表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/127

Act.2 救難の宇宙・6

サバイバー(要救護者)を抱えたアディにリサが付き添い、そのまま艦首方向にあるバルクヘッド(隔壁)を潜って隣のカーゴ・デッキ(貨物庫)へ移動し、そこからステア・デッキ(移層区画)に繋がるリフトに乗った。カーゴ・デッキ(貨物庫)にある人荷兼用リフトはアモン唯一の昇降機で、ステア・デッキ(移層区画)を経由して最下層のグラウンド・ペイロード(陸上機材積載庫)までを縦貫している。フライト・ペイロード(航宙機材積載庫)にはリフトが通じておらず、ラッタル(梯子階段)でしか下層に降りられないのだ。


アディたちがステア・デッキ(移層区画)突き当たりのメディカル・トリートメント・ステーション(救護医療処置室)に着いたとき、ラッタル(梯子階段)を使って先回りしたネルガレーテたち3人が既に待ち受けていた。勿論、サバイバー(要救護者)を発見した時点で、ベアトリーチェには受け入れ準備をさせてある。


バイタル・トリートメント(集中処置)モジュールに寝かせた後、ユーマとネルガレーテがホスピタル・ガウンに着替えさせて、メディカル・ユニットの指示通り、体重に見合う初期電解質補正輸液を打つ。モニターしているバイタル(生体活動情報)を見る限り、心拍数の僅かな低下と脱水症状、軽い意識の混濁があるが、今のところシリアス(重篤)な状態にはない。


そのバド人サバイバー(要救護者)が目覚めたのは、放っておいたバルク・キャリア(一般ばら積み貨物船)バラタックに、アモンが合流した20分後だった。



  * * *



「──気がついた? 気分はどう?」


覗き込むように浅く折った腰に手を当てたネルガレーテが柔和な笑みを浮かべ、ルパス・ガラクト(狼座域標準語)で優しく話し掛けた。


「あ・・・」


バイタル・トリートメント(集中処置)モジュールに横たわるバド人女性は、一瞬顔を(しか)めてから小さな呻きを上げ、(やお)らその瞼を開いた。


「もう大丈夫よ。私たちが救助したの。外傷は見当たらないし、バイタル(生体活動情報)も問題なさそうだけど」


「あ・・・ああ・・・」


重そうに首を巡らせたバド人が、アップルグリーン(青林檎色)の瞳でネルガレーテを見た。少し癖毛で豊かな、肩に掛かるほどの薄桃色の髪が、ベッドの上で(もつ)れていた。


バド人の女性は、ふんわりとした癖毛が頭部全体を豊かに覆う個体が多いので、一見では判り辛いが、頭蓋骨の頭頂中央部が僅かに凹んでいて、後背から見るとハート型に見える。特に男性は、頭髪が谷底部と後頭部に集中する個体が多いので、その頭蓋の特徴がはっきりと分かる。キュラソ人のように尖った耳介上部もバド人の身体的特徴で、肌の色は典型的な赤みがかった紫色だ。ただ目の前のサバイバー(要救護者)は、青林檎色の目がぱっちりしていて睫毛も長くて多いので、バド人にしてはエキゾチック(異系的)で幼く見えた。


貴女(あなた)は、輸送船ゴーダムに乗っていたのよね?」ネルガレーテがゆっくりと、区切るように言った。「アールスフェボリット・コスモス社の社員?」


「いえ・・・違います・・・」


バド人の女の、(かす)れて消え入りそうな声だった。


「かと言って、クルー(船員)にも見えないんだけど・・・」


目の前のネルガレーテとは反対側から声がした。


ベッドの上のバド人の女が、声のした方を横目で見やりながら、力ない動きで首を回す。


人種はばらばらだが、似たようなオンミッション・フォーム(業用行動被服)を着た、癖のありそうな4人が立っている事に気が付いた。バド人の女は一気に浴びた視線に怯えたように一瞬身を(すく)め、声を投げ掛けて来た一際背の高いジャミラ人を見て、ずらっと囲むように並ぶ4人に、落ち着きない目線を巡らせる。


「紹介しておくわね──」


声を失くした彼女の背後から、ネルガレーテが声を掛ける。


「真ん中の一番巨(おお)きなジャミラ人がユーマ・レヴィン、その右横のペロリンガがジィク・ムルシェラゴ、反対の枕元側のテラン(地球人)2人がリサ・テスタロッサとアディ・ソアラよ。そして私はネルガレーテ・シュペールサンク」


「・・・・・・」


「ちなみに言っておくと、私たちはアールスフェボリット社に雇われたドラグゥン・エトランジェ(傭われ宇宙艦乗り)」彼女の猜疑心を察知したネルガレーテが、言葉を足した。「──と言っても、噛み付きゃしないから」


「あ・・・」バド人の女が、泣き出しそうな顔で声を上げる。「私・・・救かった・・・?」


「ええ、そうよ」愛想の良さそうな深緑色の目に笑みを浮かべて、ユーマが声を掛けた。「だから安心して」


その言葉に、バド人の女は深い安堵の溜め息を吐き出した。


「名前を聞いても良いかしら?」


「デルベッシです・・・ミルシュカ・デルベッシ」


ユーマの問いに答えながら、バド人の女が気丈夫そうに身を起こす。


「素敵な名前ね。ルーシュって呼んで良い?」


それに介助の手を差し伸べたユーマに、ミルシュカがちょっと驚いたような表情を見せ、無言で小さく頷いた。どうやらミルシュカは、距離の近い垣根の低いつき合い方に慣れていないようだった。


「咽喉、乾いてない?」


いつの間にかリサが、アイソトニック(等浸透圧)水を容れたディスポーザ(使い捨て)カップを差し出していた。


「あ・・・ありがとう・・・」


半身を起こしたミルシュカは、纏わりつく薄桃の髪に煩わしそうに首を振り、リサからカップを受け取った。


「ゴーダム──貴女(あなた)が乗っていた輸送船で、何があったか話してくれない?」


一呼吸置いてから、ネルガレーテがミルシュカに声を掛けた。


「私も・・・よく解らないんです」


淡黄色の薄いホスピタル・ガウン姿なので、ミルシュカの小振りで華奢な体つきがはっきり分かる。落ち着いた大人のような口調だが、小さな胸は少年のようで、カップに口を付ける仕草から、人見知りだが周りに気を使うタイプではなさそうだった。


「ブリッジ(船橋)を出て直ぐ横にある、休憩スペースに居たんです。ブリッジ(船橋)で通話通信機器をお借りして、大学の研究室へ送信を済ませた後でした」ミルシュカが(うつむ)き加減に顔を曇らせた。「いきなり警報みたいなのが鳴り響いて──」


「ははあ、その時だな、攻撃されたのは」


腕組みして聞いていたアディが、脇のリサに小さく首肯した。


「ブリッジ(船橋)へ戻ろうとしたんですけど、スイッチを押しても入り口が開かなくなって、手で開けようとしても全く駄目で、インカム(艦内通話機)で呼び掛けても反応がなくて、デッキ(区画)に取り残されたんです」


「と言う事は、1発目が、いきなりブリッジ(船橋)を直撃したのか・・・」


それはご愁傷様と言わんばかりに、ジィクが首を(すく)めて見せた。


「ブリッジ(船橋)側壁の穿孔からの急激な空気流出に船内保安システムが作動して、ブリッジ(船橋)へのバルクヘッド・パス(隔壁通口)のロックが掛かったんだ」


「でもアディたちが入ったとき、ロックは掛かっていなかったんでしょ?」


独り言のようなアディの呟きに、リサが小首を傾げて問うた。


「その後の攻撃で電源を喪失した事で、ロックが落ちたんだよ」


アディの説明に、ああ成程、とリサが得心する。


「緊急脱出を勧めるアナウンスが流れたんですけど、周りに誰も居なくて、点灯していた案内表示に従って移動したら、良く判らない場所に出てしまって・・・」ミルシュカは苦々しそうな顔付きをしていた。「警報に急かされた訳じゃないんですけど、ちょっと慌てていたんでしょうね、考えなく脱出を勧める案内に従って小さなドアを潜ったら、あの中だったんです」


「ポッドへの移乗デッキに誘導されたんだな」


アディの言葉にミルシュカが小さく頷く。


「──何か(しくじ)った、と感じた矢先、いきなり大きな揺れに襲われて、中で飛ばされたと思ったら、勝手に扉が閉まっちゃって、慌てて出ようとしたらもう一回、今度はもっと大きな衝撃に、何かにぶつかったような音がして、反対側の壁に飛ばされて、ちょっとの間気を失っちゃったんです」


「ゴーダムのフェルミオン主機が、第2波の直撃でぶっ飛んだのね。それでミルシュカが乗り込んだのを感知していたシステムが、安全確保のためにポッドを自動でベイルアウト(射出)したんだわ」


ユーマが一呼吸置いたところで、その言葉の後を引き継ぐようにジィクが続けて声を上げる。


「ところが運悪く、エンジンが吹っ飛んだ際にアコモディション(乗居区画)を巻き込んで、リリース・シリンダ(射出筒路)が(ひしゃ)げて変形し、射出されたポッドが詰まった──」


「まあ、そんなところでしょうね、あの状況を見る限り」


2人の説明に、ネルガレーテが憂えた表情で溜め息を一つ()いた。


「ポッドに逃げ込んだのは、貴女(あなた)1人?」


ユーマの言葉に力なく頷いたミルシュカが、はっと気が付いたように(おもて)を上げた。


「──あの・・・他の乗組員の方々は・・・?」


恐る恐る5人を見渡すミルシュカに、ネルガレーテが瞑目して首を横に振る。その無言の答えに、そうですか、と消沈の声を漏らしたミルシュカが肩を落とした。


「それでも、貴女(あなた)1人でも救かったのは奇跡に近いわよ」ユーマが強張った笑みを浮かべる。「ゴーダムが難破してから、25日は経ってるもの」


「実際、もう限界でした。諦めかけていたんです。中にあった食料と水は、随分と前に尽きてしまって・・・」


「案外タフだな、ルーシュ、君は」そう言うアディは、至極真顔で言葉を継ぐ。「──それで、頭とかは大丈夫か? イカれてないか?」


「アディ! いきなり何て言い草・・・ッ!」


無遠慮な言葉を投げるアディに、思わずリサが色をなす。ただ当のミルシュカには、アディの言葉は突拍子過ぎたのか、意味が解らない風にキョトンとした顔付きをしていた。


「リサってば・・・」苦笑いを浮かべたユーマが諭すように言った。「アディの言ってるのは、精神的に参っていないか、って言う意味よ。救助されるまでに時間が掛かった場合、トラウマ(心的外傷)を負うことがあるからね」


知らなかった、と小さく肩を(すぼ)めて見せたリサが、アディに向き直ると笑窪を作って頬を膨らませ、可愛らしく口を尖らせる。


「それでもアディ、救かったばかりのルーシュに、言葉が直截すぎ」


「ああ、デリカシーに欠けるってやつだな、悪気は無いんだよ、すまん」


アディは頬を掻きながら、リサに2度3度と小さく首肯して、ミルシュカには両掌を振って見せた。


「──今のところは大丈夫そうです」


ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)連中の遣り取りに、ミルシュカが静かに微笑んだ。


ミルシュカが入り込んだポッドは4人用で、避難ポッドの中では一番小さい部類になる。外形直径3メートルほどの球形体に、電力供給用核融合電磁励起エンジンと環境維持システムを詰め込んでいるので、想像以上に狭い。搭乗ハッチを開いたらすぐ正面に4人分のベッドが立脚し、そのベッドが据え付けられている床壁の裏側が、小さな簡易排泄設備となっている。


定員4人が利用すると閉所感と圧迫感はかなりのもので、不安障害を引き起こしやすい環境には違いない。実際、どんな離船ポッドでも3日以上収容されていると、サバイバー(要救護者)は後日に、鬱病や閉所不安障害、他者近接恐怖症を発症させる率が高い。


「まあ、ずっとレポートに集中していて・・・」


そこまで言って、ミルシュカがはたと言葉を切った。一瞬の間が空いて、一同を見渡したミルシュカが、噛み付くように畳み掛けた。


「──私のレポート・・・! 論文は・・・レポートはどこです・・・?」


「ひょっとして、それの事?」


打って変わって血相を変えて辺りを見渡すミルシュカに、ネルガレーテが脇のワゴンに載った紙片の数枚を見やった。


「──ああ、良かった・・・!」ベッドの上で身を捩ったミルシュカが、精一杯伸ばした腕に指で紙片数枚を手繰り寄せる。「とても独創的で意味深長な切り口を見つけたものですから」


「まさか、ポッド内で黙々と書いてたの? 論文とやらを?」


ユーマが半ば呆れたように腰に手を当てて言った。


「はい。これ以上ないと言うほど集中できたんですよ」記述の中身を確認しながら、ミルシュカは一枚一枚順序を揃えていく。「感覚が、思考が研ぎ澄まされるって言うんですかね、斬新な考え方が次々浮かんできて、もう頭がしっちゃかめっちゃかになり掛けました」


「そっちで、変梃(おか)しくなりそうだったのね・・・」小首を傾げて顎を引いたリサが、理解し難いと言う顔付きをした。「珍しい女性(ひと)


「珍しいのは、リサ、お前も、だ」ジィクが下唇を突き出して、アディを顎で(しゃく)る。「こんな朴念仁のどこが良いんだ?」


「全部」


「・・・・・・」


「ジィクって、意外と馬鹿ね」


間髪入れず表情も変えず言い返して来たリサに、二の句を継ぐタイミングを失したジィクが口を半開きにしたまま固まり、それにユーマが遠慮ない一言突っ込みを入れる。


「──さっき大学って言葉が出たけど、どこかの学生? ミルシュカ、貴女(あなた)は?」


「いえ、アソシエイト(准教授)なんですが、まだ非常勤で教室も持てていないんです」


ネルガレーテの問いに、(うつむ)き加減に小さく首を振るミルシュカに、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)一同が一斉に目を丸くした。幼く見える容貌からは、とても教職に就いているとは思えない。話通りなら実年齢は30歳前後だろうが、愛らしいアップルグリーン(青林檎色)の目元のせいなのか、一見だと学生にしか見えない。


「私は、アールスフェボリット社の依頼で、ピュシス・プルシャに向かうため、あの船舶(ふね)に客員扱いで乗っていたんです」


続けてぼそりと口を開くミルシュカは、そんなドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)連中の驚きに気付いていない。


貴女(あなた)もアールスフェボリット社に雇われてるの?」


ネルガレーテがミルシュカの顔を覗き込むように言った。


「──いえ、正確に言えば、アールスフェボリット社のピュシス開発プロジェクトの外部ブレーンであるトト教授に招聘されて、現地に赴く途中でした」


「アールスフェボリット社のピュシス開発って、そんな学術的な側面があるの?」


「どうなんでしょう・・・?」ミルシュカは手にしたアイソトニック(等浸透圧)水のカップを軽く傾けた。「トト教授の本来のご専門は惑星物理学で、確かに天体環境や有機惑星化学にも造詣の深い(かた)ですが・・・」


「ふーん・・・」ネルガレーテが腑に落ちない風情でこめかみを掻いた。「それで、つかぬ事を聞くけど、船舶(ふね)が襲われた原因って、心当たりある?」


「あれって、矢っ張り襲われたんですか?」ミルシュカがぱっちりした青林檎色の目をさらに見開いて、胡桃(くるみ)色の肌をした女レギオ・デューク(編団頭領)を見やった。「イェーグ(星賊)か何かですか?」


「その口振りじゃあ、ミルシュカには心当たりないのかしら?」ネルガレーテが上目遣いに、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)4人をちらりと見渡した。「何か、こう、重要なものとか、秘密っぽいものを運んでいたとか、耳にした事はない?」


「さあ・・・」ミルシュカが顔容に似合わない、眉間に小さな皴を作った。「クルー(船員)の方々は親切にしてくれたんですけど、どうも雰囲気に馴染めなくて、あまり話をした事がないんです」


「とは言っても、あの輸送船への問答無用の攻撃は、乗っ取りとか強奪とかの様相じゃない。明らかに沈めに来ていたわ」


「そいつらも、ゴーダムのメーデー(救難事態宣言)を傍受したんだろうな」腕を組んで黙って話を聞いていたジィクが、厳しい目付きで声を上げた。「リサが撃退した奴等が、先にゴーダムを襲って大破させた同一犯なら、撃沈し損なったと判断して、改めて(とどめ)を刺しに来たんだ」


「そうなると目的は、エンバケーション(積載物)やフレート(積荷)ではなく、ゴーダムそのものって事になるぞ」アディが口をヘの字に曲げて言った。「完全に撃沈する価値があるのか? 辺鄙(へんぴ)惑星(ほし)へ補給物資を送るだけの、たかが輸送船に?」


「いいえ、過去に消息を絶った、他の輸送船も同じ目に遭っていたとしたら・・・」


噛んで含めるような口調で、ユーマは深緑色の瞳で、同輩のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)を見渡した。


「意図的な戦略的補給路寸断、と言う事になるわね」


作った両拳を腰に当て、ネルガレーテが小さな嘆息を()いた。


「そこまでしてピュシス・プルシャへの補給路を断つ必要って、一体何があるの?」


「真の目的は何であれ、結果的にアールスフェボリット社の開発基地は、一種の兵糧攻めに遭っている」ジィクは酷く真面目な顔付きだった。「まあ、単なる嫌がらせではないな」


「あの意識過剰役員ヴァリモ・ヌヴゥが聞いたら、どう思うかしらね」


「今のところは、私たちの(あずか)り知らぬ事よ。気にしても仕方ないわ」


ユーマが大きな両肩を(すぼ)めて見せると、ネルガレーテは木で鼻を括るように言った。


「──けど、何か嫌な予感がする・・・」


リサが無意識にアディの肘を取った。


「厄介事を背負い込むのは慣れっこさ」アディが(おど)けた風情で首を(すく)める。「その分ネルガレーテがたんまりふんだくれば、ヴェリーライス・ソー・ナイス・ベリー・ヴェリー・スプレンダー(結構毛だらけ猫灰だらけ)」


ノーリスク・ノーリウォード(虎穴に入らずんば虎児を得ず)、と呟き返して来るリサにアディは、いいや、火中で拾った栗を高値で押し売りするギャングだよ、と朗笑し返した。


「──あの・・・私は・・・その・・・」


ミルシュカが不安げな面持ちで、胡桃(くるみ)色の肌をしたドラグゥン・デューク(編団頭領)を振り向く。


「心配しないで。貴女(あなた)を救助した事は、既にアールスフェボリット支社とスザンヌのステーションの両方に一報してあるから」ネルガレーテが緩やかに首を振った。「最後のフェードインをすれば、22時間ほどでピュシス・プルシャのステーションに着くわ」


「フェードイン・・・?」ミルシュカが率然と、興味あり気に目を輝かせた。「この船舶(ふね)って、シュレディンガー・ウォープが出来るんですか?」


「まあ、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)の(ふね)だからね」


苦笑交じりにネルガレーテが肩を(すぼ)めると、ユーマ向かって、彼女にゲストルームを宛行(あてが)って、何か食事でも出してあげて、と言ってから、再びバド人の女を見やった。


「お腹、減ってるでしょ?」


「ありがとうございます」遠慮がちに笑顔を見せるミルシュカは学生のようだった。「あの、シャワーって使えます?」


「良いわよ、ユーマ、案内してあげて」


「あの、それともう1つ」ミルシュカが宙でペンを走らせる仕草を見せる。「筆記用具をお借りできます?」


「空きキャビン(個室)にも、プロセッサ(情報演算処理)端末があるわよ。キャリアブル(可搬)メモリディスクが付いたやつ」呆れ顔でネルガレーテが小首を傾げた。「またレポート?」


ミルシュカは無言で小さく首を(すく)めた。


「んじゃ、いらっしゃい」ユーマがトリートメント(処置)ベッドを回り込んで、ミルシュカに手を差し出す。「先ずキャビン(船室)に案内してから、バスルームね」


ミルシュカは小さく頷くと、気怠そうにベッドを降りて、用意されたスリッパーズ(簡易沓)に足を入れた。ユーマに支えられてメディカル・ステーション(救護医療処置室)を出ていくミルシュカを見送ると、残ったグリフィンウッドマックの4人はお互い顔を見合わせた。





★Act.2 救難の宇宙・6/次Act.3 採鉱開発基地、応答なし・1

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ