Act.5 白寒(びゃくかん)の大地へ・4
「ミクラスにブライダル(機材固縛鋼索)を掛けた。後はそっちで頼む」
「カウント・オン・ミー(任せとけ)」
ステベ(荷役係)の返事に、カーゴ・デッキ(荷甲板)側でブライダル(機材固縛鋼索)が巻き取られ始めると、ミクラスが10メートルの距離を徐々に引き下ろされていく。車体の傾きに注意しろ、と作業監督らしき人物の指示が入り、1分後にミクラスは、そのクローラー(履帯)をデッキ(荷甲板)中央の空いたスペースに接地させた。
デッキ(荷甲板)の中央部を態々空けて、そこにミクラスを載せたのは、重心が極端に偏らないようにするためだ。積み込まれる個々のコンテナに比べてミクラスの方が圧倒的に重いため、ミクラスを無思慮に積載すると、重心が偏った状態で自由落下する。オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の姿勢が不規則に傾き、修正不能な空気抵抗状態が発生すると、着地シークエンスを含む自動姿勢制御機能では対応しきれず、“墜落”する事になる。
ミクラスをゼロ・グラビティ(無重力環境)下で積み替える、と言う想定外の事態に、さすがのドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)も2時間半は優に費やした。ミクラスの積み込み完了報告を受けたネルガレーテは、吃逆交じりに応答して来た。リサを除いた3人が、案の定、と諦めの溜め息を吐く。相当退屈に時間を持て余したのか、果たして酒をかっ食らっていたのだ。
回頭させたバルンガの操縦席から、身を乗り出すようにしてリサが見詰める先、デッキ(荷甲板)のステベ(荷役)によってビンディング・ストラップ(機材固縛帯)が、ミクラスにがっちりと掛けられていく。ミクラスのコマンダー(車長)キューポラが開いて、ロンパス(気密与圧服)姿のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)が車内から姿を見せた。キューポラ扉は前後に割れ開くが口幅自体が狭いので、ロンパス(気密与圧服)を着ていると、抜け出るのに苦労する。
──アディだ・・・!
リサが直感した。
耐宇宙線バイザーの反射で顔が見えないため、一瞬ジィクと見迷ったが、ちょっとした動きで直ぐに分かった。バルンガに気付いたアディが、見上げて手を挙げる。
そんなアディの姿に、リサが小さく安堵の息を漏らす。自分でも奇矯しいとは思うのだが、アディを傍に感じられると、妙に安心するのだ。
「アイスバウンド(氷結)・ピクニックの道具、忘れちゃ駄目よ」
シーボーズをアディに近付けるユーマの声が、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)のレギオ(編団)専用通信回線に入る。暗号モードに周波数ホッピングを掛けているので、恣意的に解析盗聴しない限りは、アールスフェポリット社の方には聞こえない。
「アクアビット(馬鈴薯酒)・スコーネ、忘れてないよな?」
「48度のやつを入れてあるわよ」
「芋酒なんか持っていったの? 品が無いわね。何でラム(砂糖黍酒)にしないのよ」
ネルガレーテからの、ほぼ酔っ払いの戯言を、ユーマは聞き流しながら、シーボーズに積んであった袋詰め荷物を、次々とアディの方へ押し放る。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)側がチョイスして、アールスフェポリット社から借り受けた極寒対策装備品だ。
防寒ウエア類やレッグスパッツ、フェイス・ゴーグルに防眩グラス、スノーシューやスタッドチェーン(滑り止め靴具)などのフット・ギア、それにアイスアックス、アイスソー、埋雪者捜索スキャナー、スノーフライ・テントにツェルト、ガスバーナー・ストーブ、耐寒照明器具、ラトリーン(簡易便袋)、凍結防止ハイドレーションに冷寒用レーション(糧食)を携行する。
「んで、俺のコッドピース・ヒーター(股座懐炉)は?」
姿を見せないジィクの声が割り込む。ジィクはミクラス車内で、降下後の地上移動のためのナビゲーション・データを確認中だ。
「コッドピース・カッター(急所断裁器)なら、入れておいてあげたわ」
「ミス・フローズンやレディ・シュネーヴィット(白雪姫)と出会った時の、最低限の男性の嗜みなんだぜ」
「イエティ(雪男)やモンスター・ギガスに出会わなきゃ良いわね」
「そいつらはアディに任せた」
ユーマの突っ込みに、ジィクが鼻を鳴らして軽く往なす。
「男性なら俺かよ? ってか、モンスターなら科学特捜隊の出番だろ」
「モンスターなら、マット(怪獣攻撃隊)じゃないの?」
「待て待て待て、この特殊な状況ならタック(超獣攻撃部隊)じゃないのか?」
「何言ってるの、ザット(全地球防衛機構)の奇天烈な装備こそが無敵なのよ」
アディに続いてユーマが応じれば、それにジィクが横槍を入れ、ネルガレーテが若干呂律の怪しい舌端で口を出す。
「何? ナニ? タックとかザットって一体何よ? なんの話をしてるのよぉ」鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、リサが不満そうな勇み口を挟む。「あたしだけ、話が見えてないじゃないのォ!」
アディの声を聞くと、それだけでほっとして気も軽くなる。そんなリサに、ネルガレーテとユーマが見えないところで、微笑ましく感じているなどと、当のリサは思いもしない。
「今から俺たちが、生命維持度ゼロに挑む、って話だ」
「ゼロ(腑抜け)にならないようにね」
「もう、全部ドラグゥン・ジャーゴン(業界隠用語)なの・・・? 解んないよぉ・・・!」
説明にもならないアディの茶化し言葉に、勿論ユーマが突っ込んで、さらに理解不能に陥ったリサがぶう垂れる。
「リサ、お別れのキスはしたか? 次に会うときは首から上が無いかも知れないからな」
「え・・・? やっぱり、そんなに危険なの?」
ジィクの酷く真面目な声音に、リサが咄嗟に素に戻る。
「んな訳ゃ無いだろ。単に重力に引かれて落ちるだけだ」
呆れたようなアディの声に、カカカカとジィクの笑い声が途切れ途切れに交じる。
「駄目よ、ジィク。ミャオ・イコーナ(看板娘)は、割と緊張してるんだから」
ユーマのその言葉を聞いて、リサが思わずドキッとした。
“ちゃんと見抜かれてる・・・!”
誰も見ていないのだが、リサは口をヘの字に曲げてばつの悪い顔をした。
「ああ、悪い、悪い」だがジィクが、とても素直な調子で声を掛けて来た。「ひと仕事経験したら、ちゃんと話に付いて行けるようになるさ」
こう言う場面では、ジィクは決して居丈高な態度に出たり、突き放したりするような冷たい言い方をしない。ちゃんと相手を見て感じて、話し振りを変える。
「これって、そう言う問題?」ユーマが、いかにも緊張感無さ気な横槍を入れる。「単なる下手物好きの、マニアックな会話じゃないの?」
「俺たちのような、“スーパーな”国際救助隊には必要な会話なのさ」
そのアディの何気ない言葉に、リサは心中で深く頷いた。
“多分、そうなのだろう──”
馬鹿言って、阿呆にし合い、詰り合っても、揺るぎない信頼感。
いや、逆なのかも知れない。信頼してるからこそ、お互いを突っ込み合えるのだろう。詰るのが目的じゃない──ジィクが素直に謝って来たのが、その証左だ。レギオ(編団)の全員がお互いに敬意を払い合った上で、それを分かり合っているのだ。
「んじゃ、スーパーな国際救助隊の先発、“雷鳥1号”、頼むわよ」
ユーマはアディの肩を軽く叩くと、シーボーズの操縦席に飛び上がった。
「おう」威勢良く返すアディが、バルンガの方を見上げた。「先に行ってるからな、リサ」
「──うん! 待ってて。すぐ行くから」
リサは身を乗り出したまま、思わず手を振った。
「すぐイったら駄目だろう。愛し合うには、たっぷり時間を掛けて、だな──」
「はいはい。あんたは精々、乗物酔いにでも気を付けなさい」ジィクに皆まで言わせず、ユーマがシーボーズを回頭させて離脱コースで送り出す。「んじゃ、ビーチェ、シーボーズの後片づけをお願いね」
どこまでも下半身なやつ、とぼやきながら、アディが車内に姿を消す。
「イエッサー(受命了解)。シーボーズ・アルファのホーミング(自航回送)をリモート・コントロールします」
ベアトリーチェからの通信を聞いたユーマは、背中のマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を噴かせ、バルンガの方へ移動する。その背後で、無人のシーボーズがバーニア(姿勢制御推力器)を噴き、そろりと動き出した。タグトラクタ(空間曳機艇)として運用するシーボーズを、アモンは2艇装載している。それぞれアルファとベータの呼称が付いているが、両艇ともアモンとバルンガからの遠隔操作による飛航が可能だ。
リサが開いておいてくれた、機体左にあるボーディング・ハッチ(乗機口)から、ユーマがバルンガに乗り込む。バルンガのボーディング・ハッチ(乗機口)は、そのままエアロック(気密隔室)になっている。ユーマはマニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)を下ろして、ロンパス(空間作業服)脱ぐと、予め積んであった、銅色のアクセントカラーが入った、いつもの上下アイスシルバー(白銀)のフィジカル・ガーメントに着替えた。
ユーマがウェイトレスネス(無重量環境)の中、コックピット(操縦室)へのバルクヘッド(隔壁扉)を開く。
「・・・リサ、大丈夫?」
振り返るリサの顔を見たユーマの、開口一番だった。
「えッ? そんな酷い顔してる? あたし・・・」
「──ん・・・ちょっとね」
「・・・・・・」
そこへアディの声で通信が入った。
「コントロール、聞こえるか・・・?」
そのアディの声に、リサは改めてフロント・ウィンドウ越しにオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)を見た。先程までアディが姿を見せていたミクラスのキューポラ・ハッチは既に閉じており、ステベ(荷役係)の数も既にまばらで、タイダウン(機材固縛)作業は終わり掛けている。
ユーマは直ぐに察した。
アディの姿が見えなくなったので、リサは自分も気付かぬうちに不安を顔に出していたのだ。
“本当に、アディ想いが強い娘ね”
愉快そうな笑みに、少しばかりの慈しみを混ぜた、ちょっと珍妙な表情を作るユーマに、リサが怪訝な顔をした。
「こちらコントロール、よく聞こえる」
「こっちの準備は全て終了した。いつ放り出してくれても良いぜ」
デッキ(荷甲板)作業従事のステベ(荷役係)と違う、離着を直接管制する支援ステーション内のスタッフの声に、アディの威を張った返事が入る。
「アファマーティヴ(了解)。今からカーゴ・ドアを閉める。以後は逐次連絡を入れるが、キャスト・オフ((離発))は25分後を予定している。以上だ」
「ミクラス、チェック(了解)」
コントロールからの、何かしらの確認の業務通信が飛び交った後、徐らオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の、四方に開いていた搬入用ドアが閉まり始めた。
「アディたち・・・大丈夫だよね?」
少しばかり蒼ざめた顔で、リサがユーマを振り向く。
「──何をそんなに心配しているのよ?」
ユーマは備え付けのドリンク・ホルダーから、ストローのついた無重力用の飲料パックを2つ取り出し、1つをリサの方へ放った。
「10加速ガルだかの重圧が掛かるんでしょ?」回りながら漂ってきた飲料パックを、リサが静かに受け取る。「それにもし、ひっくり返ったりしたら・・・」
「コンマ何秒じゃないの。質量中心の偏位だって、ジィクがちゃんと計算して安全マージンを充分取ってあるし、大体あの2人がそれくらいでくたばると、本気で思ってるの?」
ユーマがその巨躯を、コ・パイ・シート(副操縦席)に押し込ませる。
「ユーマ・・・」
「自分だって必要以上に緊張しているのに、まだアディの事を心配するの? シェモッタ・ロッサ・ベリーナ(可愛い赤のお馬鹿さん)」
ユーマが飲料パックを一吸いしてウィンドウ越しに視線を移す。
オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)の駐機宙域とは反対側、支援ステーション唯一のメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)に、河豚をひっくり返したようなずんぐりした宇宙艇がドッキング(接舷)しようとしていた。当初、アールスフェポリット社側の降下スタッフを乗せて、そのままピュシス・プルシャへ降下する予定だったシャトル(衛星軌道往還機)だ。
乗機しているのはコーニッグを含めたスタッフ16名だが、最終の修正立案通り彼らはこの後シャトルは使わず、バルンガに移乗してリサたちと一緒にピュシス・プルシャへ降下する。
「最終確認終了。投下基準位置まで移動する。キャスト・オフ(離発)20分前」
管制担当からのカウントダウンが入り、オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)がバーニア(姿勢制御推力器)を噴かせて、僅かに移動する。アディたちが乗るオービット・トラック(大気圏内往還運搬機)を、リサが食い入るように見詰めていた。
「こちらミクラス。今のところ異常はないよ」
アディの素っ気無い返事が入る。
リサは何か声を掛けようとしたが、アディたちの方がキツイ役回りをしているのに、甘えちゃいけないという思いから、言葉を噛み殺した。俺たち5人は、何時ものようにやって、何時ものように成功させる。それだけさ──アディの言葉が脳裏を過る。だって、その5人に自分も入っているのだから。
オービット・トラック(大気圏内往還運搬機)は当初の駐機位置から300メートルほど離れながら、さらにバーニア(姿勢制御推力器)を幾つか目まぐるしく噴射させ、ゆっくりと突入角度を作る。
「突入角のフィックス完了。打ち出しデータの修正に問題なし。コース上に障害を認めない。キャスト・オフ(離発)10分前」
不意に管制員のカウントが入る。
リサはストローを唇に当てたまま、ウィンドウ越しにトラック(大気圏内往還運搬機)を凝視して微動だにしない。ユーマはいつの間にかイヤフォンをして、ハンディ・プレーヤで音楽に聴き入っていた。
静寂の時間が過ぎる。
リサは管制とミクラスの通信に耳を澄ますが、時折り入る管制からのルーティン的な伝達事項のみで、特に変わった会話や異状を生じさせている様子は窺えない。そもそもミクラスからの応信がないので、会話がなされていない。
「キャスト・オフ(離発)まで7分」
「ねえ、ユーマ──」
再び入った管制のカウントに、リサはコ・パイ・シート(副操縦席)のユーマを振り向く。
ユーマは目を瞑り、耳をイヤフォンで塞ぎ、身体でリズムを取っている。リサの呼びかけに気付く様子がない。もう一度、リサがユーマを呼ぶ。
「ねえ、ユーマ・・・!」
「・・・!」ようやくリサの声に気が付いたユーマが、イヤフォンを外す。「──何?」
「ねえ、ユーマ、ミクラスから応答がないの。カウントは伝わっている筈なんだけど、アディたち、何も言ってこないの。磁気嵐がまた酷くなって、通信不全って事ないよね?」
「心配性ね、リサも」ユーマが肩を窄めて微笑む。「便りが無いのは良い便り、ってね」
「キャスト・オフ(離発)5分前」
管制からのカウントが入るものの、矢張りミクラスからの反応が無い。ミクラスには、車内のモニタリングシステムを搭載していないので、車内がどうなっているか分からない。さすがにアールスフェポリット社の管制員もおかしいと思ったらしい。
「ミクラス、聞こえていますか?」
問い掛けるが、アディからもジィクからも返事は無い。
★Act.5 白寒の大地へ・4/次Act.5 白寒の大地へ・5
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




