Act.4 酔いどれドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・5
「だがピュシス・プルシャの磁軸は、地軸と僅かにズレがあるので、地表基地周辺だと太陽は日周運動する。太陽光の入射角が61度から39度の間で変化するので、受ける輻射エネルギー量は日中であっても僅かに変動する」
画面が変わって、自転するピュシス・プルシャの模擬画像が映る。じっと見詰めるネルガレーテとリサが、ジィクの説明に耳を傾ける。
「データによれば、この時季の北半球の地表温度は最高で零下30度、最低で零下45度。大気層の表面温度の割に高いのは、大気圏の構成と濃度に起因するからだろうな」
「割に高い、って・・・!」リサが喫驚した。「最高で零下30度よ、30度!」
「いきなり凍死はしないとは思うけど、結構な気温ね」さすが、と言うべきなのか、ネルガレーテがしれっと言って退ける。「今度は置いてけ堀にはしないわよ。アディたちと一緒に、リサにも下りて貰うから」
「エルサか、雪子姫になっちゃいそう」
「2人とも、毛糸のブルマは穿いてないわね」
ぶう、と頬を膨らませるリサに、ネルガレーテは暖かく微笑み返した。
──それにしても、とネルガレーテは思う。
初めての、本格的な、少々の危険も伴うミッション(行動計画)なのに、リサには怖じ気づく気配が全くない。ちょっと前までは皇室付侍従女御官で、銃器は疎か宇宙艦のドライブ・スティック(操艦桿)すら握った事がない筈なのに。
“さすが、父イェレの血は争えない、って事かしら・・・?”
だとしたら、可愛い顔して中身は想像以上にお転婆な、御侠御寮だ。大体リサの母親ジュリアも、女御長を務める立場なのに、やたらと肝が据わっている。
けど、きっと、それだけじゃない──。
“アディと一緒だから・・・?”
アディと一緒なら火の中、水の中──酔っ払いながらも、そう壮語してたっけ・・・。
そのリサの思いは、偽りでは無いだろう。アディ・ソアラと言う男性は、リサ・ファセリア・テスタロッサと言う1人の女性の裡で、単純な好き嫌いでは量り切れない、絶対無二の存在になっているのだ。世の中のすべてが自分を裏切ったとしても、アディだけは最後の最後まで信じ切るに違いない。ネルガレーテは、そんなアディを異性ながら羨ましいと感じ、同性としてリサをも羨ましく思った。
束の間、考え込む風情を見せたネルガレーテに、リサがその目を覗き込もうとした矢先。
「あ、そうだ・・・!」
リサの視線に気付いたネルガレーテが、誤魔化すように大袈裟に声を上げる。
「──ちょっと一緒にいらっしゃいな」ネルガレーテは振り返りざま、リサの肩をぽんと叩いた。「下に降りるに当たって、リサのデュード(常携銃器)を、今のうちに見繕いましょう」
「デュード?」
小首を傾げるリサに構わず、ネルガレーテが踵を返す。
「ジィク、後は任せたわ。ミュニション・デポ(武装備品庫)へ降りるから」
それだけ言うとネルガレーテは、疾っ疾とキャンティーン(食堂)への階段を上り始める。振り向きもせず手だけを揚げて応えるジィクをチラリ見して、リサが慌ててネルガレーテの後を追う。
機艦アモンのミュニション・デポ(武装備品庫)は、ステア・デッキ(移層区画)から降りた、プライベート・キャビン(個室区画)下の、リザーブ(予備)パーツなどを保管するストレージ・デッキ(機材保管庫)の一角にある。
「デュード、って?」
ミュニション・デポ(武装備品庫)の分厚い扉脇の、壁に設置されたオーブ・ヴァリフィケーション(視感覚器認証)装置を覗き込むネルガレーテに、リサが後ろから声を掛ける。アモン艦内の移動はフリーパスに見えて、常に艦内保安システムによる歩容認証と顔容認証でセキュリティチェックされているのだが、ミュニション・デポ(武装備品庫)に入る場合だけは別途に生体オーブ・ヴァリフィケーション(視感覚器認証)が必要だ。
「個人が常用する携行銃器よ」ネルガレーテの言葉と同時に、分厚い扉が開く。「ここはアディに案内して貰った?」
「ええ。けどチラリと覗いただけ」
「見た通り、此処だけはオーブ・ヴァリフィケーション(視感覚器認証)が要るから気をつけてね。勿論リサの生体データは登録してあるから」
ネルガレーテが歩み入ると、室内の照明が自動点灯して、同時に室内に重力が発生する。
ストレージ・デッキ(機材保管庫)共々、普段はウェイトレスネス(無重量環境)だが、ミュニション・デポ(武装備品庫)のみ、人の在室時に有重量環境に変わる。
「下に降りるに当たって、って言ってたけど、銃火器が必要になりそうなの?」
「まあ、念のため、ってところね」
さあ、とネルガレーテが首を倒してリサを促す。
「あ、ゴーダムを襲って来た連中・・・?」
「リサ、本当に勘が鋭いわね」
入ると直ぐに、レギオ・コンフィギュア(編団成員)用の半円柱した大型プライベート・ロッカーが、背中合わせに並ぶ。実際のストレージ(収納庫)は、その奥に見えているシリンダー・ラック(輪胴式収納架)と、その両壁際にあるシェルフ(荷棚)だ。
「プライベート・ロッカーは、そこのアディの横ね。先に注文しておいた、アーマー・プロテクタ(胸鎧)とハード・ランセル(硬質背鞄)、それにヘルメットとグラブ(手袋)一式は入れてあるから」
ネルガレーテが指差しながら、ロッカー・スペースを通り抜ける。
実際に銃火器を保管しているシリンダー・ラック(輪胴式収納架)は、直径10メートルの環状フレームに、12個のストレージ・コンテナを架装した回転式の格納機だ。言ってみれば観覧車や回転式チキン・ロースター、タワー形パーキングと同じようなもので、長さ3メートル直径1.5メートルの六角柱形コンテナを横倒しに、棺のように架装している。同じシリンダー・ラック(輪胴式収納架)が同軸に5台直列配置され、回転軸芯部にはスキャフォルディング(足場通路)のようなアイル(通路)が通じていて、必要なコンテナが取出位置で静止すると、アイル(通路)に設けられた自走式ローラー・コンベアの上に、折畳みアームによって搬出されて来る。コンテナには主に銃火器の類いやミサイル(誘導推進弾)などのランチャー(射出)兵器、携行可能各種爆薬と信管、雷管などを収納してある。
左舷壁側に設置されたシェルフ(荷棚)はアミュニション・エクスペンダブル・シェルフ(弾薬消耗品収納)、右舷側はウェアリング・エクイップメント・シェルフ(着用装備品収納)になっていて、スタッカー・クレーンでストレージ・コンテナを搬出搬入する。
ネルガレーテは、シリンダー・ラック(輪胴式収納架)手前にあるコンソール(制御卓)の前に立つと、タッチパネルの画面を操作し始めた。ストレージ(収納物)は、在庫品目、入庫日、個数、搬出日、使用期限、保管位置などが全て一元管理されている。勿論、内容はブリッジ(艦橋)でも確認可能だ。デポ(庫内)は常に艦内生命維持システムによってモニターされ、不慮の事態が発生した場合、誘爆の危険性があると判断されるとコンテナ内は不燃発泡剤が充填され、庫室内全体には不活性ガスが充満される。
「さて、スネグーラチカ(氷の孫娘)にはどんな銃がお似合いかしら?」
「ネルガレーテに紹介してもらったカラシニコフの教練施設で、ノンリニア・オプティクス(非線形光電銃)なら長銃も拳銃も扱ったけど、ブレット(物理弾)式は2、3度、しかもハンドガン(拳銃)しか扱ったことがないの」
リサがコンソール(制御卓)脇から、低いガードレールから半身を乗り出して下を覗き込む。
シリンダー・ラック(輪胴式収納架)の下半分が垣間見える。ミュニション・デポ(武装備品庫)は船殻から独立したセミモノコック構造の大きな吹き抜け空間で、最下部がアモン底部からのローディング・デッキ(搬入甲板)になっている。ラックは環状フレームごと回転するが、稼働モータ部は中心軸ではなく、環状フレーム外周にある歯をウォームギアを介して回転させている。
「ならノンリニア・オプティクス・ガン(非線形光電銃)の方が良いかしら?」
「あのね、ネルガレーテ」リサが振り向きざま言った。「皆は・・・」
「あ、そうね」ネルガレーテが頷きながら画面をスクロールさせては、画面をタッチする。「基本装備は、メイン・アーム(常用銃)とサイド・アーム(拳銃)。知っての通り、フィジクス・ブレット・ガン(弾体撃発銃)とノンリニア・オプティカル・ガン(非線形光電銃)の組み合わせなんだけど──」
操作を終えたネルガレーテが、シリンダー・ラック(輪胴式収納架)が作るトンネルのようなアイル(通路)へと歩き出す。アイル(通路)左には膝高のローラー・コンベアが走り、右側には曲線を描く腰高の作業テーブルが設置されている。
「皆の使用銃器を見せるけど、こっちの分は全てストック・スペアね。携行する1挺と、リザーブ(予備)の1挺は、皆さっきのロッカーに入れてるわ」
小さな唸りを上げ、ラック自体がゆっくりと回転し始める。下から上がってきた2つ目のコンテナがネルガレーテの前で停止し、コンテナを左右で支持している折畳みアームが伸長する。コンテナがローラー・コンベアの上に置かれると同時にコンテナの上蓋が開き、ロックを解除したアームがコンテナから外れて戻りながら折り畳まれた。
「先ずはアディのデュード(常用銃器)、ベネリ社の00(ダブルオー)ストライク。で、奥の分がジィクのメイン・アーム、アーマライト社製177デュエルね」
ネルガレーテが開いたコンテナから、よっこらしょとの掛け声と共に、橙色した鍵盤楽器入れのような発泡緩衝材製のケースと、さらに奥にあった同じような黒のケースを取り出した。コンテナの中は2段構造になっていて、下段にも同じ色の発泡緩衝材製ケースが、きれいに並べ置かれている。ネルガレーテは取り出した橙と黒の2つのケースを重ねて抱え、ローラー・コンベアとは通路反対側のテーブルへ、放り出すようにドンと置いた。
「どっちもフィジクス・ブレット・ガン(弾体撃発銃)なんだけど、アディの00(ダブルオー)ストライクは、ライフリング(施条)のないスムーズボア(滑面銃腔)タイプね」
ネルガレーテは橙の発泡緩衝材の箱を開き、数箇所に挟んであった緩衝ジェルパックを取り除くと、グリップ(銃把)がストック(銃床)と一体になったグリップストック型の銃を取り上げた。
「弾はシェル(弾装包)と言って、ここから装填するの──」ネルガレーテは抱えた銃を裏返し、箱形の武骨なレシーバー(機関部)底部にあるローディング・ポート(挿弾孔)の蓋のようなエレベータを、親指でぱたぱたと2度3度と押し込んで見せた。「番径さえ合えばペレット(散弾)、エクスプロシヴ(炸薬弾)、覆筒フィンスタビライズド・アーマー・ピアシング(翼安定徹甲弾)なんかの多彩な弾種を運用できるのよ」
さらにネルガレーテはストック(台尻)を小脇に抱え込み、バレル(銃身)下の木製のフォアエンドを左手で握ると、レシーバー(機関部)後端にあるセイフティを外した。
「バレル(銃身)下のフォアエンドのある先台部分が固定マガジン(弾倉)で、シェル(弾装包)を前傾した縦並びのスタッキング式で16発、それを俗に言うポンプ・アクションで──」ネルガレーテが閉めた脇で銃をがっちり抱え、勢いよくフォアエンドを後ろにスライドさせ前に戻す。「チャンバー(薬室)にフィーディング(送弾)させるの」
ガチャリとメカニカルな稼働音が立って、レシーバー(機関部)右上部のイジェクション・ポート(排筴口)が開いたが、勿論シェル(弾装包)は入っていないので、排筴はされない。
「手間臭いでしょ? 専用のスピード・ローダーもあるけど意外と邪魔みたいで、アディは滅多に使ってないわね」ネルガレーテはセイフティを戻すと、リサに手渡した。「トリガー・ディスコネクターを解除したら、トリガーを引きっぱなしで連続ファイアリング(撃発)させられるんだけど、リコイル(反動)がかなり大きいし、基本的にスラムファイア(連射)には向かないわね」
「何か、アディっぽい」
リサがスタンスを開いて、肩撃ちに00(ダブルオー)ストライクを構え、レシーバー(機関部)上部に付いたシューティング・アシスト・コンポーネント(射撃支援装置)のレンジ・ファインダー(照準器)を覗き込む。
「リサもそう思う?」含み笑いのネルガレーテが、今度は黒の発泡緩衝材の箱を開く。「ま、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は暴力的、とはよく言われるけど、決して紛争専門の傭兵じゃないし、いつも戦争しに行く訳じゃないからね」
アディの00(ダブルオー)ストライクとほぼ同じ銃長だが、一回り大きなシューティング・アシスト・コンポーネント(射撃支援装置)が付属する、グリップ(銃把)とストック(銃床)が別成形になったハンドガングリップ型の1挺を、ネルガレーテは取り出した。
「これが、ジィクの177デュエル」ネルガレーテが再び銃を構える。「ボア(銃腔)がリニアコイル・ライフリングなので、発射時の反動が小さくて、シューティング・アシスト・システム(射撃支援装置)で銃口初速と弾頭の回転率を制御できる優れ物」
ネルガレーテはリサの抱える00(ダブルオー)ストライクを受け取り、代わりに177デュエルを手渡した。
「レシーバー(機関部)がショルダーストック(銃床)に内蔵されていて、マガジン(弾倉)はここに差し込む」ネルガレーテがアーマライト・177デュエルを裏返した。「グリップ(銃把)のサムホールとスウィングダウン式のバーチカル・フォアグリップはジィクの特注。フロント側のアクセサリー・レールには、大概グレネード・ランチャー(榴弾発射器)をオプション装備してるわね」
「これも何だかジィクらしい」
リサの言葉にネルガレーテは微笑み返すと、後ろを振り返った。いつの間にか別のコンテナが2つ自動搬出されていて、両方ともローラー・コンベアの上で蓋を開けていた。
「あっちのコンテナのやつが、ユーマのプラズマ・キャノン銃、ヘッケラー・アンド・コッホのバスター42」
踵を返すネルガレーテに、リサは177デュエルをテーブルの上に置いてネルガレーテの後を追う。2人して覗き込む蓋の開いた手前のコンテナの中には、先の銃とは違って発泡緩衝材の箱には入っておらず、専用のラックに横置きに乗せられた、厳つい大きな銃器が鎮座していた。
「レーザー銃に比べて火力は段違いに大きいんだけど、大気減衰率が大きいから有効射程距離はレーザー銃の半分もないの」ネルガレーテは取り出そうとせず、そのまま説明を続けた。「大きさは1メートル30センチを超えていて、重量も12キロだったかな。運用上は分隊支援用重火器で、本来は携行して使用する銃器じゃないんだけど、それをにメイン・アームとして常用できるのは、あの体躯のジャミラ人だけね」
ネルガレーテは首を竦めると、乗り上げるようにして手を伸ばし、奥にあった白い発泡緩衝材の箱を取り出して、その場で蓋を開く。
「それでこっちが私のメイン・アーム(常用携行銃器)、ステアー社のブリッツ・アルメゲヴェーア。パルスレーザー銃なんだけど、800ミリを切ってて、2.2キロと軽め」見るからに扱いやすそうな、カービン銃タイプの1挺をネルガレーテが取り上げた。「──お淑やかな私にぴったりでしょ」
ステアー・ブリッツ・アルメゲヴェーアをリサに手渡しながら、ネルガレーテは同じく隣で蓋を開いている別のコンテナの方へ歩み寄った。
「アディもジィクもフィジクス・ブレット・ガン(弾体撃発銃)だし、組む場合を考えたらリサもレーザーか重粒子ビームの方が良いと思うわ」ネルガレーテはコンテナから紫色の発泡緩衝材の箱を引っ張り出した。「デュード(常用銃器)にするフィジクス・ブレット(弾体撃発銃)だと、軒並み3.5キロ前後になっちゃうけど、ノンリニア・オプティクス(非線形光電銃)なら2キロ台だし」
ネルガレーテは箱を抱え、後ろのテーブルの上で蓋を開く。
「シグ・333(トリプルスリー)イージス、これはどう?」
ネルガレーテは箱に納まっていた、スマートなシューティング・アシスト・コンポーネント(射撃支援装置)が付いた、バレル(銃身)を覆うハンドガードも優美な1挺を取り出した。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




