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Act.12 リトラ不時着・4

「走らなくて良いぞ。立たなきゃ、そのまま放り出して置いても構わない」


そう掛けられたアディの声に頷くと、銃だけを携えたリサが発煙筒を下向きに、それでも少し大股で足を繰る。150メートルは意外と遠い。氷表は新雪ではなくすっかり凍り付いているので、足を繰る度にザクザクと音が立つ。足を取られる心配はないが、スタッドチェーン(滑り止め靴具)がないと、すぐに足を滑らせてしまいそうだ。途中で煙が切れるかとも思ったが、そんな気配もなく赤い煙は濛々(もうもう)と噴出している。


指示された氷冠の大木の根元に着くと、リサは腰を屈めて発煙筒を立てようと、向かってくる煙に四苦八苦しながら筒尻で氷表を掘る。ところが2、3センチ掘っただけで、そこから下はがっちりと凍っていて歯が立たない。仕方ないので、掘って出た氷を穴縁に山盛りにして、それに立て掛けるように発煙筒を置く。


見守るように数歩後退(あとずさ)りしたリサは、まだ煙が勢いよく出ているのを確認しながら、(くびす)を返す。見るとアディは既に戻って来る途中で、2本の発煙筒が吐き出した煙で、周囲が少し(もや)掛かっていた。


リサが戻る頃には、アディはパンツァビュクセ(携行肩担式低反動砲)を(いじ)っていた。


「何してるの?」担いでいた銃を改めて持ち直し、辺りを(うかが)いながら、リサが興味深そうに首を伸ばす。「──ってか、何するの?」


「俺たちの熱痕跡と足跡を出来るだけ薄めて、敵を惑わせて分散させる」


アディはロードキャリング・スリングから、長さ40センチほどの筒ケースを1本引き抜く。防水加工された紙製の筒ケースは、スリングに簾状に5本留めてあり、中にはビュクセ(携行肩担式低反動砲)用の砲弾が収まっている。弾頭はアーマー・ピアシング(徹甲)弾を始め多くの種類があるが、ピュシスの環境を考慮して、対獣駆逐用のエクスプロシブ(炸薬)弾しか用意して来ていない。取りも直さず、未知の動物くらいしか想定していなかったのだ。


「熱痕跡?」リサがはたと膝を打つ。「──あ、発煙筒・・・!」


「奴ら、ノクトビジョン(赤外線暗視装置)を持っている筈だ。これだけ外気温が低いと、探知は容易いからな」


アディは封を切って砲弾を取り出すと信管を作動させ、ビュクセ(携行肩担式低反動砲)のカートリッジ(弾装包)リム・ロックを外して、尾部から砲弾を装填する。ビュクセ(携行肩担式低反動砲)自体は900ミリで5.5キロ。有効射程1000メートルで、シューティング・アシスト(射撃支援)機能がある光学ファインダー(照準器)が付属する。ランチャー(発射架)ではなく、ボア(内腔)はライフリング(施条)された火砲であり、砲尾からカウンター・マスを噴出する事でローリコイル(低反動)を実現しており、大きなバックブラストが発生する。


「それで、足跡は?」


此奴(こいつ)で揉み消してしまうのさ」


ビュクセ(肩担低反動砲)を右肩に担いだアディが、リサに手を回して反対の左側に立たせた。


「──いや、臭いものに蓋、かな」


そう言うが早いか、ファインダー(照準器)を覗いていたアディが、パンツァビュクセ(携行肩担式低反動砲)のトリガー(引金)を絞った。


強烈な発射音が立って、目の前の太い幹の右側、茸の傘のように広がる80メートルほど上の密集したカリフラワーみたいな枝振りに、エクスプロシブ(炸薬)弾が炸裂した。ドンと腹に響く音がして、爆煙と共に氷冠が氷粉となって舞い散って、絡まりあっていた枝々が砕けてバラバラと飛び散り、氷冠の塊が枝ごとドサリと音を立てて落ちてきた。爆煙と氷粉漂う中、隙間なく天蓋のように空を(おお)っていた枝振りに、爆発で(えぐ)られた、はっきりそれと分かる大きな凹みが出来る。それでも枝振りが分厚いのか、穴が穿たれるほどではなく、薄くなった枝振りの隙間から(にび)色のピュシスの空が垣間見える。


砕けた枝の塵が、2人の周囲にもハラハラと舞い落ちて来た。


アディはビュクセ(肩担低反動砲)を下ろすと、砲身からイジェクト(排筴)する。低反動弾のバックブラストは、実際はマス(固形)ではなく高速の燃焼ガスであり、残るケース(薬莢)は底のない素通しのパイプ状をしている。アディが顔を上げた時には、既にリサが筒ケースを開けていて、中から砲弾を抜き出していた。


アディはリサから砲弾を受け取ると、再びビュクセ(肩担低反動砲)に装填する。


ビュクセ(肩担低反動砲)を構え上げたアディが、今度はさらに奥手、敵が迫ってくる方角の別の1本に狙いを移し、躊躇なくトリガー(引金)を引く。再びリサが差し出す次弾を装填すると、最初に撃った目の前の大木の、今度は幹の左の彼方に砲口を向け、アディは三度(みたび)トリガー(引金)を絞る。


さらにリサから受け取った4発目を装填すると、そのリサを置き去り10メートルほど左へ走り込み、目の前の大木とリサが発煙筒を置いた大木の間の、さらにその奥に見える別の大木の氷冠に砲口を向けてトリガー(引金)を引いた。


4発の砲撃を受け、氷冠を大きく(えぐ)られた(おお)きな木々の、撒き散らせた氷粉と氷粒が濛々(もうもう)と立ち篭め、辺り一面が真っ白な霧に覆われる。


「少し移動しよう」ビュクセ(肩担低反動砲)を小脇に抱えたアディが、回りに首を巡らせながらリサの元に戻って来た。「装備を持って、もう1本奥に入る」


アディが自分の装備を手荒く抱え歩き出すと、リサが慌てて装備一式を担ぎ直し、足早に歩くアディの後を追う。2人はさらに奥へ入った、氷冠被る別の巨木の裏手に回る。


アディは装備を放り出すと、最後の1発をビュクセ(肩担低反動砲)に装填し、先程までいた辺りの真上ほどの枝振り目掛け、エクスプロシブ(炸薬)弾を撃ち込んだ。2人が立っていた痕跡が、砕け落ちてきた氷粉と枝の塊に埋もれて、すっかり見えなくなった。


「──まあ、こんなものだろう」


全弾使い終わったビュクセ(肩担低反動砲)を肩から下ろし、アディは巨幹の根元に腰を落とした。


「木の上に積もっていた氷塊を落として、あたしたちの足跡を消しちゃうのね」


「どっちに行ったかを誤魔化して、なんとか奴らを散らばらせないと」


アディは銃を木の幹に立て掛けると、再びハード・ランセル(硬質背鞄)を開き、中からグレネード(擲弾)を幾つか取り出した。リサにもグレネード(擲弾)を出すように促した。


「まあ、それでも、此処ら辺りに居たって事だけは、奴らがトンデモ馬鹿じゃない限り、直ぐに察しが付く。追っ手が迫るのは時間の問題だ」


「捜索を掛て追って来る連中を、分散、手分けさせちゃうのね」


アディはリサの言葉に頷くと、リサに指示しながら、グレネード(擲弾)に信管を組み付け始めた。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)が戦術携行するグレネード(擲弾)は、主に2種類ある。アイソマー・グレネード(核異体爆素擲弾)とパイロジェネティック・ハイドロネード(水素反応熱波爆薬擲弾)だ。両者形状は違うものの、いずれも信管は別アッセンブリで脱気パックに入っている。


リサも見様見真似で手を動かすが、作業は至って簡単だ。


「向こうは、多勢に無勢だとは思っているだろう。捜索のために、少しくらい分散しても、危険はないと判断して来る」


「それで単騎で来る奴を相手にして、そいつの足を奪っちゃう算段ね」


リサは、移動する足が要る、と言っていたアディの言葉を思い出した。


「最初は、宇宙艦を頂こうかとも考えた」


「あの宇宙艦を・・・?」


アディの突拍子もない言葉に、さすがのリサも目を丸くする。


(わざ)と捕まって、(ふね)自体を乗っ取れば良い」


(わざ)と、って・・・」


何でもない事だ、と言いたげなアディに、リサが束の間絶句した。


「けど、さすがにリスクが高すぎるので、最後の方法に取って置く」


組み上がったグレネード(擲弾)を、アディはチェスト・リグのアンモ・パウチ(弾薬容袋)に容れ、さらに4個を無造作に耐寒ジャケットの外ポケットに放り込んだ。


「うはー、それでも諦めないで取って置くのね、アディって」


リサも手袋をした手でちょっぴり不器用に、グレネード(核異体擲弾)とハイドロネード(水素熱波擲弾)を1個ずつ、チェスト・リグのパウチ(弾薬容袋)に仕舞い込む。


“そのうち、その男の向こう見ずさと無鉄砲さに、(ほぞ)を噛むことになるわよ”


ネルガレーテの言葉が、リサの胸中に込み上げる。


けど何故か、恐怖は感じなかった。怖じ気づいてさえいない。どちらかと言えば、ゾクゾクしていると表現するほうが適切かもしれない。妙な高揚感すら湧いてくる。


「心配するな」


右手の手袋を脱いだアディが、自らの口に右指先を当て、その指先でそっとリサの紅唇に触れた。冷え切ったアディの指が何故か、リサに絶大な安心感を(もたら)す。


「リサ1人を死なせやしない」


「アディの背中はあたしが守るわ」リサはアディの右の素手を取り、自分の頬に当てた。「よーく考えたら、(ほぞ)なんか、絶対に噛めないもの」


「何だ、そりゃ?」アディがきょとんとした顔を見せた。「時折り、不思議な事を言うな」


「そお?」独り()ちたリサが、(てら)い無く言い切った。「それだけアディが好きなの」


「もう一回言ってくれ」


アディが左カフ(袖口)の通信機を口に近付け、自分のヘルメットの耳の辺りを軽く(たた)く。そのアディの仕草に頷いたリサが、袖の通信機に向かって声を上げた。


「──好きなの、アディが」


「良いぞ。1キロ程度なら、インカム(編団内通話)は通りそうだ」


「あたしの想いも通じた?」


「テイク・ユア・ブレス・エニシング(一息たりとも漏らさず)」


アディが真剣すぎるほどに、(こわ)い笑みを浮かべる。


「テイク・マイ・ブレス・アウェイ(気絶するほどに奪って)」


勿論リサも、菖蒲(あやめ)色の瞳で、身動(みじろ)ぎもせずに見返した。


「──次は、奴らをショート・ブレス(息切れ)させてやる」


アディは太い幹に(もた)れ掛かると、身を捩ってフィールドスコープ(双眼鏡)を覗き込む。


まだうっすらと赤い煙幕が漂う彼方、1.5キロほど先の宇宙艦が降着した辺りは、既に水蒸気ガスは収まっていた。


宇宙艦は着氷で穿った盆地のような窪みの中央に、艦首をこちら側に少し斜めに見る角度で降着している。その赤茶色の艦体と、魔法のランプの炉芯着火口みたいなブリッジ(艦橋)部分がよく見える。


窪地の直径は500メートル程、ビルジ(艦底部)が見えないところから判断すると、軽く10メートルは氷表を溶かしたようだ。大部分は昇華して水蒸気ガスとなって放散されたと思われるが、それでも幾分かは水が溜まっている筈だ。ランディング・ギア(降着装置)を出しているとは言え、それでも3、4メートルは融氷した水に浸かっている筈だ。


「陸上機材をちゃんと下ろせるのかね、あんなド壷に嵌まっていて」アディがリサにスコープ(双眼鏡)を手渡す。「カーゴ・ドア(積載庫外扉)を開いた途端、水浸しだぞ」


水位が3メートルもあれば、アモンなら間違いなく、ビルジ(艦底部)にあるグラウンド・ペイロード(陸上機材積載庫)が浸水する。


「あ、艦首のお団子みたいな部分、何か開くみたい」


スコープ(双眼鏡)を目に当てるリサの言葉に、アディはデュード(常用銃器)のベネリ社製00(ダブルオー)ストライクを肩から下ろし、シューティング・アシスト・システム(射撃支援装置)のファインダー(照準器)を覗き込む。


少し日が傾き始めた盆地の縁の向こうで、宇宙艦の艦首の一部が割れるように開いていた。艦首下部の、海上船舶のバルバス・バウ(球状船首)のように丸く突き出している箇所だ。中央から左右に割れて、そのまま左右に跳ね上がるようにペイロード・ゲート(格納庫外扉)が開いている。


地上機材を降ろそうとしているのだろうが、肝心の機材が窪地の陰で見えない。


「来たよ・・・!」リサがちょっとばかり頓狂な声を上げた。「──けど、あれ、何?」


「また、妙な機材で出てきたな」


00(ダブルオー)ストライクのファインダー(照準器)を覗くアディも、用心深げに言った。


穿たれた窪地の少々急な勾配の陰から、その車輛はゆっくりと浮上して来るように姿を現した。


最初は大きなテーブルかと思った。


だが確かに、それはピギーバック(平台輸送車輛)には、違いなかった。


全長13メートル、幅は5メートルほど、右端に積み木のような運転キャビンが載ったフラットなカーゴベッド(荷台)には、マニピュレート・ヘビー・エクイップメント(建設荷役汎用重機)と蛍光オレンジ色した氷上車らしき車輛が見える。しかもそのカーゴベッド(荷台)は、穿った斜面に対して傾きもせず、まるでリフトのパレット(搬床)のようだった。


呆気に取られる2人の眼前で、ピギーバック(平台輸送車輛)が全容を現した。


カーゴベッド(荷台)の前後両側の四隅に、まるで油圧ジャッキのような頑丈そうな脚部が付随していて、それに履帯の走行駆動部が装備されている。しかも穿たれた窪地の斜度に合わせて、平行を保つように前傾していたそのカーゴベッド(荷台)が、斜面を登りながら徐々に傾きを直して行く。


「──成程ね」アディが再び呆れながらも、感心するように言った。「水浸しになるのは想定済みで、その融氷水の沼を渡り切るのに用いるのか」


カーゴベッド(荷台)を上にリフトさせて運び出せば、ピギーバック(平台輸送車輛)の駆動躯体部は融氷水の沼に水没するが、カーゴベッド(荷台)の積載物は直接浸水させずに済む。しかも窪地を登る事まで想定して、カーゴベッド(荷台)の角度まで変えられるとは。


確かに水深3メートルもあったら、生身の人間は無論、並の氷上車でも渡り切れない。アモンのようなグラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)を装備していない宇宙艦で、ピュシスに直接降下降着しようと考えたら、あんな搬出車輛が必要だろう。


「あんな変なキャリアを、よく考え付くわね。あれもピュシス専用って訳ね」


リサも完全に呆れ返っていた。


その動くテーブルは、もう1台いた。そちらにもマニピュレート・ヘビー・エクイップメント(建設荷役汎用重機)が1輛と、ちょっと変わったボディ・レイアウト(車体構造)の小型の氷上ヴィークルが3台、それに履帯ピックアップ・トラック1輛が載っている。


2台の“テーブル”は、斜面を上りきると少し進んで停車し、ランプ(傾斜路)になるフラップ・ゲート(荷台あおり)を展開し始めた


“やはり奴ら、ここピュシスの環境をよく知っている。侮れない──”


アディが無意識に、口元を引き締めた。


投入して来ている人数は、大袈裟すぎる程の結構な数だ。ただ戦闘機のパイロットもそうだったが、全員がドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)とも思えない──だとしたら、勝機はまだ充分にある。


2台の動き回るテーブルは、氷冠の森の300メートルほど手前で停車した。


先頭のピギーバック(平台輸送車輛)から、蛍光オレンジに塗られたよく目立つ氷上車が降ろされる。全長5.5メートル、平べったいクロッグス(木沓)か手足の無い田鼈(タガメ)のようなエクステリア(姿影外装)で、車体後部が無蓋のカーゴベッド(荷台)になっている。


最大の特徴は、その駆動システムにある。履帯の代わりに、直径80センチ、長さ4.5メートルの紡錘形をした、螺子状のスクリュー・プロペラ(螺旋櫂)を並装している。このスクリューをドリルのように回転させる事で、車輛の駆動力にしている。履帯車輛よりは踏破力がありそうだが、サスペンションは皆無に等しく、乗り心地は最低だろう。





★Act.12 リトラ不時着・4/次Act.12 リトラ不時着・5

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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