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Act.3 採鉱開発基地、応答なし・3

「──それで、こちらから調査隊とか救難隊は出してないの?」


「いえ・・・はい・・・」ネルガレーテの問いに、コーニッグが力なく言葉を続ける。「正直、どうしたものか迷っていまして・・・」


「前代未聞、面妖奇天烈、怪異超常的過ぎて・・・?」


ユーマの、呆れたような、それでいて誹謗するような口調だった。


「不測の事故に対する救難スキームは、地表基地からの脱出が基本なのです・・・」コーニッグは苦渋の表情で首を振った。「ただそれらしい爆発や異常を検知した訳ではありませんし、そうだったとしても、連絡くらいは出来ようと言うものです」


「調査に応用できる、遠隔操作のモジュール・マシンナリー(機工器械)とか、フィギュア・マシンナリー(人型機工器械)は保有していないのか?」


「地質や鉱脈を探査する機器はあるのですが、基地内部を捜査調査する事態が発生するとは、想定していなかったもので、残念ながら・・・」


「つまりは何かあった場合、基地のスタッフが自発的に自力で脱出しろって事ね」大きな腕を組んだユーマは、批判めいた口調だった。「堅実な企業に見えるけど、現場には少し冷た過ぎやしない? もっとも下は、もっと冷たいでしょうけど」


「今から支社に要請しても、時間が掛かり過ぎるな」


「それに、次も今回のようにちゃんと此方(こっち)に着けるか、それも心配しないと、ね」


アディが態とらしく首を振り、ユーマが口をヘの字に曲げて言った。


「あまり大掛かりなフェイル・セーフ(安全確保機能)を盛り込んでプロジェクトを組み上げると、予算が掛かる上にリスク分析で良い評価を得られないもので・・・」しどろもどろに答えるコーニッグは、問い詰められた小心者のようだった。「それに万が一、未知の伝染病だったとしたら、この今の逼迫したステーションの状況では、とても受け入れが可能とは言えないのです」


「フェイル・セーフ(安全確保機能)ね」ジィクが鼻であしらった。「ものは言い様だな」


「話はお聞きしましたし、実状も概略は把握しました」胡桃(くるみ)色の肌をしたキュラソ人デューク(頭領)が、その柿色の瞳で凝視した。「──それで、ガバナー(堡所長)、私たちはお話しをお聞きすれば良いだけですか・・・?」


「いえ、それは・・・」


思わずゴース人のガバナー(堡所長)が言い淀む。


この辺りが、そのままコーニッグの不甲斐なさを露呈していた。


「この御方(おかた)、あたしたちに降りて見て来て欲しい、って思っているんじゃないの?」ユーマは大きな両肩を(すぼ)め、まるで他人事のように言った。「27名のスタッフの安否を確認し、必要ならば救出し、可能なら原因の探求までを依頼したいのよね?」


「おや、そうですの? コーニッグ部長」


「・・・・・・」


ユーマの態とらしい助け船を、ネルガレーテがしれっと引き寄せる。無論ネルガレーテだとて、コーニッグが何を期待しているかは百も承知だ。ユーマの見事な合いの手に機先を制されたコーニッグは、あっと言う間に差配を握られて分が悪いどころか、追い詰められてさえいる。


「ジィク、次の予定は山羊座宙域のラオコーンだったわよね?」


「余裕があるって程じゃあないが、10日は空いてる」


振り返りもせずに問うたネルガレーテに、ジィクが慮ったように答える。


「あら、なんて都合の良い」肘掛けに肘を付いた左手で頬杖を突いたネルガレーテが、品定めするような目付きでコーニッグを見やる。「それで、トレモイユ支社の、ヌヴゥとか言う役員には連絡しました?」


「現状の報告と言う形で、6時間ほど前に入れましたが、支社が知るにはまだ少し時間が掛かるかと・・・」


「ああ、超対称性光子通信か。そりゃ向こうが受信するまでには、まだ20日ほど掛かるな」


突っ慳貪なネルガレーテの言い草に、困り顔のコーニッグが歯切れ悪く答えると、ジィクが他人事のように呟いた。


「けど、まあ言い辛いわよねえ」


気味悪いほど柔らかい口調のネルガレーテが、一呼吸置いたかと思ったら何の躊躇(ためら)いもなくあっさりと言って退ける。


「──不測の事態に陥った地表基地の救難のために、270億ガイア払ってドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を雇います、なんて」


ネルガレーテの見事な先制ストレート・パンチに、サテライト・ガバナー(堡所長)は口をあんぐり開けたまま固まった。


ジィクは薄笑みを浮かべたまま、椅子に斜に(もた)れ掛かって肩を震わせ、ユーマはと言えば、天を仰いで素知らぬ顔付きをしているが、内心では成り行きを楽しんでいる風だ。そしてリサは、丸くした菖蒲(あやめ)色の目でアディを振り向くと、アディは横目でちらりとリサを見遣り、無言で口角を上げて見せた。


「そ・・・その・・・聞き間違いかも知れませんが、270億と言われましたか・・・?」


「確かに270億ガイア、決して2700億の言い間違いではありませんわ。お安いでしょう?」


搾り出すように声を上げるコーニッグに、白橡(しろつるばみ)色の髪を軽く掻き上げ、最高の愛想笑いを見せるネルガレーテは、まさに胡桃(くるみ)色したクールビューティそのものだった。


「いや、その270億とは・・・」目を泳がせるコーニッグは、動揺を隠せない。「その、相場とか、コストパフォーマンスとか、その辺りの感覚がどうも、その・・・」


貴方(あなた)がたと違う、と?」


「ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)への依頼には、それなりのギャランティー(契約報酬)が必要なのは承知しています。が、それでも270億、しかもガイアで、とは・・・」


「おやま、コーニッグ部長の一存では扱えない額でしたか?」


さすがに血相を変えて食い下がるコーニッグに、ネルガレーテが煽るように言った。


「その金額、あまりにも箆棒(べらぼう)だとはお思いになりませんか?」


箆棒(べらぼう)って言葉、なかなか良い響きですわ。気に入りましたよ、ガバナー(堡所長)」


立て板に水、コーニッグのしどろもどろな抵抗をいとも易く聞き流し、ネルガレーテが容赦なく打ち返す。あざといネルガレーテの言い草は、相手の思いきりの悪さに付け込んで、完全に足元を見透かしてさえいる。


「──セザンヌ太陽系第7惑星ピュシス・プルシャ。直径1万500キロ、自転周期は38時間で地表の平均気圧は平均880ヘクト、計測基準重力0.98ガル、大気成分は炭素系生命体が活動可能な許容範囲内だけど、近日点での全球平均表面温度が零下45度、遠日点では零下180度まで下がる、全球ほぼ極寒」小首を傾げたネルガレーテが、半眼のまま笑みを零す。「──でしたっけ? サテライト・ガバナー(堡所長)」


「──35億ガウス・・・!」怒り出すことも出来ないサテライト・ガバナー(堡所長)は、すっかり余裕を失くしていた。「35億ガウスで、首を縦に振って貰えませんか・・・!」


「こんな鼻水も凍る惑星(ほし)、我々も無理して降りたくはありませんもの」


「次年度の予算枠でなら、あと105億は上乗せできます」


「私たちドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)をお雇いになるなら、きっちり腹を括って頂かないと」ネルガレーテが態とらしく足を組み替える。「──そのお覚悟の値段ですわ」


「覚悟・・・? それはどういう意味です?」


「まあ、お節介な親切心から出た言葉です。気になるなら、支社のセニョール・ヌヴゥと直接お話になれば?」


「話すと言っても、往信に600時間以上掛かるんですよ・・・! 支社からの返事を受け取るまでなら、1200時間、50日以上費やされてしまう! それを承知でおっしゃっているのですか!」


「それなら私たちの装備している、虚時空通信の回線をお貸ししましょうか?」ネルガレーテがぬけぬけと言い放った。「ジィク、通信でのタイムラグ(送達遅延)って7、8時間ってところよね?」


「トレモイユ支社だろ?」答えるジィクは、明白(あからさま)に笑いを噛み殺していた。「あそこは太陽系外縁にタキオン・インクライン・ゲート(虚時空閘門)が通じてる。タイムラグ(送達遅延)はほぼ、そのゲート設備の恒星間通信トランスポンダからの内洋通波時間だけだ。往信なら支社は10時間足らずで受け取れる」


「ですって、部長」ネルガレーテが大仰に微笑んで見せた。「──勿論、回線使用料は御負けしておきますけど?」


「ミズ・デューク(頭領)、いやドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の皆さん」コーニッグは皆を見渡した。「皆さんはどうなんです? 合わせて140億、これは不当に低い金額ですか?」


「いいえ、決して低くなんかないわよ、コーニッグ“指揮官”」


今度はユーマが、冷たい態度で茶化して返した。コーニッグがネルガレーテのことを、“ミズ・デューク(頭領)”と呼んだ事への、完全な意趣返しだった。実はグリフィンウッドマック一同との挨拶もまだ済んでいないのだが、コーニッグ自身がそれに全く気付いていない。


「まずは、開発担当の役員に判断して貰ったらいかがかかしら?」立てた人差指を唇に当て、ネルガレーテは小首を傾げた。「彼の権限から見れば、大した内容じゃあ無いでしょう?」


「ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)とは言え、困苦に付け込んで、少し因業過ぎはしませんか・・・?」


「一言言っておきますわ、ガバナー(堡所長)」


すっくと立ち上がったネルガレーテが、柿色の瞳でコーニッグを真っ直ぐ見据えた。


「私たちドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は、レンズマン(銀河治安執行官)やサンダーバード(国際救助隊)ではありませんの。ボランティア(公益)やチャリティでドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)をやっている訳ではありませんわ」


コーニッグはネルガレーテより5センチほど上背があるのだが、鬱金のデザインカラーを配した上下アイスシルバー(白銀)のフィジカル・ガーメントを隙なく着込んだドラグゥン・デューク(編団頭領)は威厳に()ちていた。


「ねえ、ガバナー(堡所長)・コーニッグ」ネルガレーテは笑っていなかった。「これは、依頼を断りたいがための難癖ではありませんの」


「・・・・・・」


コーニッグは口を真一文字に結んで眉根を寄せた。


「何が起こっているか分からない状況で、27名のスタッフの安否を確認し、可能ならば救出する。下に降りる者は、危険に(さら)される可能性が大きいのは明白で、しかも事が急を要しているのも明白──だから、此処のスタッフではなく、私たちに依頼なさろうとしているのでしょう?」


ジィクは椅子の中で体を(はす)に構え直し、窮屈そうに巨躯を押し込んでいるユーマが組んだ足を組み替え、アディは背凭(せもた)れに身を預けて腕を組み、リサはアディの横顔越しにネルガレーテを見遣っていた。


「このトラブルを卒無く処理して、開発プロジェクトを軌道に乗せるためにも、貴方(あなた)は私たちを雇いたい。それは部長が、私たちの実力を評価して頂いている証左と受け止めていますが、また同時に、何かあっても所詮は請負のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)、とお考えになっている事も重々承知しています。ですから、それも()み込んで請け負いますのよ」


何かあっても所詮は請負のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)──つまりドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)は飛んで火に入る夏の虫であり、炭坑の金糸雀(カナリヤ)なのだ。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)に何かあっても、アールスフェボリット社にとって直接には痛くも痒くもない、と言う意味に他ならない。


「この開発プロジェクトが成功したなら、貴方(あなた)は素晴らしい実績と共に晴れて本社復帰、後はきっとボードメンバー(取締役)まっしぐらなんじゃないんですの?」ネルガレーテが意味あり気に、やんわりと微笑む。「と同時に、実際の立役者として、“あの”ヌヴゥ氏にだって、少しばかり大きな貸しを作れるんじゃなくて?」


結構本音の部分を突かれているのか、相変わらずコーニッグは口をヘの字に結んだままだが、肩を怒らせて吸い込んだ息を黙って大きく吐き出した。


「心配しなくても、ヌヴゥ氏にはちゃんと理解して貰えますよ。どう考えても予測不能な事態ですし、管理者としてコーニッグ部長に非があるとは思えませんわ。今のうちに対処すれば、経歴が傷つくことは無いでしょうが、手遅れになるとそれこそ部長の本社復帰も危なくなくなるのではありません事?」


ネルガレーテが畳み掛けるように、言葉の機関銃を浴びせる。(うつむ)き加減になったコーニッグは、微かに頬を引き攣らせていた。


「──差し出がましいようですが、何なら私からも口添えして差し上げあげましょうか?」


「も、もう結構・・・!」堪らず声を上げたコーニッグは、どうして良いか分からないほど明白(あからさま)に混乱していた。「何にしても時間を貰いたい」


「もちろん結構ですわ」更にネルガレーテが、飛び切りの笑顔で頷いた。「私たちは自分たちの(ふね)に戻らせて頂きます。出港準備が終わったら、また連絡しますわ。それまでは、(しば)しアンカリング(投錨)させていただきますね」


ネルガレーテの言葉を最後まで聞かず、その背後を苦虫を噛み潰したような表情のコーニッグがそそくさと通り過ぎる。リサ以外のドラグゥン3人が一様に肩を小さく震わせて、笑いを噛み殺していた。


「──さてオプス(仕事)も一段落したし、私たちも戻りましょ」


何やらぶつくさ独り言を漏らしながら出ていくサテライト・ガバナー(堡所長)の、しわくちゃなシャツの背中を見送ると、ネルガレーテが(やお)ら腰を上げた。


「ちょっとしたティー・タイムが取れるわ」


釣られるようにユーマが、腕を上げて(からだ)を解しながら椅子を抜け出す。


「ねえ」立ち上がるアディを見て、リサも続いて身を起こす。「今、依頼されたアグレッション(仕事)って、結局断るの?」


「いや」アディが勿体付けるように小さく(わら)う。「多分、ネルガレーテは受けるつもりだし、多分そうなる」


「ネルガレーテは、ちゃんと仕込みを終えたからな」ジィクが半身を捻って振り向いた。「急がば回れ、ってやつだ」


「さっきの遣り取りで?」


ジィクに振り向いたリサに、後ろからユーマが言葉を掛ける。


「それに今回は、リサのヴァージン・デューティ(初仕事)って事で、次のアンダーテイキング(仕事)まで具合良く、充分な時間を取ってあったからね」


「スケジュールに妙な間があったのは、そう言う訳か」口をヘの字に曲げたアディがリサを見て、ユーマを(なじ)った。「(はな)から、リサが来るのを前提にしていたんだな」


リサは申し訳なさそうに首を(すく)め、ユーマが可笑しそうに深緑色の目を細めると、ジィクは悪びれる様子もなく(とぼ)けた顔を見せた。アディが苦笑しながら、このペテン師どもが、と毒突いた矢庭。


「──あの・・・!」


遠慮がちだが、はっきりとした意志を感じさせる声がした。





★Act.3 採鉱開発基地、応答なし・3/次Act.3 採鉱開発基地、応答なし・4

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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