Act.3 採鉱開発基地、応答なし・4
ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)5人が一斉に振り返る先、先程コーニッグがディスプレイ・スクリーンを操作するのに立っていた壁際のコンソール(制御卓)の横に、ペロリンガ人と思しき女が立っていた。恐らくは後ろに見えている、別室に繋がるドアから入って来たに違いない。
「あの、皆さんには、地表基地に降りて戴けるのでしょうか・・・?」
随分とストレートな問い掛けだった。
「・・・・・・」
貴女は誰?──振り返ったネルガレーテが警戒心を抱いたまま、テーブルを挟んで無言で見詰め返す。
「唐突に失礼しました。私、コーニッグの秘書をしております、サンドラ・ベネスです」
身長はネルガレーテと同じくらいだが、全体的に少し華奢だ。普段はきっちりと纏めているであろう、ノーワックスで編み上げただけの肩に届くバイオレットの髪は少し乱れていた。化粧っ気は無いものの、アイビーグレイの目元も涼やかで端正な顔立ちだった。
「ガバナー(堡所長)さえ首を縦に振って頂ければ、仮え火の中、水の中」
ネルガレーテがにこりともせず返事した。
「そう・・・ですか・・・!」
ベネスの、少し変梃しなイントネーションだった。安堵して気が抜けて、どことなく嬉しいような、それでいて決意を感じさせる口振りだった。ベネスはディスプレイ・スクリーンの前を横切り、早足の大股で近づいて来た。
「ガバナー(堡所長)は私が説得します。ですので、皆さまには、是非とも地表基地の異常事態の救難と解明に力を貸して頂きたいのです」
いささか熱を帯びた口調のペロリンガ女性は、年齢なら27、8くらいか。耐窮状態が長かったせいだろう、着ているタイトなペパーミントグリーン基調のワンピースドレスは皺くちゃで、本来ならハイヒールであろう足元は、似付かわしくないゴム底のスニーカーだった。窮苦な状況でなければ、スカーフの一枚も巻いてドレスアップしていたであろう大きな白襟の首元は、余裕の無さを表しているようだ。
「貴女がコーニッグ部長を・・・?」
「ええ、何としても首を縦に振って貰います」
怪訝な顔を見せるネルガレーテに、ペロリンガ人秘書は少し向になった。
「ふーん・・・」ネルガレーテが腰に手を当てて言った。「──1つ聞いて良いかしら?」
サンドラ・ベネスが無言で頷く。
「これは貴女の越権行為? それとも特別な理由があるの?」
「どちらも違います」きっぱりと言い切ったベネスが、やや早口に捲し立てる。「私はただ、こんな辺鄙な惑星で、何もかもが凍てついてしまうような環境で、懸命にプロジェクトを推進していた、基地のスタッフの安否が気掛かりなのです。その上このプロジェクト自体が頓挫しようかという危機的状況に、ガバナー(堡所長)が手を拱いている様にしか見えないのが、牴牾しいのです」
「下のスタッフに、誰か知り合いでも?」
「いえ。お考えのような、私的な感情を抱く人間はいませんわ」
「下衆の勘ぐり、大変失礼しました」
小さく首を振るベネスに、ネルガレーテが素直に頭を下げた。
「皆さんも感じられたとは思いますが──」ベネスは苦笑いしながら一同を見渡した。「上司への誹謗と取って貰っては困るのですが、ボスは何分に慎重過ぎるきらいがあって・・・」
「何時も苛々させられる?」
「あ、いえ、そんなつもりで言ったのでは・・・」
ユーマの容赦ない突っ込みに、ベネスが今度は大仰に首を振った。
「皆さんのような方が、今、此処に来られたのは、天の差配に違いありません。これ以上ない強力な助っ人が、貴重な輜重をちゃんと届けに来てくれたのです。そんな皆さんの力をお借りしないなんて選択、この状況ではあり得ない事です」
「天の差配・・・ね」アディが首を竦めてリサを見る。「初めて言われた」
アディと目を合わせたリサが、無言で微笑み返した。
「もう1つ聞いていいかな? サンドラ」思わせ振りに笑みを浮かべたジィクが、勿体付けるように一呼吸の間を置いた。「──ウエスト57、バストは85って言うところかな?」
「いえ、84です」
顔色一つ変えず、サンドラが淡々と返した。唐突なジィクの相当に破廉恥な、しかも面と向かっての言い草だが、他の誰も、アディさえも注意しようとしなかった事に、リサは改めて、ジィクのこの問いには何か意味があるような気がした。
「成程」ネルガレーテが、妙に納得したように頷いた。「けど請け負うに当たって、此方にも必要なものや調達したい備品があるわ」
「こちらで協力できるものなら何なりと」
「絶対必要なものは、地表基地周囲100キロの詳しい地理データ、ここ半年の気象データとこの先の予報、それに基地施設の配置地図と内部見取り図」ネルガレーテが時折りジィクと頷き合いながら、確認するように言葉を続ける。「あとは地上に降りるに際して、そちらでお持ちの個人用耐寒装備、幾許かお借りできます?」
「分かりました。手配しておきます」
「それと、支社との虚時空通信回線」そして最後に、ネルガレーテが小首を傾げる。「──そちらが要るんじゃないの?」
「要りますね」少し顎を引いたベネスが、事務的に言った。「ボスの性格だと、必ず支社には一報を入れる筈です」
「出世欲は人並み以上なのに、立ち回りの下手な上司に付くと苦労するわね」
「・・・・・・」
嫌味とも同情とも取れるネルガレーテの言葉に、ベネスは口をヘの字にしたまま曖昧な苦笑いで返した。
「通信に関しては、送信状態を確認するためにシステムが機械的にモニターするけど、内容に関してはモニターしないので、念のため」
「結構です」ベネスがネルガレーテ向かって、深く頷いた。「それと、支社への往信は10時間程度掛かるとおっしゃってましたが、どうせリアルタイムで交信出来ないなら、ボスからの送信分はビデオ(録画)で構いませんか?」
「ええ勿論」
「握手を頂けますか?」
サンドラの言葉に、どうぞ、とネルガレーテが手を出す。
「──それでは後ほど、と言って良いのですよね?」
「それは貴女次第」
ネルガレーテが肩を窄めて見せると、サンドラは小さくはっきりと頷いた。
2人が軽く握手をすると、ネルガレーテは踵を返した。先立ったサンドラ・ベネスが、戸口に立ってドアを開く。促されたグリフィンウッドマックの5人が、足早に部屋を後にする。外のロータリーの車寄せではコーニッグの部下が、バッテリーカー(蓄電池車)の脇で送迎のために待っていてくれたが、ネルガレーテはそれを断って自動ナビゲートだけ入力してもらい、前席にネルガレーテとユーマ、後席にアディ、リサ、ジィクが乗り込んだ。
「──あ、そうそうコーニッグ部長にお伝え下さいな」車を出す寸前、ネルガレーテが思い出したようにサンドラに顔を向けた。「ヌヴゥ役員の専権事項扱いして頂けるなら、アールスフェボリット・コスモス社のグループ企業からの、航行用キュール(反応原燃材)の無償提供の優先確約契約と、3年に一度の該当艦船に対するメンテナンス受託契約、該当艦船は私たちの機艦アモンの事で、こちらも無償、これらを企業として永久保証していただいた上で、50億デラス──この条件でも結構、と」
「それは、破格、と言って良いのでしょうか・・・?」
サンドラの、どこか怪しむような訝った口調だった。
「支社のセニョール・ヌヴゥにとっては、ね」
ネルガレーテはそれだけ言い放つと軽く手を上げ、車を出した。
「あのサンドラ・ベネスって女、食えないわね」
ユーマは後ろを横目で見遣りながら、車が角を曲がって見送るサンドラたちの姿が見えなくなると、ぼそりと吐き捨てるように言った。
「腹に一物ありありじゃないか。単なる秘書じゃないな」
ジィクが突き放すように口を添える。
「さっきのペロリンガ人の秘書、ちょっと胡散臭いの?」
「ちょっとどころじゃない。かなり強かな女だ」
尋ねて来るリサに、アディは口をヘの字に曲げて言った。
「こんな辺鄙な惑星、一刻も早く抜け出したいんでしょ。出世欲が強そうだし」
「何でも良いのよ。彼女がコーニッグを焚き付けてくれれば、渡りに船よ」
呆れたようなユーマの言葉に、ネルガレーテが、ふん、と鼻を鳴らす。
「鼻水も凍る惑星に降りる事になるの?」
「十中八九」問い掛けて来るリサに、アディが小さく頷く。「あれでネルガレーテは、もう一押しの仕込みを、上手く終えられた筈だ」
「さっきの遣り取りが、もう一押し?」
ちょっとばかり喫驚するリサに、アディが首を竦めて微笑む。
メイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)に近付くにつれ、人影をちらほらと見掛けるようになり、どことなく忙しない雰囲気が漂って来ていた。グリフィンウッドマックが併航してきたフレーター(貨物船)・バラタックからの輜重物の運び込みが、本格的に始まったのだろう。
5人のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を乗せたバッテリーカー(蓄電池車)は、何人かのスタッフとぶつかりそうになりながら、機艦アモンとの接続ブリッジ(乗船廊橋)口に着いた。
「帰ったわよ、ベアトリーチェ」
ネルガレーテが、口元に上げ寄せたフィジカル・ガーメントの右袖に声を掛ける。
グリフィンウッドマックが採用しているガーメントの右袖プロテクタ表側には、マイク(無線送話器)が付いている。イヤフォン(無線受話器)は、小さな釦ほどの大きさでガード裏側に収納してあり、交信時には耳殻に引っ掛け耳穴に挿し込んで使う。
レギオ(編団)内の交信通話自体は、周波数ホッピングと呼ばれる周波数変更プログラムと暗号モードを変更することで、セキュア通信としての秘匿性を維持している。その使用帯域とホッピング・プログラム、暗号モードは、全てベアトリーチェの一括管理だ。
ウェイトレスネス(無重量環境)のメイティング・ブリッジ(密接乗船廊橋)内を、5人が続いてコンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)に掴まり移動する中、行く先にあるアモンのハッチ(外扉)が開いた。
「こう言う私有の施設は楽で良いな。面倒な上陸申請や審査が無くて」
ジィクが後ろに続くアディに振り向いた。
「鼻がモゲるような悪質な病気を、こっそり持ち込む奴がいるからな」
間にリサを挟んで、殿のアディが声を張り上げる。
「えッ? 鼻が捻折るような病気ってあるの?」
菖蒲色の目を真ん丸にして、リサがアディを見遣る。
「大事なところが溶け落ちて、一生愛し合えない体になるんだと」
「え? ジィクって、そんな可哀想な体なの?」
口をヘの字にして前を向くリサと、後ろを見るジィクの山吹色の目が合った。
「こらこらこら。純真な乙女が、俺を名指しするな。しかも可哀想って、何だよ」
「良かったな、リサ。ジィクはちゃんと認めてくれてるぞ、乙女って」
「アディの唐変木」
リサが強引に身を捩らせて、後ろを振り向きアディに舌を出して見せた。
だが無理な体勢が祟ったのか、コンベイ・ハンガーを掴んでいたリサの右手が離れた。慌てて手を伸ばしたものの、僅かに届かなかった。自走するハンガーに置いて行かれ、ぶう、と独り剥れて漂うリサを、後ろから来たアディが、ドジ、と言いながら、その腰をそっと抱え連れる。
ネルガレーテ、ユーマ、ジィクに続いて、アディから押し出されたリサが、艦内に飛び込む。その後をアディが追って入ると、ドッキング(着埠)用エアロック(気密隔室)のハッチ(外扉)が閉まった。
「何にしても一息入れられる」
エアプルーフ・ボックス(気密区画)からラッタル(梯子階段)を下るジィクが、後ろに続くリサ越しアディに声を掛けた。ここから先はウェイトデッキ(有重力環境階層)になる。
「少し腹が減って来たな。骨休めの幸先に皆で、腹拵えでもするか」
「リサのウエルカム・パーティ(歓迎会)だ。俺が腕を振るってやるぞ。アディも手伝えよ」
その2人の遣り取りにリサが飛び上がって喜んで、先を行くネルガレーテとユーマが目を合わせて微笑んだ。
★Act.3 採鉱開発基地、応答なし・4/次Act.4 酔いどれドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・1
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




