Act.4 酔いどれドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・6
「重粒子ビームのカービン・タイプだから850ミリ切ってて2.8キロ。私より上背もあるから、これくらいは大丈夫じゃない?」ぐっと腰を下ろしたネルガレーテが、ストック(銃床)に頬付けして333(トリプルスリー)イージスを構える。「エネルギー弾は重粒子ビームだから、レーザーに比べると射程は落ちるけど、ストッピング・パワー(抑止力)なら数段上だし」
さあ持ってみて、とネルガレーテがリサに333(トリプルスリー)イージスを手渡す。
受け取ったリサが、一旦前傾姿勢になりながら歩幅を軽く開き、バットストック(台尻)を肩の付け根に押し当て、銃の重きを感じながらゆっくりと銃先を持ち上げる。
「それにシューティング・アシスト・システム(射撃支援装置)で、出力エネルギー量や収束率を変えられて、アクセサリー・レールの付いた専用ハンドガードに交換すると、リンク可能なグレネード・ランチャー(擲弾発射器)が取り付けられて、打撃力もぐんとアップ」
頬付けしてシューティング・アシスト・コンポーネント(射撃支援装置)のレンジ・ファインダー(照準器)を覗き込むリサの耳元で、ネルガレーテが説明の声を上げる。
「シグ社製の中でもエネルギー変換率が良い銃だから、標準エネルギーパックだと連続照射換算で5分は行ける筈。ま、実際、そんなに連続照射しちゃうと、収束バレル(銃身)の方が保たないけどね」
ネルガレーテが、リサの射撃姿勢に改めて感心した。
膝を軽く曲げ腰が落ちて、重心の取り方が良い。スタンスが少し広すぎる気もするが、がっちりと脇を締めハンドガードを持つ左手もがちがちになっていない。首を傾げて照準しておらず、左肩も前を向き、しっかり頬付けも出来ている。
身体能力が高いのは分かっていたが、飲み込みも早くセンスも良い。カラシニコフ教練施設での射撃技能テストの結果以上に、実力と適応力がありそうだ。これならアディやジィクとでも、充分に補い合っていける。
「どう? 気に入った? 扱えそう?」
ネルガレーテの言葉に、リサはふっと息を抜き、肩を落として銃口を下げてレディポジションを取る。リサが少しばかり顔を曇らせ、僅かに顔を伏せた。
「ん・・・?」
予期しなかったリサの反応に、ネルガレーテが訝しむ。
俯くリサは口を真一文字に結び、シグ・333(トリプルスリー)イージスをじっと見つめたままだった。
「どうしたの、リサ・・・?」ネルガレーテは前へ回り込んで、リサの顔を覗き込む。「ひょっとして、怖じ気付いて来た?」
「恐くはないの、全然。アディと一緒だし、今回はジィクやユーマも一緒だから」
ネルガレーテの問い掛けに、顔を上げたリサは嬉しそうに微笑み返し、無言だがしっかりと首を振る。
「だからなのかな、ふと不安になっちゃったの」リサが憂えた表情に顔を曇らせる。「本当の意味で、アディたちと肩を並べて、ミッション(行動計画)に出られるんだけれど・・・」
口籠るリサに、ネルガレーテが鸚鵡返しに尋ね返した。
「──けれど・・・?」
「皆の足を引っ張らないか、あたしの所為で誰かが怪我をしたりしないか、チームワークを乱さないか・・・って」一旦口を開くと、リサは堰を切ったように言葉を繋げた。「こうしてドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に迎えられて、けど実は自分勝手な我が儘を押し通しているだけで、何だか独りはしゃいで、皆に甘えるのが前提になっている気がして・・・」
「リサ・・・」呆れた、と言わんばかりのネルガレーテの口調だった。「教養豊かで勘も良く、分別を弁えた貴女が、そんな風に感じてたの?」
「ネルガレーテは、いえ、皆は、本当はどう感じているのかな、って・・・」
リサが無理矢理浮かべた笑みは、強張って見えた。
「貴女が“甘えてる”と感じているなら、甘えているんでしょうね」ネルガレーテは首を傾げて両肩を聳やかした。「けど、それを誰かが、甘えるな、いい加減にしろ、とでも言った?」
リサは下唇を軽く噛み、無言のままゆっくりと首を横に振った。
「だったら、これからもたっぷり甘えておきなさいな」眉根を寄せたまま小首を傾げ、ネルガレーテは苦笑いした。「彼らは──ああ見えてユーマが一番口さがないけど、本当に疎ましいとか足手纏いだとか感じたら、絶対に黙っていないわ。己の生命さえ託すのよ? 彼らはそんなにお人好しでも、慈愛あるヒューマニストでもないわ」
リサは唇をぎゅっと結び、ネルガレーテの言葉をじっと聞いていた。
「それに、個人のパフォーマンス(能力)とキャパシティ(力量)に差があるのは当然で、だからレギオ(編団)を組むの。私はデューク(頭領)を張っているけれど、だからと言ってユーマのバスター42なんか持ち上げるのが精一杯で、ポジション取ってトリガー(引金)引くなんて、とてもじゃないけど無理」
リサが改めて下唇を噛んだ。頬に可愛い笑窪が浮かぶ。
「土台、私たちグリフィンウッドマックに、チームワークがあるか、と問われても私には答えようがないの。何故なら、これが本当のチームワークだ、って言うものを私は経験したことがないから」ネルガレーテの柿色の瞳が、リサの菖蒲色の瞳を真正面から見据える。「かと言って、仲良しこよしで集まった訳でもないわね」
「──じゃあ、どうして皆は居るの?」
「ん・・・そうねェ・・・本人が此処に居たくって、他のポッセ(面子)もそれを認めてくれているから、かしらね・・・?」
ネルガレーテは小首を傾げた。
「何だか、答えになってないよ、ネルガレーテ」
何故か泣き出しそうな、リサの微笑みだった。
「確かにね」ネルガレーテも微笑み返した。「──けどリサ、貴女は貴女の意志で決断して此処に来た。そしてそれを、レギオ(編団)の皆も自分の意志で認めて、快諾した。そう、快諾したのよ、アディも含めて。だったらそれで良いじゃない。この事実だけで、此処に居る存在理由にはならない?」
「・・・・・・」
「そんな貴女の決断の重さや意志の固さが解らないほど、皆は馬鹿じゃないわ。あのアディだって朴念仁とか唐変木とか言われてるけど、決してナックルヘッド(間抜け)じゃないわよ。皆は──私を含めて、貴女になら背中を預けられる、と思っているわ。それはパフォーマンス(能力)だけを問う単純な問題じゃないの。判るでしょ?」
大きな息を吐き出すと、ネルガレーテは拳を作った両手を腰に当てる。リサが思わず息を詰まらせ、固唾を呑んだ。
「そしてそれで、仮え斃れたとしても、誰も悔いはないのよ。アディ、ユーマ、ジィク、そして私も。だって貴女だって、アディやユーマ、ジィクのために、自分の生命を賭せるのでしょう? だから此処まで来れたのでしょ?」
「ネ・・・ネルガレーテ・・・!」
リサの顔がくしゃくしゃになる。泣いて喜んで、感動して決意して、そして笑みを浮かべる。
「ほらほら泣かないの」
ネルガレーテはリサの右肩に手をそっと置き、リサの抱える重粒子ビーム銃をリサの胸元に押し付けた。
「シグ・333(トリプルスリー)イージス、リサ、これで己の未来を切り開き、アディやユーマ、ジィクと一緒に前に進むのよ」
「うん、ネルガレーテ・・・!」
泣き笑うリサは笑窪を浮かべ、はっきりと頷いた。
「下へ降りたら必ず実感できるわ、皆の本当の素晴らしさを。貴女はそれを目の当たりにして、そして皆は、リサの意志の強さに改めて敬意を払ってくれる筈よ」
ネルガレーテが、銃を抱え両手が塞がったリサの顔を両手で包む。細く伝い落ちた銀の滴を掌で拭い、零れそうになっているリサの眼の涙をそっと拭き取った。
「それに貴女と一緒だと、パフォーマンス(能力)がぐいぐい上がるの、このレギオ(編団)。何と言ってもリサって、私たちのアドレナジック(活性興奮剤)なんだから。特にアディ・ソアラという、テラン(地球人)の唐変木野郎にとっては、ね」
なんとネルガレーテが、ぎこちないウインクをして見せた。ネルガレーテは男は疎か女にすら、他人に対してウインクなどしない。
「それともう1つ、老婆心で」ネルガレーテが柔らかな笑みを浮かべる。「──リサが憂慮している“自分の甘え”と、貴女への接し方から、アディたちが直接感じる“リサの甘え”とは、多分同じじゃないと思うわよ」
「どう言う意味?」
リサは銃のバットストック(台尻)を床に付け、右腿にもたれさせるように立てて持ち、左手の掌と甲を交互にひっくり返しながら、童子のように涙を拭く。
「貴女は、それだけ皆に愛されているって言う事よ」
愉快そうに微笑むネルガレーテに、リサがきょとんとした顔をした。
「解らなければ、自分で感じ取るか、直接聞いてみる事ね。彼らなら、はぐらかさずちゃんと答えてくれるわよ──上手く言葉に出来るかは分からないけど」
* * *
「──なかなか優秀そうじゃないか、その防寒装備」
リサとネルガレーテがメスエリア(会食所)に戻って来た途端、張りのあるジィクの声がした。
「けどユーマ用の、ジャミラ体形に合ったやつが無いんだよ」
「うははは、ビザール(変態奇矯)な宇宙人はお呼びじゃ無い、ってか」
続いてアディの声がスピーカから聞こえ、それにジィクが大笑いしながら返していた。
ジィクはクォンタム・バイオロジカル・コンバーティブル・メタコグニッション(量子変位有機的変換認知機序)のレセプター・パッド(受容器)を、後ろ両首筋に貼り付けている。リードの先は操作端末にあるアナログ・コンバージョン・インターフェイスに繋がっている。
ジィクの目の前のモニターには、何かの目録のような装備アイテムの写真が無数に映り、その横のモニターではアールスフェポリット社の開発基地の見取り図の上から何やらテキストが次々と走っている。どうやらジィクは、下の採鉱支援ステーションに降りた2人と装備品のチェックをしながら、ピュシス・プルシャへの降下プランを練っているようだった。
心配された磁気嵐はすっかり治まったようで、通信品質も安定している。特に惑星上のミッションにおいて通信障害は、致命的な事態を招く要因になりかねない。
「お生憎。ジィク用のコッドピース(股袋)仕立ての防寒具だって無いわよ」
ユーマの尖り声が、横合いから聞こえて来た。どうやら映話通信ではないらしい。
「おう。いつ雪女が襲ってくるとも限らないからな。男の武器は、すぐ取り出せるようにしておかないとな」
「だから、そんなビザール(変態奇矯)仕様は両方とも無いんだよ」
ジィクとユーマの詰り合いに、半ば癇癪を起こしたアディが怒鳴る。
「あ、ビザール(奇矯)って何よ、ビザール(奇矯)って」今度はマイク(送声器)の向こうで、ユーマがアディに噛み付いていた。「あんたまで、ビザール(奇矯)って言わなくたって」
通話の雰囲気的では、向こうのアディとユーマは、1つのマイク(送声器)を奪い合っているようにも感じられる。相変わらずの掛け合い漫才のような遣り取りに、リサがネルガレーテ向かってくすっと声を漏らし、呆れたように嘆息を漏らすネルガレーテが首を竦めた。
「──お、リサ。戻ってきたか」
2人の気配を感じたジィクが、仰け反りながら振り返った。
「それで、良い銃は見繕えたか?」
ジィクの問い掛けに、リサが嬉しそうに無言で頷く。
「ようリサ、気分はどうだ?」
それを聞いていたのか、スピーカにアディの声が入る。
「アディ・・・!」リサは思わずあらぬほうを見上げて声を上げた。「ごめんなさい。何か色々と世話掛けちゃったみたいで」
「ああ、気にしないで良いわよ」返事を返してきたのはユーマだった。「うちのレギオ(編団)、ジャック・アショア(呑んだくれ)には寛容だから」
リサの声がちゃんと拾われて、向こうに届いている。どうやらこちらの集音を、ジィクが気を利かせてラウンド・マイクに切り替えてくれたようだ。
「ユーマ・・・!」
ただそれに声を上げたのは、此方もリサではなくネルガレーテだった。
「それで、何を選んだ?」
「シグ社の重粒子ビーム。ネルガレーテが選んでくれたの・・・!」
然して気にする様子もなく問い掛けて来るアディに、今度はリサが逸るように声を上げた。
「あー、333(トリプルスリー)イージスか。悪くないチョイスだな。リサに合ってるよ」
満面の笑みに笑窪を拵え、嬉しそうに首を竦めたリサが、ネルガレーテと目を合わせた。
「下に降りる際の装備オプションは、プランが決まったらアディが一緒に選んでやって」ネルガレーテも楽しげな声を上げた。「とっても可愛いく見えて、毒牙に掛けようと寄って来る不埒な阿呆を、一発で撃退するのに役立ちそうなやつ」
「何だ、そりゃ?」
思わずアディが、酔狂な声を出した。
「──ネルガレーテ」思い立ったようにリサが、上目遣いにネルガレーテを振り向く。「アディに聞いてみても構わない?」
ネルガレーテが無言で頷く。それにリサが、至極真面目な顔付きで声を上げた。
「備品で毛糸のブルマ、ある? メリヤス(天竺編み)でウエスト58の」
「は?」
さすがのアディも、突拍子もないリサの問いに、ただ唖然と絶句する。
「──聞くって、その事・・・?」
「リサ、あんた、ウエスト58なの・・・!」
ネルガレーテが呆れたように呟き、ユーマが殊更大事のように声を返す。
「リサ、プロポーションは良いのよ」何を今更と言わんばかりに、ネルガレーテが往なすようにさらりと言った。「95、58、90だから」
「バラさないで、ネルガレーテ・・・!」
あたふたするリサが、ネルガレーテ向かって、止めて、と必死に両手を振る。
「何でネルガレーテが、リサのスリーサイズ知ってるのよ?」
「レギュラー・ドレス・システム(通常環境下被着装備)を用意するのに聞いただけよ。何だか覚えやすい数字でしょ」
「いつの間にか、リサもネルガレーテの毒牙に落ちたのかと、焦っちゃったわよ」
「まあ確かに、この95のボインは、イヤらしい目に遭わせたくなるわね」
ふぇぇぇぇぇ、とリサが独り、顔を真っ赤にした。
「複雑な三角関係だな、アディ」
「何の、俺なら100以上あるぞ」
頭の後ろで両手を組み、揶揄するような口調のジィクに、アディが平然と何故か自慢気に返事する。
「あんたのはガチガチの胸板筋肉で、リサのはブルンブルンのボインなの」
「ボインなら、ネルガレーテの方でしょ・・・! どう見たって95は超えてるのに」
歯に衣着せないネルガレーテの毒舌に、リサが半ば投げ遣りに抗弁する。
「惜しいわね。97でした」
「ブルンブルンはどっちなのよ。あたしなんか、可愛い“ポ”インじゃないのぉ!」
「ネルガレーテ、あんた、リサより上背が無いでしょ?」
そんな遣り取りに、抜け目なくユーマが突っ込む。
「そうねぇ、165だったかな」ネルガレーテが真面目な顔してリサを見た。「──リサは170超えてたわね?」
「171」リサが菖蒲色の瞳を真ん丸にする。「ネルガレーテって、凄っごいトランジスタ・グラマー。色気ありすぎ」
「リサはヒップが可愛い過ぎるのよ。激しく腰振って官能的に見せるなら、リサの身長だと92、3はないと」
馬鹿にするのではなく、唆すような、煽るような、ユーマの口調だった。
「だから腰は振らない、ってば・・・!」
再び顔を真っ赤にしたリサが、何故か左腕で胸を覆い、右手をお尻に回して声を上げる。
「色気は女性の武器よ」
「んな事、言ったって──」
しれっと言い放つネルガレーテに、それでもリサが言い返そうとする。
「──お前ら、何の話をしてるんだよ」
堪らず窘めるジィクに、間髪を入れずリサ、ネルガレーテ、ユーマが一斉に声を上げた。
「冷えは女の大敵って話じゃない」
「ボインは女の武器って話よ」
「リサのお尻はちょっと物足りないって話でしょ」
3発同時に喰らっては、さすがのジィクも二の句が継げない。
束の間に、無言が生じる。それを唐突に吹き飛ばしたのは、アディだった。
「おーい、リサ」アディの声は、至極真面目そうだった。「矢っ張り無いってよ。毛糸のブルマ」
「本当に聞いたの?」
呆れた、と言わんばかりに、またネルガレーテが呟いた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




