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Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・5

「ミクラス?  聞こえていたら返事をして下さい! ミクラス!」


管制もさすがに慌て出した。呼び掛ける声が、徐々に荒くなって行く。


「キャスト・オフ(離発)3分前! ミクラス! ミクラス!」


リサが思わず立ち上がる。身体を強ばらせ、震え出している。


「ミクラス! 返事がないなら異状発生と見なして、キャスト・オフ(離発)を中止します。返事をして下さい! ミクラス!」


「アディ・・・!」


「キャスト・オフ(離発)2分前。異状発生と見なして、オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)のキャスト・オフ(離発)・シークエンスを凍結・・・」


管制がそこまで言い掛けて、いきなり喚声が入ってきた。


「くっそう! やられたァ!」ジィクの怒鳴り声だった。「ここでイーミル(宇宙怪竜)が来るとは、畜生め!」


「やら・・・れた・・・? イーミル(宇宙怪竜)って・・・?」リサの顔から血の気が引き、無意識に上げた金切り声が尾を引く。「アディィィィィィ!」


リサが慌てて通信を、レギオ(編団)専用回線から管制用チャンネルに切り替える。


「ミクラス! 何があったッ? どうしたッ?」


怒鳴り返す管制員の、その声に被せるように、また声が入る。


「ワハハハ! 下手っぴ! 詰めが甘いんだよ、ジィク!」


アディの声だ。


「アディ! アディ! アディ!」


連呼するリサの声は、半分涙声だった。


「おお、リサか? そんなに叫ばなくても、よく聞こえるよ」


落ち着いた、アディのいつもの声だった。


「何よッ? どうしたのッ? 何があったの? 大丈夫なのッ?」


「ん? 何もないよ。何かあったのか?」


「こっちが聞きたいよぉ! 今ジィクの声で、やられた、イーミル(宇宙怪竜)って・・・!」


「そう、そうなんだよ、ジィクの奴、まるでへっぽこなんだよ」


「るセェ」


確かにジィクの声だ。


「10万点を目の前にして、イーミル(宇宙怪竜)にやられてやがんの・・・ハハ」


「10万点って・・・」


ユーマを振り向くリサの目が点になる。


「ジュラシック・インベーダで俺に勝とうなんざ、10年早いわ、ひよっこ」


「ジュ・・・ジュラシック・インベーダ・・・って・・・?」


リサが唖然とした表情を見せる。


「ゲームよ」ユーマが口をヘの字に曲げ、大きな肩を(すぼ)めた。「今、あの2人が夢中になっている、ポケット・ゲーム」


リサは、開いた口が塞がらない。


──キャスト・オフ(離発)のカウントダウンの真っ最中に、ポケット・ゲーム?


「・・・だ、大丈夫なんだな・・・? ミクラス」


気を取り直したらしい管制担当から、再び通信が入る。管制側も、リサとアディの遣り取りは聞こえている。


「カ、カウントを継続しますよ」


「当然だろ。それが、あんたらの仕事だろうが」悪びれる様子もなく、アディがしれっと(のたま)った。「んで、どこまで行ってるの? カウント」


「げ・・・現在1分20秒前」


アディの返事に、管制担当も呆然としている。


「やってくれ、やってくれ。どかんと放り出してくれ。ついでに隣の未熟者も」


「黙ってろ、アディ」妙に気張ったジィクの声だ。「今! 肝心の! と、こ、ろ! あッ! くそッ! このヤロがッ!」


「──キャスト・オフ(離発)1分前ですよ、良いですか?」


管制員も、すっかり緊張感を無くしている。


「アッハッハッ!」ユーマが堪りかねて、膝を叩いて大笑いした。「あの、お馬鹿2人、ゲーム持ち込んだのよ。ッたく、いつまでも子供なんだから」


へなへなと一気に力が抜けたリサが、どすんとシートに座り込んだ。


「30秒前、もうすぐ放り出しますよ」と、コントロール。「・・・27、26、25・・・」


「アディ、いい加減にしときなさいよ」30秒前のカウントが始まっているというのに、ユーマもお構い無しで小言を言う。「リサがどれだけ心配したか」


「──何で?」


「あんたたちから、カウントに対するレスポンスが無いからよ」


「つい夢中になって、耳に入らなかった・・・」


「コントロール、そんな馬鹿に気なんか使わないで、さっさと氷漬けの山にでもぶつけちゃいなさいな」


ばつの悪そうなアディの返事に、ユーマが揶揄するような口気で畳み掛ける。


「──貴方(あなた)がた全員、いい加減、こっちのカウントも聞いて下さい!」ついに管制担当が、癇癪を爆発させた。「・・・11、10、9・・・」


さすがにこれには、ユーマもぺろっと舌を出し、アディが恐縮頻(しき)りに、悪りィ、悪りィと詫び言を口にする。ネルガレーテはすっかりと酔いが回っているのか、2人のお馬鹿なお遊びに、何やらぐだぐだと眠気交じりの繰り言を投げていた。


「・・・5、4、3、2、1、ブースター点火。大気圏突入シークエンスへ移行します」


オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の4基の核熱ジェット・ブースターが、一斉に数秒噴け上がる。ヌヴゥからの返信を受け取って8時間後、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)2人を乗せたオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)が、ピュシス・プルシャ向かって降下を開始した。


「うわッ! いきな噴かすなッ・・・!」お門違いに、ジィクがぶう垂れる。「見ろ、やられちまったじゃないかよ」


ジィクはまだやってたらしい。予期せぬ加速ガルに、ゲームをふいにしたようだ。


「あのお馬鹿たち、まだやってる・・・」


これにはさすがのユーマも呆れた。身を捩りリサを垣間見る。リサは顔に両手をあてて、肩を震わせている。ユーマはてっきり、リサが不安の余り泣いているのだと思った。身を乗り出し、ユーマがそっとリサの肩に手を添える。


フロント・ウィンドウ越しには、ピュシス・プルシャ向かって落ちて行くオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)が見えていた。


「ククク・・・」


肩を震わせているリサから、声が漏れる。


「リサ・・・?」


とユーマが声を掛けた刹那、リサは顔を上げ、大笑いした。


「クックックッ、ひゃははははははははッ」


「リサ・・・」


「アディに一杯食っちゃった」ユーマを振り向いたリサは、眼にいっぱい涙を溜めていた。「ふふふ、ひゃはははは」


溢れ返った涙が一筋こぼれ落ちる。心配の涙なのか、大笑いの涙なのか、ユーマにも分からなかった。


「心配して損しちゃった」


リサが鼻を啜りながら、掌で涙を拭く。


「だから言ったでしょ。何をそんなに心配するのか、って・・・」


「──ミクラスへ、こちらコントロール」


「ミクラスだ。今度はちゃんと聞いているよ」


管制の問い掛けに、アディの声が入る。


「現在高度、590キロ。異状は無いですか?」


「無いよ、何にも」


「──アディ、聞こえる?」


有無も言わせず、管制用の回線にリサ横から割り込む。


「どうだリサ、そっちから見えるか?」


「もう見えるもんですか、唐変木」


実際尖った声だが、リサの口調はどこか嬉しそうだった。


リサたちが同期している低軌道の支援ステーションは、ピュシス・プルシャを秒速7.5キロの速さで1周している。一方マイナス・ベクトルで打ち出されたオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)は、支援ステーションから遠ざかりながら大きな螺旋軌道を描いて、秒速1加速ガルで落下しているため、3分もすると有視界から外れてしまう。


「本当にあたしが、どれだけ心配したか、判んないでしょ」


「あれは、リサ、お前が勘違いしたんだろ・・・?」


「紛らわしい事してたのは、何処の誰なのよ!」湧き上がる思いの丈を、リサが他人の耳目も(はばか)らず投げ付ける。「大体、カウントダウンの最中に、ゲームしてる能天気が何処に居るのッ!」


「ここに居る」ジィクと目を合わせたのが、何となく雰囲気で分かった。「──2人も」


「・・・!」


「まァ、まァ、2人とも落ち着けよ」まるで他人事のように、ジィクが割って入る。「このお方には、俺からお灸を据えとくから。な、 リサ。だから・・・」


「ジィク、あんたもよ。2人して、可憐な処女を(もてあそ)ぶなんて・・・!」


「処女って、自分から言っちゃう?」


遣り取りを耳にしていたユーマも、これには目が点になる。


「だからだな・・・」


「──あんたら、いい加減にしてくれる?」


ジィクが言葉を継ぎ掛けたところへ、被せるように管制担当から通信が入った。さすがに腹に据えかねたようで、言葉尻に険がある。


「これ、公式の通信ですよ。全部記録されているの、ご存知ですか?」


「──!」


アディ、リサ、ジィクの3人が思わず絶句した。


「コントロール・・・!」耳まで真っ赤にしたリサが、照れ隠しに大声を張り上げた。「何でもっと早く言ってくれないのよ! そんな大事な事!」


とばっちりでいきなり噛み付かれて、管制担当も絶句した。


「リサ、それも録音されてるんじゃないのか?」


アディの(たしな)めに、ハッと気付いたリサが、思わず脇のユーマに目を遣る。目が合ったユーマが、馬鹿ね、と言わんばかりの苦笑で返した。


コホン、と態とらしい咳払いが聞こえ、気を取り直したらしい管制官の声が入る。


「──これから、大気圏突入のための姿勢制御を行います。現在高度440キロ、対気速度は秒速11.5キロ」


そのコントロールからの通信を皮切りに、軌道変更に伴う姿勢制御のための通信が、数回入る。高度が下がるにつれ突入速度は増すものの、出来る事がないアディたちは、へいへいと上の空の返事を返す。


そのアディたちの声音が変わり始めたのは、高度150キロを切ってからだった。


「姿勢制御、コース共に問題なし。間も無く大気圏に突入します。対気速度18.3」


「うひょ・・・結構・・・揺れるな・・・!」


「──アディ・・・?」


様相が変わったアディに、リサが少し慌てる。


「大気圏突入。高度120、対気速度22.2。ミクラス、異状はないか?」


「──も・・・問題・・・な・・・い・・・」


途切れ途切れのアディの声に、管制担当の極めて沈着な言葉が返る。


「高度109キロ、対気速度24.3。底部表面温度185度。3秒後に減速ブースター噴射します」


着地に向かって、本格的な減速が始まる。


ミクラスを載せたオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)は、減速のための最初のブースター噴射を行った。ミクラス内では、加速ガルがピークに達した瞬間、ガクンと強烈なショックが襲い、(たちま)ち2人の身体がシートに押さえ付けられる。オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)内のミクラスに、減速のための強烈な加速度が襲い掛かる。


「高度88、底部温度244度、減速用ブースターの3秒噴射を確認。マイナス10.3加速ガル、対気速度15.5」


「こ・・・こりゃ・・・た・・・まらん・・・」


「・・・うッ・・・胃・・・飛び・・・出・・・そ・・・」


ジィクとアディが、呻くように声を漏らす。


「減速用ブースター、1秒噴射を4回確認。マイナス12.1加速ガルを記録、対気速度11.2」


圧倒的な減速のための噴射ガルで、ついに2人とも、声が出せなくなった。


「嘘・・・! 10ガルじゃないの? 12ガルなの?」


リサは不安な気持ちを隠せず、胸の前で両手を握る。


「ジィクが弾いた最終シミュレーションでは、最高0.04秒間12.8ガル、って出てたけど」ユーマが横目でリサを薄目に見る。「アディたちじゃなかったら、とっくに逝っちゃってるわね」


「だ・・・大丈夫よね・・・あの2人・・・」


「減速ガルで、少しくらいペシャンコになったほうが、まともになるわよ」


フン、と鼻を鳴らすユーマに、見返して来るリサが棒立ちになっていた。


「──あ、冗談よ。大丈夫。そんなに長時間じゃないから」


あんまり冷たく(あしら)うと、リサがまた不安に駆られる。


「高度75キロ、成層圏に突入する。5秒後に電磁ブレーキを展開、対気速度9.9。底部温度417度」


錐形したオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)が、その底部を下にして成層圏に突入する。その突入の際、突入速度の減速と周囲大気の加熱率低減に用いるのが、電磁ブレーキだ。空力加熱よってプラズマ化している進行方向先の大気に対して電磁場を展開し、その反発力で減速すると同時に、高温化現象を和らげる。特に目新しい技術ではないが、コモディティ・テクノロジー(円熟汎用化した技術)なので、コストを押さえられるメリットがある。


「オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の成層圏突入を確認。電磁ブレーキ、正常に作動中。高度63キロ、対気速度8.7、底部温度533度。空力学的安定姿勢に入りました。(しばら)くの辛抱です」


「・・・外・・・見えない・・・が・・・残念・・・」


苦しそうなジィクの声に、リサが明白(あからさま)に安堵の息を漏らす。


「リサ・・・先に・・・落ちてる・・・からな・・・」


その苦しそうなアディの声に、リサが強張った笑みでユーマを見る。


「通信が乱れて来たわね」


「高度55キロ、対気速度5.3。底部表面温度699度。減速用ブースター4秒噴射」


空力加熱が最高温度に達する。


「アディ・・・お前は・・・どこ・・・落ちた・・・い・・・」


「駄目・・・だ・・・ジィク・・・無駄死に・・・」


「・・・平和に・・・るよう・・・祈って・・・れ・・・リサ・・・」


オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)からの通信に混じる雑音が一気に酷くなり、数秒後には雑音しか聞こえなくなった。電磁ブレーキの電磁場による、空力加熱でプラズマ化した大気への干渉で、通信が3分ほど不能になる。


「最後まで、何お馬鹿やってるのかしら、あの2人。呆れるわよね」


と、ユーマが振り向く先で、リサがまた目を真ん丸にしていた。


「アディ・・・」


不安で泣き出しそうなリサが、ユーマを見る。


「直ぐに回復するわよ」


ユーマは肩を(すぼ)めて微笑み、大丈夫、と呟くように声を掛けた。


「高度49キロ、対気速度2.3、底部温度337度」ちょっとばかり焦ったような、管制官の大声が呼び掛ける。「──ミクラス、聞こえるか? ミクラス・・・!」


コントロールが問い掛ける度、リサが顔を曇らせていく。


「──高度35キロ、こちらコントロール。ミクラス、聞こえるか? 応答してください!」


そして何度目の問い掛けだったろうか──待望の声が返って来た。


「・・・ばっちり・・・こえるよ・・・吐きそうなくら・・・良い調子・・・」


回復したミクラスからの通信には、まだ少し雑音が残る。


「大丈夫よね? アディ」


アディの声を聞いたリサが、胸を撫で下ろして安堵する。


「平気・・・だよ・・・」声ははっきりと聞こえるが、さすがのアディも言葉の端々に深呼吸を挟み込む。「最高の・・・乗り心地だ・・・」


「あと10秒ほどで高度は25キロになる。予定通りもう一回減速して、3秒後にドローグ・パラフォイル(減速用柔軟翼)が開く」


管制からの通信に応えるように、アディとジィクが、グホッと呻く。オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)が、減速のための最後のブースター噴射を行ったのだ。


ミクラスには強烈なショックが襲い、落下の加速ガルが打ち消される。アディとジィクはシートに押し付けられたかと思った次の瞬間、今度はいきなり腰がシートから浮き上がる。


オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の、降着用のドローグ・パラフォイル(減速用柔軟翼)が開いたのだ。減速するにつれ電磁ブレーキの効用が低下するので、それを補うための減速制御用装置だ。天頂部整流コーン基部、錐形側支柱に収納された袋状の長方形パラシュートで、前後2つのパラフォイル(柔軟翼)が窒素ガスで膨張展開する。


螺旋軌道を描きながら高度を落とすオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)は、高度が下がると共に軌道半径を縮めていき、さらにドローグ・パラフォイル(減速用柔軟翼)の展開で減速していきながら、徐々に着地点であるロジスティクス・プラットフォーム(荷載搬機用離着床)へとアプローチして行く。





★Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・5/次Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・6

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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