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Act.6 結晶・6

「センター・リッジ(管理枢要棟)にローク(回転翼機)の格納庫があったわね」ユーマが口をヘの字に曲げて僅かに考え込む。「運用記録を調べてみる必要があるわね」


「あ、これじゃないかな」ぴらぴらとページを繰っていたミルシュカが、紙面を指差した。「この“赤道ラボ(研究舎)”って、先生が書いておられる──」


「赤道ラボ(研究舎)? 初耳ね」大きな体を捩って斜めになったユーマが、半ばミルシュカの頭越しに日記へ目を落とす。「何かしら」


「記述内容から推測すると、先生、何度か足を運んでおられるみたい・・・」


覗き込むユーマに構わず、ミルシュカはページを前後に行ったり来たりする。


「──コーニッグ堡所長なら、存知じゃない?」


ミルシュカの言葉にユーマは、ふうむと一度唸ってからイヤフォン(受話器)を右袖プロテクタ裏から取り出して耳に挿した。


「まだバルンガで飛行中かしら」そう言いながらユーマは、通信機のある右袖を口元に引き寄せて声を上げる。「──ジィク、聞こえる?」


「──何か見つかったか? ユーマ」


一呼吸間が空いて、ジィクの声がユーマの耳に飛び込む。


「アモンとのランデブー(軌道会合)はまだよね? ガバナー(堡所長)と話せるかしら?」


「ちょっと待ってろ」


(しば)し待つタイミングに、脇からミルシュカがユーマを突いた。


「──ユーマ、この辺りなんだけど・・・」


開いた帳面を指差しながら、ミルシュカが日記をひっくり返してユーマに見せる。ユーマが巨躯を折って、トトの日記を覗き込んだ。


「──“クローリ・・・ング・・・エンジェルと・・・名付けよう”・・・」暗号を解読するように辿々(たどたど)しく、ユーマが1字ずつ丁寧に読み出す。「この“クローリング・エンジェル(這う天使)”って何?」


「この日付以降、他のページにも散見されるの」ミルシュカはユーマの問いに直截答えず、首を(すく)めて見せた。「先生、この“這う天使”って何かに対して、深い興味をお持ちになったようで、頻繁に推測や思索をされておられるのよ」


「さっきの、覗かなきゃならない“深淵”ってやつかしら?」


「うーん、でも、前後の言葉尻から、これ、“クローリング・エンジェル(這う天使)”って、生物のような気がするんだけど」


日記を自分の方に引き寄せたミルシュカが、弾くようにして頁を急いて捲った。


「ほら、ここなんか、“エネルギー代謝機構”とか“群体”とかって言葉が出てきてるし」


「ひょっとして、トト教授がルーシュを呼んだのって、このクローリング・エンジェルって生物だか動物だかの事で、じゃないの?」


「考えられなくは、ない・・・」ミルシュカは小さく頷いたものの、慎重な物言いだった。「しかしピュシス・プルシャには、特筆すべき生命体は棲息していない、と聞いているけど・・・」


「だからこそ、あなたが言ってた、“未知見の新種の生物”ってやつじゃないの?」


「この赤道ラボ(研究舎)、って所に行かれた直後からね、記述が増えてるのは」


畳み掛けるようなユーマの口調にも、ミルシュカはあくまで軽率に同調するのを避けた。


「教授、見たのよ、その“クローリング・エンジェル(這う天使)”って名付けた生き物を」


「それに──」ミルシュカは殊更落ち着いた口調で言った。「それ以降、先生、試掘坑にも頻繁に出向かれているわ」


「んー・・・これこそが・・・ピュシスを・・・支える・・・」ミルシュカが目で追っている乱雑な筆迹(ひっせき)を、ユーマが四苦八苦しながら読み解く。「──それ、何て書いてあるの?」


「ボーディ・・・ニルヴァーナ・・・ヴリクシャ・・・かな」


「何、それ?」


ユーマが思わず顔を(しか)める。


「先生独特の表現ね。ヴリクシャは“樹”と言う意味で、何かの神話に出て来る、俗に言うエターナル・ワールド・ツリー(世界樹)──“常世の樹”の事じゃなかったかと・・・」ミルシュカが考え込むように言った。「ボーディ・ニルヴァーナは確か、“(ことわり)の幸福”とか、“聖者の常世”を意味する言葉だったと思う」


「ひょっとして教授って、ディエスト(有神論者)なの?」


ユーマの言葉に、ミルシュカが、さあ、と首を(すく)めて見せる。


その矢先、唐突にアディの声が飛び込んで来た。


「──ユーマ、繋ぐぞ」


喋る時には此処を押さえて、と言うアディの声が入って、何やらガサゴソと擦れる音が立ち、唐突にコーニッグの声がユーマの耳朶を打った。


「コーニッグだ。トト主査の行方が分かったのか?」


「その手掛かりがね」コーニッグの性急な口調に、ユーマも思わず苦笑した。「教授、赤道ラボ(研究舎)って所に行き来していたようだけど、赤道ラボ(研究舎)って何かの施設?」


「ああ、トトのロンサム・ロッジ(ぼっち小屋)か」コーニッグが鼻で笑うように言った。「このピュシスの赤道近辺の調査をするために、彼が依頼してきて施設したプライベート・ラボ(研究舎)だ。何を研究しているかはよく知らんが、赤道帯域は極地域と違って、地殻活動が顕著に認められる地域で、アイスライザー(噴氷山)や深い断層なんかもあって、ピュシスを深く知るには持って来いの場所なんだとさ」


「正確な位置って分かる? ラボ(研究舎)の全景画像と、出来れば周囲の環境資料も」


「今の私では分からんが、ステーションに着けばすぐ調べられる」


「上の統轄ステーションには資料があるのね? こちらから直接問い合わせて、サンドラ・ベネスに調べて貰う事って出来るかしら?」


「ああ、それは構わんが」


「──その赤道ラボ(研究舎)って、ミッシング(行方不明)のトト教授の私設ラボ(研究舎)って事?」


唐突に口を挟んで来たのはネルガレーテだった。ユーマとコーニッグの通話を何時(いつ)から傍受していたか不明だが、ネルガレーテは低軌道の支援ステーションに停泊中の機艦アモンに居る。


「ええ。教授のキャビン(居室)を調べてて、その名前が日記の記述に頻繁に出てくるのよ。日記の記述最終日の前日に、そのラボ(研究舎)へのローク(回転翼機)を手配したみたいで、その後から日記の更新が無いのよ。ひょっとしたら教授、今もそのラボ(研究舎)にいる可能性が」


「それ、いつの時点で?」


「ピュシス・プルシャの惑星日で7日前」


「うーん・・・」


「どうやらそこで、何か新種の生物らしきものを、見たか発見したみたいなの」


「新種の生物?」


「──おいおいおい・・・!」


ユーマとネルガレーテの会話を黙って聞いていたコーニッグが、思わず声を上げた。


「さっきの話の続きなのか・・・? このピュシスに生物がいたって? 冗談はよしてくれ! こんな環境で棲息できる生物なんて・・・!」


「私たちはドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)で、ワイルドライフ・レンジャー(野生保護管理官)じゃないの、ガバナー(堡所長)」素っ気無くネルガレーテが言い放った。「最後の1人、トシュテ・トトの行方を知りたいだけよ」


「今更に厄介な事を呼び込む、オールド・ファート(目障りな年寄り)め」


コーニッグが腹に据えかねるようにぼそりと呟く。


「ネルガレーテ、そっちから統轄ステーションのサンドラに問い合わせてくれる? トト教授の赤道ラボ(研究舎)の正確な位置が判ったら、リトラで別動を仕立てて向かわせてくれない? 赤道帯域だと距離がありすぎて、バルンガの大気圏内巡航速度じゃ時間が掛かるでしょ」


「そうね。それにバルンガは、そっちに降ろしたミクラスをピックアップ(回収)に戻さなきゃならないし」ユーマの提案に、ネルガレーテは素直に応じた。「──良いわ。バルンガとランデブー(軌道会合)でき次第、馬鹿ップルにリトラで行って貰うわ」


「──ちょっと待て」


とんとんと進む、話の流れを塞き止めるように声を上げたのは、アディだった。


「馬鹿ップルって何だよ、馬鹿ップルって!」


「あら、自覚あるじゃない、唐変木の割に」


「えッ? ひょっとして、それ、あたしの事?」


アディに返す、勿体付けたネルガレーテの言い草に、今度はリサが声を上げた。


「嬉しい? リサ」


「てへッ」


ユーマのストレートな突っ込みに、リサも素直に喜ぶ。リサにしてみれば、当初はユーマと組んで試掘坑の捜索を担当する筈だったので、思い掛けない変更だった。


「こら、何が、てへ、だよ! 変なところで照れるな」


「だって、アディと一緒にリトラで行くんでしょ?」


アディの気色ばんだ声に、リサが(てら)い無く言い返す。


バルンガのコックピット(操縦室)には、正副パイロット・シートに加えて補助席が2つあるので、リサもアディやジィクと一緒にコックピット(操縦室に居る筈だが、肝心のアディは通信用ヘッドセットをコーニッグに着けさせるためにカーゴ(貨物室)へ行っている様子だ。なのでアディとリサは今、2人は直接顔を合わせないまま茶化されている。それが幸いしてか、アディが間近に居ない分だけ、リサは照れずに余計素直に物を言えているようだ。明らかにアディの方が、照れている。


「最初に、馬鹿ップル、って口にしたの、あんたのお姫さまよ」


ユーマが呆れるように言った。これはアモンのキャンティーン(食堂)で、食事談義に花を咲かせ、アディのトマト嫌いを弄られていた時の、リサが言い放った言葉だ。


「リサ、お前も素直に認めるなよ・・・!」


そう言うアディは、苦り切った口調だった。


「まあ、露骨に言われると、良い気はしないけど」それにリサが、きっぱり返す。「──けどあたし、アディのこと好きだもん」


「うはははは」


束の間、通信全体に沈黙が流れ、唐突にジィクの噴飯する大声が響き渡った。


「絶句してるだろ、アディ・・・! 本当に朴念仁なテラン(地球人)だな、お前って」


「うるせー」完全に図星を突かれた、アディの負け惜しみが空しかった。「絶対にタコ食わせてやるからな!」



  * * *



ブルーグレイをした最後のモルグ・シュラフ(納体袋)が、アールスフェポリット社の社員の手で、がらんとしたアモンのカーゴ・ルーム(貨物室)に運び込まれる。


「──聞きしに勝る奇っ怪さ、確かに、結晶、としか言い様が無いわね・・・」


その隣で床から20センチほどで宙に浮く、シュラフ(納体袋)を開いたネルガレーテが、苦悶するような表情で、唸るような声を上げた。袋に掛かっている名札は、アラン・ガーダと記されていた。水晶のような頭部は、室内の照明のせいなのか、鈍く反射しているように、肉眼にはそう見えた。


アモンのカーゴ・ルーム(貨物室)は、ブリッジ(艦橋)後方、フライト・ペイロード(航宙機材積載庫)との間にある。前後22メートル、左右18メートル、最低室内高7メートルの汎用ペイロード(積載区画)で、フライト・ペイロードとは気密シャッターで繋がっている。モルグ・シュラフ(納体袋)は、隣のフライト・ペイロードに着艦したバルンガから運び込まれたものだ。フライト・ペイロード同様にウェイトレス・デッキ(無重量環境区画)なので、搬入されたモルグ・シュラフ(納体袋)は、26体が全て宙に浮いている。


結晶化体を収めたシュラフ(納体袋)は、存在感がない頭部や手の部分を押しても手応えは無いのだが、存在感のある衣服を着た部分なら、靴を履いた足先でも袋越しに手応えを感じられるのだ。結晶化した頭部などは、ちゃんとシュラフ(納体袋)に収まってなくてもファスナ(留め具)を閉めることが出来てしまうのだ。はみ出ている結晶化した部位は、ブルーグレイのシュラフ(納体袋)と重なるように見えるのだが、奇妙な事に手応えのある衣服を纏った部位さえ袋に収まっていれば、ファスナ(留め具)を閉じると結晶化した部位もちゃんと袋に収まっているかの如く、見えなくなってしまうのだ。


「そいつが、最も結晶化が進んでいた中の1人だ。多分、ワイアール人だ」ネルガレーテの反対側に立つアディが、腕組みのまま見下ろしていた。「──ワイアール人系とゴース人系に対する侵襲は、他人種に比べて速い気がする、ってルーシュが言ってたな」


「下の開発基地スタッフ、全員・・・?」


眉根を寄せるネルガレーテの硬い声に、結晶化体の頭側に立つコーニッグが無言で頷く。


「報告した通りだ。1人を除いて、だ」


ネルガレーテの脇から、ジィクがぼそりと言った。


「それで、そのトトっておっさんの、ロンサム・ロッジ(ぼっち小屋)とやらの正確な位置は分かったか?」


「ええ、サンドラがすぐ送ってくれたわ」


アディに問い掛けられたネルガレーテは、脇に浮かせていたディスプレイ端末を手渡した。


「これがラボ(研究舎)の全景写真と周囲の環境画像」


受け取った端末のスイッチを入れるアディの横から、リサがへばりつくように覗き込む。


アディは床に仕込まれた、積荷固縛用のタイダウン・フックに右の爪先を引っ掛けているが、リサはアディに抱きつくようにして宙に浮いている。ジィクとネルガレーテも固縛フックに足を掛けているが、コーニッグだけは上手くフックに引っ掛けられず、宙ぶらりんで斜めになって浮いていた。


「開発基地からは約9200キロ、赤道帯域の少し外れね。ナビゲーション・データはリトラに転送して入力済だから、プログラム・リンクすれば自動航法が誘導してくれるわ」


設置されたラボ(研究舎)は、オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)をそのまま流用してあった。アディたちが利用したものより二回りほど小さなトラックに、簡素なプレファブリケーションの建屋を積み込み、そのまま降下させたらしい。


周囲の状況から、大きな噴山のカルデラ外縁に立地し、周囲の表層は全て起伏の少ないなだらかな氷表で、すぐ近くには大きな氷層峡谷があるようだ。


「ベアトリーチェが算出してくれたけど、この低軌道上からなら、離発のタイミングを取れば、40分ってところね。リトラの巡航能力なら」


ネルガレーテがアディとリサを見やった。


「トトって、鉱区巡回用ブレーダー(回転翼機)で行ってたんだろ?」ジィクが(しか)めっ面で口を挟む。「開発基地からだと、恐ろしい時間が掛かるんじゃないのか?」


「自動ナビゲーションだけどパイロット(操縦士)付きで、一日半掛けて行ってたんだって」


「パイロット(操縦士)を?」


肩を(すぼ)め、首を振るネルガレーテに、アディが怪訝そうに聞き返す。


「その資料にもあるけど、ラボ(研究舎)周辺ってアイスライザー(噴氷山)が散在していて、いつ噴氷するか判らないから、オートパイロット(自動自律航行)だけでは無理みたい」


「また危なっかしい所に興味を持ったもんだな」


ふうむ、と渋い表情を作るアディが、横のリサと顔を見合わせた。


アイスライザー(噴氷山)──文字通り、氷粉を吹き上げる活噴山の事だ。


ピュシス・プルシャの赤道帯域は表面の氷層が極地域に比べて薄く、岩石層との間に厚さ3キロのコンベクティング・リキッド・オーシャン(流動水層)が存在するのが確認されており、この対流水が地殻活動の熱源によって、時折り地表に霧状に噴き出す。噴き出した霧は瞬く間に凍りつき、細かな氷霰(あられ)となって降り積もる。積もった細氷により、周囲は起伏の乏しいなだらかな斜面が形成される。


「せいぜいアイスライザー(噴氷山)の一発を喰らわないように、こっちも気をつけるさ」


アディは首を(すく)めると、再びリサと顔を見合わせた。


その背後ではアールスフェポリット社の社員たちが荷踊り防止用のカーゴネットを、同僚を収めたモルグ・シュラフ(納体袋)5、6本を一網に掛け、床に埋め込まれたタイダウン・フックに固縛していく。宙に浮かせたままだと、加減速をした場合に四散してしまうため、カーゴネットで床面近くに押さえ込んでおくのだ。


「──リトラのチェックリスト(発進準備)を終了しました」


不意にベアトリーチェの可愛らしい声が、庫内スピーカから降ってきた。


「テンフォー(了解)」ネルガレーテが、カフ(袖口)の通信機マイクを口元に寄せる。「先にバルンガを離艦させて。リトラ離艦後アモンは、予定通りアールスフェポリット社の支援ステーションへ移動するから」


「アイアイマァム(了解しました)」


そのベアトリーチェの声にネルガレーテは頷くと、3人のドラグゥンを見渡した。


「──んじゃ、ロンサム(ぼっち)・トトの捜索ミッション(行動計画)、開始しましょ」


10分後、ジィクの操るバルンガがアモンを離艦、アディとリサがリトラで離れたのはその5分後、そしてコーニッグ以下8名と26体の結晶化スタッフを乗せたアモンが、高軌道上の支援ステーション向かって低軌道を離脱したのは、更に5分後だった。





★Act.6 結晶・6/次Act.7 地下3000メートルの怪・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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