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Act.12 リトラ不時着・7

球形の擲弾が氷表の上を一度小さく撥ねて、そのまま2メートルほど転がる。それに気付かなかったライダーが、通り過ぎたその直後、背後から襲い掛かるようにアイソマー・グレネード(核異体爆素擲弾)が炸裂した。


氷塊が砕け散って氷粉が舞う。背後から強烈な爆風に見舞われたトラックベルト(履帯)・モーターサイクルは、煽られて車体が浮き上がり、バランスを崩して転倒する。その時には既にリサは、反対のポケットからパイロジェネティック・ハイドロネード(水素反応熱波爆薬擲弾)を取り出していた。


パイロジェネティック・ハイドロネード(水素反応熱波爆薬擲弾)──熱波と炎が主たる破壊力の焼夷擲弾で、空中で破散させた可爆反応性の高い含合金気化粉末を着火爆発させる。


直径35ミリ、(てのひら)に収まる自転車のグリップのような形状で、上部の信管ユニットを覆うセイフティ・カバーフィルムを、ミシン目に沿って引き剥くと硬質蓋が外れ、同時に緩い擂り鉢状になったユニット中央の起爆ノッカーが飛び出す。この起爆ノッカーを再び押し込めば、カムと回転子が動作して、遅延信管が作動する仕組みになっている。


もう1台の追っ手、ホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)は、50メートルほど距離を置き、巨木1本分を間にして、右後方から付かず離れずで随走して来る。


リサは先程と同じように、カバーフィルムを剥いてノッカーを押し込み、アディの肩を掴んでタンデマー・ペグに立ち上がる。巨木の脇を通り過ぎた刹那、リサが右手方向に、塵芥(ごみ)でも捨てるようにポイッと放り出す。


そのリサの挙動を感じたアディが、直前に迫る巨木手前で、咄嗟にモーターサイクルを左へ向ける。


追っ手からはアディたちが一瞬巨木の陰に入り、死角になって見えなかった。アディたちが転進しているのに気付いたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)が、慌てて転進しようとした刹那、ハイドロネード(水素熱波擲弾)が起爆した。ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の20メートル前で、白く強烈な閃光が膨れ上がったと思ったら、強烈な熱波が膨発した。


熱波に煽られたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)は、咄嗟にドライバーがブレーキを踏む。次の瞬間には、氷表が高熱で昇華して、辺り一面に水蒸気ガスが立ち篭めていた。アディたちの姿を完全に見失ったホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)のドライバーは、一旦後ろに後退(さが)ってから、改めて大回りするコースで追走を再開する。


しかしリサも(したた)かなもので、今度は後ろからアディのポケットに手を突っ込み、手当たり次第グレネード(擲弾)を掴み出しては放り出す。アディたちの右手から後ろに掛けて辺り一面、グレネード(核異体擲弾)とハイドロネード(水素熱波擲弾)で、すっかり白い(もや)(とばり)に包まれて、見事に視界を遮蔽した。


「上手いぞ、リサ・・・!」


通信機にアディがそう叫んだ矢先、3台目のトラックベルト(履帯)・モーターサイクルが、左後方から氷粉を巻き上げて突進して来た。彼我の距離は70メートル。


ちッと舌打ちしたアディが、左へ転進する。


氷冠の巨木と巨木の間を、ぐいぐい縫うように駆け抜ける。


何時(いつ)の間にか、左手から更に新手のホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)が、履帯モーターサイクルの後を追うように近付いて来ていた。先程リサがグレネード(擲弾)で追い払った1台とは別のホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)だ。その新たな赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)が、履帯モーターサイクルを追い越すように前に出る。矢張り踏破力ではホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)の方がパワーに勝る。


ぐいぐい差を詰めて来る2台に、アディが少しばかり焦る。それでも最後尾の履帯モーターサイクルだけは何とか引き離して撒いてしまおう──競うように(そび)え立つ、樹間20メートル程の巨木の間を、アディたちのトラックベルト(履帯)・モーターサイクルが通り抜けた矢庭。


「舌を噛むなよッ!」


アディが叫ぶと同時に、トラックベルト(履帯)・モーターサイクルが軽く撥ね、緩やかで小さな窪みにダイブするように飛び込んだ。アディは慌ててパワーを戻し、着地と同時にステア(操向)を切って、今度は斜面を横切るように登り始める。ボリューム・ノブを開き、更に一層トルクを掛ける。太い幹を脇を抜け、登り切ったと思ったら、その先が直ぐまた窪地になっていた。


パワーの掛かった車体が、斜面の頂点から跳躍する。


「くそったれッ・・・!」


反射的にアディが立ち上がり、宙を飛ぶ車上で重心を移動させた、その刹那。


右前方10メートル先の巨木の陰から、追走して来ていたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)とは別の赤い車体が、いきなり飛び出して来た。最初にリサが、グレネード(擲弾)で煙に巻いたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)だ。気付いた向こうも、咄嗟にステアリング(操縦)を切ってパワーを掛け、車体を逃がす。


着地の寸前、目の前を(かす)めるようにして、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の赤い車体が横切る。


正面衝突は避けられたものの、回避のために反射的にモーターサイクルの車体を、空中で僅かに倒してしまったのがまずかった。


下り斜面に対して斜めに、しかも後のスプロケット・ホィール(起動輪)側から接地した。一瞬モーターサイクルの車体が、まるで跳ね馬のように気負い立ちになる。


着地の衝撃と相まって、リサがきゃっと悲鳴を上げ、投げ出された。アディが獅噛(しが)み付くモーターサイクルは、そのまま氷表を跳ね上がって5メートルも宙を飛び、着地の瞬間アディが飛ばされる。車体は氷粉を舞い上げ、横滑りに10メートルはスピンした。飛ばされたアディは、そのまま車体を追うようにゴロゴロ転がって、最後車体に()ち当たった。


「リサ・・・ッ!」


咄嗟に顔を上げたアディの耳に、唸りを上げて車輪が氷表を掻く音が聞こえた。


跳ねるように飛び起きたアディが、片膝突いて半身を起こす。と同時に、アディたちがダイブした氷崖の上から後を追うように、赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)が飛び出して来た。アディたちを背後から、目視で直接追走して来ていた1台だ。


赤い車体が、アディの眼前、頭上3メートルの宙を飛ぶ。だがその時には既にアディは、スラムファイア(連続射撃)・モードに切り替えた00(ダブルオー)ストライクを構えていた。


立て続けにフォアエンドをスライドした00(ダブルオー)ストライクが、3連射される。


ペレット(散弾)をもろに喰らったホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)は、ポリマー(高分子有機樹脂)製の赤いボディ側面を文字通り蜂の巣にされ、数粒喰らったドライバーが宙でもんどりを打つ。被弾したホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の後部スキッド(橇)が、着氷と同時に破砕して折れ飛んだ。


バランスを崩した車体が、衝撃でドライバーを明後日の方へ吹っ飛ばす。赤い車体はパーツを宙に散撒(ばらま)いて、氷表を跳ねるように横転を繰り返した。20メートル離れた木の幹に()ち当たって止まった時には、もはや原形を留めていなかった。大きなマチェット(大屶)を背負ったドライバーが、そこから10メートルも飛ばされて、身体を不自然にくの字に折ったまま身動き一つせず倒れていた。


だが被弾の火の粉は、後続の追っ手にも降り掛かった。


トラックベルト(履帯)・モーターサイクルが、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の後を追うように、斜面頂上から勢いよく飛び出した。一抱えもありそうな大きな赤い部品が、着氷しようとした履帯モーターサイクルに襲い掛かった。


砕け飛んだホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の、フロント・フェンダー部分だった。モーターサイクルに跨がっているライダーには、真正面から飛んで来るその赤い大きな部品に為す術はなかった。氷表に弾かれるようにバウンドしたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)のフェンダーが、着地直後の履帯モーターサイクルのウィンドシールドを直撃した。


当たった衝撃と反射的に逃げようとしたライダーの挙動で、履帯モーターサイクルが派手に横転した。ライダーが、まるで人形のように弾け飛ぶ。


それで少しばか慌てたのがりアディだった。1転2転した履帯モーターサイクルの車体が、リサの方へ向かっていた。


立ち上がってしまったトラックベルト(履帯)・モーターサイクルに、タンデム(2人乗り)状態から放り出されたリサは、その斜面に背中か叩き付けられ、ごろごろと回転しながら斜面を転がり落ちていた。突っ伏し、顔を氷粉だらけにしたリサが、呻きを上げて身を起こそうとした矢先だった。


「リサ・・・ッ!」


アディの大声に、リサが気付いた刹那。


氷表の上を、青と銀の塊が目の前に迫っていた。


思わずリサが、うひゃあああ、と慌てふためく謎の叫声を上げ、無理やりに身体を起き上がらせる。だが平衡感覚が完全に戻っていないリサが、駆け出す足元を(もつ)れさせて背中から派手に転倒した。あられもない格好で、両足をおっ広げたリサの直ぐ脇を、向かって来た履帯モーターサイクルの青い車体が紙一重に(かす)め過ぎる。


一瞬どうなったのか分からず、仰向けのまま大の字になって息を上がらせているリサに、アディがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。アディの右手で、氷表を掻き蹴る音が立つ。


ニアミスでアディたちと衝突し掛かった、もう1台のホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)が、唸りを上げてUターンしていた。


こっちへ向かって来るのか、とアディが一瞬身構える。


だがホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)は転進せず、そのまま真っ直ぐ突進していた。


「逃げろッ! リサ・・・!」


そのアディの叫びに、リサが顔を上げる。


状況がよく掴めていないリサが、えッ、えッ、と左右を見渡して狼狽する。自分の左手から迫る脅威に気付いたリサが、重いランセル(背鞄)を背負いながらも、慌てて懸命に跳ね起きた。距離にして150メートル、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)のパワーなら5秒と掛からない。


──間違いなく、リサを轢き撥ねるつもりだ。


アディが咄嗟に駆け出す。転がっていたトラックベルト(履帯)・モーターサイクルに跨がった。のんびり引き起こしている余裕はない。


跨がったまま、上になっている右のステア(操向)・ペダルに右足を載せ、そのまま全体重を掛けながら車体ごと右に倒れ込み、それと同時にブースト・ノブを煽る。右にステア(操向)を切っているので、横になった車体前部が鎌首を(もた)げた格好で抵抗になり、丁度2輪モーターサイクルで言うジャックナイフと同じ状態になる。掛けられたパワーでトラックベルト(履帯)・モーターサイクルの車体が前のめりにリアを浮かせた瞬間、アディはすかさずパワーを絞る。青と銀のモーターサイクルの車体が、アディの掛けた右への荷重で、そのまま氷上に正立した。アディは間髪を入れず、再びパワーを全開にした。


“このままぶつけて阻止するしかない・・・!”


直感的に、アディはそう判断した。


アディが鞭を入れた履帯モーターサイクルが、氷粉を舞い上げ突進する。赤いホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)は、リサの70メートルにまで迫っていた。


残ったファウスト(対装甲誘導推進弾)は、リサが担いでいて手元にない。かと言って、今00(ダブルオー)ストライクに装弾しているペレット(散弾)の威力では、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)を完全に止め切れない。ポケットに入れてあるアンチアーマー・エクスプロシブ(対装甲炸薬弾)を、改めてロード(挿弾)している暇もない。ストッピング・パワー(抑止力)ならグレネード(擲弾)が確実だが、内蔵の遅延信管が起爆するタイミングと、車体を吹き飛ばせるタイミングを計って投擲(とうてき)するのは至難の業で、損なうと間違いなくリサが撥ねられる。


そのリサがぎりぎりの際で、アディが驚くほどの勇を鼓した。


唸りを上げて迫り来る赤い2輪の狼に、リサは逃げなかった。片膝立ったリサは、背に回してあったイージス重粒子ビーム銃のストック(銃床)を掴み、胸元に回しながらスリング(吊り帯)を緩め、ぎこちない動作ながらも突き出すように銃を構える。


銃を持っていても、猛スピードで襲い掛かって来る脅威に、真正面から立ち向かえるのは並大抵の度胸ではない。だがそれは、あまりにも匹夫の勇に過ぎた。


2射が限界だった。


1発はドライバーの肩越しを(かす)め、もう1発はホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)のフロントに直撃した。それでもホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の突進は止められなかった。


このまま撥ねられる──迂闊だった、とリサが遅まきながら悔やんだ刹那。


「この野郎が・・・ッ!」


リサの耳に、そう聞こえた気がした。


咄嗟に逃げ(かわ)そうと身を翻したが、足を(もつ)れさせ背中から倒れ込むリサの視界に、不意に青と銀の塊が飛び込んで来た。


襲い掛かって来るホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)の左前輪が、ガリガリと引っ掻く音を立て、その飛び込んで来た塊に乗り上げた。


飛び込んで来た青と銀の塊は、勿論アディが飛び乗ったトラックベルト(履帯)・モーターサイクルだった。


乗っていたトラックベルト(履帯)・モーターサイクルをホィーラ・スクート(前輪操駆式雪氷橇車輛)にぶつける寸前、アディは急ステア(操向)を切って車体を倒し込んだ。と同時にハンドルからは手を離したアディは、そのまま放り出されるように氷表を転がった。乗り手を失った履帯モーターサイクルは、横滑りしながらホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)目掛けて滑って行った。


ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)のドライバーが、左前方から向かって来る履帯モーターサイクルに気付いた時には遅かった。慌ててステア(操向)を切ったものの、左前輪が乗り上げてしまった。


車体下にモーターサイクルを噛み込んだまま、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)がスピンしながら大きく反れた。赤い車体と、青と銀の車体が一塊になって、ずるずる滑りながら半回転する。最後に履帯モーターサイクルの車体からずり落ちたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)が、こちら側に腹を見せる格好で横転して止まった。


「──リサ・・・ッ!」


氷表をごろごろ転がる身体を無理やり止め、アディが顔を上げる。


リサを守るため、アディが躊躇(ためら)い無く取った、捨て身の行動だった。


「ア・・・アディ・・・」


観念したように身を丸めて頭を抱えていたリサが、(おもむろ)に顔を上げた。突撃して来たアディの履帯モーターサイクルと、リサを轢き殺そうとしたホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)は、リサの左手30メートル、2人がモーターサイクルで大跳躍した斜面の(たもと)で屑鉄のように擱坐していた。ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)に乗っていたドライバーは、衝突の衝撃でどこかに飛ばされたのか、リサの場所からはその姿は見えない。


「大丈夫か、リサ・・・ッ!」


リサの正面、氷表に2台のマシンが刻んだ滑り痕の際にアディが居た。ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)に履帯モーターサイクルがぶつかったのは、リサから僅か10メートルの距離だった。アディはそこから5メートル向こうに、転がり突っ伏していた。


「アディ・・・!」


その起き上がるアディの姿を、はっきりと目にしたリサが、嬉しそうな声を上げる。


「リサ・・・!」


少しばかり覚束(おぼつか)ない足取りのアディが、それでも早足を繰る。泣き出しそうな顔に笑窪を浮かべるリサに、アディが笑みを返した矢庭。


この野郎、と叫ぶ声とザクザク氷表を駆ける音、それに、アディ、と悲鳴を上げるリサの声が重なった。反射的に銃を構え、アディが振り向く。2メートルを超える巨漢が、1メートルはある大きなマチェット(大屶)を左手に振り翳し、右手にレイガン(光線拳銃)を握り締めている。


アディの後ろ20メートルほど、黒尽くめの防寒着を着た、ホィーラ・スクート(前輪操駆式橇車)のドライバーだった。リサの気付くのが遅れたのは、リサの位置からだと少し下り斜面で、アディの後ろ陰になってしまって、寸前になるまで見えなかったのだ。


00(ダブルオー)ストライクの銃声が轟くのと、敵がトリガー(引金)を絞るのが同時だった。





★Act.12 リトラ不時着・7/次Act.12 リトラ不時着・8

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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