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Act.8 砲火轟く氷坑・6

中型ロータークラフト(回転翼機)のペイロード・ゲート(搬出入口)は上下に分割して開くタイプのもので、搬入口は幅8.5メートル、高さ6メートル強、横に潰れた楕円形をしている。ランプ(傾斜路)になった下側ドアの30メートル前には、残骸のようなオリーブドラブ色の塊が、氷塊に(まみ)れて半ば氷表にめり込んでいた。


「──これ、ギャリア(汎用重機)だな・・・」


ジィクが輛機の一部と思しき残骸を、爪先で小突いた。


オリーブドラブの残骸は確かに、ジィクたちのトラックをお釈迦にした、ロケット弾ランチャー(発射架)装備のギャリア(汎用重機)だった。輛機の右半分は完全に氷表に埋もれていて、輛機自体も押し潰されたように斜めに歪んでいて、捩じ折れた両肩のキャニスター(装弾倉)が、両腕肢と絡み合うように潰れていた。これでは、操縦者が生存していても、外鈑を引き剥がして救出するのに、相当な手間と時間が掛かるのは明らかだった。


「見事にぺしゃんこ。一体、誰が踏み潰したのかしら・・・?」


分かり切った事を、ユーマが態とらしく訊ねる。


「経緯はいまいち掴み(かね)るが、きっとミルシュカの信じた神さまの仕業だろ」


首を(すく)(おど)けるジィクが、ミルシュカを見遣った。


「科学者の癖に、神さまを信じているの?」


ユーマがことさら大袈裟な口調で言った。


「単なる言葉の(あや)よ」ミルシュカは(てら)いなく返した。「けど、人知が及ばない、理解できない事と、存在しない事とは同義語じゃないわ」


ランプ・ドア(搬出入用斜路扉)の(たもと)に立ったジィクが、2人を制するように左腕を広げる。


傍らに留まってろ、と合図すると、中腰のままのジィクが斜路の上を窺いながら、そろりそろりとランプ(傾斜路)右端を上る。勿論、油断なく構える銃のセイフティは外れている。開いている搬入口の脇壁に背を付くと、ジィクはカーゴ(貨物室)内を改めて見回した。


奥行き20メートルほどのカーゴ(貨物室)はがらんとしていて、床の滑り止めが幾何学模様のようだ。内壁両側には、積載用のビンディング・ストラップ(機材固縛帯)やフック、作業用の脚立、人員輸送用の折畳み椅子などが備えられてある。一番奥手の機首側の隔壁には、ペイロード・マネージャ(積載物保守管理者)用のスペースと小さな機内トイレ、その脇にはコックピット(操縦室)へ上がるタラップ(乗降梯子)が見えていた。


ジィクは下にいる2人に向かって、上がって来い、と大きく手招きした。


ユーマとミルシュカが、滑りそうなランプ(傾斜路)を足早に駆け上がる。


「このアトラクションに、係員は居なさそうね」


目溢(こぼ)ししないようにゆっくりと、ユーマがカーゴ(貨物室)内に目を走らせる。


「下で潰れてた、最後のギャリア(汎用重機)に乗ってた奴が、ホールド(留守番)だったんだろ」


2人が上がって来ると、ジィクは無人のカーゴ(貨物室)内を、機首の方へと歩き出した。


「このカーゴ(貨物室)に、あのギャリア(汎用重機)を5台。よく載せたわね」


辺りを眺め回しながら、ユーマはミルシュカを促してジィクの後に続く。


「1列縦隊じゃ載りそうにないな・・・」ジィクが左右の内壁を交互に見やった。「かと言って、この幅じゃ2列も無理だろ」


「上半身の腕肢部が重ならないように、少しずつずらして互い違いに載せたんじゃない? 下の車体部の幅だけなら、並列に置けそうよ」


床に残ったタイヤ痕を、ユーマが興味深そうに眺め回した。


「最後尾の1輛だけを中心線に置けば、理屈では左右均等になるな」


「まあ、何しろ相手もドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)だからね。無茶はお手の物よ」


ユーマが大きな肩を(すぼ)めた。


輸送機の機内に重量物を積載するのは、海上船舶同様に簡単ではない。偏った置き方をすると、バランスが悪くなって飛行安定性を著しく損なう。下手すると旋回時に姿勢の安定を保てなくなって、制御不能に陥って墜落する。


「しかし、あれからは反撃を受けていない。さすがに手詰まりなのかも知れんな」


「とは言っても、タワー(作業監理塔)が押さえられているのは間違いなわよ。ミクラスの奪還は、ちょっと骨が折れるかもね」


「積んでいたギャリア(汎用重機)が5台で、それを全てここに投入したのなら、上にはもう配備されていない。ギャリア(汎用重機)が居なければ、まだなんとかなる」


「また、無茶するつもりでしょ?」


呆れたような顔付きで、ユーマがミルシュカを見遣る。ジィクが無言でニッと笑った。


だが、この推断は間違っていた。


輸送機に載せられていたのは、ロケット弾ランチャー(発射架)装備が3輛、ランチャー(発射架)非装備が3輛の合計6輛だったのだ。ランチャー(発射器)を装備していないギャリア(汎用重機)がまだ1輛残っているのを、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)たちは気付いていなかった。


カーゴ(貨物室)の最も機首寄り、隔壁に凹むように設けられたペイロード・マネージャ(積載物保守管理者)席に、3人が一旦身を寄せる。待ってろ、と手振りしたジィクが、アーマライト・177デュエルを構え、コックピット(操縦室)に上がるタラップ(乗降斜梯)へ、壁側を背にして横歩きに足を繰る。


機内トイレの前から上半身を捻り突き出し、そっとタラップ(乗降斜梯)を覗き上げる。


(しば)し耳を澄ませてみたが、気配はしない。


翻すように身を踊り出させたジィクが、背を丸めて銃を構え、足音を忍ばせてタラップ(乗降斜梯)を上がり始めた。上層のコックピット(操縦室)に顔を覗かせる前に、銃口が先に突き出ないように収めながら、一旦改めて身を伏せる。気配が無いのを確認すると、電光石火、銃を構えながら顔を上に突き出した。


正副並列に並ぶパイロット・シートと、その外側の予備シート、それに右のフライト・スペシャリスト(特別運航要員)用シートは、5席いずれも無人だった。


「──クリアだ! 上がって来い・・・!」


張り上げたジィクの声に、ユーマがミルシュカをタラップ(乗降斜梯)へと促す。


コックピット(操縦室)は意外と狭い。ミルシュカが顔を見せた時には、ジィクはパイロット・シートに座って計器を確認していた。巨大なバケットホィール・エクスカベータ(輪鍬型掘削機)の威容が、目の前のウィンドウ一杯に広がっていて、伸し掛かるように視界を塞いでいる。


実はこの時、1つの人影が、目の前の巨大エクスカベータ(掘削機)内を走った事に、コックピット(操縦室)のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)2人は全く気が付かなかった。


回転式バケットホィールを保持している本体基部との支柱ブーム、その100メートル近いフレーム・コンフィギュレーション(枠組構造体)には掘削物を搬送するコンベアを備え、脇にはキャットウォーク(作業員用通路)が通っている。通路はバケットホィール回転軸横に設けられた、張り出し(やぐら)のようなデッキに通じている。中央の基部台車からでは実際の掘削箇所が遠すぎて、掘削作業を詳細に把握できないので、実際の掘削作業を目視で監視しながら細かにコントロールするための制御デッキだ。


そのキャットウォーク(作業員用通路)を足早に駆け抜け、制御デッキに飛び込んだ人影は、ユーマが屠った2台目のランチャー(発射架)装備の、ギャリア(汎用重機)の操縦者だった。


敵も()る者で、ロケット弾を発射すればバックブラストで位置がすぐ知られる上に動けない状態とあっては、反撃のプラズマ弾を喰らうのは必至と、ちゃんと予測を立てていた。操縦者はロケット弾を斉射した直後、ユーマからの2射目を受ける前に逃げ出していたのだ。ユーマの直撃を受けた時には、ギャリア(汎用重機)は(もぬけ)の殻だった。操縦者はその後すぐ、手近にあった氷上車に乗り、継坑の淵をユーマたちとは反対側から回り込んだ。その際、横転したホウルトラック(超重量運搬車)から姿を見せた3人が、ロータークラフト(回転翼機)に侵入するのを目にしたギャリア(汎用重機)の操縦者は、こっそりエクスカベータ(掘削機)の反対側に横付けして乗り込んだのだ。



「操縦できるの・・・?」


ミルシュカがバックレスト越しにジィクを覗き込む。


「機材名までは分からんが、同じナイト・オペラ社の機体で、似たような操縦システムなら、何度か扱った事がある」


少しまごつきながらも手慣れた手付きで、ジィクがシステムを操作する。


「──占めたわ。これ、ジャミング(電波妨害)・システムよ」


フライト・スペシャリスト(特別運航要員)用シートに腰も落とさず、ユーマがコンソール(制御卓)に目を走らせる。


「──それで、ジャミング(電波妨害)は外せそうか?」


ジィクが振り向きもせず問い掛ける。


「待って。今やってる」


「──ミルシュカ、席に着け。すぐ離陸する」


ユーマの返事を聞くのももどかしく、ジィクが口早に振り返る。


「ねえ、ジィク──」


すとんと腰を落としたミルシュカが、ハーネスを手にしながら、目の前のウィンドウを指差した。


「あの恐竜みたいに大きいの、動いてない・・・?」


少し可愛らしい、それでいて懐疑的なミルシュカの口振りに、ジィクが首を巡らせる。


「何だと・・・!」


さすがのジィクも、目を疑った。


左斜め横に見えている回転式バケットホィールが、ゆっくりとその鎌首を持ち上げていた。しかも、そのバケット・ホィールが回転までし始めた。


ジィクが慌ててコンソール(制御卓)を操作して、スティック(操縦桿)に手を掛ける。


「ユーマ! 離陸する・・・!」


ローター音が一層高まって、ジィクがブレード(回転翼)・ピッチ角を上げ、スティック(操縦桿)を引く。微かな浮遊感と共に僅かに後傾して、機体が後ろに後退(さが)った、その刹那。


「ジィク・・・!」


叫ぶミルシュカの声と同時に、コックピット(操縦室)に僅かに影が差す。


「ヤバい・・・!」


ジィクの言葉が終わらないうちに、強烈な衝撃に見舞われた。


直径20メートルを超える回転式掘削バケット・ホィールが、斜め上から薙ぎ払われるように降って来た。飛び立とうとした機体のランディング・ギア(降着装置)が、氷表を離れた矢庭だった。


横殴りに張り倒されたような衝撃で、シートの中で腰が浮く。機種を上げ気味に浮き上がった機体が、まるで蝿叩きで打ち落とされた蝿のように、造作もなく氷表に叩き付けられる。ノーズ(機首)の右先が氷表に押し付けられ、右のローターが氷表に接触して悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。


自走出来るとは言っても分速30メートルと、巨大な掘削機自体は人の歩行速度より遅いのだが、掘削ブームの旋回は意外と速かった。しかも回転式掘削バケットは、文字通り岩をも砕くほど強烈なトルクを誇る。中型ロータークラフト(回転翼機)など、ブリキの玩具(おもちゃ)以下だった。氷表に氷煙を巻き上げ、(くたば)るように落下した機体の上から、巨大な回転するバケット・ホィールが()し付けられる。叫喚地獄でもここまでは酷くないだろうと思わせる程の、耳を聾する破砕音が響き渡る。


岩山を砕くホィールの強大なトルクの前に、ロータークラフト(回転翼機)のペラペラな外鈑など、一溜まりもなかった。1周を60秒強で回転するバケットが、容赦なく機体外鈑を引き裂き、機首の左側が文字通り(えぐ)り取られる。コックピット(操縦室)の横壁がまるで壁紙のように引き剥がされて、構造材が剥き出しになる。裂けた隙間から、バケット・ホィールの制御デッキにあるキャビンが見えた。


「──ミルシュカ! 来るんだ!」


身を翻したジィクが、ミルシュカの手を強引に引っ張る。


「ほら矢っ張り、フリーフォール(墜落)系絶叫マシンじゃない・・・!」


迫る掘削用の鉄の爪に、ユーマが呪いの言葉を吐き捨てる。


食い込んで来るバケットに絡むように、機体の構造材が捻じ曲がる。それでも止まらないバケットの回転が、ロータークラフト(回転翼機)を上から容赦なく押し潰す。構造材がメキメキ悲鳴を上げ、一層酷く折れ曲がっていく。息絶える寸前の最期の足掻きのように、(えぐ)られる機体がメキッメキッと反発し、その度に機体全体が大きく揺すられる。


激しい揺れと鋼鉄が上げる断末魔の中、3人が転がり込むように、下層へのタラップ(乗降斜梯)口に寄り合う。一足飛びに飛び降りたジィクが、下からミルシュカに手を差し伸べた矢先、激しい揺れにミルシュカが足を踏み外す。キャッと悲鳴を上げて落悌し、背中を(したた)かに打ったミルシュカのその小さな体を、咄嗟にジィクが腕を回して足を抱え頭を庇う。


「まだ頑張れるな・・・!」


抱き締めるように引き起こしたミルシュカの、ぱっちりした瞳をジィクが覗き込む。


「とっと逃げ出して! ルーシュに見蕩れてないで!」


ジャミラ人の巨躯が、2人を押し出すように降りて来る。


来い、とジィクがミルシュカの手を引っ張り、(くびす)を返して駆け出した矢先。


開いているカーゴ(貨物室)口に、先程には無かった1つの影。


ジィクの両足がはたと止まり、同時に脱力したように肩を落とす。


見慣れた、オリーブドラブの輛機。両の腕肢を仰角させたギャリアが、装備してあるレーザーの砲口をこちらに向けていた。ジィクは後ろに回した手で、ミルシュカをそっと自らの背の陰に押し込む。


「討ち漏らしていた1台か・・・!」


ぎりぎりと歯噛みするジィクが、悔しさを滲ませて睨み付けた。


ジィクもユーマも、最初のバケットホィール型掘削機の陰に逃げ込んだ際、擦れ違ったギャリア(汎用重機)だとばかり思っていた。だが実際は、そのギャリア(汎用重機)はジィクたちが気付かぬ所で踏み潰されて擱坐させられており、新たに現れたのはそれとは別の1台だった。


この氷坑に投入されていたギャリア(汎用重機)は全部で6輛だったのだが、それをドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)たちは、ロータークラフト(回転翼機)のカーゴ(貨物室)の大きさから5輛と見誤っていた。なので最後に姿を見せたこのギャリア(汎用重機)を、討ち漏らした1輛だと言ったジィクの言葉は、見当違いなのだがそれを知る(よし)もない。


「勝負は付いた、アールス社のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)」


ギャリア(汎用重機)の外部スピーカから、少し嗄れた女の声がした。


「──()られたわね・・・」


ジィクの脇にそっと立ったユーマが、ぼやくように言った。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)だけなら無茶をすれば、正面を突破するなり、もう一度コックピット(操縦室)に駆け上がって、裂けた箇所から逃げ延びるなりが出来る。だがミルシュカを連れて、この窮地を脱するのはほぼ不可能だった。機装されたレーザー砲の出力だと、着込んでいるアーマー・プロテクタ(胸鎧)でも、1、2発食らったら耐弾能力が大幅に減衰する。ましてやプロテクタ(胸鎧)を着けていない生身のミルシュカだと、被弾したら単なる機能障害では済まない。


ジィクとユーマは大きな息を吐き出すと、ヘルメットのストラップを緩めた。





★Act.8 砲火轟く氷坑・6/次Act.9 天使と鬼燈(ほおずき)・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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