Act.14 鉄火のプランセス・デ・ネージュ(雪子姫)・2
「くそ・・・ッ! 俺は害獣かよ・・・!」
被弾した左上腕は痺れ上がり、見る見る間に鮮血で赤く染まっていく。アーマー・プロテクタ(胸鎧)の左脇腹辺りと、上腕を保護する腕輪型プロテクタをグスグスに潰されながらも、大半をプロテクタが防弾したが、それでも5、6本ほどが上腕の無防備箇所に突き立った。弾先が鋭いため分厚い耐寒ジャケットも貫通し、フィジカル・ガーメントも突き破ったらしい。
アディは言うことを聞かない左手に銃のフォアエンドを強引に握らせながら、赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)を睨み返す。20メートル先では銃傷を負った黒尽くめのゴーンが、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)をピボットターン(信地旋回)させていた。
「──その西瓜頭、吹っ飛ばしてやる・・・ッ!」
そう喚くゴーンが車上に立ち上がり、ニードルガン(短針銃)のボルトハンドルを引き、次弾をコッキング(装弾)させる。だがその時には既に、スラムファイア(連続射撃)モードに切り替えたアディが、ベネリ・00(ダブルオー)ストライクを構えていた。
被弾で手元が震えるゴーンが、ニードルガン(短針銃)の引き金を引くのと、アディがフォアエンドをスライドさせるのが同時だった。
銃声が余韻を残す中、ゴーンから醜い呻きが上がる。
アディの銃撃を正面から浴びたドライバーが、銃のリコイル(反跳)で手を上げた格好のまま、上体を揺らしていた。アディは容赦なくフォアエンドをスライドさせ、2射目3射目と銃嵐を浴びせ掛ける。ゴーンの右手から抜け落ちたニードルガン(短針銃)が、車体フロントに当たって氷表に弾け落ちる。
男の身体がボロ雑巾のようにくたりと崩れたが、同時にアディ自身も右足からその場に崩れ落ちた。ゴーンの定まらない手元で射線がズレたお陰で、弾は右腿を掠めたもののプロテクションがカバーしていない箇所なので、針弾の十数本が突き刺さり数本が筋肉を抉った。
だが事はそれで終わらなかった。
「──よくもゴーンを殺ってくれたな・・・ッ!」
その怒鳴り声に、アディが首を巡らた刹那。
軽い射撃音が響き渡り、両膝付いて蹲るアディの背中に、フィジクス・ブレット(撃発弾)の銃弾が逐り抜けた。斬撃で潰されたアディのアーマー・プロテクタ(胸鎧)は、防弾機能は辛うじて残っていたが、衝撃吸収能力は皆無に近かった。
被弾の衝撃に呻きながらも振り返るアディが、ベネリ・00(ダブルオー)ストライクのフォアエンドをスライドさせる。青息吐息でファイア・バーキー(非装甲戦闘車輛)に寄り掛かり、ペッパーガンを構えていたテペト人のターヘルに、アディの反撃が叩き込まれた。血反吐をまき散らし、ターヘルがどさりと氷表に斃れた。
「ゴーンとやらと、仲良く地獄へ行くんだな・・・」
激しく喘ぎ上げるアディが、枯れ上がる咽喉でハアハアと苦しそうに息を弾ませる。銃のモードを戻し、一息深く吸い込んだ矢先、リサの呼ぶ声が聞こえた気がした。
「──リサ・・・ッ? リサ・・・ッ!」
通信機に問い返すアディが、酷い雑音に思わず眉を顰めた。ジャミング(通信妨害)の度合いが、以前より明らかに大きくなっている。
ジャミング(通信妨害)の出力を上げやがったな──それでもアディは、ヘルメット内のイヤフォンに耳を澄ます。雑音の中、アディ、と呼ぶ、確かにリサらしき声が聞き取れた。
「リサ・・・!」
慌てたアディが不用意に立ち上がった、その刹那。
再び背後に人の気配が立った。
「貴様も道連れだッ! 破落戸・・・ッ!」
断末魔のような声が耳朶を打った時には、強烈なマチェット(大屶)の斬撃がアディを襲っていた。不意打ちのような一撃に、悲鳴とも呻きとも取れる声を上げたアディが、氷表に転がった。
「──誰かに教わらなかったか・・・!」
それでも痛みを堪え2転3転したアディが、右肘突いて銃を構える。マチェット(大屶)で斬り込んで来たのは、瀕死な体に力を振り絞る、ホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)のドライバー、ゴーンだった。
「大事な話の最中に──」
左手に握ったマチェット(大屶)を振り回した反動で、ゴーンは身体が反転してしまって、無防備に背中を曝していた。アディからの被弾で、右手が完全に利かないらしい。
「ちょっかい出すのはマナー違反だって──」
間髪を入れずアディが引き金を引く。迂闊に見せた黒尽くめのゴーンの背中に、00(ダブルオー)ストライクのペレット(散弾)が炸裂した。
「──相棒にも、地獄で教えてやれよ、ゴーンの旦那」
ボロ屑のように頭から倒れ込むゴーンに、アディがフラつく体で立ち上がる。
「畜生め・・・ポンスカポンスカ・・・良いように・・・撃って斬って来やがって・・・ッ!」
言葉尻は威勢良いが、アディの全身は酷い有り様だった。
最後の斬撃で、左脇腹から背中に掛けてを見事に斬られた。銀の耐寒ジャケットはばっさり裂かれ、その下の既に防御力を失っていたアーマー・プロテクタ(胸鎧)も、粉々に砕かれ裂けた。脇腹の筋肉までざっくり行かれ、瞬く間に腰回りが血塗れになった。全身が軽い痺れに襲われ、左下半身と左腕が思うように動かない。
それでもアディは覚束ない足取りながらも、ルーフの拉げたファイア・バーキー(非装甲戦闘車輛)へと踵を返す。銃をシートに放り上げるとドアに手を掛け、右足をサイドシルに乗せる。高い運転席に乗り込もうと力を込めるが、左腕に力が入らず、傾いた身体が半回転して左肩口をぶつけて氷地に崩れ落ちる。クソッたれ、と罵声を上げ、這うようにして身体ごと運転席の床に乗り上げる。そこからクローラー(履帯)を足掛かりにステア・ハンドル(操向桿)に右手を伸ばし、身体を引き上げながらシートの上に腰を乗せた。
「──待ってろ、リサ・・・!」
息も絶え絶えのアディが、一つ息を嚥み込んでから、左袖口のプロテクションに目を落とす。赤い小さな光が点滅しており、その横に小さな数字が浮かび上がっている。グリフィンウッドマックが採用するレギュラー・ドレス・システム(通常環境下被着装備)には、フィジカル・モニタリング・システムが組み込まれていて、血圧、脈拍数、呼吸速度、体温を3分おきにバイタル(生体活動情報)として自動測定しており、異状があると赤く点滅して自動警告する。
勿論、赤い点滅自体は、着用者であるアディのバイタル(生体活動状態)に対するアラート(警告)だが、アディはそんなものには目もくれず、右手袋を口で外すとローレット加工の小さなボタンを人差し指で何回か押し込んだ。
プロテクタのディスプレイ部に、小さなマーカー(三角矢印)と数値が新たに浮かび上がる。
リサのポジションの大まかな方向と距離だ。直線で大凡800メートル。
レギュラー・ドレス・システム(通常環境下被着装備)には、個人位置指向システムも備わっている。作戦行動中には個人で周波数の違う識別用電波を、フィジカル・ガーメントの通信システムが自動的に間歇発信しており、その電波をネックガードに内蔵したアンテナで受信する事で特定個人の位置を、2次元的な前後左右表示と共に大凡の直線距離を把握できる。識別可能範囲は半径1キロ前後と決して広くないが、使用帯域がジャミング(通信妨害)に引っ掛かっていなかったのは勿怪の幸いだった。
「今・・・行くからな・・・ッ!」
ステアリング(操向桿)を握ると、アディはボリューム・ペダルを踏み込んだ。ルーフが凹んでいるので頭が閊えてしまい、少しばかり前屈みに背を丸める。
最後に喰らった左脇腹の太刀傷が、ジンジンと痺れ上がって酷く痛む。それでもアディは袖口に浮かぶマーカー(三角矢印)の示す方向へ、ひたすら一直線に突き進む。2本3本と立ちはだかる巨木の際を、舐めるように迂回する。酷いアンジュレーション(起伏)もお構いなしに、突っ走る。何度もルーフに頭を打ち付け、シートの上に落ちる度に左半身に激痛が走る。
途中何度か通信を試みたが、雑音に掻き消されて繋がらない。
先程微かに呼ばれた時のリサの声に、特に切迫感は感じなかった。が、それから以降に音沙汰が無い上に、ポジション・シグナルの移動が無い事が、アディを不安に掻き立てる。振り切るなり撃破したなりして突破したのなら、連絡があるかこちらに接近して来る筈だが、その気配が微塵もない。
アディがモーターサイクルで踏み台にした所為なのか、僅かに左へ取られるステアリング(操向桿)を押さえ込み、少しばかり登りになった斜面を駆け上がる。
上り切った途端、アディが慌ててブレーキを踏む。
「な・・・何だ、ここは・・・ッ?」
氷冠を抱く巨木の林を突っ切った先は、高低差のある広大な窪地になっていた。
しかもその窪地には、不自然に散在する白い小山が数十個盛り上がっている。
──クローリング・エンジェル(這う天使)、か・・・ッ?
アディが思わず腰を浮かせて首を突き出す。
トトの氷窟で見た個体より、どれも一回り大きい。だが様子が面妖しいのは、1頭たりとも動く気配がないのだ。自慢するように広げて見せびらかしていた、3対の翼状の触手は、どの個体も氷表に死んだように伏せさせている。
──死んでいる・・・?
アディは目を眇め、辺りを見渡す。
どの個体も、触手先端の鮮やかな青が灰青色になっており、その透明感溢れる宝石のような白い表皮も、輝きが損なわれて白濁し心なしか硬くなっているようにも見える。
そうなった理由が、判ったような気がした。
アディがいる尾根の先、130メートルほど向こうの斜面に、横倒しになっているオリーブドラブ色のギャリア(汎用重機)の車体を見付けたからだ。
リサが撃破したのか、斜面を転がり落ちて動けなくなったのか。擱坐している車輛は、こちら側に向けている車輛リア側に損傷は見られないが、フロント側がどうなっているのか判別が付かない。目を凝らす限り周囲に人の気配はないので、放置されているようだ。
──なら、リサは何処だ・・・ッ?
アディが改めて、手元のマーカー・シグナルに目を落とす。
方角的には4時の方向、今見渡している場所よりもっと右手だ。アディは首を巡らせるが、車内からでは上手く見通せない。一旦後進に入れて切り返し、バーキー(非装甲戦闘車輛)をゆっくり転向させる。
大昔に何かの拍子に倒れたと思われる巨木が、根っこ側を斜面に埋もれさせるような状態で転がっていた──転がっている、とは言っても直径が20メートルはあるので、高く分厚い壁か土手と変わりない。それも1本や2本ではない。この辺りはその太古に、こんな巨木が倒れるほどの大地の変動があったに違いない。
ポジション・シグナルは、一番手前側に倒れている巨木の方を指している。リサが乗っていたホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)の、赤を必死に探す。横たわるエンジェルたちの白い小山が陰になって、隅々まで目を通せない。
痛みを堪え、車外に出てみようとした矢先。
アディ、と叫ぶリサの声が聞こえた気がした。
“どこだッ? リサ──”
慌ててアディが、身を乗り出すようにフロント・ウィンドウ越しに外を見渡す。
“居たッ! リサだ!”
すぐ傍の、エンジェルの大きな体の陰になって見えなかったのだ。銀の耐寒ジャケットに、アールスフェポリット社から借り受けた蛍光オレンジとグリーンで配色されたオーバーオール・パンツ。リサに間違いなかった。
だがリサは、倒れた巨木の幹を背に、完全に追い詰められていた。万歳するように上げたリサの右手を、赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)のフロントの上に立った厳つい男が、靴の底で幹の側面に踏み付けている。
考える暇もなく、アディが反射的にバーキー(非装甲戦闘車輛)のボリューム・ペダルを踏み込む。履帯が氷表を蹴り上げて斜面を下り、アディはそのまま倒れた巨木の幹の上にバーキー(非装甲戦闘車輛)を走り載せた。リサの居る所まで50メートル弱。躊躇無く真っ直ぐ幹の上を走り込む。
直径20メートル以上の巨木の幹は、バーキー(非装甲戦闘車輛)のトレッド(履帯間幅)なら走るに充分の幅がある。と同時に気を付けなければならないのは、倒れて少しばかり埋もれているとは言え、高さも氷表まで20メートル近くある事だ。
「──リサ・・・ッ!」
そう叫んだ時にはアディは、運転席から飛び出していた。
気付いたのは、アディの怒鳴り声にか、それともバーキー(非装甲戦闘車輛)の駆動音だったのか──リサと、そのリサを追い込んでいたホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)の上のシュラダが、同時にアディを仰ぎ見る。
「リサッ! 頭を抱えて伏せてろッ!」
アディは飛び出した速度そのままに、足を投げ出し体を右に倒して幹面に押し付ける。右腿の外側で表面を滑り降りながら、起こした上半身にベネリ社製00(ダブルオー)ストライクを構え上げる。
シュラダがアディの方に気を取られた小さな隙を、リサは逃さなかった。一瞬力の緩んだ、踏み付けているシュラダの左足の脛を、リサが左の拳骨で思いっ切り殴り付けた。
思わず仰け反り足を離すシュラダに、リサが身を縮こめるように頭を抱えて蹲る。その刹那、アディの00(ダブルオー)ストライクが吠え上がった。
立て続けに銃声が3発轟く。見上げるリサの目の当たりで、シュラダの頭が破裂する西瓜のように粉々に吹き飛ぶ。その直後リサの真上をあっと言う間に、巨幹の曲面をアディが尻餅を舂きながら滑り抜けた。
「──アディ・・・ッ!」
脳漿を撒き散らしたシュラダの体が、向こう側へ倒れ込むと同時に、リサが身を起こした。ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の前輪に足を掛け、頭を失ったシュラダの体を飛び越して、血糊が飛び散る氷表に跳ね降りた。アディは15メートルほど先に横たわる、白い骸のエンジェルの巨躯にぶつかって弾かれ、直ぐ脇の氷地に投げ出されていた。
「アディ・・・!」
リサが脇目も振らず、一目散にアディの元に駆け出す。
乗り手を失い無人で空走していたファイア・バーキー(非装甲戦闘車輛)が、幹上から海に飛び込むように緩やかな弧を描き、倒れているアディの上を過ぎ、エンジェルの巨体の陰の向こうに落ちて行った。
「リ・・・リサ・・・大丈夫だったか・・・?」
アディが声も絶え絶えに、小さく微笑む。
「背中を・・・戦られてる・・・ぞ・・・それに右も・・・被弾したんじゃ・・・ないの・・・か?」
「あたしは大丈夫・・・!」
体を起こそうとするアディを支えながら、リサがアディを心配そうに眺め回す。
「──それよりアディ、貴方の背中よ! 酷い手傷じゃないの!」
一目で解る、背中から左脇腹に掛けてざっくり裂けた銀の耐寒ジャケットに、リサが今にも泣き出しそうに顔を曇らせる。新たに斬撃を受けたのは確実で、しかもペッパーガンらしき被弾の痕もある。
さらには左上腕と左脇腹上部には、針弾が数十本と突き立っている。大半は下に着けているプロテクタが防いでいるようだがアディ自身も幾本かを被弾しているようだ。
右腿外側はもっとはっきりしていた。耐寒ジャケットは勿論の事、フィジカル・ガーメントすらもびりびりに引き裂けていて、大量の出血による血糊でどす黒い染みになっている。その下の皮膚は、見るも無残に抉れていて、十数本の針弾が突き刺さったままになっている。
文字通り、アディは満身創痍だった。
「あ、ああ、大丈夫だよ、大した事ない」
「嘘!」リサはアディに有無も言わさず、左袖を捲り上げる。「バイタル(生体活動情報)見せて!」
カフ(袖口)プロテクションに目を落として、リサが目を吊り上げた。
いくら操作しても、バイタル(生体活動情報)が表示されないのだ。
少し前まではアラート(警告)を発していたのだが、フィジカル・モニタリング・システムがいつの間にか機能しなくなっていた。ガーメントの損傷がそれだけ酷いと言う事だが、同時にそれは着用者の身体にも、それだけのダメージを負っていると言う事に他ならない。
「──表示されないって、これ、重傷じゃないの・・・!」
リサの金切り声に、血の気を失いつつあるアディが、弱々しく笑い返した。
★Act.14 鉄火のプランセス・デ・ネージュ(雪子姫)・2/次Act.14 鉄火のプランセス・デ・ネージュ(雪子姫)・3
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




