Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・7
「お客さんたちを連れて来たわよ」コ・パイ・シート(副操縦席)に手を掛けながら、ユーマが腰を落とす。「いま手荷物の搬入をやってるわ。30分くらいは掛かりそうね」
単に乗り込むだけだが15人ともなると、軍人とは違うので意外と手間取るようだ。これで宇宙遊弋させていたら、どれだけ掛かるものやら。高軌道を回る統轄ステーションほど設備が充実していない支援ステーションも、15人もの人間が一時に押し寄せたので、さぞ大変だったろう。
リサが苦笑交じりに小さく頷いた矢先、唐突に通信が入った。
「──ユーマ、聞こえるか?」
その声にリサが一瞬で顔を綻ばせ、ユーマが愉快そうに声を上げた。
「とっても素敵な声が聞こえたわ。空耳かしら」
「ビューグル(進軍ラッパ)は鳴った」少し意気の上がったアディの口調だった。「今からミクラスを出す。リフター・デッキ(垂直離着床)がクリアされたら、連絡を入れる」
* * *
「──これで足枷は全部外れたな?」
最後のビンディング・ストラップ(機材固縛帯)を外し終えたアディが、やれやれとばかりに大声を上げた。
「チルド・チャイルド(氷結小僧)になっちまう前に、戻って来いよ」一足先に車内に戻って、発車準備に掛かっているジィクの声が、インカム(車内通話)に飛び込んで来る。「──パワー・トレーンを接続、ハイバーネート(休止)からアイドル(待機)モードへ移行」
アディとジィクはそれぞれ、寒冷地仕様のドレス・システム(被着装備)を着用している。
ボディ・ブリーファー(一体下着)は、通常のファウンデーション・ウェアより保温性が高い生地のもので、厚手のソフト・ハイネック型だ。フィジカル・ガーメントもデザインは常用と同じだが、アッパートルソ首回りと背中、ロワートルソ腹部、ブーツ爪先底にバッテリー駆動の保温用電熱線が仕込んであり、専用の薄型バッテリーが付属している。
それに加えてアールスフェポリット社から、専用防寒レイヤリング・エクイップメントを幾つか借り受けている。
サムホール・オーバー(被甲長袖)型のインナー・レイヤー上下をフィジカル・ガーメントの下に着用し、ガーメント上には白銀一色の世界でも目立つように、蛍光オレンジとグリーンで配色されたインシュレーション(断熱綿材)入りの、高撥水性オーバーオール式パンツとファー・フード付きアノラックを羽織る。
手袋も耐寒専用の二重構造もので、防寒インナーが前腕まで包み込み、利き手側が親指と人差指だけが独立し他の3本指が一緒になった変則型で、反対側の手袋はミトン型だ。勿論、防寒使用のソックスと多重リブ編みネックウォーマーも忘れない。それに専用のインカム(編団内通話)ヘッドセットを掛け、顔面はクリア・シールドの全面マスクを着用する。
「聞いてた以上にクソ寒いな」ミクラスのキューポラから車内に飛び込んだアディが、直ぐさまハッチ(外扉)を閉める。「鼻水どころか、ケツの穴も凍って塞がりそうだ」
「気温零下32度、風速3メートル、天気晴朗、絶好のドライブ日和だ」
ドライバーズ・シート(運転席)に座るジィクが、核融合電磁励起エンジンの稼働具合を確認する。車内は暖房が効いているので、ジィクは上着を脱いでいた。
ミクラスはバーベット・コンパートメント(砲塔乗合区画)構造を持たないものの、車体の大きさの割にキャビン自体は意外と狭い。
主砲であるキャリッジ・タレット(旋回砲座)型のプラズマ・ブラスターをキャビン直ぐ後ろに背負うように武装し、両側フェンダー部に仰角可動のみの砲郭式電磁条導カノン(加農砲)、その後に3連装スモーク・ディスチャージャー(発煙弾発射機)と可旋回の対空レーザー砲を搭載している。そのため車体の後ろ半分は主機とプラズマ砲出力ユニット、それに両サイドには電磁カノン(加農砲)の自動装填装置と、その間にあるキャニスター(装弾倉)で占められている。
1段高いコマンダー・シート(車長席)を中心にして、両側に火器管制を担う砲手席、前方には操縦席と配置され、車長席の後の僅かな空間に折畳みエクストラ・シートがある。
「ユーマ、聞こえるか?」
コマンダー・シート(車長席)に腰を落としながら、アディが通信機を切り替えた。
「とっても素敵な声が聞こえたわ。空耳かしら」
小気味よいユーマの声が返って来る。
「ビューグル(進軍ラッパ)は鳴った」アディが周囲の監視モニターを確認する。「今からミクラスを出す。リフター・デッキ(垂直離着床)がクリアされたら、連絡を入れる」
「アールスフェポリット社のジオ・ロケーション(地理情報測位)システムとリンク、自律走行解析データをリンク、ナビゲータ・システムの最終目的地を開発基地のリフター・デッキ(垂直離着床)棟に指定。行くぞ」
「騎兵隊、進撃だ」
ジィクの報告に、アディの鬨を上げる。ドライバーズ・シート(運転席)のジィクが、稼働モードをドライブに入れパワー・ペダルを踏み込んだ。
スプロケット・ホィール(起動輪)が動き出し、トラックベルト(履帯)がガチャリと音を立てて引っ張られる。鋼鉄の陸亀のようなミクラスが、一瞬そのフロントを沈めたかと思うとグンと跳ね上がり、徐ら前へ進み出す。花弁のように開いたオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の、カーゴ・ドアの内側に設けられた搬出用ランプ(傾斜路)を通り、ロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)の降着デッキへとゆっくりと降りる。独特の履帯音を響かせ、黒と灰色のタイガー・ストライプ迷彩を施されたミクラスが、さらに降着デッキからの搬出用斜路を下って、ピュシス・プルシャの白い氷原に降り立った。
アールスフェボリット・コスモス社の地上開発基地は、近日点で恒星に照らされる北半球の磁極の磁軸上に設けられている。生きている──核が活動している惑星は、必ず地磁気を発生させていて、ピュシス・プルシャも例外ではないのだが、その磁場の中心が惑星の中心から大幅にずれており、しかも磁軸が自転軸から40度傾いているため、太陽風の影響で大きく変動しやすい。
コーニッグがちらりと言っていたが、磁気嵐が酷くなると電波状況が不安定になり、通信障害が発生することも珍しくない。開発基地が態々磁軸上に建てられたのは、鉱床が堆積している地域であるが故なのは勿論だが、このピュシス・プルシャ自体の磁場の変動が少しでも緩やかなのが、磁極軸上近辺である事が大きいからだ。
少し離れた場所に停車してある、5台のタンク・トレーラの脇を抜け、ミクラスの強力な探照灯が、白夜のピュシス・プルシャの薄暮を一層明るく照らし上げる。太陽セザンヌの日はかなり傾いているものの、雲もなく特に激しい風もないため、視界は意外に明るくクリアだ。
開発基地は地軸からずれた磁軸上にあるため、基地から見ると太陽セザンヌは沈まない日周運動をする。それでも最深夜でも入射角39度なので、常に主星セザンヌの陽を受けているため、夜になっても鼻を摘まれても分からないほどの闇にはならない。
原始ピュシス・プルシャの形成は40億年以上前だと考えられているが、地軸の大きな傾きや超楕円公転軌道の理由や時期は明らかではない。表層の100パーセントが厚さ1キロ以上の氷表で覆われており、下の層は岩石層なのだが自然に露出しているテレイン(地形)はない。氷表は積雪状態ではなく完全な氷結氷床で、動物らしき存在が皆無なのは勿論の事、植物相も確認されていない、アイスシルバー(白銀)一色の世界だ。
起伏はあるものの、特徴的な地勢や基点になるような地形がないので、ジオサーフェイス(衛星測位地理的位置情報)システムが無いと、右も左もわからなくなる。しかも裸眼で風景を長時間直視していると、紫外線反射で間違いなく雪盲になる。
ナビゲーション・マップによれば、緩やかに盛り上がる大きな氷丘の向こう、東へ7キロほど進んだ先が施設棟が建つ区画だ。氷丘を回り込むように、踏み固められた一本道が弧を描きながら、基地への搬入路として通っている。進むにつれアンジュレーション(起伏)が大きくなり、やがて周囲に尖り帽子のような無数の氷柱の林が広がり始めた。アイスホルン・カール(尖柱氷林)と呼ばれる表象で、筍のような錐形をした逆さ氷柱が氷表から、文字通り生えているように見える。高さは数センチから10メートル近くまで様々で、基底部の直径は大きいものだと2メートルを超える。
アールスフェポリット社の資料によれば、何万年と前に惑星の内核活動が活発になった時代、地熱温度が上がった時季が生じ、その際に溶け出した氷表の氷が蒸発する矢先から周囲の冷気によって一瞬に再氷結することで、何百年と掛けて徐々に先端の尖った形状となっていったものらしい。
「速度は20キロってところだが、接地圧に問題はなさそうだな」
アディが、外部モニター画像をナイトビジョン(増感暗視装置)に切り替えて、周囲の様子を窺う。
アイスホルン・カール(尖柱氷林)を縫うように通る、道とは言えない道を履帯で踏み締めながらミクラスが突っ切って行く。隘路のような通り道は、アールスフェポリット社がロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)からの搬入路として、カール(尖柱氷林)を崩して整地して切り開いたようだ。
「トルクの掛かりが少し悪いな。氷表との摩擦係数が想定より低い」ステアリング(操縦桿)を握るジィクが、インストルメント・パネル(計器盤)を覗き込む。「リフター・デッキ(垂直離着床)までは、30分ほどのドライブになるな」
履帯がスプロケット・ホィール(起動輪)に噛み合う音や、履帯自体が撥ねてロード・ホィール(転輪)にぶつかる音、履帯とアイドラ・ホィール(遊動輪)が擦れ合う音が伝播反響して、モーター駆動とは言え車内は酷く騒々しく、インカム(車内通話)がないと聞き取り辛い。
「問題ないだろ。モンスター・ギガスでも出てこない限り」
軽く頷くと、アディはガーメントの保温電熱用バッテリーを交換し始めた。
大気組成が炭素系生命体の活動可能な許容閾にあり、ピュシス・プルシャの夜空は深い緑色をした底なし沼のようで、鮮やかな紅色のオーロラ(電離層磁気燭光)が、まるで野火のように上に向かって光を放射しながら、ゆらゆらと怪しく畝り輝いている。アイスホルン(氷錐)の林の中を進むと左手に小さな氷丘が見え始め、隘路が東南に右へ緩やかに弧を描く。少し行くと周囲が少し開けた氷原になり、妙に不自然な氷の小山が連続する脈嶺が目に入る。
かき氷を巨大にしたような、連続する氷山を右に回り込むと、白い稜線の奥手遠くに鉄塔の尖頭部らしきものが垣間見えた。さらに道なりに進むにつれ僅かに霞が掛かり始め、唐突に明滅するデリネータ(保安誘導灯)の光が目に入ったと思ったら、右手に急峻な氷崖の巨大な穴が広がっていた。
ピュシス・プルシャ開発に着手するに当たり、アールスフェポリット社が鉱床探査のために試掘したオープン・ピット(露天掘削坑)だ。見えている表坑は差し渡し1300メートル、深さは100メートルで、高さ1メートルほどのデリネータ(保安誘導灯)の赤色灯が、試掘表坑をぐるりと取り囲む。緩やかに明滅することで、白夜の帳が降りた中に誤って転落する事を防止してくれる。尖頭を覗かせる鉄塔は、その試掘表坑の中に建てられたウォッチ・タワー(作業監理塔)だ。坑の内壁沿いには、掘削作業用に設けられた、灯の消えている照明灯が立ち並ぶ。
試掘坑は坑口径と掘削深度の違う、表坑、継坑、本坑、調査坑の4つで構成され、最深部は氷表下3400メートルまで掘り下げられているが、試掘坑自体は既に放棄されている。ピュシス・プルシャ最外層である氷層は、極地方だと平均3キロの厚さがあり、それを掘り抜かないと鉱床のある岩石層に行き当たらない。100メートル掘り込まれた表坑の側壁も、土質ではなく完全に凍り付いている氷壁だ。
周囲の氷の小山は、試掘坑を掘削する際に排出された、残氷のスポイル・ダンプ(掘削残廃捨山)だ。小山の間隙には、掘り出した残氷の投棄用コンベア・ブームが渡っている。氷表を漂う霞は、削されたデプス(坑底)の、露呈した土質地面から立ち昇って来た水蒸気だ。
アールスフェポリット社の本来の商業採鉱区域は、ここから東へ3キロ行った先にある。既に稼働している商業採鉱は、試掘坑のようなオープン・ピット(露天掘削)ではなく、ソルベント・インジェクション・リーチ(溶剤注入浸出)と呼ばれる採鉱法で行われている。
採掘する鉱物資源は、タンタライト鉱石。
タンタライト鉱石は核異性体を含んだ鉱物資源で、その中でもタンタル180核異性体は、超光速航法として現テクノロジーで最も普及している超対称性場推進の、起動誘因素材であるトポロジカル対称性可遷移相体を製造できる唯一の鉱物素材だ。トポロジカル対称性可遷移相体は同時に、宇宙船内の有重量環境維持にも応用されるので、タンタル180核異性体は宇宙時代を支えるに当たって欠かせない鉱物資源だ。ここピュシスでの鉱床は、厚さ3キロの氷表の下、リソスフェア(弾性固岩圏)にあるジオ・プレーン(地質学的不連続面)近くにある。
このタンタライト採鉱でアールスフェポリット社が採用しているソルベント・インジェクション・リーチ(溶剤注入浸出)法は、有用な鉱物鉱床の地層にソルベント(溶剤)を送り込み、鉱物を溶出させた浸出液の形態で汲み上げる方法だ。だが汲み上げると言っても自噴している訳ではないので、時間当たりの回収量は少ない。採鉱作業自体は半ば自動化されているので、現場に常駐の作業員は不在だ。
アールスフェポリット社では精錬せず、浸出溶媒の形態でのタンタル搬出を予定しており、浸出溶媒はいったん貯槽に溜められ、濾過処理を経てソルベント(溶剤)中和を施され、30トン・タンクトレーラでロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)へ移送される。オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)には、分離したタンク槽トレーラ部のみを積んで低軌道ステーションへ上げられ、そこからさらに高軌道ステーションまで牽引され、荷卸しを終えた空のフレーター(貨物船)に載せ替えて、当該太陽系から搬出される。プラットフォーム(荷載搬機用離着床)下に停めてあったタンクトレーラ5台は、そのための貯蔵搬送車輛だ。
搬出頻度は2箇月に1度くらいのペースで、1回の搬出量はタンクトレーラ3基分、100トン程になると思われるが、ソルベント(溶剤)を注入し始めたばかりなので、浸出溶媒の回収と搬出はまだ行われていない。
この採鉱法はデブリ(不要残土)を出さず、採鉱自動化で省力化が大きく、生産コストが押さえられるが、スラグ(鉱滓)化した鉱床が地下水を汚染するので、本来なら還元液などを注入して環境修復することが道義的に求められる。ただアールスフェポリット社の母国であるダラム太陽系が属する、ロスチャイルズ・コンジュケーションと呼ばれる国家連携陣営は、未連携の惑星に対する新規開拓に対して同陣営間では、如何なる約定も批准されていないため、同社も新規開拓事業を推進するに当たって、環境への義務を一切考慮していない。なので当該惑星“住人”の抵抗や、他国からの横槍、他陣営からの圧力がない限り、実質的には“やりたい放題”なのだ。
移動可能な投棄用コンベア・ブームに沿って、小さな嶺脈を連ねる残氷のスポイル・ダンプ(掘削残廃捨山)を左手に、巨大なオープン・ピット(露天採掘坑)沿いを500メートル程進む。スポイル・ダンプ(掘削残廃捨山)の側に建てられた、車輛ハンガー(格納庫)を正面に見て、ナビゲーションは進行方向を右と指示している。オレンジ色のドーザーブレードを備えた削氷平氷車輛の横を通り、ボウラー・ハット(山高帽)みたいな真っ赤な氷上車とダンプ式ベッセル(搬台)を備えた大きなトラックの間を抜けると、両側から迫る小高い氷丘に挟まれたアイスホルン・カール(尖柱氷林)に出た。再びアイスホルン(氷錐)の林の合間を縫うように5分も走ると、孤立するようにぽつぽつと建っている棟屋群が視野に入って来た。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




