Act.2 救難の宇宙・4
「下層にあるアコモディション・デッキ(乗居区画)へのアイル(接合通廊)はあるが、そのまま外に出ちまった」
スラスターを噴かせたアディが、剥き出しになった船橋楼の構造材を掴む。その目の前をジィクがすーっと漂い流れて行った。
「あれま。んじゃ残っているのは、そこのブリッジ(船橋)だけって事?」
「見えるか、ネルガレーテ?」
アディが身を翻し、向きを変えて外を向く。
「暗闇で何も見えないけど、先は外の宙空間?」
「そう言うことだ。肝心のアコモディション(乗居区画)は主機ごと吹っ飛んじまって、今ごろどこかを漂流してるな」
船殻主構造材のメインフレームごと、主機が消失してしまうほどの爆発だ。モノコック構造のアコモディション・デッキ(乗居区画)など一溜まりもない。船橋楼が残っていたのはフレーム構造のお陰だろうが、それでも奇跡に近かった。
「そう、ご苦労様」ネルガレーテの溜め息交じりの声が届く。「セニョール・ヌヴゥの出世の役に立つかは分からないけど、生存者ゼロと報告するしかなさそうね」
「クルー(船員)は何人乗っていたんだ?」
「資料だと14名」
「ランチ(備載艇)も使った形跡はなかったから、逃げる暇もなかったんだな」
「けど、明確な攻撃行動だったとすれば、一体何者が・・・」
とネルガレーテが言いかけた矢庭、ジィクの声が割って入った。
「──アディ・・・!」
どうした、と返しながらスラスターを一吹かしして身を翻すアディに、ジィクがこっちだ、と声を掛ける。アイル(接合通廊)のある反対、左舷側にジィクのロンパス(空間作業服)が放つ照明光が煌めいていた。
「あれだ・・・」
さらにスラスターを噴かせて寄って来るアディを掴み、ジィクが指差す。
バルンガで着船した際には気付かなかったが、船橋楼を支持していたフレーム・コンフィギュア(枠組構造)に沿って、端が砕け千切れたアイル(接合通廊)に似た構造区画があった。区画は強度の薄い筒状をしているらしく、千切れた端のすぐ上部が酷く損傷して、ぐにゃりと変形している。その変形して狭窄した箇所で、引っ掛かって詰まっているようにも見える球状の物体があった。
「避難用の離船ポッド・・・か?」
「──ポッドがある移乗デッキは、船橋楼基部、アコモディション(乗居区画)の上層なんだけど・・・」
アディの独り言のような声に、ネルガレーテがいささか訝った声音で返してきた。
「移乗デッキ自体は損失してるようだ。それらしい構造物はない」ネルガレーテの懐疑に、ジィクが答えるように言った。「離船ポッドだと思うが、リリース・シリンダ(射出経路)の拉げた部分で糞詰まりにあってる」
「誰か使って避難してたの?」それを聞いたネルガレーテが、少しばかり勇み込むように言った。「ポッドのリリース・シリンダ(射出経路)はブリッジ(船橋)の後ろ側にあるようだけど、船外へ打ち出される途中で引っ掛かったのかしら?」
「よく分からないな・・・」煤けたポッド外鈑に触れながら、アディが目を凝らす。「ブースターには噴射したらしき痕があるが、年代物だから単なる汚れかも知れない」
「避難デッキにある訳じゃないところを見ると、ベイルアウト(射出)直後にゴーダムの主機が爆損して、その際にリリース・シリンダ(射出筒路)が拉げて変形して、そこに詰まったんじゃないかな・・・」
船殻上部構造物である擱坐した船橋楼の方を見上げて、ジィクが言った。
「だったら、サバイバー(要救護者)が乗ってる可能性があるんじゃない?」ユーマが声を挟む。「外からじゃ、確認できない?」
「半分がシリンダ(射出筒路)内側に隠れてて、少なくとも目視できる範囲には窓やハッチ(外扉)はない」ジィクが唸るように言った。「何にせよ、一旦引っ張り出してみないと駄目だな、こりゃ」
「マニューバ・ユニット(宙空間作業用推進器)の推力じゃ無理そう?」
「ポッドの自重だけなら運べそうだが、射出された勢いなのかポッドがシリンダ(射出筒路)にがっちり食い込んでる。バルンガで引き抜くしかない」ネルガレーテの言葉にジィクが即答する。「──ユーマ」
聞いているわよ、とジィクに応じたユーマへアディが、バルンガのタイダウン(機材固縛)を外しにそっちへ戻る、と通信を入れ、ジィクにそう合図してからスラスターを噴かせた。10分もしない間に、フレート・コンテナ(個別式貨物庫)の陰から、角張った鯨が小さな羽根を拡げたような銀色の機体が、強烈な作業灯を放ちながら姿を現した。アディはそのバルンガの右スキッド(降着脚)に掴まっていて、肩にはルミネセンス・マーカーの入ったスリング・ベルト(懸吊用索帯)のリール(巻取り)を担いでいる。
「こっちだ、アディ。回収用のシャックル(吊り金具)・ハンガーがある」
ジィクがアディ向かって大きく手振りする。
アディはバルンガ底部にあるスリング・ロード(懸吊空輸)用フックを引き出すと、スリング・ベルト(懸吊用索帯)のリール(巻取り)を担いだまま、バルンガを蹴飛ばしてジィクの方へ漂う。
「大きさは? バルンガに収容できそう?」
ユーマがジィクの目の前で、バルンガを回頭させながら尋ねた。
「目測でも直径3メートルほどの球形だ。いけるだろ」
ジィクはそう答えながら、飛び込んで来るアディを捕まえる。
ポッドを引き抜くだけではなく、ポッド自体をバルンガに収容するのは、中に避難者がいた場合に安全に救護するためだ。
避難離船ポッドの多くがモノコック構造をした円柱もしくは球形で、収容可能人数は4名から10名ほどだ。電力供給用の核融合電磁励起エンジンと通常波通信機、二酸化炭素吸着式の循環型空気清浄機を持ち、通常は最大収容可能人数に対する2、3日分の水と食料を常備してある。
ただ内部にあるのは避難者のバイタルを記録するベッドと簡易排泄設備だけで、エアロック(気密隔室)は装備されておらず、姿勢制御用の推力器すら無い。緊急に逃げ込んだ避難者は大抵、ロンパス(気密与圧服)の類いを着ていないので、その場で搭乗口のハッチ(外扉)を開いてしまうと、生身を宙空間に曝してしまう事になる。
ジィクがスリング・ベルト(懸吊用索帯)の、アイ・スプライス(先端輪状加工)になった一端を、もう一方のアイ・スプライス(先端輪状加工)の輪の内を潜らせて、ポッドのシャックル(吊り金具)・ハンガーにチョーク(通し)掛けにする。ベルト(懸吊用索帯)の先端を引き出しながら、通し掛けされたベルト(懸吊用索帯)の輪を絞って行く。
その先端を引き取ったアディがバルンガ底部に戻り、ベルト(懸吊用索帯)先端のアイ・スプライス(先端輪状加工)をバルンガの後端側にある懸吊用フックに掛けた。
「──良いぞ、ユーマ。慎重にな」
アディの通信を受けたユーマが、慎重にバーニア(姿勢制御推力器)を噴かすと、20メートルのスリング・ベルト(懸吊用索帯)がピンと張って、僅かな抵抗にバルンガの機体が一瞬揺すられる。
「テンション一杯一杯だ」
今度はジィクの声に、ユーマがバーニア(姿勢制御推力器)の噴射を、システムによるプログラム制御に切り替える。噴射速度と噴射時間、間欠噴射の回数が自動で制御され、1秒以下の微妙な弱噴射を間欠連続させるなら、手探りの感覚で行うより正確に実行できる。
「ポッドのモーメント・マス(慣性質量)って、1トンか2トン位しら?」
「まあそんなもんだろ。ポッドの外鈑なんてペラペラだからな」
ユーマが機体底部の監視モニター画像をちらりと見る。作業用の灯火に浮かび上がるジィクが、ベルト(懸吊用索帯)を握りながら、ポッドの表面を無雑作にガンガンと踏ん付けていた。
「ポッドの外鈑、保つかしら?」
そのユーマの言葉と同時に、バルンガのバーニア(姿勢制御推力)が噴射する。バルンガに常備しているスリング・ベルト(懸吊用索帯)の許容荷重は、1本によるチョーク(通し)掛けだと5トンなので充分に耐えられる筈だ。バルンガの機体が再び、強張ったように少しばかり震えた。
「何かギリギリ言ってっぞ」今度はアディが声を上げる。「裂けるんじゃないか?」
アディはゴーダム船体側の、拉げて捻じ曲がったシリンダ(射出筒路)の陰にいた。船体と接触しているので、音が伝わって来ているのだ。
「いっそのこと、反対側のシリンダ(射出筒路)内で爆薬使って、衝撃波で押し出す?」
「──いや、行けそうだ」ベルト(懸吊用索帯)に手を掛けながらポッドの上に立つジィクが、最も厄介そうに食い込んでる箇所を見詰める。「変形してるが、もうちょいだ」
「んじゃ、このままもう1回行くわよ──」
ユーマがバーニア(姿勢制御推力器)のパワー・ペダルを踏み込んだ刹那。
彼方の宇宙空間で、強烈な燿きが見えたと思ったら、次の瞬間には目も眩む火球が大破している宙難輸送船ゴーダムに突き刺さっていた。
「──何ッ? 何なのッ?」
予期しない突然の燦然に、ユーマが目を見張った刹那。
「──抜けたぞ・・・!」
「え・・・ッ?」
ジィクの怒鳴り声と同時に、いきなりバルンガの機体が吹っ飛ぶように弾ける。
一驚するユーマが反射的にスティック(操縦桿)を操り、ブースト・ペダルをちょこちょこと踏み変えて、糸が切れた凧のようになった機体姿勢を制御しに掛かる。ポッドが抜けたのなら、その反動でポッドが自機の方に向かってくる虞があるからだ。
スティック(操縦桿)を握るユーマの手には、確かにポッドを吊り下げている抵抗を感じ、スリング(懸吊)で振られる感覚が座る腰にも伝わって来る。何かがゴーダムを直撃し、その衝撃の振動で偶然にもポッドがシリンダ(射出筒路)から外れたのだ。
「・・・ディ・・・!」
「・・・を敵艦と・・・全艦・・・ターセプト!」
リサとネルガレーテの怒声が、ユーマの耳朶を叩く。
両者とも、声音がかなり緊張している。しかも強烈な電波障害で雑音が酷い。
「・・・マ! 攻撃され・・・ズマ・ブラスター・・・離脱・・・て!」
凄まじい雑音混じりで、ネルガレーテからの通信が再び入る。
「敵艦? 攻撃って・・・!」さすがのユーマにも緊張が走る。「──アディ! ジィク! 無事ッ?」
「──俺は・・・丈夫だ。ポッドに・・・み付いている」
僅か数メートルしか隔てていないジィクからの応答にすら、雑音が混じっている。ネルガレーテからの途切れた通信通り、この電波状態からして、プラズマ・ブラスターなのは間違いない。
「それで、アディは? アディ! アディ、返事をして!」
「──生きて・・・よ・・・シリンダ(射出筒路)・・・外側に・・・てる・・・」
アディからの応信は、ジィクより距離があるせいか雑音が酷い。
「待ってて! 今、迎えに行くから」声を張り上げたユーマが、赤外線索探装置を起動させ、モニター画面を睨み据える。「ジィク、掴まっていられる?」
「ああ、お前が無茶な機動をしなきゃ」
この電波状況では電波索探システムは役に立たない。それでもゴーダムの位置は直ぐに判った。
「飛びっ切りの美女だと思って、しっかり獅噛み付いていなさいな・・・!」
言葉とは裏腹にユーマは、緩やかな加速ガルでバルンガを転針させる。但しバルンガがベクトル変更しても、スリング・ベルト(懸吊用索帯)は約20メートルあり、トーイング(曳行)しているポッドの慣性モーメントは変わらないので、バルンガが一瞬引き摺られる力を感じる。それでもポッドの自重が1、2トン程度なので、猛加速を加えない限り、慎重なスティック(操縦桿)捌きで難なくポッドの向きを変えられる。
「居たぞ・・・ディだ」
ジィクの大声が通信に入る。
バルンガのフロント・ウィンドウ越しに、アディの探照灯らしき光がユーマの目にも入った矢庭。
「・・・マ!・・・ミサイ・・・そっち・・・行った・・・わ!」
ネルガレーテの喘ぐような声が、途切れ途切れに届く。
「アディ! ミサイル(誘導推進弾)よ! 離れて! 早く!」
途切れるネルガレーテの言葉を敏感に察知したユーマが通信機に叫ぶ。
「──ま、行く・・・!」
そうアディから通信が入った途端。
左手ゴーダムの船首方向で、一瞬の煌めきが10発以上燦爆した。フレート・コンテナ(個別式貨物庫)が無残に引き裂け、無数に飛び散る積荷らしきものの残骸が、主星の陽を反射して文字通り星屑のようにきらきらと輝いた。
「アディ・・・!」
ユーマとジィクが同時に叫んだ刹那、バルンガの目の前で何か強烈な光が見えたと思ったら、いきなりバルンガのフロント・ウィンドウ端に何かがぶつかって音を立てた。爆散した残骸か、とユーマが振り向いた刹那、聞きなれた声がした。
「よお、ユーマ・・・」
目の前のフロント・ウィンドウにへばりついている物体が、もぞもぞと動いた。
「ちょっと噴かしすぎて、制動をミスった・・・」
「アディ・・・!」身を起こすアディのヘッドマウントの作業灯光が目に飛び込み、ユーマが思わず顔を背ける。「びっくりさせないでよ」
「ユーマの体が、こんなに堅くて大きいとは思ってもみなかった・・・」
「あたしの体、意外と逞しいでしょ?」
「惚れ直したよ、ユーマ」
気怠そうに軽く手を上げるアディの向こうで、ミサイル(誘導推進弾)の直撃を食らったゴーダムが、撒き散らした積載物やら残骸やらを船体周囲に纏い、捩れるように回転しながら彼方に遠ざかって行く。さすがに消滅爆沈はしないが、船体の前半分が原形を留めないほど爆砕して拉げ潰れていた。
「ネルガレーテ、聞こえる?」一息吐いたユーマが、通信機に声を投げた。「──ポッドをピックアップ(回収)したわよ! アディとジィクも無事よ、ネルガレーテ!」
だが通信には雑音が入るばかりで、応答は返ってこなかった。
「──大きさは? バルンガに収容できそう?」
ポッドの回収に取り掛かったユーマたちからの通信が入った、その直後だった。
「ネルガレーテ」
剣呑を知らせるとは思えない、ベアトリーチェの一本調子の乾いた声だった。
「光学警戒視野にアンノン(正体不明移動体)を感知しました。速度44宇宙ノット、対象規模は500メートル以下、進路を推測します」
「ベアトリーチェ、映像を入れられる?」
ネルガレーテが少しばかり緊張した面持ちで言った。
「対象体に対して本艦がヨーピッチ(俯仰偏揺傾転)運動をしているため、対象体へのタンジェンシャル・シューティング(捕捉撮像)を維持できません」
すなわちアモンはゴーダムに合わせて複雑な自転運動をしているため、対象体に対して可動式艦外カメラの追尾速度では対応不能で、複数のカメラを連携させても、一定ズーミング画像による固定焦点で捕捉追従し切れないのだ。
「インシデント・オポネント(相克対象)?」
ネルガレーテは衝突する可能性を問うた。
「いえ、非インシデント・オポネント(相克対象)と判断します」ベアトリーチェの言葉と同時に、ブリッジ(艦橋)前方のメイン・スクリーンと各ユニットの補助ディスプレイに、進路予測の立体図が入る。「65秒後に距離7000メートルを置いて交錯します」
「大凡で良いわ、正体を推測して。アステロイド(浮遊岩塊塵)かデタッチ(系外縁氷体)?」
「現時点では違うと判断します。太陽系内引力作用を受けている動きではありません。それに慣性モーメント速度が速すぎます。明らかに人工物、おそらく超対称性場推進におけるコンダクタンス減速後のイナーシャル・モーメント(慣性力)移動だと推測します」
44宇宙ノット──時速にして528万キロ、光速の約0.005パーセントだ。確かに、太陽系内のメテオダスト(宇宙塵)の類いが、ここまでの速度を持つことはあり得ない。
「──船舶・・・?」
「その可能性が・・・」
と、そこまで言ったベアトリーチェの声が唐突に途切れる。
システムたるベアトリーチェが、言葉を途中で切るのは珍しい。訝ったネルガレーテが声を掛けようと口を開いた矢先。
「高エネルギー弾を探知」
ベアトリーチェの言葉が終わらないうちに、強烈な燿きが逐り抜ける。
「──プラズマ・ブラスターです」
ネルガレーテたちが、あっと声を上げる間もなく、アモン舷側を掠めた高エネルギーの塊が、ゴーダムの船腹に突き刺さっていた。
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written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト




