Act.7 地下3000メートルの怪・5
「良く聞いて、ルーシュ」リフト・ケージ(乗戴筐体)へのラッタル(梯子階段)に、片足を掛けたユーマが妙に神妙な面持ちで振り返る。「下半身が疼く女性なら、モンスター・ギガスでも粉を掛けてベッドに誘う、とんでもない男の事よ」
「それはちょっと違うぞ」ミルシュカの肩をぽんと叩いたジィクが、ユーマ向かってチッチッチッと人差し指を振る。「生憎とギガスはアディの担当で、俺の担当はモンスター・ウーだ」
「訂正する箇所って、そこ? って言うか、何で担当分けするのよ」
「ギガスは単なる凶悪なモンスターだが、ウーには漏れなく、スノウィー・バード(雪ん娘)がくっついて来るからな。これはアディでは対処できない」
重役用の机より狭い、安全柵もないリフト・ケージ(乗戴筐体)に、ジィクがミルシュカを急き立てる。中央のスタンション・ポール(手掴み支柱)を掴むユーマが、降下時と同様にミルシュカを懐に誘い込んでポールを握らせた。
「ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)って、凶悪そうな生物に頻繁に遭遇する、思ったより危険な仕事なのね」
その屈託ないミルシュカの言葉に、さすがのユーマも苦笑いするしかない。
「そうそう、いつも危険が一杯」ジィクが然も愉快そうに、作業機械のコントローラーみたいな操作ボタンを押す。「何せ、良い女性の周りには、常に危険が一杯だからな」
「──ルーシュのように?」
ジィクの言葉に頷くユーマがミルシュカを見る。と同時に、リフトが滑らかに上昇し始めた。
「そう、ミルシュカのように」
「私、そんなんじゃないと思うんだけど」
軽率に相槌を打つジィクに、雰囲気を読めないミルシュカが生真面目そうに声を上げる。
「ジィクが遊び相手にするのはお手軽美人だけど、口説くのは決まって難攻不落の良い女性なのよ」
柔らかく微笑むユーマに、ミルシュカはきょとんとした顔を見せる。
「──そうだ、ミルシュカ」唐突にジィクが、喜び勇んで手を叩いた。「今度、俺と一緒に食事に行こう」
「私と?」鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、ミルシュカがジィクを見返した。「私なんかと食事して、楽しい?」
「レディを食事に誘ったなら、楽しく会話をリードするのは男の役目だよ」
「ふーん・・・」
得心いかない風情のミルシュカが、小首を捻る。
「覚えとけよ、ミルシュカ」至極真面目な顔付きでジィクが言った。「食事をして、女性が楽しくなかったのなら、それは男の所為だ」
「あんた、偶には良いこと言うわね」
「偶に?」
辛辣な口調で大仰に頷くユーマに、ジィクが間髪入れず質し返す。
「偶に」
勿論ユーマは、言わずもがな、とばかりに同じ言葉で再び頷く。そんなユーマの反応に、口をヘの字に曲げたジィクが、思わず無言でミルシュカを垣間見る。
「偶に」
ミルシュカもジィクと目が合った途端、鸚鵡返しにクスッと微笑む。
返す言葉を失ったジィクが、口を半開きに憮然とした。防熱用の黄色いグラスウール素材が覆う、一面黄色の第2坑の壁際をリフトがするすると上昇して行く。
「──それにしても、さっきのあんたの頭痛、一体何だったのかしら?」
ユーマが神妙な面持ちで、ジィクを振り向いた。
「もう平気なのよね?」
「大きなストレスは感じないんだが、何かまだ響いてる気がする・・・」
ユーマの問い掛けに、ジィクは少し眉根を顰めた。
「それこそ先の話に出た、ペロリンガのメタ認知機序の所為じゃないの?」
「否定はしない」
ユーマの言葉に、ジィクが小さく頷く。
「ペロリンガのメタ認知って、ペロリンガ人特有の、量子変量を有機的認知する事で、脳内での識化変換を行うメカニズム(機序)の事よね・・・?」
ユーマの腋の下から顔を覗かせたミルシュカが、ジィクを仰ぎ見た。
「そうなのか? 俺の脳味噌は」
「そうなんじゃないの?」
惚けるように首を捻るジィクに、ユーマは素っ気無く首肯する。
「私やユーマに何も感じられなかったのだから、ペロリンガ人特有の生態機序が反応した、と考えても強ち間違いじゃないと思う。メタ認知機序って、同じカルボノ・キウィリズド・サピエンス(炭素系高度文明類人種)の中でも、かなり特殊な機能だし」
「んじゃ次は、同じペロリンガのサンドラ・ベネスを、穴倉デイトに誘ってみるか」
ミルシュカの口上に、ジィクが軽く肩を窄める。
「あ、彼女もペロリンガ系だっけ・・・」
「だけど、ルーシュ」ユーマが至極真面目な顔付きで言った。「ジィクが助平な事を考えすぎて、懲らしめの呪文を唱えられとして、一体誰が唱えたの?」
「あ、ツェーティン(斉天)大聖の緊箍呪」
微笑むミルシュカが、隠者が印を結ぶように、胸の前で両手を組み人差し指を立てた。
「こらこらこら、何が懲らしめの呪文だ」ジィクが2人を交互に見やり、口を尖らせる。「それに、助平な事を考えすぎて、って何だよ」
「とは言うものの、ペロリンガのメタ認知機序を刺激するような生物が、このピュシス・プルシャに、生息しているとは思えないし・・・」
小首を傾げたミルシュカが、上目遣いにユーマを見やる。
「ドクター・トトの言う、クローリング・・・エンジェル・・・?」
ユーマの、どこまでも懐疑的な口調だった。
「でも、此処って惑星表面からン千メートル下でしょ? 仮えそうだとしても、此処まで影響を及ぼせるものなのかしら・・・?」
「ふーむ・・・」ジィクも眉根を寄せて顔を顰める。「それにペロリンガの認知機序が、生体個体同士のコミュニケーションに使えるなんて、聞いた事がないな・・・」
「相手はプロセッサ(情報演算処理機器)のような、非生命体だとか?」
思い付いたように、それでも疑わしそうに、ミルシュカが言った。
「この厳寒の惑星に? 文明の痕跡すら無さそうだぞ」
「うーん・・・」
ミルシュカが口をヘの字に曲げて考え込む。その風情は教職者と言うより、カフェで注文を迷っている乙女子そのものだった。ユーマとジィクが微笑ましく目を合わせた矢先、1500メートルの第2本坑を、リフトが静かに昇り切った。
「──継坑の捜索隊、聞こえるか?」
リフトを降りたジィクが、第1本坑氷底への折り返しのラッタル(梯子階段)を登りながら、トランシーバー(送受単信通信機)に怒鳴った。束の間返信を待ったが応答がないので、もう一度ジィクが声を張り上げる。
「──こちら・・・継坑・・・索・・・ランドールです・・・」
いきなり酷い雑音混じりに、通信が入る。
「ぼっち先生は居そうにないか?」
「捜索はほぼ・・・えて隈無く・・・ましたが・・・本人は勿論それらしい痕跡も・・・りません」
途切れ途切れで聞き取り辛いが、どうやら捜索は空振りに終わったらしい。
「上はどうだ?」
「表坑ですか?」一呼吸あって、ランドールの声が再び入る。「まだ・・・索中ですが・・・今のところ発見の報・・・ありませ・・・」
「俺たちの方も見つからなかった。今から第1本坑をそっちへ上がる。改めて指示するが、上の隊と合流して表坑の捜索を手伝い始めてくれ。その後は引き続き、この試掘坑周囲の捜索を頼むよ。俺たちは予定通り、地質調査用ラボラトリ(研究施設)の方へ移動する」
第1本坑の氷底に上がったジィクが、乗り継ぐリフトへ真っ直ぐ向かう。継坑へ上がる第1本坑のリフトは、すぐ目の前だ。その後を足早にミルシュカとユーマが従った。
「分かりまし・・・全員を・・・合させて・・・ってます」
ランドールの返信に、ジィクが頷いた。
3人はリフトへのタラップ(乗降梯子)を上がり、鳥籠みたいなフレーム造りの小さなリフト・ケージ(乗戴筐体)に乗り込む。リフトは第1本坑の1000メートルを、ディグ・マシン(掘削機)沈降用のエレクター(継支柱)が組まれた氷表剥き出しの坑壁を、舐めるように一気に上昇した。
リフトを降りた3人は、心許ないハンドレール(手摺り)だけの、4つの踊り場がある折り返しラッタル(梯子階段)を登る。第1本坑氷底のデッキへ上がり着くと、ランドールが待っていた。ジィクより少し年上で、ジィクより少し背の低い、酷く真面目そうなゴース人青年だ。
「3000メートルの地の底から、ドーン・アンド・ダステッド(お疲れさま)」
デッキに上がった3人に、ランドールが労いの言葉を向けた。
「継坑の捜索はすべて終わった?」
「ええ、それこそバケットホィール・エクスカベータ(輪鍬型掘削機)のトイレまで、隈無く目を通しました」
ユーマの問い掛けに、ランドールが小さく首を振る。
「全く人騒がせなロンサム・ドウタード(ぼっち先生)」
ユーマの言葉にランドールは苦笑すると、デッキ脇に停めてあった赤い氷上車へ先導する。先だってジィクたちが乗って来た、ボウラー・ハット(山高帽)みたいな氷上車だ。
「こっちの捜索チームは、すでにリフトに乗せてあります」
「それじゃ表坑に上がったら、さっき言った通り捜索に加わってくれ」
助手席側へミルシュカを案内するランドールの肩を、ジィクがぽんと叩いて荷台に飛び乗る。
「ええ、既に上のバリモスに連絡を入れて、振り分け担当を確認してあります」
「手回しの良い事」ユーマはにっこり微笑むと、ジィクの後から荷台に乗った。「──貴方、出世するわよ」
ランドールがドライバーズ・シート(運転席)に飛び込むや否や、氷上車がスタートした。150メートル先の継坑のリフトまで、20秒と掛からない。ランドールの言った通り、定格荷重50トンの人荷兼用リフト・パレット(搬床)には、スキッド・ハーフ(橇式半装軌)ヴィークル2台が既に載せ込んであった。ランドールの運転する氷上車が、氷壁に食い込むように設けられた、左右20メートルあるリフト・パレット(搬床)に乗り上げて停車する。パレット(搬床)のコンソール(制御卓)にいた、別のアールスフェポリット社スタッフが操作すると、一呼吸置いてパレット(搬床)が小さく震え、ゆるゆると上昇を始めた。
継坑のリフトは、500メートルの深さを2分半ほど掛かって昇り切る。氷を押し付けたような冷たい空気が微かに頬を嬲り、10メートル毎に灯るガイドレールの赤い位置灯が、上から下へと流れて行く。
「──ネルガレーテ」
連絡を取るため、再び通信機に声をあげたユーマが、先程と同じように顔を顰める。
「ネルガレーテ、聞こえる・・・?」
「──何だ、まだ駄目なのか?」
「ネルガレーテ・・・! 聞こえないの? ビーチェ、返事をしなさい!」
少しばかり焦った声で、ユーマが捲し立てた。
「繋がらないのか・・・?」
眉根を寄せ、口をヘの字に曲げたジィクが、自分の通信機に声を上げる。
「──ベアト・・・」その途端、ジィクも顔を顰めた。「くっそう、酷い雑音だ・・・!」
「面妖しいわね。これだけ開けてる継坑なのに」
ユーマは直径500メートルの継坑内を見渡し、重苦しい色の空を見上げた。
「これ、エコー(伝播残響)じゃないわね」
「アモンに、上のステーションで何か問題が発生したのか・・・?」
ジィクの問いにユーマは無言で首を振ると、再び通信機に声を投げる。
「──アディ、聞こえる? アディ・・・!」
一呼吸待ったユーマだったが、口を真一文字に結んでジィクを振り向く。
「駄目だわ。アディたちとも同様に、通信回線が繋がらない」
「極地特有の電波障害か?」ジィクが軽く唇を噛んだ。「コーニッグが言っていた磁気嵐」
「その可能性は否定しないけど・・・」
ユーマは今度、トランシーバー(送受単信通信機)に手を掛けた。
「──表坑捜索、聞こえる?」
「は・・・こち・・・」
トランシーバー(送受単信通信機)の方は、辛うじて返信が返って来ているのは解るのだが、始終酷い雑音に埋もれてしまい、何を言っているのか殆ど聞き取れない。
「これじゃ話にならない」ユーマは苦虫を噛み潰したような顔をした。「ランドールが連絡したって言ったのは、ついさっきよ」
「だが、通信障害が発生しているだけで、上の連中に異変はなさそうだぞ」
「そうなんだけど・・・」
ジィクの言葉に、ユーマが釈然としない表情を見せる。
「それに、もう着く」
運転キャビンの後部パネルに凭れ掛かったジィクが、上を仰ぎ見る。
ピュシス・プルシャに差し込む太陽は、雲一つない鈍色の空の中、既に南中高度である70度付近に達していた。500メートルの直径がある継坑には、弱々しい日差しが差し込んでいる。とは言うものの、震え上がるには充分な寒さだ。
パレット(搬床)はますます減速し、やがて息絶えるように停止した。ガイドレールのブレーキが、音を立っててロックされる。リフト乗降側の氷表斜路に、1台の蝸牛のような氷上車が停まっていた。脇に1人、蛍光イエローとダークブルーに配色された防寒アウターを着る、アールスフェポリット社の社員らしき男が立っていた。ランドールが言っていた、表坑捜索の指揮を執っているバリモスに違いない。バリモスがジィクたちが乗る、氷上車の方へ大股で駆け寄って来ると、ランドールが運転席のドアを開いて飛び降りた。
ランドールとバリモスが二言三言言葉を交わすと、ランドールは振り向きざま、挙げた手を大きく振った。その合図とともに、パレット(搬床)に同載されていた2台のスキッド・ハーフ(橇式半装軌)ヴィークルが、勢いよく走り出した。
その2人の様子から、捜索スタッフに緊急の事態が発生した様子も感じられないし、安否を気遣わなければならない事態にも陥っていないのは明白だった。勿論、発生している通信障害は承知しているだろうが、それもトト教授捜索の任務に対して、特段の支障を感じていないようだ。
「このまま乗っていて下さい。3人をウォッチ・タワー(作業監理塔)まで送ります」
荷台の上の2人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)にそう声を掛けると、ランドールは再び運転席に飛び上がった。
2基のクレーンの間にある継坑リフトからの氷表斜路を、赤いボウラー・ハット(山高帽)に似た氷上車が走り抜ける。その後を、いつの間にかバリモスの運転する、蝸牛みたいな氷上車が追従していた。左手斜め奥500メートル彼方に、先端を表坑から突き出している、鉄骨組みのウォッチ・タワー(作業監理塔)が見えている。
氷粉を上げる2台の氷上車が、恐竜みたいなバケットホィール型掘削機を迂回しながら継坑淵との間を抜け、凍り付いているブレード・ドーザー(排土輛機)の横を通り過ぎる。
「とにかく一旦戻って──」
ユーマがジィクに、そう言い掛けた矢庭だった。
何処からともなく、バタバタと何かが何かを叩くような音が流れて来た。
★Act.7 地下3000メートルの怪・5/次Act.7 地下3000メートルの怪・6
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




