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Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・6

「パイロット・パラシュート開傘、続いてドローグ・パラフォイル(減速用柔軟翼)の展開確認。高度2万9000メートル。着地まで6分。秒速は835メートル」


「かなりキツかったな・・・まだ・・・息が上がってる・・・」


さすがのドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)2人も気を張っていたのだろう、一気に脱力したのがジィクの口調からも手に取るように分かる。


「ジィク、大体お前、8加速ガルくらい、って言ってたぞ」


「ちゃんと、10ガルは超える、って言ってあったぞ」


ジィクがしれっと言って退ける。


「10じゃないって。12だ、12。管制はそう言ってたぞ」


「あれ? 12、って伝え直してなかったか?」振り返ったジィクが、アディに何かを手渡しする気配が伝わる。「まあ、8も10も12も一緒だ、一緒。誤差の範囲だよ」


恐らくジィクがスプロケット・ホィール(起動輪)に挟まれた最前部のシングル操縦席に座り、アディがその後ろに並列に設けられたコマンダー(車長)かガンナー(砲手)用シートのどちらかに腰を落としている。


「俺よりアバウトな言い方するなよ。算盤(そろばん)は得意だろうが」


アディが、ごくりと咽喉を鳴らす。(あらかじ)め操縦室に持ち込んでおいたらしいドリンクを、含んだのが分かった。


「一緒にピサ生地になりかけたんだ、まあ、大目に見ろって」にやっとしたジィクの顔が目に浮かぶようだ。「ちとゲームの攻略を、考え(あぐ)ねたたんだよ」


「──ゲーム・・・!」ジィクの言葉に、アディが何やらごそごそやってる感じが気配がして、いきなり声が上がった。「うわっ・・・あちゃァ・・・」


「どうした・・・?」


「潰れちまってる・・・」(いぶか)るジィクに、アディが情けない声を返す。「真ん中からポッキリ」


2人のお馬鹿な会話を黙認するように、バルンガのコックピット(操縦室)で口をヘの字にしながら聞いていたリサとユーマが、思わず目を点にして顔を見合わせた。


「どうせ、ケツで踏んでたんだろ」ジィクの呆れたような口調だった。「リサみたいに可愛いケツじゃないんだぞ」


「──ジィク・・・!」


一言多いジィクに、思わずリサが不服そうな険ある声を上げる。


「高度1077メートル、秒速512メートル。これより着地フェーズに入る」


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)たちの無駄口に、諦めて無視を決め込む事にしたらしい管制担当からの通信が、極めて沈着な声音で入る。旋回半径は約500メートル、オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)は既に、降着ポイントであるロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)上空域に到達している。


「アディ、お前のボーンヘッド(愚行)だ。俺の不戦勝だな」実に高慢ちきなジィクの言い草だった。「──指を(くわ)えて見てろよ、俺の考え付いたクリア・テクニック」


「考え付いた? そんなへっぽこテクニックで、勝ちが譲れるかよ」鰾膠(にべ)もなくアディが言葉を返す。「──リサ」


「何よ?」


いきなり矛先を振られたリサが、膨れっ面ながら条件反射的に応じる。


「ゲーム機、一緒に持って来てくれないか?」


「高度525メートル、降着用スラスター噴射。パラフォイル(柔軟翼)、ブロー」


耳元で行き交う馬鹿げた通信に、怒鳴りも(たしな)めもせず、管制員が黙々と自分のミッション(仕事)を(こな)して行く。(もっと)も、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)2人はミクラスに乗って、ただ運ばれているだけなので、手を出したくとも手の出しようが何もない。


「はあ・・・?」初めて見せた、リサの突っ慳貪な言い草だった。「何処にあるのよ?」


「俺のキャビン(個室)。アモンの」


「あのねぇ! 今からあたしに、アモンまで取りに帰れって言う訳?」


「駄目?」


「あたしが行くまで、氷漬けになってなさい・・・!」


つんと険ある言い草も可愛らしいリサに、ユーマが独り北叟笑(ほくそえ)む。


“今、アディが貴女(あなた)に話を振った意味、判ってる? リサ”


膨れっ面を見せるリサに、ユーマが改めて柔和な眼差しを向けた。


“臆する必要なんか、ちっとも無いのよ、リサ”


アディもジィクも、(とっ)くの昔に頼りにしてるの、本当の貴女(あなた)を。


“だから貴女(あなた)は、本当の自分で応えれば良いだけ、よ”


そんなリサとユーマの思いを他所に、アディとジィクを乗せたオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)が、最後のシークエンスに入る。


「こちらコントロール。高度20メートル。着地まで3秒」


「来るぞ!」


ジィクが叫び、アディが歯を食いしばる気配がした。


オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)が、20メートルの高さを秒速5メートルで降下する。地上高度が50センチを切った瞬間、底部に装備した12基のインフレート・アブソーバーが膨張展開し、着地の衝撃を吸収しながら、オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の重量で収縮する。


「ぶひょ・・・!」

「ぐへッ・・・!」


アディとジィクが、まるで踏み潰された蛙のように、醜い呻きを上げる。


音声に入った2人の状況から、かなりの衝撃があったと思われる。


三度(みたび)リサが、目を丸くしてユーマと顔を見合わせる。


「オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の、ロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)への降着を、高軌道観測衛星からの光学画像で確認。システムの異常を認めません。ランディング・ギア(降着装置)、全て接地を確認。これからカーゴ・ドアを開きます」


採鉱支援ステーションの管制担当から最終報告が入る。ホッとしたのが手に取るように判る。


「──我々が出来るのは、ここまでです」


「おう。人間速達便、感謝するよ」


「ユーマ、降下シークエンス終了した。これからミクラスの搬出に掛かる」


何事も無かったかのように、アディが管制担当に物堅そうな口調で礼を言い、ジィクが次のシークエンス移行を伝えて来た。


「ね。言った通り、タフなあの2人なら大丈夫でしょ」ちらりとリサを見遣りながら、ユーマが応じる。「──けどアディ、無茶してリサを心配させたら駄目よ」


「こんなシークエンスで、何を心配させるって言うんだよ」


「その言い方が、もう心配させてるの、朴念仁」


「オールファイン・ノーケア(大丈夫、心配いらない)」そう言ってから一息置いて、アディが声を掛けた。「──リサ?」


「ええ、聞こえたわ」


首を(すく)めたリサがユーマを振り向き、ちょっぴり強張った、照れたような笑みを見せた。


「今からジィクと外に出て、鼻水凍らせながら、ミクラスのビンディング・ストラップ(機材固縛帯)を外してくる」アディの意気上がる声が返って来た。「俺たち5人は、何時(いつ)ものようにやって、何時(いつ)ものように成功させる。そうだろ?」


「ええ、勿論よ。風邪引いても大丈夫だからね。2人ともあたしが看てあげるから」


「終わったら、ちゃんと連絡を入れるさ。歩き回るお荷物は任せたぞ」


束の間の別離を()も大層に語り合う、馬鹿ップルを地で行くような会話に、ユーマがハーネスを締め直しながらコ・パイ・シート(副操縦席)で苦笑する。


喜怒哀楽も豊かなリサだが、根っから素直なだけに感情がねちっこく尾を引かない。気の切り替えが上手なのは、母親のジュリア譲りに違いない──ユーマは改めて、リサの性質(たち)の良さに感心した。


「んじゃリサ、あたしたちは、そのお荷物とやらを乗せに行きましょうか」


「テンフォー(了解)」


ユーマの言葉にリサが小さく頷き、ゆっくりとブースト・レバーを押し込んだ。バーニア(姿勢制御推力器)を一噴かしして、バルンガを回頭させる。


「ネルガレーテ、聞こえた? アディたち、無事降りたわよ。あたしたちも降下の準備に入るから」


ユーマがインカム(編団内通話)回線で問い掛けたが、応答が無い。さらに2度、ネルガレーテ、と呼び掛けたが返事は返ってこない。ユーマは渋面を作って溜め息を()き、改めて問い直した。


「ビーチェ、そっちのジャック・アショア(呑んだくれ)、ひょっとして寝てる?」


「はい。キャプテン・シートですっかりと寝入ってます」


「大口開けて、(よだれ)垂らして?」


「いえ、大口は開いていますが、(よだれ)はまだです」


ベアトリーチェの言い草に、思わずリサがぷっと噴飯した。


──道理で、アディたちの降下直前あたりから、ネルガレーテの音信が入らなくなった訳だ。


皆がブーザー(酔っ払い)だの蠎蛇(うわばみ)だのと揶揄していたが、リサは半分冗談だと思っていた。が、まさか本当に、しかもミッション(行動計画)の遂行中に、暇を持て余した揚げ句に酔い潰れて寝てしまうとは。


「仕方ないジャック・アショア(呑んだくれ)」ユーマが再び溜め息一つ、気を取り直して通信回線を切り替える。「──こちらバルンガ。予定通り、今からお客さんを迎えに行くけど、準備は良いかしら?」


それに増してリサが毒気を抜かれたのが、ネルガレーテ以外の3人の反応だ。


横で早々に諦めたユーマは勿論の事、この通話を聞いてるであろうアディとジィクも、下での作業が忙しいにしろ、突っ込みの一言も返してこない。と言う事は、この状況は、いやこのネルガレーテの状態は、昨日今日に始まった訳ではなく、グリフィンウッドマックの日常風景としてはよくある事に違いないのだ。デューク(頭領)・ネルガレーテの痴態はもう、愛嬌などと言う可愛いものではなく、豪胆としか言い様がない。


「問題ない。これからシャトル(往還機)がキャスト・オフ(離埠)するところだ」


インカム(編団内通話)で交わされた内容を知る由もない、先程と同じ管制担当が、ユーマの問い掛けに淡々と応答して来る。もし知ったなら、腰を抜かすのは間違いない。大体、ミッション(行動計画)開始早々呑み潰れるリーダー(指揮官)が、何処の世界に居るだろうか。


「んじゃ、こっちは真面目にお仕事に(いそ)しみましょ」


ユーマの言葉に苦笑で返し、リサは耳に届くステーション側の誘導管制に従って、バルンガを回り込ませる。

その100メートル先で、河豚(フグ)を逆さまにしたようなシャトルが、ステーションからゆっくりと離れるのが目に入った。ガバナー(堡所長)たちが、高軌道ステーションから低軌道ステーションへの移動に使ったシャトルだ。


テトラ構造の骨組の中に埋もれている半円筒形のファシリティ(施設)から、S字に捩れて伸び出ている筒状の構造物が、ドッキング用のボーディング・コリドー(搭乗橋路)だ。ポジション・ライトが明滅するコリドー(搭乗橋路)の脇に、蛍光オレンジのハビタブル・オーバーオール(空間作業用気密与圧服)を着たボラード(繋留員)が数人見える。


シャトル(往還機)と入れ替わるようにして、リサがバルンガの機体右をゆっくり寄せて行く。


コーニッグたちアールスフェポリット社の降下要員を、ボーディング・コリドー(搭乗橋路)を使って、バルンガに同乗させるのだ。簡素な造りの支援ステーションは、最低限のファシリティ(施設)しか備えていないため、ちゃんとしたメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)を持っていない。しかも1基しかないので、先着していた機材を退避させる必要がある。


バルンガ後部のカーゴ・ドア(貨物庫外扉)からなら一時一斉に乗せ込めるのだが、メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)には対応できなため、全員にハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着せて宇宙遊弋(ゆうよく)させなければならない。不慣れなスタッフだと余計に時間が掛かりそうな上、こちらも少しは気を使わなければならない。それに乗機した後、脱いだ15人分のハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)が嵩張って、間違いなく邪魔になる。


ぎこちない作業段取りで、ボラード(繋留員)がバルンガのボーディング・ハッチ(乗機口)に、コリドー(搭乗橋路)を密着させる。


んじゃ、出迎えてくるわ、と言い残し、シートに手を突いて体を浮かせたユーマが、縮こまるようにして身を捩り、コックピット(操縦席)後方のエアロック(気密隔室)へと流れて行く。コーニッグとデルベッシ女史を含めた、アールスフェポリット社の降下要員15名を、カーゴ(貨物室)に収容する。バルンガのカーゴ(貨物室)には気密機能があり、ユーマが既に環境キャリブレーション(基準修正)を済ませている。バルンガ自体には圧縮酸素タンクと圧縮窒素タンクを備えられ、回収した二酸化炭素から酸素を製造する融合システムを装備する。アモンと連携するメディカル・ユニットも1基備え、負傷者を横臥状態で救命救助処置が施せる。


リサは酔い潰れているネルガレーテの代わりにベアトリーチェを呼び出し、静止軌道上の開発統轄ステーションからアモンへ送って貰っている映像を、アモンから中継送信して貰う。


バルンガが同期している低軌道の支援ステーションは、ピュシス・プルシャの極軌道を100分程で1周するため、支援ステーション自体が極地にある開発基地を映像で直に捕らえられるようになるまで、まだ3、40分ある。同軌道に通信用衛星を4機投入しているので、地表基地とは常に回線を繋げられるが、光学可視画像は同軌道上では公転速度が速すぎるため、そうはいかない。


極に対する静止軌道は取れないので、アールスフェポリット社は極地域常時観測用の光学衛星を別に、軌道離心率の高い長楕円軌道に3機投入している。低軌道の支援ステーションからでは、この衛星と常時直接リンクが不可能なため、画像受信や軌道管理は静止軌道上の統轄ステーション側で行っている。


送られてきた開発基地の画像を、リサが食い入るように見詰める。


自転軸の赤道傾斜角が79度と、公転面に対してほぼ横倒しのピュシス・プルシャにおいて、地表基地のある極地域では日が沈まない。現在は近日点付近にあるものの、全球を覆う白い氷が主星セザンヌのから届くエネルギーの60パーセント以上を反射してしまい、地表に熱が供給されず気温が上がらない。加えて惑星表面全部が氷に覆われている事で水蒸気の蒸発が殆ど起きず、特に極地域では大気が乾燥し雲が発達することがほぼ皆無なので、映像自体はクリアだ。


オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)は、ロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)に着地してそのカーゴ・ドアを開いたままで、特に変わった様子はない。円形のカーゴ・デッキ(荷甲板)中央にはミクラスが載っている筈だが、遥か高みの高度からの画像では、オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の頂点部の影になってよく見えない。


計測された環境データでは、現在気圧893ヘクト、気温は零下31度だが極地域はこれから白夜を迎えるので、零下45度前後まで下がると予想される。


“──アディ・・・”


思わず呟いたリサは、まるで我が身が凍えたように震え上がった。


暫くすると、機内後方が騒がしくなった。


支援ステーションから、コーニッグたちが乗機して来たのだ。


機体右からエアロック(気密隔室)に入って来たコーニッグたちは、左手機尾側のカーゴ(貨物室)へ誘導される。クライアント(受注先)だからと言って、客船や旅客機のようにコックピット(操縦室)に案内などしたりはしない。カーゴ(貨物室)側壁に嵌め込まれた、椅子とは呼べないような重合繊維製の簡易トループ・シート(長椅子)に着いて貰う。


ユーマがゼロ・グラビティ(無重力)の中を、コックピット(操縦室)へと漂い戻って来た。





★Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・6/次Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・7

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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