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Act.9 天使と鬼燈(ほおずき)・2

「当たり前だが、周辺には人っ子一人居ない」ネルガレーテの言葉に耳を傾けながら、アディが周りを見渡す。「生き物の姿は見えないし、天を衝くアイスライザー(氷の噴山)が噴き上がってるだけだ」


アディに釣られるようにして、リサも辺りに首を巡らせる。


ネルガレーテの声は、勿論リサの通信システムにも届いている。


グリフィンウッドマックが運用するレギオ(編団)内の通信回線は、別ミッション(行動計画)を同時進行させる際など、情報伝達が錯綜しないように、同じ使用帯域でも違うホッピング・プログラムの回線をマルチ運用する。今回はジィクたち基地側のシークエンス用にはアルファ・チャンネルを、アディたち赤道帯域でのシークエンスにはブラボー・チャンネルを使っている。


「目視した限りでは、ラボ(研究舎)に異状はない。自然災害に遭った様子もない」ペイロードデッキ(積載床)の上に建つロッジ(小屋)を見上げたアディが、再度周囲を見回した。「ただ、現地活動用に持ち込んでいる筈の、氷上車が見当たらない。出掛けているのかも知れないが」


「困った先生ね」通信機の向こうで、ネルガレーテが溜め息を吐いた。「不在だったら念のため、トレース(追跡)出来るところまで、追って頂戴」


「テンフォー(了解)」


顔を見合わせ頷き合ったアディとリサが、カーゴ・デッキ(荷甲板)へ上がるため、カーゴ・ドアのランプ(傾斜路)に足を繰る。円錐台形したロッジ(小屋)自体は直径7メートル、高さ3.8メートル。入り口部分にあるウインドブレイク(風除け室)が出っ張っていて、ロッジ(小屋)の裏には電力供給用の小さな核融合電磁励起エンジン・ユニットが設置されてあった。


「やっぱ、手動じゃ開かないか・・・」


アディが、ドアのノブ(取っ手)に手を掛けたが、びくりとも動かない。


「ロック(施錠)されてる・・・?」


「こんな誰も居ない凍原のロンサム・ロッジ(ぼっち小屋)に、鍵が要るか?」少し奥まった入り口の脇にある小さな操作ボックスを見やって、アディは口をヘの字に曲げた。「うわあ、こっちは凍り付いてやがる・・・」


ボックスの小さなラッチ(掛け金)に指を掛け、(しき)りに()じ開けようと試みたが、固く凍りついて全く開かない。仕方ない、とばかりに肩を(すぼ)めたアディが、銃を胸元に回した。


「何するの?」


「最初は極めて紳士的に」


銃を逆さまに抱えると、そのバットストック(台尻)で扉をノックする。


反応を見るため、少し間を置いてもう一度。


(しば)し耳を澄ませたが、何も聞こえない。何かの気配も感じない。


「ひょっとして、お出掛け中じゃない?」


「んじゃ仕方ない。ちょっとだけ強引に」


そう言うとアディは、今度は凍り付いて開かない操作ボックス目掛けて、ストック(台尻)を叩き付けた。容赦なく2度3度と叩き付けると、薄い重合樹脂の蓋がひん曲がって(ひび)割れた。開いた隙間に指を突っ込み、力任せに蓋を開く。


バキッと鈍い音がして、蓋の上3分の1が割れ砕けた。


アディが手袋の人差し指を突っ込み、スイッチを押す。


モーターが低い唸りを上げた入り口の扉が、少しだけ奥に引っ込んで、それから内側に向かって開き始めた。同時に室内灯が点く。


「いきなり銃をぶっ放すより、ずっと紳士的だ」


「けど強引なの、割と好き」


両肩を(すぼ)めるアディに、リサが悪戯(いたずら)っ子のような笑みを返した。


「──お邪魔しますよ、トト先生・・・!」


戸口を潜ったアディが、大声を張り上げる。


「邪魔するなら、帰ってくれ──なんて言われないよね」


リサが室内に入ると、アディが壁際のスイッチで扉を閉めた。ウインドブレイク・エントランス(風除け室)は狭くて薄暗く、すぐ目の前にもう一つ扉が迫る。脇壁のスイッチを押すと、目の前の扉は難なく横へスライドしながら開いた。


「先生、トト教授・・・!」


防眩グラスを外したアディが手袋を脱ぎながら、室内を見渡して声を張り上げる。


ロッジ(小屋)の丸い室内の中央には、直径1メートルの円形カウンターが設えられてあり、中心には柱のようなエアコンディショナーが通っている。室内高は3メートル半程、奥手側半分の頭上がロフトになっていて、少しばかり急な階段が入り口の右手すぐにある。その階段下はストレージ(収納庫)とトイレになっていて、それにシャワーユニットとこじんまりしたキッチンが、円弧を描く壁に沿って繋がる。


左手には、壁に沿ってカウンター・テーブルが設けられ、椅子が3脚、テーブルの上にはプロセッサ(情報演算処理機器)用のディスプレイ2台と少しばかりの資料、それに食べ終わった食器プレートとカップが置きっぱなしになっていた。


室内最奥、入り口と反対側の壁は一面棚になっていて、飾りの置き物一つない素っ気無い棚には数台の携帯用プロセッサ(情報演算処理機器)と、携帯用のカメラ、雑に纏められたバインダーとファイル、数冊の書籍が雑然と散らかっていた。


アディとリサが、中に足を踏み入れる。


室内は暖かく、環境維持システムはちゃんと稼動している様子だが、一目で見渡せる室内に、人の気配はない。アディはぐるりと首を巡らせると、ロフトへの階段を中ほどまで上がって背伸びし、ロフトの奥を見渡したが矢張り誰もいない。


「確かに、最近には来てたみたい・・・」テーブルの上の、食べ散らかした食器に目を落としながらリサが言った。「でもこの様子から見て、出掛けてから日が経ってる」


「ふーむ、手間を掛けさせる先生だ」


アディは右回りに、トイレとシャワーユニットを覗いて回る。


「どうする? 外を捜すんでしょ?」リサは中央の丸テーブルの縁をぐるりと一周しながら、アディの後を追う。「リトラで空から巡視する?」


「その前に、立ち回りそうな場所の手掛かりを・・・」


奥の棚を見回していたアディの爪先が何かに当たる感触がして、がらがらと何やらが派手な音を立てて倒れる気配がした。


「──それ、何?」しゃがむアディの頭越しに、リサが覗き込んだ。「随分と数があるけど」


半分ほどファスナ(留め具)の開いた、長さ1メートルほどの黒いソフトケースが倒れ込んでいた。棚の下の物置きスペースに置いてあったものらしく、他にも同じケースが10個以上壁に立て掛けてあった。ぱっと見た目、何かの吹奏楽器を入れたケースのようにも見える。


口が半分開いていたソフトケースをアディが開く。


中に入っていた物は、ぱっと見、折り畳み式のキャンプ用品みたいだった。


「こりゃ、ビーコン(導標)だな」


アディはケースごと抱え上げ、後ろの丸テーブルに載せ置いた。


「ビーコン(導標)・・・?」リサが小首を捻る。「マーカー(航路指標)の一種?」


アディが取り出した中身を順序よく並べる。


「それの陸上用ってところだ」


太さ2.5センチ、長さ1メートルほどの耐腐食合金鋼のパイプを、アディは取り上げ、尖った先の方を下に床に立てながら、中に一回り細い棒を突っ込む。


「このサボット・ポールにハンマー・ポールを差し込み、このハンマー・ポールを上から金槌か何かで叩いて、サボットの先を地面に──氷表に突き刺して立てるんだ」


「ふーん・・・」


「次はこっちの発信ユニットのあるポールの天辺に、目視用の三角旗を差し込んで」


リサにポールを持たせたアディが、開傘のような骨組にノート大の太陽光発電パネルが3枚付いた、もう1本のパイプを取り上げ、その先に三角旗のポールを嵌め込む。


「んでもってこの発信ユニットのポールを、リサの持ってるサボット・ポールにハンマー・ポールを入れたまま被せるように差し、蝶螺子を回して留めて発電モジュールを開く」


「何だか、巡礼僧の錫杖みたい」


アディの背丈ほどもある耐腐食合金鋼のポールを、リサが上から下に見回す。


「最後にスイッチを入れると、自動でラジオ・ビーコン(電波導標)を発信してくれる」


開いた太陽光パネルの骨組みの根元にあるスイッチを、アディが押し上げた。


「このピュシスには、サーフェイス・ロケーション(衛星測位地理的位置情報)システムがないからな。目の届く範囲での活動なら不要だが、陸上を単独で何十キロと足を伸ばすなら必要だ」


「と言うことは、トト教授もこのビーコン(導標)を立てながら遠出している筈よね」


「行きは良くても、帰るためのルートだけは確保しておかないと、ちょっと離れてロッジ(小屋)が見えなくなったら、此処だとたちまち迷子になる」


唇を突き出すアディに、リサが肩を(すぼ)める。


「確かに、すぐ迷っちゃいそう。右見ても左見ても同じような景色だものね」


「──なので、このラジオ・ビーコン(電波導標)を拾って行けば、先生の秘密の研究スポットに辿り着ける、筈」


「筈?」


言葉尻に勿体付けたアディの言い方に、察し良いリサが耳聡く気付いた。


「多分、これがビーコン電波の受信機だと思うが──」


棚の上に無造作に置いてあった、何かの端末のような黄色の筐体を取り上げた。


「リトラの飛行高度と速度で、拾えるだけの出力と感度があるかどうかだ。陸上移動を前提としている運用だから、せめてロータークラフト(回転翼機)の移動速度くらいには落とさないと、上手く拾えないんじゃないかな」


「ああ、そうなのね。そんな簡単には行かないんだ」


「此処に、氷上車はもう無い。かと言って、いきなり徒歩で歩き回るのは無謀すぎる」


その言葉に頷くリサを見遣ったアディが、カウンター・テーブルのプロセッサ(情報演算処理機器)ディスプレイに顎を(しゃく)った。


「まずは端末を片っ端から調べて、先生が走り回った先の痕跡が残ってないか調べよう」アディはビーコン(導標)・ポールを棚に立て掛けた。「氷上車にはナビゲーション・システムが載っている筈だから、その記録のバックアップがあれば、大まかにでも方向を絞れる。さらにビーコン(導標)の設置位置を示すデータがあれば、なお確実だ」


「なるほどね、アディ頭良い・・・!」リサが素直に小躍りした。「なのに朴念仁って言われるの?」


一言多いその言葉に、アディが思わず目を点にする。


「──それに、唐変木ってどういう意味?」


「そういう素直な言い草、リサらしくて嫌いじゃない」


アディは苦笑いすると、キッチンの方へ歩いて行った。


「あ、ひょっとして、善い言葉じゃないんだ・・・?」目線で追うリサが、伏し目がちに少しだけ肩を落とす。「ごめんなさい」


「気にしなくて良いよ」


キッチンにあったポットに水を入れ、湯を沸かし始めた。


「確かに気が回る方じゃないし、デリカシーに欠けるとは、ネルガレーテにもよく言われる」


アディが小棚にある瓶の蓋を片っ端から開けていき、中を確認しては臭いを嗅ぐ。


「けどあたしもジィクに、唐変木に魅力を感じてる時点で、充分変態だ、って言われた」


棚にあった重合樹脂製のマグカップを2つ、手に取ったリサがアディの傍らに寄った。


「なら、向こう見ずさと無鉄砲さに、(ほぞ)を噛む事になるな」


横目にリサを見たアディが小さく苦笑し、スプレードライ・粉末コーヒーを、瓶から直接マグカップに振り入れた。


「うん」リサは静かに、だがはっきりと頷いた。「でも、テイク・ポット・ラック(運任せ)のゴー・フォー・ブローク(当たって砕けろ)、アディと一緒なら怖くない」


「リサ・・・」


「父が生きていたら、あたしがドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)として生きて行く事を、賛成してくれたかしら?」


菖蒲(あやめ)色のリサの瞳が、真っ直ぐにアディを見詰める。


「それは、俺には分からない」小さく(かぶり)を振ったアディが、湯気を吹き始めた湯沸かしポットに目を落とした。「だが、自分の居場所は自分で決めるべきだ」


「アディ、貴方(あなた)って矢っ張り、どこかメルツェーデスさまに似ていて、母から伝え聞くあたしの父の匂いを纏った人よ」


そのリサの言葉に静かに頷いたアディが、ポットを傾けカップに湯を注ぎ始める。暖かな湯気と共に、コーヒーの香ばしい薫りが鼻腔を(くすぐ)る。


「──きっと父も、そう言ったに違いないもの」


「そうだな」柔らかい笑みを浮かべたアディが、リサにマグカップを手渡す。「あのイェレなら、そんな言い方をするな、確かに」


無言で頷くリサは、微かに頬を朱に染めた。


「──これが砂糖だろ。ミルクは冷蔵庫の中じゃないか?」


アディが蓋の開いた広口の瓶をリサに見せる。


「アディは何も入れないの?」


リサが白魚のような指先で、1個2個と角砂糖を摘み入れた。


「ユーマが好きな茶の類には合うと思うが、コーヒーには甘ったる過ぎないか?」


息を吹いて一冷まししたアディが、カップを傾ける。


「ふーん、アディはブラックなんだ」


何か溶くモノはないかしら、とキッチンを見渡したリサが、マドラースプーンを手に取った。


「リサは好きなだけ入れれば良いさ」


「あまり入れ過ぎると太る、とは言わないんだ」


くるくるとコーヒーを掻き回すリサが、可笑しそうに口角を上げる。


「そんな言い草しか出ないほど、さすがに俺もナックルヘッド(間抜け)じゃないぞ」


さあ記録を調べよう、とアディがリサの(たお)やかな肩をぽんと叩く。


「リサは、そっちのデスクトップを。俺はこっちの棚にあるラップトップを調べるから」


アディは室内中央のテーブルにカップを置くと後ろの棚を振り返り、ノート大の携帯型プロセッサ(情報演算処理機器)端末を取り上げた。


「ぼっちで使ってた筈だから、特段の暗証は掛かっていないと思うが」


リサもカップを口元で吹き冷ましながら、カウンター・テーブルの椅子に腰を落とし、デスクトップの入力端末に手を伸ばす。アディの言った通り電源は入ったままで、画面は何のストレスもなく立ち上がった。ディスプレイに表示される、ディレクトリ・ジーナス(管理情報集群)にアクセスして、リサが中身のドキュメント(管理情報書式)を確認していく。


全てがフィールドワーク記録専用の書式で、ビデオ(画像記録)とテキスト(文章書式)によるデータだった。専門が惑星物理学とあって、さまざまなテレイン(地形)とそれに対する環境への学術的分析と見解、それに氷層下の岩石層に対する、有機化学的観点からの推論を展開してあるようだが、専門的すぎてリサにも全くと言って良いほど理解できない。


それに肝心の、アディの言う、ビーコン(導標)設置場所とフィールドワーク・ルートを示すような記録が見つからない。


「──ねえ、アディ」


不意にリサが、ディスプレイを注視したまま、背後にいるアディに声を上げる。


「1つ聞いて良い?」


「そんなに遠慮しなくて良いよ」


アディも振り向かず、軽い口調に背中で言った。


「もしも、よ」リサが少しばかり改まり、一呼吸置いてから言葉を続けた。「もしも万が一、とても危ない状況になったとしたら、不安に感じない・・・?」


「不安?」アディが淀みなく返答する。「慎重には行動するが、危険を感じるクリティカル・インシデント(要対処事象)は、今のところ格段には見当たら・・・」


「──ううん、違うの・・・!」


アディの言葉を遮るように、リサが声を上げた。


「その・・・ジィクやユーマと一緒だったら、って・・・」


「・・・?」


手を止めたアディがカップを片手に、きょとんとした顔付きで振り返った。


「あたし・・・アディの足を引っ張ったりしないかな・・・なんて思っちゃって・・・」


(うつむ)き首を(すく)め、丸めた背中を見せたままリサが言った。





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 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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