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Act.8 砲火轟く氷坑・5

それはまるで、体操競技のロンダート(側方倒立捻り)のようだった。


跳ね飛ぶように浮き上がったホウルトラック(超重量運搬車)の巨体が、少し捻られながらフロント面を氷表に付け、有ろう事かそのまま完全に倒立した。だがそれも束の間、有り余る勢いを残していた巨体が、腹側を下にして三度(みたび)向こう側へと傾く。それはギャリア(汎用重機)から、僅か数メートル直前だった。


ギャリア(汎用重機)からは、凄まじい爆煙でホウルトラック(超重量運搬車)の巨体が一瞬見えなくなった。


巨象を確実に擱坐させた──そう確信した次の瞬間、爆煙を突き破って姿を見せたのは、小さなビルほどもある巨大な物体だった。ギャリア(汎用重機)の操縦者が、我が目を疑った。それは信じられない事に、こちら側に腹を見せて倒立しているホウルトラック(超重量運搬車)の巨体だった。


凄まじい自らの馬力で跳ね上がったホウルトラック(超重量運搬車)が、あっと言う間もなくギャリア(汎用重機)の真上にリア側から伸し掛かって来た。


全長4メートル強、全高3.5メートルほどのギャリア(汎用重機)に対して、ホウルトラック(超重量運搬車)は全長21.5メートル、全幅10.5メートル、全高9メートル。1階層は3.5メートルを超えるので、逆立ちすると6階建てのビルが倒れてくるようなもので、それこそ子供用の電動玩具車と普通車ほどの体格差があった。


腹から落ちて来たホウルトラック(超重量運搬車)に()されたギャリア(汎用重機)が転倒し、そのままブリキの玩具(おもちゃ)のように、重戦車数台分の重量物に押し潰される。ホウルトラック(超重量運搬車)は、原形を止めないギャリア(汎用重機)の上で軽く跳ねたと思ったら、下敷きにしたオリーブドラブ色の鉄屑の脇に、右側面を下にして横倒しに擱坐した。


周囲が、爆煙と氷粉のベールに包まれる。


どのくらい時間が過ぎたのか──。


全身に打撲感を感じ、痺れ上がる感覚に襲われながら、ユーマが呻きを上げて顔を上げる。


一瞬どうなっているのか、ユーマは状況把握に苦慮した。


目の前がキャビンの床で、右手にフロントガラスが縦になっていた。どうやら、キャビン右側のドアの上に居るようだ。ミルシュカの座るシートに獅噛(しが)み付いていた筈だが、何がどうなったのか、全く見当が付かなかった。


見るとユーマの直ぐ右には、気を失ったジィクが体をくの字にして倒れている。


車体が右側面を下にして横転している──そう把握するまで2、3秒を要した。


ロケット弾の直撃を喰らって車輛が蛇行し、激しく揺さぶられて、再び直撃の衝撃でシートから手を放したまでは記憶がある。だが次の瞬間、後ろに引き倒されるような感覚を味わって、なぜかドアを下に尻餅を()いたと思ったら、次の瞬間にはフロントガラスが床になっていた。


コンソール(制御卓)は運転席周囲だけで、予備席前から右側にはダッシュボードがない。ユーマは予備席側のフロントガラスに直接、肩から落ちるように叩き付けられ、そこからあれよあれよと言う間に傾き始め、それに合わせて(なぶ)られるように転がって、最後に強烈な突き上げる衝撃を味わって、体が文字通り宙を舞い、目の回る感覚に意識が遠退いてしまった。その刹那、脇に何かが落ちてきたような気配がしたが、それが多分ジィクだったのだろう。


「──ルーシュ・・・」


はたと気付いたユーマが、上を見上げる。


頭の少し上の宙空に、横倒しになった予備席があった。


ミルシュカはそのシートの中で、ぐったりと姿勢を崩していた。否、シートの中と言うより、ハーネスに絡まれ吊られている、と言った方が正確だった。ハーネスをしていたのが幸いして、吹っ飛ばされずに済んだようだ。


平衡感覚が戻り切っていないユーマが、ふらつく体で立ち上がり、青息吐息にミルシュカの様子を窺う。右ドアを床にして立つと、ミルシュカの座る横倒しになった予備席が、ちょうど胸辺りの高さになる。ミルシュカはちゃんと息はしていて、見た目にも酷く負傷した形跡はない。意識を失っているので、軽い脳震盪か、ひょっとすると頚椎を捻挫しているかも知れない。


「ルーシュ、ミルシュカ──」


脅かさないように、揺すらないように、ユーマがミルシュカの耳元でそっと声を上げる。


ミルシュカが煩わしそうに長い睫毛を2、3度ぴく()かせると、(やお)ら青林檎色の瞳を見開いた。


「気が付いた? ルーシュ──」


覗き込んで来ているユーマの顔が、真横から突き出ている事に、ミルシュカが一驚してぎょっとなった。


「あ、ユーマ・・・あたし・・・これ・・・」


ミルシュカが気怠そうに、憔悴し切った表情を浮かべる。


「大丈夫そうね。ちょっと待って、降ろしてあげるから」


横倒しに宙に浮いているミルシュカの小さな体の右脇から、ユーマは左腕を抱えるように差し込み、背中回しにミルシュカが着込んでいる蛍光オレンジの防寒アウターの腰の辺りを掴む。


「さあ、あたしの首筋に手を回して」


ミルシュカが獅噛(しが)み付くように、ユーマの大きな肩に手を回す。ユーマが右手を回して、ハーネスのバックル・ロックを解除する。ハーネスがいきなり解けてミルシュカが落下しないように、差し込んだ左腕とベルトでミルシュカの体重を受けながら、ユーマがゆっくりと腰を折る。ユーマの頚元にぶら下がる、大木に獅噛(しが)み付く小猫のようなミルシュカが、つま先立ちながら足を着いた。


「怪我してない? どこか打って、痛いとか、ない?」


ユーマが微笑みながら、ミルシュカの顔を覗き込む。


「お尻が痛い・・・」ミルシュカが少しばかり顔を(ひそ)める。「それに・・・ちょっと・・・気持ち悪い・・・目が回って・・・」


そのミルシュカの足元で、ううっ、と小さな呻きが聞こえた。


横壁になっているキャビン天井面にミルシュカを寄り掛からせながら、ユーマは声が聞こえて来た方を振り返った。意識を戻したペロリンガ人が、頭を抱えていた。


「ようこそ、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・アトラクション・ランドへ」


「──ユーマ・・・?」


上半身を起こしたジィクが、眉間を寄せ目を細めながら顔を上げた。


「それにミルシュカ・・・か?」


「上から落ちて来たみたいだけど、大丈夫?」


ユーマがジィクの傍らに片膝付いた。


「──上から・・・?」


一旦四つん這いになったジィクが、床の上にあぐらをかくと、不愉快そうに上を見上げた。さっきまで自分が座っていた運転席が、頭上の宙空で横倒しになっている。


「く・・・くっそう・・・見事に横転してやがるな・・・」


気怠そうな表情で、ジィクが両手で顔を揉み解した。


ジィクは、と言うと、1射目の16発を喰らった時にはまだ、シートの中に収まっていた。だが2射目を喰らい、制御不能になった車体が不意に逆立ちした時には、さすがに体が宙に浮き、そのまま前回りするように背中からフロント・ガラスに投げ出された。それでもまだ左手だけはステアリング(操向桿)を握っていたのだが、車体の姿勢が戻った際には、ダッシュボードに尻をぶつけ、そのまま床に投げ出された。そこで意識を失ったジィクは、車体が横転するにつれ右横のコンソール(制御卓)に一旦引っ掛かった後、そこから転がり出るようにして、床になった右ドア側に落ちた。


「いつの間に、絶叫系マシンに乗り換えたんだよ・・・」


差し出されたユーマの手を取りながら、ユーマに支えられてジィクが立ち上がる。


「まあ3人とも、大した怪我もしなかったのは奇跡ね・・・」


「──それで、あのギャリア(汎用重機)はどうなった・・・?」


(おもむろ)にフロントガラスの方を見やったジィクが、怪訝な表情で眉を(ひそ)めた。


横転した事で縦長の窓のようになったフロントガラス越し、左手250メートルほど向こうにラッタル(裸階段)の骨組みが見えていた。ラッタル(裸階段)は途中から破断していて、下側はそっくり返るように外側へ曲がり(ひしゃ)げていた。


「それに、このトラック、何故、此方(こっち)を向いてるんだ・・・?」


そのジィクの問いに、ユーマが無言で肩を(すぼ)める。


このホウルトラック(超重量運搬車)は、折り返しラッタル(裸階段)のある氷壁側を後ろにして、継坑側の中型ロータークラフト(回転翼機)脇に居たギャリア(汎用重機)目掛けて突っ込んで行った筈だ。それが何故か現在は、前方にラッタル(裸階段)のある氷壁が見えている。


「とにかく一旦、外に出てみましょ」肩を(すぼ)めたユーマが、ミルシュカを振り返る。「ルーシュ、動ける?」


「ええ、もう平気よ」


(くび)は? 痛くない?」


ミルシュカが微笑みながら小さく首を振った。


ちょっと後退(さが)って、とユーマがミルシュカに手振りすると、今は床になった右ドアのノブ(取っ手)を引く。安っぽいラッチの外れる音がして、ユーマが手放すとキャビンのドアは外側の下へ向かって落ちるように開いた。途端、凍てついた空気が室内に流れ込む。ミルシュカが思わず身震いした。


真下に見えるピュシスの白い氷表まで、80センチほど距離がある。運転キャビンの左側にもデッキが回り込んでいるので、キャビンのドアはデッキの左端と面一(つらいち)では無いためだ。横転している状態だと、回り込んでいるデッキ幅が、そのまま氷表までの高さになる。


ユーマがドア口のジャムフレーム(縦枠)に手を付いて、ひょいっと下に飛び降りる。


ジィクに促され、脱出口みたいなドア口の際に立ったミルシュカに、ユーマが下から両手を差し出す。ただ、ユーマは上背が2メートルを超えている。ユーマが80センチ下の氷地に足を着けても、室内に立つ小柄なミルシュカに対しては、頭1つ低い程にしか差が無い。なので手を差し出すと言っても、抱え上げるのと殆ど変わらない。


ユーマはミルシュカの両脇に手を突っ込むと、ひょういと持ち上げて氷表に降ろす。ミルシュカに、付いて来て、と合図すると、ユーマがその巨躯をほぼ四つん這いにさせて進み出した。155センチのミルシュカは、腰を落としてしゃがみ歩きに、ユーマの後を追う。


巨象のフロント部は全体が黒焦げて、外鈑パネル自体が波打っていたが、然程に酷い損傷は被っていない。横倒しになっているので、上になっている車体右側は10メートルの高さの位置になっていて、ここからではどうなっているのかさっぱり判らない。


「──ネルガレーテ! 聞こえる? ビーチェ!」


ユーマが虚空を睨み、通信機に声を張り上げる。だが相変わらずの、雑音しか聞こえない。


「これ、自然現象じゃないわね・・・」


「相手はストレート(堅気)じゃない。奴らのジャミング(電波妨害)だろ」


ジィクが忌々しそうに眉根を寄せながら目を(すが)める。


「ジャミング(通信妨害)が、この開発基地全域だとは考えにくけど、少なくともこの表坑周囲数キロくらいは効力範囲に入っていそうね」


3人は右手、横倒しになっているホウルトラック(超重量運搬車)の腹側に回り込む。


アーマライト・177デュエルを構えるジィクが、油断なく周囲に目配せする。その後を身を(すく)めたミルシュカが距離を置かず、ジィクと同じように中腰で従う。殿(しんがり)に付くユーマは、半身の姿勢のまま足を擦るように繰り、サイド・アームのニードルガン(短針銃)を手にしている。


「──ジャミングって何?」そのユーマを、ミルシュカが怪訝な表情で振り返った。「ジャムを作るって、苺とかピーナッツ?」


「コミュニケーション・ブロッキング(通信の妨害)の事よ」


くすっと微笑むユーマに、ミルシュカが、ああ、と2度頷いたものの、そんな意味があるのね、と少し小首を傾げた。


「ミクラスに中継させている通波は、出力を増幅してある。影響を受けているとしたら、ミクラスと俺たちの通信機との間の方だろうな」


ジィクが横倒しの巨象を見上げた。


擱坐したウルトラ・ホウルトラック(超重量運搬車)は、最初に受けたロケット弾の嵐で、下になっている左フロント装輪が懸架リンクごと消し飛んでいて、跡形もなかった。側面を氷表に埋没させている左リア装輪は無事だったが、右リアの方はサスペンションのロアーアームらしき太いビームが、(ねじ)くれて垂れ下がっていた。


「フィジカル・ガーメント付属の通信出力じゃ、このジャミング(電波妨害)、ちょっと抜けそうにないわね」


「ホッピングを掛けてあるのに、これだ」ユーマの言葉に、ジィクが口をヘの字に曲げた。「同業の糞ったれとは言え、術策をよく知っていやがる」



通信のホッピングは、妨害や傍受を忌避し秘匿性を確保するために、周波数を頻繁に自動変更するプログラムだ。大抵のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は、この通信システムを備えており、グリフィンウッドマックも、ピュシス・プルシャ内での行動に対する安全性確保の一環で、レギオ(編団)内通信に用いている。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)などが外から国家惑星に進入した場合、一般的には国家から通信管制下に入ることを強要される。どの惑星においても周波数資源は有限なので、電離層下での勝手な電波発信が制限されるのだ。普通は国の行政機関からの指示を受け取るための中央管制用帯域と、レギオ(編団)内通信通話用に貸与されるローカル・コミュニケーション用の帯域と出力限度を割り当てられる。


だがそれは同時に、交わされる全ての通信が、国家内の通信管制システムで常時傍聴される事を意味する。つまり通信の内容が、国家体制側に筒抜け状態なのだ。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)連中は、こんなヒモ付きの通話を最も嫌う。なので自分たち専用の通信回線とシステムを、許可された帯域とは別に違法を承知で勝手に構築してしまう。そんな身勝手な通信の防諜と秘匿性を高めるためのシステムが、ホッピング・プログラムなのだ。


なのでレギオ(編団)内通信には、ある程度のジャミング(通信妨害)耐性がある筈なのに、それが見事に無効化されてしまっている。このジャミング(通信妨害)を破るには、単純に通波出力を上げるか、効能圏を抜け出すか、妨害元を潰すしかない。



「先ずは、あのフライング・カーペットに乗り換えよう」


ジィクが忌々しそうに顎を(しゃく)った。


横倒しになった巨象の向こう、交差式パラレル(並列)・ツインローターの中型ロータークラフト(回転翼機)の後ろ姿が見えている。傍で見ると、意外に大きい。全長がホウルトラック(超重量運搬車)より少し長く、テールローターを持たないため胴体部がすべてカーゴ(貨物室)になっている。その機体の奥には巨大な掘削マシン、バケットホィール・エクスカベータ(輪鍬型掘削機)の威容が(そび)えており、向こう側に居た時には巨大掘削機が目隠しになって機体そのものを見付けられなかったのだ。


「あれを飛ばして上に出よう。あいつがジャミング(電波妨害)の元凶なら、一石二鳥だ。ミクラスの様子を見て、既に押さえられているなら、そのまま基地に戻った方が良いかも知れん」


ジィクがロータークラフト(回転翼機)のランプ・ゲート(搬出入用斜路扉)に向かって歩き出すと、ユーマもミルシュカの背を叩いて促した。


「フリーフォール(墜落)系絶叫マシンにならなきゃ良いけど」


「──この表坑で捜索に当たっていた、アールスフェポリット社の人たちって・・・」


ミルシュカが少しばかり暗い顔を見せた。


「さあ」ユーマは無表情のまま、他人事のように肩を(すぼ)めた。「敵に捕まったか、殺されたか・・・」


「どの道、今の俺たちじゃ、どうしようもない」


ジィクが振り向かずに答えた。





★Act.8 砲火轟く氷坑・5/次Act.8 砲火轟く氷坑・6

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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