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Act.3 採鉱開発基地、応答なし・2

真ん中に設えられた厚い木合板の大きなテーブルは、緩やかなS字を描き、人工皮革張りの椅子が30脚以上並べられている。一方の壁には窓がはめられており、緩やかな傾斜のステーションの屋根のような上辺が垣間見え、その向こうは宙空間で荷役中のバラタックの船体が見えていた。どうやらこの区画は、ステーションのほぼ最上層にあたるらしい。


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)一同は、入り口から一番奥手のテーブル最前に案内された。コーニッグに促されネルガレーテが腰を落とすと、その横にジィク、そしてユーマ、アディ、リサと並び座った。コーニッグ自らは5人の正面ではなく、角を挟んだ斜向かいに腰を落とした。


「本来ならウエルカム・ドリンクの1杯もお出ししたいところですが、何分・・・」


「ああ、気になさらないで。それを解消するために、私たちが運び込んだんですもの」ネルガレーテの強烈な作り笑顔が炸裂した。「──じゃあ、ジィク」


ネルガレーテの横に座る、紺青(こんじょう)色の長い髪をしたペロリンガ人が、ブリーフケースをテーブルの上に乗せると鞄を開いた。


「ちゃっちゃと済ませちゃいましょう。渇望の輜重(しちょう)が届いたんですもの、ガバナー(堡所長)も忙しいでしょうから」


ネルガレーテがジィクからホルダーとペンを受け取ると、中を開いてちらりと確認してからホルダー表紙を返して書面を開き出し、コーニッグの方へくるっと回して押しやった。そのペーパー・ライティング・ドキュメント(紙筆書式)に、コーニッグが少しばかり目を丸くする。アールスフェボリット社の規模でコーニッグの立場だと、ペーパー・ライティング・ドキュメント(紙筆文書)など目にする事などほぼ無い筈だ。


「恐縮です」


それでもコーニッグは、特に(てら)うこともなく、数枚の書面をめくったものの中身に目を通すこともなく、最終ページにさらさらとサインした。


「──さて、これで私たちはお役御免と言うところですわ」


サインアップされた書式を満足そうに眺めて、ネルガレーテがジィクに手渡す。


「それではガバナー(堡所長)、お約束通り少しばかりの休息を頂いて、我々のような無頼漢はお邪魔でしょうから、早々にお(いとま)させていただくとしましょう」


ネルガレーテが立ち上がり、踵を返した途端だった。


「ああ、デューク(頭領)・ネルガレーテ──」


釣られ縋るように、コーニッグが立ち上がる。


「なんでしょう・・・?」


にっこり笑ったネルガレーテが、半身を捩って振り返った。


アイスシルバー(白銀)のフィジカル・ガーメントの、押し潰されたバストラインがグラマラスさを強調する。普段ならどんな男もイチコロな悩殺ポーズだが、当のコーニッグは余程に焦っているのか、どこか(そぞ)ろで気付いていない。


「その、私は、私どもは、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の方々とお会いするのは初めてなのですが、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)と呼ばれる方々は、直に仕事を依頼して直ぐその場で受けて頂けるものなのでしょうか・・・?」


(へりくだ)っているが、このゴース人は見た目ほどに軽い立場ではない。


ヌヴゥ役員の言質からも、ここ惑星ピュシス・プルシャ開発自体が、惑星探査・資源開発では中堅ながら名を馳せるアールスフェボリット・コスモ社にあって、とても重要なプロジェクトだと察せられる。サテライト・ガバナー(堡所長)は、その現場における総責任者だ。しかも限られたスペースのステーション内において、1区画を丸々専用に給される待遇からも、その重責を担うコーニッグが、相当な権限を持っている立場の人間なのは明白だった。


「ええ、内容とスケジュールさえ合えば」


向き直ったネルガレーテが、上体を少しばかり反らせて胸を張り、小首を傾げる。


「そう、ですか・・・」


ほっと安堵しながらも、言おうか言うまいか、コーニッグが露骨に逡巡する。演技が出来るタイプには思えないので、本当に考えを巡らせているのだろう。


「──何か、依頼事でも・・・?」そんな言い辛そうな中年男に、ネルガレーテが1歩2歩と近づいて、柔らかい口調でそっと囁く。「ご内儀の浮気調査だけは守備範囲外ですけど」


「あ、いや、その・・・」


目を落ち着き無く泳がせるコーニッグに、さあ、何なりと言ってみて──とネルガレーテの柿色の瞳が、真っ直ぐ見詰め返す。


「──到着されて一服して頂く間も無くて申し訳ないのですが、是非とも依頼を、いえ話だけでも聞いて貰えないでしょうか・・・?」


なかなかに前置きを置いて行くコーニッグに、ネルガレーテは内心苛立っていたが、そんなことは噫気(おくび)にも出さず、噛んで含めるように話し掛けた。


「私たちでお役に立てることがありそうですか・・・?」


コーニッグからの契約依頼の臭いを、ネルガレーテが敏感に嗅ぎ取ったのを、他のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)4人はデューク(頭領)のその態度からありありと察していた。こう言うところは、ネルガレーテは実に鼻が利く。そしてその利き鼻は、ほぼ外れない。


「是非にも・・・!」


ネルガレーテの誘い水に、コーニッグが渡りに船とばかりに上げた声は、少しばかり上擦ってさえいた。まるで餌に喰い付いた魚だった。


「何かとっても緊急事態な事のようですわね」


再び腰を落ち着けたネルガレーテが、深刻さを煽るように態と勿体付ける。釣り人ネルガレーテは感じた当たりに、慎重に釣り糸を手繰り寄せ始めた。


「──デューク(頭領)、我々がここピュシス・プルシャの開発を担っているのは、ご存知ですよね・・・?」


コーニッグの姿勢が、心なしか前のめりになる。この瞬間、魚は釣り上がった。


「どうぞ、ネルガレーテで結構ですわ、ガバナー(堡所長)」少しばかり身を捩ったネルガレーテが、突っ立つコーニッグを見上げて微笑んだ。「──と言っても、聞き知っているのはそれだけで、後は殆ど」


「そうですか・・・」


コーニッグは小さく頷くと踵を返して、壁際に置かれたコンソール(制御卓)に歩み寄った。だがその表情は落胆というより、安堵している顔付きだった。


「それでは少し退屈とは思いますが、我々の開発概要を知っていただけますか? マーケティング用なので少々宣伝臭いですが」


正面の壁がせり下がり、プレゼンテーション用のディスプレイ・スクリーンが現れ、室内が若干暗くなった。スクリーンは映像を流し始め、コーニッグが合間に解説を入れる。





確かに内容自体は、アールスフェボリット・コスモス社の概要と、このピュシス・プルシャ開発が、社の一大戦略の中心位置を占めるものである、といったパブリシティ向けの内容だった。


天秤座宙域辺境にあるセザンヌ太陽系第7惑星ピュシス・プルシャで、アールスフェボリット・コスモス社が狙っているのは、地殻表層のリソスフェア(弾性固岩圏)にあるジオ・プレーン(地質学的不連続面)の付近に横たわるタンタライト鉱床だ。特にタンタライト180と呼ばれる鉱石は、タンタル核異性体を多く含んだ鉱物資源で、その鉱石に含まれるタンタル180核異性体は、超光速航法である超対称性場推進の起動誘因素材である、トホロシカル対称性可遷移相体が製造できる唯一の素材だ。それと同時に、宇宙船内の重力環境維持にも応用されている鉱物資源でもある。


事前調査でタンタライト鉱床を確認したアールスフェボリット・コスモス社はピュシス・プルシャに対し、約7年前に開発を決定、近日点が近づく時期を見計らい、2年かけてこの軌道ステーションを設置した。そこから更に2年、まだ厳寒が残る環境下、採掘のための地表基地を建設しながら同時に試掘を開始、その上で現在の採鉱方法での商業採鉱を決定。本格的な商業採鉱を開始したのは1年半前だ。


地表開発基地の全容が映り込み、様々な施設や巨大機械が代わる代わるカットインする。開発に関わる困難とスタッフの努力の積み重ねの日々が紹介され、最後はこのような新しい開発に挑み続け、飛躍し続けるアールスフェボリット・コスモス社の、自信と自賛の形容詞で締め括られていた。


「──確かに開発は順調でした」


ビデオ(映像)が終わると、コーニッグはディスプレイ・スクリーンの前に立った。


「試掘の結果、大規模な可採鉱量を確信した私たちは、商業生産移行のために本格的なアプライザル(探掘坑井)を、まさに稼働させ始める直前だったのです」


コーニッグは一旦言葉を切って瞑目し、それから深く息を吸い込むと、緩やかに息を吐き出しながら決意したように、再び喋り出した。コーニッグの説明は、本題に入ろうとしていた。


「──ところが、その肝心な地表基地が、突如として音信不通になってしまったのです」


「音信不通?」


思わずネルガレーテは聞き返した。


「いや、表現としては正しくありませんね」コーニッグは眉根に深い縦皺を寄せ、声を絞り出すように言った。「基地従事職員総勢27人が、居なくなってしまったのです」


「居なくなった・・・?」(いぶか)るネルガレーテが斜に構える。「基地を勝手に放棄した、って事?」


「いえ、そうではありません」コーニッグが力なく首を振る。「本当に忽然と居なくなってしまったのです」

「ガバナー(堡所長)、言ってる意味が飲み込めないんだけど・・・?」


「これを見ていただければ、言っているニュアンスが伝わるかと・・・」コンソール(制御卓)に大股で歩み寄ったコーニッグが、(はや)るように伸ばした手で操作する。「──現在の地表基地内部のライブ・モニター映像です」


ディスプレイ・スクリーンに画像が映る。超広角俯瞰で捉えた画像は、基地内のどこかの大きな一室のようで、手前に大きなテーブルが3つ、奥には大きなカウンターがある。カウンターの奥は照明が消えていてはっきりしないが、何かの機器や機材らしきものが見える。一見すると、素っ気無い社員食堂か殺風景な学食のようだ。ただ人影はない。


「此処、メスエリア(食堂)?」


「何ですって?」


コーニッグが聞き取り辛そうに顔を(しか)めた。


「ああ、ダイニング・ホール(食堂)の事ですわ」ネルガレーテが面白くなさそうに言った。「それで、此処が何か?」


「ずっとこのままなのです」


「何か面妖(おか)しいの? 綺麗に整頓されているじゃない」


ネルガレーテは肩を(すぼ)めて言った。


「正確に言えば130時間前、最後の交信の直後から主星セザンヌからの磁気嵐が酷くなり、モニタリング送信も含めて全ての通信が、110時間あまり不全になっていたのです。それが20時間前にようやく回復したのですが、回復して以降ずっとこの状態のままなのです」


「それって、ここ20時間ほど誰も食事をしに来ない、って言う意味?」


間抜けな質問だとは思ったが、ネルガレーテは口にせずにはいられなかった。


「いえ、それがどうも直近20時間だけではないようなのです」


(しき)りに蟀谷(こめかみ)の辺りを揉みながら、コーニッグは渋面を作った。


「通信が回復しても定時報告も業務日誌通信もないので、少し異常だな、と感じたものですから、基地の状況を調べさせたのです。するとここ20時間あまりだけではなく、磁気嵐で通信不全になる直前の映像と回復した後の映像が全く同じで、何も動いていないのです。人影は勿論の事、椅子や食器さえも」


「は・・・?」


本当に理解しかねたネルガレーテが、尖った耳を一瞬ピクッとさせた。


「通信が回復して以降の画像もチェックさせましたし、今現在もこうして片時も目を離さずモニターしていますが、食堂にも厨房にも人っ子一人姿を見せないのです」


「あ・・・ま・・・」


束の間、返す言葉を失くしたネルガレーテに代わり、ジィクがぼそりと問い掛ける。


「最後に交信したのは何時(いつ)だって・・・?」


「130時間前です」


「通信内容や通信自体に、おかしな点や異常はなかったのか?」


「全く」コーニッグが困惑気味に首を振る。「定時通信は毎日行っていますが、あの日もそれまで同様、採掘の状況と量、稼働の具合などの報告を受けましたが、全くと言って良いほど。それに支社からの補給が滞っているのは、下の基地も分かっていますので、食料在庫などの報告を受けただけです」


「音信不通と言ってたが、電波状況が回復した後は、こちらから連絡はしているんだな?」


「継続的に呼び掛けているのですが、誰も全く応答しないのです」


肩を落としたコーニッグが、紺青(こんじょう)の長髪のペロリンガ人を見やった。


「下の基地の交信用の設備はどこにあるんだ? 別施設か?」


「食堂がある同じセンター・リッジ(管理枢要棟)の最上階、マネージャ・ルームの横です」


「リエゾン(通信担当)は決まっているのか?」


「何ですって?」


「通信係だよ。特定の誰かしか通信機に触れられないとか、操作できない、とか」


「管理と定時報告はサイト・マネージャ(基地長)ですが、機器そのものには誰でも触れます」ゴース人のガバナー(堡所長)は、苦渋の表情で眉根を寄せた。「通信システム自体は常に待機状態の筈ですから、マイク(無線送話器)に呼び掛けさえすれば、システムが音声認識してこちらへ自動送信してくれます」


それを聞いたジィクは腕を組んでうーんと唸り、ユーマはスクリーンを凝視したまま押し黙る。リサはアディを振り返り、アディは小さく首を振って応えた。


「──馬鹿な質問だけど、他に食堂はないのよね?」


僅かな沈黙が流れ、巨躯のジャミラ人が(やお)ら口を開いた。


「管理鉱区面積は大きいのですが、今のところ常駐人数が少ないので、食堂は此処だけです」


ユーマの問いに、コーニッグが力なく頷いた。


「他の場所はモニターしていないのか?」


「そもそもモニター・カメラが設置されているのは、この食堂だけでなのです」もっともなジィクの問いに、コーニッグが小さく(うつむ)く。「個室のあるレジデンス(居住棟)と研究設備のあるラボラトリ(研究屋舎)は別棟ですが、そちらはモニター自体がありません」


「そりゃそうよね・・・」ユーマが溜め息混じりに声を吐き出す。「下のスタッフは囚人じゃないものね」

「まさか、(たち)の悪い土着の伝染性風土病、ってことは・・・?」


「それなら、誰か連絡くらい寄越すだろ? 下に医療関係者が居なくても」


囁くような小声で振り向くリサに、アディは首を(すく)めて見せた。


「一斉に突然死」リサが可愛らしい唇をヘの字に曲げた。「──なんて有り得ないわよね」


「──施設自体の状態はどうなんだ? 例えば生命環境維持関連のシステム稼働具合は? そっちなら数値をモニターしてるだろ」


背凭(せもた)れに斜に寄り掛かり、ジィクがガバナー(堡所長)に問い質した。


「ちゃんと稼働しています。システム自体は正常です。正常すぎるほど正常なんです」


「どう言う意味だ?」


「全く変化がないのです。電力消費や空気汚染度、施設内温度、水質浄化システム、どれをとっても一定で変化がなさ過ぎで、常駐者が活動しているとは思えないのです」


「人間が居る気配が無い、って事か?」


「はい・・・」


不可解な事態を考え(あぐ)たジィクの言葉に、コーニッグが肩を落として頷いた。


「音信不通、しかも唯一の食堂に人気がない、常駐者が活動している様子が無い、となるともう基地内には誰も居ないとしか・・・」


「──となると、基地の外に出た、としか考えられないけど・・・」


「27名全員が? 一時(いっとき)に? 考えられません・・・!」


半ば独り言のようなネルガレーテの声に、コーニッグが大仰に首を振った。


「ちょっとしたミステリーだな、こりゃ」両肩を(すぼ)めたアディが、ぼそりと言った。「見た目が子供で頭脳が大人の名探偵を雇ったほうが良いんじゃないか?」


茶化さないの、と小声で振り向くリサが、アディ向かって下唇を突き出した。





★Act.3 採鉱開発基地、応答なし・2/次Act.3 採鉱開発基地、応答なし・3

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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