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Act.21 フォッサ・マグナ(地殻裂溝)・1

「現在高度、5000メートルです」


ベアトリーチェの、可愛らしいが淡々とした声が、ブリッジ(艦橋)に響く。


「──まだ噴き上げているのか・・・!」


プロキシー(操艦副担当)ユニットに座るジィクが、少しばかり驚いたように声を上げる。


白く(もや)掛かる宙空、前方の彼方に、白い霧柱がずっと高空にまで延びていた。まるで噴き上がったポットの水蒸気のような噴氷は、収まる気配が一向にない。


グリフィンウッドマックの機艦アモンは、ヒゴ社の開発基地を離脱して約90分余り、5800キロを飛航してトトのプライベート・ラボ(私設研究舎)付近の上空にいた。


グラウンド・ペイロード(陸上機材積載庫)に放置していた、(まぐろ)みたいな頭に蝙蝠のような被膜翼を持った結晶獣の遺骸は、いつの間にか痕跡一つ残さず、基地同様に跡形もなく消え失せていた。


「──噴氷高度は約7000メートルです」


「念のため、1万メートルまで高度をとって」ベアトリーチェの報告に、ブリッジ(艦橋)中央のキャプテン・ユニットのネルガレーテが周囲を見渡し、唇を引き締め指示を与える。「万が一にも、デカいのを食らったら、アモンでも破損は免れないわ」


耐衝撃鋼材で独立した機艦アモンのブリッジ(艦橋)は球状構造で、内壁が360度全方位ヴィジュアライズド・スクリーンになっており、外の風景をそのまま映し出す。


「ビーチェ、地表に人工の構築物らしきもの、発見できない?」


「はい、ユーマ」


「──そう、よねぇ・・・これじゃあ・・・」


さらりと返して来るベアトリーチェに、正面のメイン・ビジョンを見詰めるユーマが、パイロット(操艦担当)ユニットの中で、大きな肩を落とし嘆息した。


新しく噴き上がったアイスライザー(噴氷山)は、氷表を深く広く削り飛ばし、巨大なカルデラ(噴山崩壊孔)を生み出していた。カルデラ(噴山崩壊孔)は直径約5キロ、フォッサ・マグナ(地殻裂溝)の淵まで、大きく(えぐ)っていた。


「資料から算出した当該ラボ(研究舎)の位置は、あのカルデラ(噴山崩壊孔)内になります」


噴き上がる噴氷を中心に、半径2キロで旋回しながら、ベアトリーチェがアモンの高度を上げていく。勿論、カルデラ(噴山崩壊孔)内には、ラボ(研究舎)は疎か、骨材一片たりとも落ちていない。ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人、ネルガレーテ、ユーマ、ジィクが、そろって溜め息を吐いた。


「──ですが、ラボ(研究舎)があったと推断する場所から、東南東へ約2キロの氷表に、小さな窪みと宇宙船艇らしき人工物を視認しました」


継がれたベアトリーチェのその言葉に、3人が(にわか)に色めき立つ。


「さらにそこから1.5キロ、樹林と推定する木の根元にリトラの機影を確認しました」


「宇宙船? リトラもッ?」ネルガレーテが思わず、卵形したユニット・シェルの中で腰を浮かす。「──アディたちは確認できる?」


「捕捉した映像を入れます」


ベアトリーチェの言葉と同時に、正面のメイン・ビジョン左側に宇宙船の俯瞰画像、右側に何かの陰に隠れたリトラの機体後ろ半分が映り込む。


「ヒゴ社って、悪趣味の塊ね。まるでゴールディ・ワーム(金色芋虫)じゃないの」


全長100メートルほど、金色の船殻全体に黒、臙脂(えんじ)、白の派手な装飾が施された宇宙船を睨み、ネルガレーテが忌々しそうに声を上げる。


「──リトラ、右エンジンに被弾したな。吹っ飛んで完全に損失している」


ノーズ(機首)側が氷冠樹の陰になって見えないリトラの画像を、ジィクも思わず歯噛みしながら睨み付けた。リトラの機体は右半分が真っ黒に焦げていて、双発のうち右エンジンがごっそりと抜け落ちていた。


「氷表に付いた痕から見ると、上手くノック・ランディング(不時着)したみたいね」


「それで、アディとリサは?」


ユーマの推知に、ネルガレーテが改めてベアトリーチェを問い質す。


「当該宇宙船とリトラの周囲500メートルに、アディもリサも確認できません。さらに、生体と思しき熱源体、および光学的認知物も認められません」


否定的なベアトリーチェの言葉の連続に、ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人が一様に溜め息を漏らす。


「ベアトリーチェ、あの芋虫宇宙船は、大きな沼の中にいるようだが・・・?」


「写角を拡大し、写像範囲を広げます」


メイン・ビジョンの画像が一旦途切れ、改めて画面全体に映像が映り込む。中央にスケールが挿入され、今度は左右が1キロ程度の範囲が描写される。ギルステンビュッテルの、ネルガレーテが悪趣味と(けな)した宇宙船イル・プレージオが、先程の半分の大きさで画面左寄りに映り込む。空全体は薄暮なのだが、画像全面が氷地のために反射率が一様に高すぎ、そのままでは見辛いため、映像にはフィルター補正が掛かっている。イル・プレージオにしても、余程に対空監視を厳にしていないと、この高度ではまずアモンには気付かない。


「当該宇宙船は直径150メートルほどの窪地の中に着地しています。窪地は緩やかな斜面を形成、中心部は周囲の氷表より10メートルほど低くなっています。計測では、水深は1メートルから2メートルです」


「ははあ、着地の際の噴射で融氷したのか」ジィクが眉間を寄せながら、小さく2度3度と頷く。「──しかし、隣にもう一つ、同じような窪みがあるって事は、もう1隻居るんじゃないか・・・?」


「“ゴールディ・ワーム(金色芋虫)”宇宙船より、かなり大型ね。穴の規模からしたら、このアモンより大きいかも知れない」


「──おそらくサーペンスアルバス、ホワイトスネイクの機艦だわ・・・!」


ユーマの気障りしたような言い草に、ネルガレーテがはたと膝を打つ。


「ベアトリーチェ! アディを呼び出して!」


畳み掛けるように、ネルガレーテがベアトリーチェに指示する。


リサは通信で、サンドラが一緒だと言っていた。ならば捕まった相手は、ギルステンビュッテルの命で一緒に降下した筈の、ホワイトスネイクとか言うドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)崩れに違いない。となるとリサたちが収容された宇宙艦は、奴らの機艦サーペンスアルバスだ。


ネルガレーテは、軌道上で()りあった、グレイビーソース・ボート(食器)のような、赤茶色した不細工な艦容を思い浮かべた。サーペンスアルバスはアモンより一回り大きい300メートル級だ。あの穿たれた穴はサーペンスアルバスの着氷の跡に違いない。


「20秒呼び出しましたが、応答がありません」


やや間が空いて、ベアトリーチェが声を上げる。


「リサの話だと、捕まって彼奴(あいつ)らの(ふね)の中にいるような事を言ってたな」


「そのサーペンスアルバスが見当たらなくて、今現在連絡が付かないって事は、(ふね)ごと何処かへ移動した可能性が高い・・・」


ジィクの言葉に、ネルガレーテが頷きながら呟くように言った。


「おそらく、アディたちがトトを見つけたって言うアイス・ケイヴ(氷窟)ね」ユーマが隣のユニットのジィクを見遣る。「ギルステンビュッテルとモスバリーは、トトに会いに行くような事を言ってたから」


「ならきっと、ミルシュカも一緒だ」


「ベアトリーチェ、この辺りにあるアイス・ケイヴ(氷窟)らしき場所を──」咄嗟に声を上げ掛けたネルガレーテだったが、すぐに首を振って独り()ちたように言葉を切った。「上空からでは、見つけられないわね・・・」


「サーペンスアルバスとか言う、ギャング(与太者)の機艦を見つければ良いんじゃないの? トトのアイス・ケイヴ(氷窟)近くに居るんだから」ユーマがネルガレーテを振り返った。「それにまだ1隻、船が此処に居るって事は、行った先は此処からそう離れていないわよ」


「ネルガレーテ、高度を5000に下げよう!」ユーマの所懐を聞いたジィクが、咄嗟に声を張り上げた。「ベアトリーチェ、トトのラボ(研究舎)があった場所を中心に螺旋軌道を描きながら、探索範囲が10パーセント重なる形で、捜索範囲を外側へ広げてながらオプチカル・シーク(光学索探)しろ!」


「ベアトリーチェ、高度は5000メートル、ゲーム(獲物)は、グレイビーソース・ボート(食器)のような300メートル級の宇宙艦、サーペンスアルバスよ。一度、衛星軌道上で()り合ったから、データは持ってるでしょ」


ネルガレーテもジィクの指示を追認しながら、示唆を加える。


「バイ・オール・ミーンズ(了解しました)」


ベアトリーチェの返答と同時に、アモンの艦体が小さく(うね)りながら、高度を下げる。右手に見上げるような格好で、氷粉の白い柱が氷表から黙々と噴き上げている。最初の噴氷から時間が経っているので小さくなっているが、それでも噴氷柱の直径は100メートルを下らない。


アモンが噴氷の柱の周りを地表センシング(走査)しながら、3周目に入ったところだった。


「──ネルガレーテ」


ベアトリーチェが不意に声を上げた。ブリッジ(艦橋)の3人が、朗報かと色めき立つ。


「接近する飛翔体を探知しました」


「宇宙艦ッ?」


ベアトリーチェの言葉に、ネルガレーテが反射的に問い返す。


「いえ、ロータークラフト(回転翼機)です」ベアトリーチェの抑揚のない声が、ヘッドセットに届く。「光学画像を入れます」


「こっちに向かってくるの・・・?」


少しばかり落胆したネルガレーテが、警戒しながらも(いぶか)るように問うた。


「方角はそうですが、相手の高度は300メートルほどなので、インシデント・オポネント(相克対象)ではありません。映像解析からも、武装と思しき器材を確認できません」


正面のメイン・ビジョンに、銀と青の小型ロータークラフト(回転翼機)が捕影される。高度差もあるが、この手の機材には対空監視用の電波索探警戒装置や光学探索器を積んでいないので、アモンが発見される心配は皆無に近い。


「何をするつもりかしら・・・?」ユーマが誰とはなしに、呟くように言った。「まさか、アディたちが乗っているって事は・・・」


「──ベアトリーチェ、ゴールディ・ワーム(金色芋虫)宇宙船の映像を入れてくれ」


「念のため、もう一度アディを呼び出して、ベアトリーチェ」


ジィクとネルガレーテの指示が重なる。勿論システム・インターフェイスとしてのベアトリーチェの機能なら、コンフィギュア(面子)の声をちゃんと選り分けられるので、別個の指示として理解して履行可能だ。


間髪を入れずメイン・ビジョンに、金色に黒、臙脂(えんじ)、白で装飾された宇宙船が映り込む。船体上部のベイ・ドア(庫外扉)が開いているように見えたが、アモン自体が噴氷柱を中心に旋回しているので、直ぐさま噴氷柱の陰に隠れてしまった。


「──今、ベイ(格納庫)が開いていたな」


「着艦するつもりね」


画像を見逃さなかったジィクが唸るように声を上げ、それに頷きながらユーマが呼応する。


「──20秒呼び出しましたが、アディもリサも応答ありません」


「まだ駄目か・・・」


無意識に肩を怒らせていたネルガレーテが、ベアトリーチェの報告にふうと溜め息を吐き出し、全身の緊張感を解く。


「──ひょっとしたら、お家が大火事なのを知って、慌てて戻るところじゃない?」


映像のロータークラフト(回転翼機)と宇宙船を見ていたユーマが、思い付いたようにネルガレーテを見遣る。

「だとしたら、あのローク(回転翼機)には、ギルステンビュッテルが乗っているわね」


「けど、どうやって知ったんだ?」今度はジィクが、嫌悪感を隠そうともしないネルガレーテを見遣る。「俺たちだって、通信が出来ないのに」


「あたしたちが通じないのは、アディたちだけはまだ、アイス・ケイヴ(氷窟)の中だからじゃない?」ユーマが少しばかり独り()ちるように言った。「向こうは、その外に居たのなら、通波は受けられるでしょ」


ふうむ、とそれでも腑に落ちなさそうな態度のジィクに、ふと考え込んだネルガレーテが(やお)ら声を上げる。


「ベアトリーチェ、ローク(回転翼機)が来た方角は、算出できるわね?」


「はい。大丈夫です」


「ならアモンを、ローク(回転翼機)が飛んで来た方向へ転針させて。高度はこのまま5000を維持、速度0.7マッハ」ネルガレーテは指示を出しながら、独り頷く。「──この先にアディとリサ、それにグレイビーソース・ボート(食器)が居る筈だから、地上探索を怠らないで」


「アイアイマァム(了解しました)」


ベアトリーチェの言葉が終わらぬうちに、アモンの艦体が(にび)色の空に大きな弧を描く。


右手にフォッサ・マグナ(地殻裂溝)を見ながら、アモンがほぼ崖沿いの高空を飛航する。


5分ほど経過して、ベアトリーチェが不意に声を上げた。


「先程のロータークラフト(回転翼機)の、ゴールディ・ワーム(金色芋虫)宇宙船への着艦を確認しました」


同時に、窪地に着地していた100メートル級の金色の船容が、メイン・ビジョンに映り込む。開いていた上部のベイ・ドア(庫外扉)は、既に閉じていた。


「乗っているのが本当にギルステンビュッテルなら、自分の開発基地に着いたら、腰を抜かすぞ」


「跡形も無いからね」ジィクに同調するように、ユーマが大きな肩を(すぼ)めた。「ちょっと可哀想な気もするけど」


ヒゴ社開発基地のランディング・デッキ(離着床)を、間一髪離陸したアモンは、その襲われる惨状を目の当たりにした──正体の知れない結晶の巨魔人が、湧き上がるように出現したかと思ったら、その巨体が開発基地全体に覆い被さるように倒れ込み、そのまま砕けるように飛び散った巨魔人の飛沫のような破片が、燃え上がるように青白い炎を舞い上がらせ、あっと言う間もなく全てを、文字通り消滅させてしまった。


ちろちろと、まだ青白い燃えかすが其処彼処(そこかしこ)で燻る、ヒゴ社の基地址をアモンが離脱したのは、それから程なくだった。今となって残っているのは、掘り下げた3つのピット(採鉱坑)跡と、掘り出して積み上げたスポイル・ダンプ(廃棄氷山)の残滓、それに足の踏み場もないほどクラック(亀裂)が走る荒れた氷地だけに違いない。


「──ゴールディ・ワーム(金色芋虫)宇宙船が、離陸を開始したと思われます」


基地の壮絶な最期を、それぞれに脳裏で思い起こしていた、ブリッジ(艦橋)のドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)3人を、ベアトリーチェの淡々とした声が我に引き戻す。


「──あの悪趣味な外装、きっとギルステンビュッテルの専用船に違いないわ」


咄嗟にネルガレーテが、()も忌々しそうに悪し様な口を利く。


「しかし、ちゃんと離水できのか?」スクリーン・ビジョンを見上げるジィクは、懐疑的に言った。「ランディング・ギア(降着装置)が沈み込んでるんじゃないのか? 周りの融氷水って、シャーベット状だろ」


「アモンなら直接の接地は危険ね。沈み込んだのを力任せに抜け出すと、水圧と界面張力で下手したらギア(降着装置)が捻折(もげ)ちゃうわよ」


「まあ、離陸出来るから着陸したんだろうけど──」


呆れたようなユーマの物言いに、ジィクが首を(すく)めて見せた矢庭。


「何よ、あれ・・・!」


ネルガレーテが素っ頓狂な声を上げた。


船体周囲の、溜まって沼のように淀んでいた融氷水が、いきなり泡立ったかと思ったら、ますます泡の発生が激しくなり、まるで沸騰している熱湯のようになった。泡立った融氷水が細かい霧雨となり始め、金色に黒、臙脂(えんじ)、白の派手な装飾が施された100メートル級の船体に纏わり付く。その白いベールがふわりと渦を巻いたと思ったら、フェルミオン・エンジンを全力噴射し、艦体が窪地の中から浮かび上がった。


「くはー・・・! 巧く考えてやがる」ジィクが呆れながらも感心したように言った。「あのギア(降着装置)は、このピュシス専用に艤装したんだな」


上昇用の激しいジェット(排気噴射)で融氷水が煽られ、象の水浴びのように水飛沫を撥ね上げ逆巻く。船体長の半分ほどもある、長い3本のスキッド(降着脚)が、水の中から顔を見せた。


「うちのクライアント(受注先)より、資金(カネ)を持ってそうだものね」


ユーマもスクリーン・ビジョンを見上げ、呆れたように肩を(すぼ)める。


離陸寸前に融氷水が泡立ったのは、離陸時の界面張力から生じる抵抗を失くすための、スキッド(降着脚)に備えた音波振動発生装置の効果だ。さらにはサーペンスアルバス同様、氷表に直に接するスキッド(降着脚)裏面には、接地圧を低減させるために浮力得るフロート・バルーンが備わっている。





★Act.21 フォッサ・マグナ(地殻裂溝)・1/次Act.21 フォッサ・マグナ(地殻裂溝)・2

 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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