Act.21 フォッサ・マグナ(地殻裂溝)・7
「アモン、降下よ!」ネルガレーテが早口に、矢継ぎ早に指示を出す。「それとバルンガの画像、チャンネル・ブラボーは、そのまま回線を繋ぎっ放しにして! それにサーペンスアルバスの位置を!」
「アファマーティヴ(了解)」
捲し立てられる指示に、慣れない担当だとあたふたしてしまうところだが、ベアトリーチェは当たり前のように即答する。見た目は小学生みたいな女の子だが、外見は単なるインターフェイス・デバイスのアバターで、中身は機艦アモンを統括監理制御しているエグゼクティブ・オペレーティング・システムだ。指示をほぼ同時に適切にてきぱきと熟すパフォーマンス(能力)は、手が2本しかないヒューマノイピクス(現生汎人類)とは比べ物にならない。
「──バルンガを捉えました」
ベアトリーチェの乾いた声と共に、フォッサ・マグナ(地殻裂溝)の漆黒を背景にした、鯨が羽を拡げたような銀色のバルンガの姿が、サブ・モニターに映り込む。
「リサとほぼ同高度、降下ベクトルは同調しています」
バルンガの右横に、赤い何かが、ちらちらと点滅するように小さく映っている。この拡大率でははっきりしないが、間違いなく自由落下しているリサだ。
「フォッサ・マグナ(地殻裂溝)崖淵からの高度と降下率は?」
「約マイナス1000メートル、降下率は毎秒45メートルです」
「サーペンスアルバス、電波探測で捉えました」
ベアトリーチェの更なる報告に添えて別のサブ・モニターに、光学画像ではなくセンシング(走査)している電探画像が映り込む。
「高度約300メートルで、フォッサ・マグナ(地殻裂溝)の反対側へ、スラッシュ・アヴァランチ(氷砕流)が起きた斜面に沿って上昇中。航跡をトレース(追跡)しますか?」
「勿論よ! 可能な限り追って!」チャンネル・ブラボーの通信を聞き流しながら、ネルガレーテが大きく頷く。「アディの話だとアールスフェポリット社の開発基地らしいけど、念のためシフト(予定航路)を割り出して」
指示と同時にベアトリーチェが繋いでくれた、ブラボー・チャンネルには、先程からずっとバルンガ機内のユーマとジィクのインカム(機内通話)が聞こえている。今し方、ダイブしながらリサを捕まえる、と叫ぶジィクの声が入って来た。
「当該ロータークラフト(回転翼機)、氷表斜面側へ入り込みました」
ベアトリーチェの言葉にはっとしたネルガレーテが、メイン・ビジョンを見上げる。
「スラッシュ・アヴァランチ(氷砕流)が生じた斜面の、クラック(亀裂)を挟んだ向こう側です。ですが高度がこのままだと、十数秒後には氷表と接触します」
濃緑色にオレンジのラインが入った機体は揚力に偏りが発生しているのか、小刻みにロール(前後軸自転)しながら、時折り痙攣したようにヨーイング(左右偏揺)を起こしている。それでもフォッサ・マグナ(地殻裂溝)側から氷表上へ逃げ込めたのは幸いだったが、高度が思うように上がらないようだ。
「アディ・・・!」
手の出しようが無いネルガレーテは、ただただ口を真一文字にして見守るだけだった。
* * *
「くそ・・・ッ!」
コックピット(操縦席)のアディは、暴れる機体を押さえ込むのに必死だった。
いや、暴れるのを押さえる、と言うのは正確ではない。駄々を捏ねる機体を宥め賺す、と言った方が適切かもしれない。ブレード(回転翼)を1枚逸失させた機体は、揚力のバランスを崩してふらつき、落ち着かない。
それでもテール・ローターが生きているので、飛行方向は何とか制御できる。フォッサ・マグナ(地殻裂溝)側に流れた機体を、水平に保ちながら騙し騙しヘディングを変える。ブレード(回転翼)・ピッチを弄ると忽ち機体が暴れ出すので、迂闊に高度を変えられない。
左手、クラック(亀裂)を挟んで向こう側に、濛々(もうもう)とした氷粉が巻き上がっていた。アヴァランチ(氷砕流)が起きた、サーペンスアルバスが着陸していた斜面だ。
回頭した事で、クラック(亀裂)を挟んだ向こう側の斜面にへ逃げ込めたのだ。
宙を舞い踊る氷粉の霞は、そのアヴァランチ(氷砕流)の規模同様に大きく、100メートル近い高みにまで湧き起こっていた。アヴァランチ(氷砕流)を忌避できたのは僥倖だったが、高度が変えられなければ、斜面氷表に衝突するのは時間の問題だ。
現在高度は100メートル。どの道、今の機体状況では、正常な姿勢での安全な着陸は望めない。
「リサッ! ミルシュカ!」
アディが僅かに首を巡らし、ありったけの大声で怒鳴り上げた。叫んで聞こえるかどうかは定かでは無いが、後ろを振り向き確認している余裕は無い。
「今からノック・ソイル(不時着)する! かなり衝撃があるから気を付けろ!」
フォッサ・マグナ(地殻裂溝)側から、氷表斜面上空をよたよたと飛ぶ機体のヘディングを、まるで腫れ物を触るような慎重さで、テール・ローターのピッチ角を弄る。斜面を上るように飛んでいた機首を、じわっじわっと斜面下りの方へと向ける。
ヘディングを旋回させながらも、機体自体は斜面上りの方向へ進むので、ますます氷表に近付いて行く。
「接地するぞッ! 何かに掴まってろッ!」
アディの怒鳴り声と同時に、クラブスリップ(横滑り)するように向きを変えていた機体の、左スキッド(降着脚)の後端が氷表に接触した。咄嗟にアディが、スティック(操縦桿)を引きながらメイン・ローターの動力をカットする。ガリガリと氷表を削る音に続いて、一瞬機首が持ち上がったかと思ったら、そのまま今度はふわりと浮遊感を味わった。揚力を失った機体はゆっくりと前のめりになって、最後ズンッとくる衝撃が突き上げる。接地した機体は勢い余って10メートルほどを下に滑り、左スキッド(降着脚)を挫きながらも、機首を斜面下りの方に向けて停止した。フォッサ・マグナ(地殻裂溝)の崖淵からは、約1700メートルの所だった。
「大丈夫かッ? リサッ! ルーシュッ!」
アディが安堵の息を吐く暇もなくシートを抜け出し、傾く機中をカーゴ(貨物室)へ駆け込む。
「リサッ? ルーシュッ?」
簡易シートが空なのを見て、アディが慌てて室内を見渡す。氷表からの弱い照り返しが差し込む機内は、それでも薄暗く目が慣れるまで少し掛かった。蛍光オレンジの防寒アウターを着た人影が、キャビン最後部、載貨用保護ネットの下でぐったりしていた。
「──ルーシュ・・・ッ!」
前のめりに傾いている機内を、アディがテール(機尾)側へ駆け上がる。
「ルーシュ・・・ッ? ルーシュ!」
「あ・・・ああ・・・」まだぼんやりした表情で、長い睫毛を2度3度と瞬かせ、ぱっちりした青林檎色の眼を眇めた。「ア・・・アディ・・・?」
「大丈夫か・・・?」
「え・・・ええ・・・」ミルシュカが、小さな肩で一息吐く。「落ち掛けたところをリサに救けられたんだけど、その後、何がどうなったのか分からなくて・・・」
「離艦する際に破損したらしく、機体が暴れたんだ」アディが少し面目無さそうな表情をした。「──何処か痛いところは無いか? 何処かを打つけたとか?」
「今のところは・・・」胸に手を当てたミルシュカが、少し間を置いて答えた。「大丈夫そう・・・」
「それでリサは?」
「アディと一緒じゃないの?」
「機内に居ないんだ」
「え・・・ッ? 私と一緒に乗ったわ」
首を振るアディに、ミルシュカが目を丸くした。
「その後だ。落ち掛けたルーシュを救けて・・・?」
アディの問いに、ミルシュカが不安げな表情のまま、無言で首を小さく振った。
「──まさか・・・!」
後ろを振り返ったアディが、開け放たれたままの両側のスライド・ドアに首を巡らせる。
「リサ・・・ッ!」
そう叫んだ時には、アディは機外へ飛び出していた。
「リサッ? リサッ! リサッ!」
必死に首を巡らすアディは、氷表をフォッサ・マグナ(地殻裂溝)の崖淵の方まで見渡す。
「そうか、反対側か・・・!」
機体をノッキング(不時着)させる際、衝撃を少しでも軽減させるために、斜面上方から下るようにアプローチを掛けた。
“──そのヘディングした際に・・・!”
まだ誰も踏み締めた事の無い真っ白な氷表の上、ざくざくと蹴り出す両足を、逸る気持ちそのままに早足に繰る。
「リサッ! リサッ! 返事してくれッ! リサッ!」
遥か高みにまで緩やかな斜面で伸び上がる氷表は、まるで真っ白な絵の具だけを塗り広げたように染み一つ無く、何処にもそれらしき“影”は無い。こんなに見通しの利く、障害物が何もない銀世界で、見落とす、見逃す事など有り得ない。
“──まさか・・・”
斜面の下り方向、崖淵側を再び振り返ったアディは、自分でも血の気が一気に引いて行くのがはっきりと判った。後を追うように、蹌踉めきながらも機外に出て来たミルシュカにも気付かず、アディは無意識に、崖淵向かって小走りに駆け出していた。
「嘘だろッ? リサッ! リサッ? リサッ!」
* * *
「畜生ッ! 何で気付かないんだ!」
必死に怒鳴り上げるジィクは、鬼のような形相をしていた。
リサには、救助に来た事を気付かせる必要がある。
ジィクはダイブしてリサを抱き留めるつもりだが、抱き留めた瞬間にリサにも獅噛み付いて来させる必要があるのだ。万が一にもリサの体を弾いてしまい、あらぬ方向へ飛ばしてしまう訳に行かないのは、失敗して何回もリトライ出来る状況ではないからだ。
フォッサ・マグナ(地殻裂溝)を降下し始めて既に40秒以上、崖際高度から下った距離は1000メートルを超えている。どこが底なのか不明だが、空から届く光が既に薄れ、周囲が薄暗くなって来ている。これ以上深くなると、リサの姿を暗闇に喪失してしまい、アプローチすら不可能になる。
「リサッ! 救けに来たぞッ! 此方だ! 此方を見ろッ!」
パンパンと手を扣き、両手を繰って、此方を見ろと何度も繰り返す。
激しく棚引く赤髪が、少し乱れたように見えた。
「──リサ・・・ッ!」
思わず前のめりになるジィクの目に、激しく揺れ踊る赤髪越しに、リサが此方に顔を傾けたのが、確かに見えた。ジィクの目に映るリサが、夢見心地に小さく微笑む。垣間見える、リサの穏やかな唇が、ジィク、と動いた、気がした。
「リサッ! 手を広げて落下の抵抗を稼げッ! 絶対救けてやるからなッ! 諦めるな!」
小さく頷いた、ように見えたリサが、ゆっくり両腕を広げ、掌を開く。
「もっと寄せろ! リサの少し前方だ! 高さは10メートルだぞ! 俺が飛んだら、機体の降下速度を緩めてくれ!」
ドア口に滑り込むように腰掛けると、出ている機体のスキッド・ギア(橇型降着装置)に足を掛けた。ユーマがじわじわと機体を寄せ込み、リサの姿がもう手に届きそうなほどに間隔が詰まる。
「ジィク! まだなのッ? 急いでッ!」
急かすユーマの声を聞き流し、ジィクは引き出したテザー(吊り綱)の輪を軽く握ると、1度2度と大きく深呼吸する。最後にもう一度、リサとの距離を目測した。
「──行くぞ・・・ッ!」
両手でスライド・ドアのシルフレーム(敷居)押しながら、前かがみに頭から落下すると同時に、両足の目一杯の力でバルンガのスキッド(降着脚)を蹴り上げ、手に持ったテザー(吊り綱)を宙に投げ出しながらリサ目掛けて飛び掛かった。
「リサ! 俺に獅噛み付け! 絶対離すなよ!」
ジィクの声に、リサが振り向いた刹那。
決意の篭ったジィクの右腕が、リサをがっちりと抱え込む。ジィクに押されたリサの嫋やかな体が、ダイビング・タックルを食らったようにジィクの体にへばりつく。咄嗟にジィクが左手をリサの後頭部に回し、上半身全てリサを包み込む。一呼吸遅れてリサが、ジィクの背に手を回し指立て、精一杯の力で獅噛み付いた。
「離すなよッ!」
ジィクがそう叫んだ矢先、引き出したテザー(吊り綱)がピンと張り詰める。
リサの体が慣性モーメントで落ちようとするのを、ジィクはリサの服に指を立て、引き千切れんばかりに掴み掛かる。びったり抱えていた筈のリサとに隙間が生じると同時に、上に引っ張られる衝撃でジィクの胸がハーネスで締め上げられる。ランヤード(命綱)には衝撃吸収機構がないので、肋の数本も折れたのではないかと思うほどの痛みが走る。それでもジィクは、落ちようとするリサの体を、絞り出した目一杯の腕の力で抱き留めた。
「──上手く行ったのッ? ジィク! 無事ッ? 返事をしてッ! ジィク!」
耳元に届くユーマの声にジィクが気付いたのは、獅噛み付くリサの、囁くような声が耳元を擽ったからだった。
「ありがとう・・・ジィク・・・とっても素敵・・・」
* * *
「──リサ・・・ッ!」
アディは落ち着かない目付きで左顧右眄しながら、フォッサ・マグナ(地殻裂溝)の崖淵に近づく。氷表の下り斜面を足早に繰る足は覚束なく、1度ならず2度3度と縺れさせ、その度に氷表に倒れ込む。ずっと後ろの方から追って来る、1歩1歩が重い足取りのミルシュカの、アディ、と呼ぶ声など、全く耳に届いていなかった。
「醜畜めッ・・・!」
立ち上がる際に指を立て、氷粉を掴み締めると、持って行き場の無い怒りを殴つけるように、宙へ投げ付ける。
その一弾指──。
500メートル先、崖淵の氷粉が僅かに舞い上がったと思ったら、ジェット(噴推)音を伴って鯨のような銀の機体が、崖下から浮き上がるように姿を見せた。
「バルンガ・・・!」
見上げるアディの頭上を、僅かに下げたノーズ(機首)をアディに向けたまま、まるで睥睨するかのように回り込みながら飛び抜ける。アディが首を巡らせる先、アディとノッキング(不時着)した機体との中間ほどに、バルンガが氷粉を巻き上げながらゆっくり着地した。
引き返すアディが息急き切り、吐く白い霞を纏わりつかせて駆け行く先、開いているバルンガのスライド・ドア口にジィクが姿を見せた。
「ジィクッ! ジィク! ジィク!」
氷地に飛び降りて来たジィクに、遠目にも拘わらずアディが、掴み掛からんばかりの面魂と大声で怒鳴る。
「よお、無事だったか・・・!」
駆け向かって来るアディに、ジィクも早足で近付きながら声を張り上げる。
「リサが居ないんだッ! 探しに行くッ!」肩で息をするアディが、息を継ぎ継ぎ怒鳴り返す。「向こうのローク(回転翼機)にルーシュが居る! 後を頼んだッ!」
立ち止まる気配の無いアディが、擦れ違いざまジィクの肩をぽんと叩く。
「おい、ちょっと待てよ!」一陣の風のように駆け抜けたアディに、ジィクが振り返る。「探すって、何処を、だ?」
「決まってるだろッ! フォッサ・マグナ(地殻裂溝)だよッ!」
背を見せるアディが、ちらっと振り向いただけで大声を張り上げた。
「俺が離艦をドジったんで、リサが投げ出されたんだッ!」
おい、アディ、と声を返すジィクに取り合わず、アディが走り込む先、バルンガの機内から今度は巨躯のジャミラ人が姿を見せていた。
「ユーマッ! すぐ離陸させてくれッ! リサを探しに行くんだッ!」
アディが、機内へ戻れ、と手を上げてユーマを促す。
「あら、それは大変」
大きな双肩を窄めたユーマが、気に留める気配もなく機内から飛び降りる。その寸前ユーマが、先に降りたジィクと軽く目線を交わし合い、小さく口元を緩めていた事に、アディは全く気付いていなかった。
「大変じゃないってッ! 急げッ! あそこは相当に深い筈だ! 飛ばせばまだ間に合う!」
バルンガに、ユーマの元に駆け寄ったアディは、今までユーマも見た事の無いような、殺気立ち切羽詰まった表情だった。
「そうね」入れ替わるように、バルンガのスライド・ドア口に取り付こうとするアディを、ユーマが2メートルを超える上背から睥睨した。「でもきっと、もう間に合わないわよ」
「ユーマ・・・ッ!」
冷や水を浴びせられたような顔で振り向くアディに、ユーマが右肩だけを聳やかし、可笑しそうに声を投げた。
「──だってもう、あたしたちが救けちゃったんだもの」
えっ、とユーマのその言葉にアディが一驚した刹那、その声は背後のバルンガ機内から聞こえて来た。
「アディ・・・」
咄嗟にアディが振り返る。
振り仰ぐアディの目の前、ドアのジャムフレーム(縦枠)に寄り掛かる、赤髪のテラン(地球人)の女性が立っていた。
「リ・・・サ・・・」
まるで魂を抜かれたかのような表情のアディが、そう呟くと同時だった。
リサが全てを預け投げ出すように、アディ目掛けて飛び付いた。いや、それは落ちた、と表現した方が相応しいかも知れない。全身からの力が抜け去っていたリサは、落ちるに任せてアディの懐に崩れて行ったからだ。
勿論アディは、その雄々しい胸倉で、リサの全てを受け止める。
そしてそのまま、リサの重さを感じながら、後ろへ、氷表に倒れ込んだ。
「リサッ! リサッ! リサッ!」
嗚咽と歓喜が綯い交ぜになった声で、アディがリサの名を呼ぶ。
「心配掛けてごめんね、アディ・・・」
冷え切った頬を、リサがアディに擦り寄せる。
「──顔を、顔を見せてくれッ!」
上から伸し掛かるリサを、アディが両手で支えその顔を覗き込む。
「ぺっちゃんこになってない? 目と鼻と口、判る?」
ざんばらに乱れた紅の髪の奥に、青ざめて血の気の薄いリサが、強張った顔付きに硬い笑窪を浮かべ、今にも泣き出しそうな表情でアディを見詰めていた。
「ああ、ああ・・・! ああ! 俺のプランセス・デ・ネージュ(雪子姫)だよ」声を詰まらせるアディも、その萌葱の瞳を潤ませていた。「その菖蒲の瞳も、桜色の鼻筋も、唇は・・・」
「血色、悪い?」
言い淀むアディに、少し紫帯びたリサの唇が小さく動く。
「少し」
「なら、暖めて」
無言でリサを見詰めたままのアディが、後ろ首筋に手を添えてそっと抱え込む。リサは全身でアディを感じ取るかのように目を閉じ、アディの誘惹に任せたまま唇を重ねる。
唇が離れる際、リサがもう一度、名残惜しそうに唇を寄せる。
チュッ、と唇が可愛らしい音を立てた。
「正直、諦めてたの・・・」
「──リサ・・・」
「あたし、ドジっちゃって・・・」リサは弱々しく、それでも本当に嬉しそうに、えへへと微笑む。「ルーシュは・・・?」
「無事だ、向こうの機体に・・・」
アディがそう言い掛けた矢先。
「リサッ・・・! リサッ!」
バルンガのテール(機尾)の陰から、ミルシュカの大声が響く。ジィクに抱き抱えられていたのか、小柄なバド人女史はジィクに支えられながら、氷表に足を着けるところだった。どうやら途中までアディを追って来ていた所を、ジィクに助けられたようだ。
「ああ・・・ルーシュ・・・」
リサが振り向く向こう、ミルシュカの小さな体が、精一杯の早足で駆け寄って来る。
片膝突いて身を起こしたアディに、リサもアディが立てた膝を支えに、アディの手添えで徐ら立ち上がる。
「良かったッ! 無事だったのねッ、リサ!」
飛び掛かるように走って来るミルシュカは、笑顔で顔をくしゃくしゃにさせていた。
上空では、エボニーブラック(黒檀色)にシャンパンゴールド(亜麻色)のアクセント・ライン、ハーフコーン・シルエット(半円錐型)をしたアモンの艦体が、ゆっくりと降下しつつあった。
★Act.21 フォッサ・マグナ(地殻裂溝)・7/次Act.22 天使たちの清幽・1
written by サザン 初人 plot featuring アキ・ミッドフォレスト
ご通読いただきありがとうございます。
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次章 Act.22 天使たちの清幽
閑話休題を挟んで、物語は最終局面へ。
引き続きご愛読をお願い致します。




