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Act.12 リトラ不時着・3

「案の定、追って来てくれたな」


耳を(そばだ)てるアディが、フィールドスコープ(双眼鏡)で睨み上げる。


吹き上がる噴氷柱の陰から、ロータークラフト(回転翼機)がゆっくりと姿を覗かせる。その彼方の上空に、宇宙戦艦と思しき艦影も見える。どうやらカルデラ(噴山崩壊孔)越えたこちら側の、1.5キロほど離れた見通しのよい氷原のど真ん中へ高度を下げつつあった。


派手な不時着をしているので、こちらの位置は今更に誤魔化しようが無い。


「──しかも地上部隊を降ろすつもりだな。ますます好都合だ」


アディから手渡されたフィールドスコープ(双眼鏡)を覗きながら、リサが言った。


「来てくれた? 好都合? 敵が襲って来るのに?」


「まあ、結果はどうなるか、楽観は出来ないが」アディが不敵に、にやっとした。「奴らの足を奪うのさ」


「──あ・・・!」


言われてリサがはたと膝を打った刹那、バタバタと耳を聾するブレード(回転翼)音が響き渡る。


「先ずは五月蝿(うるさ)い蝿を叩き落とそう」


アディはリサに、擱坐機体の左翼下に身を潜めるよう指示すると、アディはパンツァファウスト(対装甲誘導推進弾)を引っ掴む。


パンツァファウスト(対装甲誘導推進弾)は使い捨て型の単装ミサイル(誘導推進弾)で、全長880ミリ、自重7.7キロ。最大射程は2500メートル、ミサイル(誘導推進弾)本体に赤外線光学による自立誘導システムを備えているので、撃ちっ放しが可能だ。ストレートとトップアタックの2モードを選択できる。本来は地上走行装甲車輛用だが、構築物などの固定物は勿論、低空飛行しているロータークラフト(回転翼機)程度なら、航空機材も目標に出来る。


空気を叩く振動が微かに伝わり、舞い上がった氷粉が薄く漂って来た。


アディはファウスト(対装甲誘導推進弾)の発射システムを立ち上げ、信管を触発瞬間に設定すると、リトラの機首下の陰に隠れる。後ろ側の氷冠森林の方から、小型のロータークラフト(回転翼機)が、樹高ギリギリの高さを飛び抜けて姿を現した。先にリサが見つけたロータークラフト(回転翼機)だ。あの宇宙艦の艦載機だろうが、偵察飛行と言ったところか。


「間抜けな蝿め・・・!」


肩に担いでファインダー(照準器)を覗くアディが、飛び去るロータークラフト(回転翼機)の後ろ姿に、ロックオン(要撃対象設定)を掛ける。この手の小型ロータークラフトは、ロックオン・レシーバー(被火器照準警戒装置)は勿論、電波索探警戒システムも、まず備えていない。


ロックオン(要撃対象設定)の設定完了を告げる小さな警告音が鳴ると同時に、アディは反射的にトリガー(引金)を引いた。


キャニスター(装弾発射筒)から白煙を吐き出し、ミサイル(誘導推進弾)が僅かな歳差運動をしながら、目にも留まらぬ早さでロータークラフト(回転翼機)へ目掛けて突き進む。3秒後、テール部が粉微塵に吹き飛んで、輪舞を舞うようにぐるぐる旋回しながら、ロータークラフト(回転翼機)が呆気なく墜落した。


「移動する前に、プロセッサ(情報演算処理機器)も処分しておこう」


アディはリサにそう声を掛けると、抜け殻になったキャニスター(装弾発射筒)を放り出し、ラップトップを拾い上げ、開いてから改めて氷表の上に置く。ベネリ社製00(ダブルオー)ストライクのセイフティを外したアディは、スラムファイア(連続射撃)・モードに切り替えると、腰高に構えた00(ダブルオー)ストライクの銃口を下げラップトップへ向ける。


(あらかじ)めトリガー(引金)を絞ったまま、アディはフォアエンドをスライドさせた。


ズンッとくぐもった火薬音がして、散弾を喰らったラップトップが、一瞬にして屑鉄に変わる。アディは間髪入れずもう一度フォアエンドをスライドさせ、立て続けに散弾を撃ち込む。


ベネリ社の00(ダブルオー)ストライクは、スライドアクションながらスラムファイア(連続射撃)・モードでトリガー・ディスコネクターを解除出来るため、フォアエンド操作によるフィーディング(送弾)だけで、トリガー(引金)を引きっ放しのままファイアリング(撃発)させられる。


ペレット(散弾)には9粒入っているので、合計18個の弾丸でラップトップ・プロセッサ(情報演算処理機器)は、何がどこのパーツかも判らないほど、バラバラに砕け散った。


リサはその間にそそくさと、ちょっぴりヒイコラ可愛い悲鳴を上げながら、氷表上に放り出してあった2人分のハード・ランセル(硬質背鞄)とパンツァビュクセ(携行肩担式低反動砲)、残り1本のファウスト(対装甲誘導推進弾)を一時に担ぎながら寄せ集めていた。


結構重いだろうに、荷物を纏めたリサにアディは(ねぎら)いの笑みを浮かる。一息()かせ、リサがランセル(背鞄)を背負うのを手助けすると、さあ行こう、と促した。


「──リトラを失った今、救助の通信も不能なら、何とか自力で戻るしかない」


アディが上空を気にしながら、リサを氷冠の森へと引っ張り込む。巨木が立ち塞がる林の中は、辺り一面銀世界が僅かな木漏れ日を反射しているせいなのか、鬱蒼としておらず意外と明るい。ただ氷表自体に結構なアンジュレーション(起伏)があって、歩くのには一苦労する。


「かと言って徒歩じゃあ、基地までは到底無理だものね」リサは()して心配する様子もなく、至極軽い口調で言った。「けど宇宙艦が居るのよ? 勝てるの?」


「何故か理由は定かじゃないが、奴らは俺たちを捕まえようとしている」


「捕まえる? 何故?」言ってしまってから愚問と気付いたリサが、早口で問い直した。「──いえ、どうしてそう思うの?」


「俺たちを排除駆逐するだけなら、宇宙艦が着地する必要はない」アディは迷わず、氷冠の森の奥へと進む。「上空から辺り一面にミサイル(誘導推進弾)でもぶち込めば、事は簡単だ」


「ぶち込む、って・・・」他人事のようなアディ口調に、リサは一驚すると同時に呆れた。「まあ、確かに一巻の終わりよね」


だが捕まえに来ている、とは言っても、こちらの生命(いのち)を保証してくれるとは限らない。何せ、本気の空中戦を挑まれたばかりだ。油断できる相手ではない。


「奴らはドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)だ。まどろっこしい真似はしない」


口をヘの字に曲げたアディが、氷冠を(いだ)く一際太い大木の裏側に回り込む。


「あれッ?」後を追うリサが、アディの背に声を投げた。「さっきは、違うって言わなかった?」


「ああ、いや、戦闘機の奴らは違う、と言ったんだ。テクニックは悪くないが、バーディ・ストラグル(空中戦)が余りにも教則通りだったからな」


アディは巨木の左側に回ると、フィールドスコープ(双眼鏡)で再び敵を(うかが)った。200メートル先の大木の陰には、擱坐したリトラの機影が見える。その向こう彼方の上空に、赤茶色のずんぐりした宇宙艦が、既にかなり高度を下げて来ていた。


アディが覗き込むスコープ(双眼鏡)の中に、赤茶色の宇宙艦の姿がはっきり見える。


あまりの不細工な艦体形状に、思わずアディは眉を(しか)めた。


まるでジン(魔人)が出て来る魔法のランプそっくりだった。


ゴーダムを襲い、ネルガレーテのアモンと渡り合い、ギルステンビュッテルの命を受けてトト教授の確保のためにピュシス・プルシャへ降下して来た、元ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・ホワイトスネイクの機艦サーペンスアルバスだった。


「ふーん、そんなの感じるんだ」アディの陰から、リサも首を突き出す。「──それで、あっちの宇宙艦の方は、同業者って訳?」


「奴らは侮れない」


見てみるか、とアディがリサにスコープ(双眼鏡)を手渡す。スコープ(双眼鏡)を覗き込んだリサも、開口一番、なんて不格好な、と声を漏らす。


「──けど奴らの(ふね)って超対称性場推進で、アイドル・ディメンション(虚時空)ドライブは積んでいないみたいだったけど」


リサの言い分は(もっと)もだった。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の機艦なら、まず間違いなくアイドル・ディメンション(虚時空)ドライブを艤装している筈だからだ。


(ふね)はね」アディは灰色の空に浮かぶ、宇宙艦に目を(すが)めた。「だが、中のクルー(乗艦員)は、少なくともキャプテン(艦長)とパイロット(操艦担当)はドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)だ。いや、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)だった奴ら、と言った方が良いかもな」


「あれ、本当に着地するつもりかしら?」スコープ(双眼鏡)を覗き込んでいたリサが、思わず眉根を寄せる。「ランディング・ギア(降着装置)が氷地に減り込まない?」


有重力の惑星下における宇宙艦の着地は、ほいほいと簡単には行えない。


ランディング・ギア(降着装置)があるとは言え、当たり前だが、降着地面には艦船の自重が伸し掛かる。泥濘地は言うに及ばず、ちょっと軟弱な地盤だとギア(降着装置)が減り込み、地表が強固な不整地であってもアンジュレーション(起伏)がきついと、艦体が傾いてしまう。艦体が傾くと特定のギア(降着装置)に荷重が偏る事になり、最悪ギア(降着装置)が破損して艦体自体が着底擱坐してしまう。だからエプロン(駐機場)を整備するのだ。


「アモンのギア(降着装置)だと、面荷重が大きすぎてめり込むな」降下して来る赤茶の武骨な艦影を、アディがじっと凝視した。「それに、あの艦船の大きさからして、推力ぎりぎりだな」


「惑星垂直降下用は、フェルミオン対消滅エンジンよね?」


「あのままだとジェット(排気)で、降着する氷地が酷い泥濘(ぬかるみ)になるぞ」


懐疑的なリサの問い掛けに、アディも口をヘの字に曲げて小さく頷いた。



フェルミオン対消滅エンジンは、グリフィンウッドマックの機艦アモンが装備しているアクシオン対粒子転換エンジンとは扱う素粒子は違うが、同じ粒子ジェット(噴推)を用いる通常宙空間航行用推進システムであり、本来は大気圏内飛航用エンジンではない。勿論、アモンが艤装するグラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)とは、稼働メカニズム(機序)が全く違う機関システムだ。


重力に抗する浮力としての推力重量比が、グラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)と比べるまでもなく、極めて劣る。しかも推力維持のための反応を長時間連続して安定的に維持するのがシステムとして極めて難しく、噴射速度を巧くバランス制御しないと艦体は簡単に引っ繰り返って墜落する。


艦の姿勢が一度崩れてしまったら、グラヴィテーション・ハイドランス・プレート(重力阻害器)と違って推力方向が限定されるため、その質量が災いとなって高度の維持が不可能になり、呆気なく地面に突き刺さる羽目になる。


さらに艤装構造上、巨大船舶だとキール(船舶構造縦基材)や船殻に大きな荷重が不均等に掛かる事を避けられず、艤装するには船体構造の強化が必須で、そうなると総重量が跳ね上がり推力重量比のさらなる低下を招くジレンマに陥る。また船格が巨大になるほど、そのモーメント・マス(慣性質量)に比して、フェルミオン対消滅エンジンから噴射される高熱ガスの量も膨大なものになる。200メートル以上の艦船では、最低その全長の1.5倍の直径を持つ垂直離着陸用エプロン(駐機場)が必要と言われ、地上設備に広大なスペースを確保しなければならず、大気圏推進システムとしてはあまり実用的とは言えない所以(ゆえん)でもある。


事実サーペンスアルバスは、着陸に際して強烈なジェット(排気噴射)を吐き出していた。無論ジェットは高熱なので、吹き付けられた氷表が、凄まじい勢いで昇華水蒸気を巻き上げる。



「ちょっと無茶じゃないか? 此処専用のランディング・ギア(降着装置)でも持っていないと・・・」


「あ、ビルジ(艦底部)が割れた・・・ッ! てか、あれがランディング・ギア(降着装置)・・・?」


驚いた声を上げたリサが、見てみて、とスコープ(双眼鏡)をアディに戻した。


アディが覗き上げる先、高度100メートル程の空中だった。


魔法のランプのようなそのビルジ(艦底部)が、玉葱を剥くように剥がれ、スキー板のような長いスキッド(降着脚)が、3本展開する。幅5メートルのスキッド(降着脚)の全長は100メートル近くあり、艦体のほぼ半分もある長さだ。さらにスキッド(降着脚)1本1本が別々に5分割されていて、それぞれが太い支柱で支えられている。合計400平方メートル以上ある15枚のスキッド(降着脚)で艦体自重を広く分散し、泥濘の中に着地するに当たって面荷重を軽減させ、深く埋没してしまうのを避ける仕組みだ。


なるほど、とアディが感心した矢先、スキッド(降着脚)底部から、見る見る間に赤色に塗られたバルーンが膨れ上がる。一種のフロートだが、泥濘地において浮力得ることで、接地圧をさらに下げる効果を(もたら)す。それでもさすがに、艦体自体を浮かせるほどの大きさではない。


「うひゃああ。ちゃんと専用ギア(降着装置)を持っていやがった・・・!」


アディが呆れたような、驚きの声を上げる。


「降下用フェルミオン・エンジンで降着地が泥濘(ぬかる)むのは、先刻承知って訳だ。間違いなくこのピュシスの環境用に特化してある宇宙艦だな」


「──なーんか、此方(こっち)のクライアント(受注先)より、金満そうな相手ね」


リサが口をヘの字に曲げてアディを見る。アディは無言で苦笑いを返した。


宇宙艦は高度50メートル辺りで、濛々(もうもう)とした水煙に包まれ見えなくなった。


この凄まじい水蒸気ガスから察するに、着地点は高熱で氷表が溶かされて巨大な窪地と化し、一瞬にして溶けた氷水で軟弱な沼に変貌している筈だ。この後をどのような方法で此方へ詰め寄せて来るのか不明だが、同じ穴の(むじな)とは言え、結構無茶で強引な連中には違いない。


彼奴(あいつ)ら、元ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)なのよね? 誰かに雇われてるのかしら」


リサは口を真一文字にして頬を膨らませた。


「──()りあったんだろ? リサは、奴らと」


アディは身を翻すと、太い幹に(もた)れ掛かって上を見上げた。


「確かに手強かった」


リサもアディの前で身をくるっと回し、今度は反対側のアディの左横で、アディと同じように背にした幹にぴたっと身を寄せた。


「だが、地表に降りたのが、奴らのミスだ」


アディは氷冠の巨木を背に10歩ほど歩くと振り返り、パンツァビュクセ(携行肩担式低反動砲)とファウスト(対装甲誘導推進弾)、それにランセル(背鞄)を一緒に下ろした。


「宇宙艦船なんか地表に降りてしまえば、砲台にも為らないよ」


「凄い強気」早足で従うリサは、単なる虚勢とは思えないアディの言い草に、唯々笑窪を(こさ)えて舌を巻く。「アディ、とってもリブレステイキング(惚れ直しちゃう)」


「どっこい、ブレステイク・タイム(見せ場)は此処からだよ、リサ」


ハード・ランセル(硬質背鞄)を開いたアディは中に手を突っ込むと、黄と黒の斜めストライプのラベルが巻かれた救助信号用発煙筒を取り出した。それを見ていたリサに、同様に取り出すように手振りする。


「──良いかリサ」


リサの横に立ったアディが肩を抱くように左腕を回し、左手でリサの左肩を小さく(たた)く。


「あっちに見える、いちばん近い大木の根本──」


アディが少しばかり腰を屈め、自らの顔をリサの顔の真横に近づけると、リサの肩越しに左手を突き出し指差した。2人が首を巡らせる150メートルほど向こうに、氷の樹冠を広げる別の大木が見える。


「メーデースモーカ(発煙筒)を発煙させたら、それを持って根元に立てて来るんだ」


リサが手に持つ、黄と黒の発煙筒に目を落とす。


「使い方は分かるな? 発煙させながら行くんだよ」


アディは発煙筒のキャップを外し、筒上部のリングに指を掛けると、勢いよく引き抜いた。間髪を置かず白煙が吹き出し、それが直ぐさま鮮やかな赤色に変わった。


「俺は反対側の木の方へ行く。立てられたら、リサも戻って来るんだ」


そう叫ぶアディの姿が、すぐ傍に居るのに、もうもうと立ちこめる赤い煙で見え隠れする。リサもキャップを外し、発煙筒を発火させる。





★Act.12 リトラ不時着・3/次Act.12 リトラ不時着・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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