Act.4 酔いどれドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・3
「ヴァンプ(毒婦)と言えば、あのペロリンガ秘書にも気を付けておいた方が良いわね。自分の上司すら、蹴落としてでも伸し上がるタイプよ」
ユーマは少しばかり嫌悪感を込めて言った。
「ジィク・・・ひょれ・・・よく・・・見抜ゅけりゅ・・・84って・・・」
「いや、嘘だよ」頬を赤らめ感心するリサに、ジィクがグラスに口を付け首を軽く竦めて見せた。「多分、81か82」
「正直者の顔をして、ちゃんと裏ではバレない程度に見栄を張る。案外狡猾よ」
「ぱっと見は良い女だが、奴に入れ込むとロクな目に遭わない」
ユーマの露骨な詰りに、ジィクがアディを指差した。
当て擦るようなジィクの言い草に、何を不安に思ったのか、目が半分座り掛けているリサが慌ててアディを振り向く。
「俺は入れ込まない」
「心配しなくたって、アディとは反りが合わないわよ。あの手は」
首を巡らせるリサの気配に、アディはジィクにそっぽ向いて一言の元に一蹴し、ユーマ苦笑しながらリサを宥めるように言った。
「跳ねっ返りが癪に障りそうだけど、まあ問題ないでしょ」4杯目を傾けるネルガレーテは、冗談ではなく大真面目に言った。「直接絡んでくる立場ではなさそうだし、いざとなったらジィクの出番。それこそハニカムタイト・アビュース(亀甲緊縛責め)で、きっちり淪落籠絡させて頂戴」
「おう、あの手の擦れっ枯らしは、ちゃんと調教しておかないと、ベッドの上で爪を立てる」
「あたひはぁ・・・ヒック・・・引っ掻きゃ・・・ないのぉ・・・!」
2杯目の残りをくいっと飲み干したリサが、グラスをカウンターの上に、とんっと置く。
「代わりに尻に敷く、ってか?」ジィクが目を剥いて首を竦める。「──おおパックよ、女王様は朴念仁の虜になっておいでのようだ」
「らからァ、あたしはァ・・・尻になんか・・・敷かないひって・・・言ってる・・・れひょ」少しばかり頭を揺らしながら、リサがその両手でアディの腕を絡め取る。「ジィクの馬鹿」
「──リサ?」
「もう、ろんと来いなの! アディと一緒ならァ・・・火のにゃか、水の中ァ・・・あ!」
思わず振り向いたアディを、リサがぐいっと引っ張り込む。
「ほほう、火責め水責めとはなかなかハードなプレイだな、アディ」
「ジィク、その年中春情頭を一度かち割るぞ」
捩じ曲げて茶化して来るジィクに、アディが照れ隠しでグラスを掴む右の人差し指で刺す。
「おう、プリック(男根)さえ無事なら、頭の1つや2つくれてやるぞ」
「ひょう・・・なの・・・ッ! 決意のオンナにィ・・・怖いものは、にゃい・・・ッ!」
尚更愉快そうにグラスを掲げるジィクに、何故かリサが深く頷く。
「待て待て待て」撓垂れ掛かって、ぐいぐいバストを押し付けてくるリサに、さすがにアディが苦笑する。「リサ、お前酔っ払ってる?」
「良い? ジィク。あたひの・・・言うこと・・・よぉく聞いて・・・ちょおぅだ・・・ヒック!」リサはお構いなしに、少しばかり座った目付きでジィクを見る。「あたしは、軽い女性にゃあ・・・ないの! あたしは乙女なの・・・! せいりゅんなの! 立派なひょりょなの!」
「乙女?」ジィクがアディを見る。
「うむ」アディが小さく頷く。
「清純?」ジィクが今度は、スピーク・イージー(歓談所)を振り返る。
「おそらく」ユーマも大きく頷いた。
「処女?」さらにジィクが、首を巡らす。
「その通り」ネルガレーテが当然と言わんばかりに頷く。
「んで、立派?」最後にジィクが、再びアディを見る。
「ジャック・アショア(呑んだくれ)に論理はない」
アディは再度頷くと、リサにぐいぐい揺すられながらグラスを煽る。
「どこかの宇宙人鬼娘みたいに、酔って電撃を浴びせて来ないだけマシかもね」
ユーマが可笑しそうにアディに言った。
「こりゃ、メルツェーデスと大して変わらないな」アディがそれとなくリサを引き剥がそうと躍起になった。「皇室付女御官だったから、職業的にはいける口かと思っていたんだが」
「何よ・・・ヒック!」座った目付きを吊り上げて、リサが噛み付き掛かった。「姫さまが・・・ろうしたって・・・言うのよ・・・!」
「何? あの皇女──女皇陛下もお酒、駄目なの?」
ネルガレーテが、左下に蠱惑的な白母斑のある唇を、ヘの字に曲げた。
「五十歩百歩、ワイン(葡萄酒)のグラス2杯で白河夜船」
「ひょうひょう」かと思ったら、いきなりリサがウヒャヒャと躁笑した。「姫さま、おヒャケ弱いんらから、飲まひちゃ・・・らめ・・・!」
「アルケラオスの皇室関係者って、皆下戸なの?」
ネルガレーテの呆れ声に、アディは黙って肩を窄めた。
「まずはリサに、レディとしての酔っ払い方を教えないと駄目ね」
「それ、あなたが言う?」
早々と5杯目を注ぐネルガレーテに、今度はユーマが呆れ顔で言った。
「あら、私は乱れないし絡まないわよ」
「そうね、深酒過ぎて、涎垂らして寝るだけだもの」
「オンナの寝相の悪さを口外する輩は、馬に蹴られて死ぬわよ」
意に介さない風情のネルガレーテが、しれっとグラスを煽る。
「だったらもう少し、慎み深く呑みなさいよ」
「そう考えたら、まだリサの方が可愛らしいか」
口を尖らせるユーマに、ジィクが溜め息交じりに顧みる。
リサは既に、アディの肩に顎を乗せ顔を押し付け、睡魔に身を委ねていた。
「とにかく、アディ──」そしてユーマがアディを見遣る。
「お前、尻に敷かれるの、決定」ジィクが指差し言を継ぐ。
何で、とアディが言いかけた矢先、腕の中でぐったりしていたリサが、いきなり口を押さえて嗚咽を漏らした。
「──うう・・・何か・・・気持ち悪い・・・」
「待て待てリサ! ここで吐くな・・・!」スツールから崩れ落ちるリサを、アディが慌てて抱え止めた。「ネルガレーテ、あんた持ってるだろ、酔い醒ましの代謝剤」
良いから早く連れて行ってやれよ、とジィクが手振りした。
口を押さえるリサを、アディは慌ててそのまま両足を抱え上げ、お姫さま抱っこのままギャレー(厨房)へ駆け込み、シンクの前に立たせて背中を擦る。
「アディ、あんたが責任もって、面倒見てあげなさいよ」
ユーマが嘆息交じりに言った。
「ご愁傷さま」
ネルガレーテがスツールから腰を上げ、んじゃあ、私はひとっ風呂浴びてくるから、と言い残して出ていこうとした矢先。
「たった今、アールスフェポリット・コスモス社の、サンドラ・ベネスと名乗るペロリンガ女性が、本艦を訪ねて来ています」
室内のスピーカから、ベアトリーチェの乾いた可愛らしい声が響く。
「あら、案外早かったわね」
残念そうに声を上げたネルガレーテが、壁に浮かび上がる艦内時計に目を遣る。それでもサンドラと別れてから、3時間近くが経っていた。
「思った以上に切れ者だな、彼女」
ジィクが口をヘの字に曲げて、カウンター越しにアディを見る。それにアディが小さく頷いた。
「良いわ、ベアトリーチェ、入れてあげて」
ネルガレーテはあらぬ方向を見遣って声を上げると、イエス・マァム、とベアトリーチェの声が返ってきた。
「んじゃ、あたしが迎えに行くわ」ユーマが徐ら立ち上がる。「──序でに、メディカル・ステーションへ行って、アルコール代謝剤を持って来てあげる」
2分としない間に、メスエリア(会食所)の艦尾側、ステア・デッキ(移層区画)に繋がるバルクヘッド・パス(隔壁通口)が開いた。
さあどうぞ、と後ろから掛けられたユーマの声に押されて、サンドラが入って来る。ユーマはサンドラを促すと、直ぐさまアルコール代謝剤を取りに踵を返した。
ちょうどアディが、リサをお姫さま抱っこでギャレー(厨房)から出てきた時だった。
アディの腕の中で脱力感一杯のリサは、辛うじて薄目が開いているものの焦点が合っていない。頬と言わず顔中が真っ赤なので、ぱっと見た目には高熱に倒れて魘されている美少女風だが、強烈な酒の匂いを纏っているので、泥酔した揚げ句なのは一目瞭然だった。
半円形したスピーク・イージー(歓談所)の弧状側のステップ・ベンチ(段座)の端に、アディがそっとリサを落ち着かせる。大丈夫か、と声を掛けるアディに、リサは可愛らしい顔を顰め、ううっと言う呻きながら小さく頷き返す。
そのアディとリサの一連を、少しばかり重そうなファイルを数冊抱え、ブリーフィング・バッグを手にしたペロリンガ人秘書が、何故か戸口に立ち尽くしたまま口を真一文字に結び、嫌悪するような強烈な目付きで凝視していた。
「こっちに座って、サンドラ」
何時の間にか6杯目を手にしたネルガレーテが、スピーク・イージー(歓談所)から声を掛けた。
一瞬我に返ったような顔をしたサンドラが、何事も無かったかのように背筋を伸ばし、リノリウムの床の上を大股で闊歩して来る。皺くちゃ気味のペパーミントグリーン基調のワンピースは同じだったが、今度のサンドラは濃モスグレイのパンプスに鮮やかなサフランイエローの花柄スカーフを巻いている。バイオレットの髪は丁寧にブラッシングされて整い、捩じって編み込んで纏め上げてあるので、細い襟足が垣間見える。
サンドラは抱えていたファイルをフロア・テーブルに山積みすると、ネルガレーテと正対するように、半円形の直線側ステップ・ベンチ(段座)の真ん中、ギャレー(厨房)を背に座る。その脇からジィクが、スピーク・イージー(歓談所)に下りて来た。ネルガレーテを挟んでアディとは反対側の、弧状ステップ・ベンチ(段座)の端だ。
「──貴女にお伝えした、こっちの報酬要求は、呑んで頂けそうかしら?」
ネルガレーテが雛壇ベンチの中で足を組み、両手で包み込だグラスを膝頭の上に乗せた。
「私の口からは、確約することは出来ません」サンドラが硬い表情でネルガレーテを見返す。「ですがコーニッグからは、ビデオ(記録)メッセージを預かっています。支社の担当役員宛の報告通信です。そちらがお持ちの、虚時空通信回線をお借りしたいと申しております」
「私たちを雇うのは、予算執行の最終権者であるヌヴゥ役員からの裁可待ち、って訳ね」
「ええ、そちらの目論み通り、と言う訳です」
サンドラは、退屈そうに片膝立ててグラスを煽るジィクを、目の端で垣間見る。
「思っていた通り、貴女、話が早くて良さそうね」
髪と同じ白橡色の、キュラソ人特有の顎の産毛を擦りながら、ネルガレーテが含み笑いを浮かべる。
「矢張りそうでしたか・・・」サンドラが小さな嘆息を漏らす。「私を焚き付けていたのですね。迂闊にも、あの時は気付きませんでした」
「──ともかくあなたのボスは、人の懐に平気で手を突っ込むような、破落戸ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を雇わざるを得ない、と判断した訳ね」
その声は、不意にサンドラの頭上から降ってきた。咄嗟にサンドラが振り向く先、何時の間にか戻って来ていたユーマが、サンドラの背後を回ってアディの脇から手を突き出していた。
「──はい、これ。ネルガレーテ愛用のデ・ブース(酔い醒まし)」
アディが礼を言いながらアルコール代謝剤の小瓶を受け取ると、ユーマはその横、ネルガレーテとアディの間に腰を落ち着けた。
リサは時折りはっと目を半開きにしては、すぐ目を閉じて船を漕ぎだす。そんなリサをアディは自分の右肩に寄り掛からせたまま、アルコール代謝剤のスクリューキャップを捩じ切る。半身を捩って自分の胸板にリサをもたれさせると、ほら、酔い醒まし代謝剤だ、と声を掛けながら、あうあう愚痴を口籠るリサの口元に小瓶を付ける。眠い、とぼやくリサが、少しばかり溢しながらも、咽喉を鳴らせて流し込む。ほら、しっかりしろ、とアディが声を掛けた途端、らめ、と言いながら甘えるようにアディの膝枕へと倒れ込む。
早々と寝息を立てるリサにアディが溜め息を吐き、それから正面のジィクを見遣ると、にんまりした顔付きのジィクが、無言でグラスを掲げた。
そんなアディと、特にリサに対して、苛立つように眉根を寄せて渋面を作って見ていたのが、サンドラ・ベネスだった。そのサンドラの態度にネルガレーテも気付いていたが、彼女が2人の何に対してそんなに嫌悪感を感じているのか、いまいち理解できず、ネルガレーテは素知らぬ振りの目の端でサンドラを垣間見ていた。
膝枕に甘えるリサの、巻き上がる癖毛の前髪の乱れを、アディが1、2度指でそっと撫で上げる。それを見ていたサンドラはフンと鼻を鳴らし、徐ら足下に置いてあったブリーフィングバッグを開けた。
「──コーニッグからの通信自体は、時間にして7分ほどです」
取り出したキャリアブル(可搬)メモリディスクとディジタイジンング(近似離隔数値化)・電磁媒体ドキュメント(文書)をテーブルの上に置く。ペロリンガ人のジィク同様、角質化した五指の甲爪を、サンドラはきれいに手入れしてきたのか、マニキュアでつやつやしていた。
「ドキュメント(文書)の方はアグリーメント(仕事)を発注するに当たっての契約内容の雛形です。内容を確認していただくと同時に、ヌヴゥ役員宛てビデオ(記録)通信の付属ドキュメント(文書)として、一緒に通信してもらえますか?」
ユーマが手を伸ばし、ディスクとドキュメント(文書)をネルガレーテの前に押しやる。通信がビデオ(記録)なのは、いくら虚時空通信回線と言えども通信を送ってから返信を受けるまで20時間近く掛かるからだ。さすがにリアルタイムで双方向通信を行うのは、実用に耐えない。
「実に手っ取り早いわ。サンドラ、貴女、想像以上に優秀ね」ネルガレーテはグラスを置くと、ディスクとドキュメント(文書)を両手で引き寄せた。「──で、ミッション(仕事)自体は、現地スタッフの救出と現地調査、で良いのよね?」
「はい。その通りですが、そのミッション(仕事)の契約に付随する条件や条項、万が一の事が起こった場合の補償や訴訟の手続きなどの・・・」
「あ、そんな内容なら、確認は結構よ。屁の突っ張りにならないものは適当で。そのための高いギャランティー(契約報酬)よ」
「・・・・・・」
「但し、現場においては私たちの判断を最優先して貰うし、させて貰うわ」ネルガレーテが畳み掛けるように言った。「それは此方も生命を懸ける代償。現場ではそちらの指示に、100パーセント従えるとは限らない」
「つまり現地の状況次第では、こちらの要求を全て遂行できない、しない場合がある、と理解して良いのですか?」
サンドラが背筋を正しながらも訝った。
「そう。今回のミッション(仕事)の場合、何らかの理由で下のスタッフを救出できない、または搬送できない結果もあるって事」ネルガレーテはバルガ・モカシンを履く両足を組み替えた。「勿論、状況や事情は知らせるけど、そちらが納得するかしないかは考慮しない」
「そちらの行動結果を受け入れろ、と言う事ですね」サンドラは揃えた両足の上で手を組み、前屈みに乗り出すようにして、ネルガレーテを正面から見据えた。「なら、契約に対するそちらの良心的行動の保証は?」
「そんなものは無い」ジィクが木で鼻を括ったように言い切った。「俺たちは良心で行動なんてしない。俺たちに道徳的良心を期待するなら、お門違いだ」
「パクタ・スント・セルウァンダ(合意は守られなければならない)──そのために、あたしたちは危険に飛び込むし、生命を張る」
ユーマの深緑色の目がサンドラを凝視する。
「だけど、あんたたちのために生命は掛けない。唯一、俺たちドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)が生命を張るのは、あんたたちと合意した自分に対してのみだ」
そしてアディがサンドラを僅かに凄むように睨み、膝の上から落ちそうになるリサを引き戻しながら、突っ慳貪に言った。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




