャケットにヘッドセット通信機を着けた、ごわつく黒顎髭の眼光鋭いペトロフスキーが立っていた。


「お前らの仕業だろうがッ!」


怒鳴るが早いか氷地を蹴ったリサが、アディの元に駆け込むなり覆い被さりながら、並び立つ2人の男を(にら)み上げた。


「ここで手を引くなら、命だけは助けてやる!」


完全に追い詰められたこの期に及んでも、リサは一歩も引かなかった。


「これはこれは、味噌っ滓のミズ・リサ・テスタロッサ──」


威勢を張るテラン(地球人)の女ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に、ペトロフスキーは腰を折ってリサの顔を覗き込む。腹の中ではせせら笑っているのだろうが、表情には出さなかった。


「なら、そっちの死にかけてる奴が、アディ・ソアラとか言う若造だな?」


目線を外したペトロフスキーが、身を起こしながら訊ねるように首を巡らせる。


アディを蹴飛ばした大柄のバド人の背後から、濃緑色の防寒着にフードを目深に被った、ペロリンガ人の女が姿を現した。


「──サンドラ・ベネス・・・ッ!」驚いたリサが、思わず目を剥く。「何であんたが此処に居るのよ!」


噛み付くようなリサの罵声に、サンドラは腕を組んだまま、無言でふんと鼻を鳴らした。


「──ペトロフスキー・・・!」


土間声を上げたジリツォが、容赦なく氷表に臥すアディの背を踏み付け、リサを見下す。


「このチャペス(女)は、俺が可愛がらせて貰うぜ!」そう言うなり、ジリツォがいきなりリサの胸倉を掴み上げた。「()もないと、腹の虫が収まらねェ・・・ッ!」


「ブーガスノット(鼻糞野郎)・・・!」


引き摺られるように立ち上がらされたリサが、そう言うが早いかジリツォの股間を、スタッドチェーン(滑り止め靴具)の靴底で思いっ切り蹴り上げた。ぐへっと醜い声を上げたジリツォが、()け反るように下腹部を押さえる。ジリツォの手が離れた刹那、リサが半歩後ろに跳び退(すさ)る。


「この阿婆擦れプッシー(小娘)が・・・ッ!」


怒髪天を衝いたジリツォがアディを踏み付け、太い腕を伸ばしてリサの首を捕まえた。顔を真っ赤にしたジリツォが、ネックガードの上からリサの細い首を締め上げる。力の篭るジリツォの両腕に、リサの足が氷地から浮き上がる。


リサの意識が薄れ掛けた、その刹那。


「汚い手で触るな・・・ッ!」


下から声がしたと思ったら、ジリツォの顎下に銃口が突き付けられていた。


「──俺のプランセス・デ・ネージュ(雪子姫)だ・・・!」


身を捩って上半身を起こしたアディが、精一杯に腕を伸ばし、00(ダブルオー)ストライク滑腔銃を構え立てていた。


「地獄で閻魔に舌でも抜かれてろッ! ピッグ・プラット(豚尻野郎)!」


アディのその言葉が終わらぬうちに、銃声が轟く。


喉元から後頭部へ抜けたペレット(散弾)が、ジリツォの頭を打ち砕いた。身体がビクンと跳ねたように伸び上がり、ジリツォの両手から力の抜けた。手放されたリサが膝から崩れ落ちるのと同時に、銃のリコイル(反跳)を受け止め切れなかったアディが、半ば意識を失いながら力なく尻餅を()くように後ろに倒れ込む。


「──ア・・・アディ・・・ッ!」


飛びそうになっていた意識を辛うじて繋ぎ止めたリサが、昏倒するアディに這い寄る。


大柄なバド人の後頭部が破裂して、血飛沫と共に脳漿が飛び散る光景に、サンドラが咄嗟に目を閉じ顔を背け、ペトロフスキーは首を振って深い溜め息を()いた。


「全く、ヒゴ社のセキュリティが聞いて呆れるな・・・」


「──そこから近付くな・・・ッ!」


アディの手から抜け落ちた00(ダブルオー)ストライクに、リサが手を伸ばす。


()もないと、あんたも殺す!」


アディの銃を掴んだリサが、構え上げようとした、その矢先。


ペトロフスキーが一歩早く、バレル(銃身)を踏み付けた。


チッと舌打ちして銃から手を放したリサが、ペトロフスキーを(にら)み上げる。





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 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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