9話 席次
1527年10月も末。ステンドグラスが太陽の光をかざし、多くの人々を照らしている。今日はパーティーだ。
アン・ブーリンは今日も王妃を差し置いてヘンリー8世の傍にぴたりとついていた。
アン・ブーリンは序列を破り、最も上座の席につこうとする。
今日のパーティーには母も、私も、叔母であるメアリー・チューダーも参加していたにもかかわらず、である。
「アン・ブーリン"子爵令嬢"。ここは王妃様の席よ、あなたの席は、あそこ。」
私の叔母、メアリー・チューダーが当たり前のことを、大きな声で、怒りを目にこめて告げる。「あそこ」と言って指さしたのは、女性の席の中では、真ん中より下座よりの、子爵令嬢が並ぶ席の一つである。
「はぁ?何をおっしゃって。私はヘンリー8世陛下の王妃でご・ざ・い・ま・す。最も上座につくに相応しい人でしょう。」
「子爵令嬢の分際で。その口の利き方は不敬ですの。席の序列など、幼子でも守りますのに。」
「陛下が私と結婚なさると仰せなのですから、私が王妃です。」
「結婚解消は、陛下でも一人で決められることではありません。貴方ならなおさら。」
そこに私の母であり唯一無二の王妃、キャサリン・オブ・アラゴンが入る。
「なにやら騒がしいようですね。ここは私の椅子ですよ。アン・ブーリン子爵令嬢。」
「そもそも、あなたが結婚解消を認めないのが悪いのよ。このスペイン女。」
「私は誰になんと言われようが、イングランド王妃であり、陛下の妻です。」
確固とした、強い意志。柔軟で優しい母が、唯一かたくなに譲らないこと。譲れないこと。
「それに私は、陛下を誰よりも愛しています。私には、陛下以外の夫など、存在しえない。
だからこそ、陛下には、お考え直しになっていただきたい。」
ヘンリー8世を見る。こんな夫でも、母にとっては唯一無二の、愛すべき存在。
「安心しろアン。お前を王妃に必ずする。キャサリン、どこの修道院がいいとかあるか?今なら選ばせてやる。」
ヘンリー8世は完全にアン・ブーリンの味方です。こんな女のどこがそんなにいいんでしょうか。見かけだってせいぜい中の上から上の下です。この程度の人なら掃いて捨てるほどいます。そして、父はアン・ブーリンに出会うまで、掃いて捨てていたではないですか。
「私は、修道院になど行きません。私はイングランド王妃であり、陛下の妻でございます。
旦那様、アン子爵令嬢のどこがそんなによろしいのですか?」
「アンは気が強くて、お前よりもずっと美しくて、賢くて、健気な女なのだ。よろしいに決まっているだろ。」
えーっと。「気が強い」以外何一つとしてあっていません。
とくにこの会話のどこをどう切り取ったら、エラスムスやトマス・モアと当たり前のように交流ができる母上よりずっと賢いという感想が出てくるのでしょうか。
どこをどう見たら、結婚解消するなどと言われても、父を誰よりも愛し、破れたシャツを繕っていた母上より、ずっと健気だということになるのでしょうか。
「はぁ。そうでございますか。」
ヘンリー8世大好きな母ですら呆れてる。
「スペインの み・ぼ・う・じ・ん が、何を偉そうな。この国はスペイン人の国ではなく、イングランド人の国ですよ。」
「不敬が過ぎますよ。子爵令嬢。王妃はキャサリン様です。それ以外はありえません。」
叔母はアン・ブーリンの手を無理くり引っ張り、空いていた子爵令嬢用の椅子に座らせた。
母は一番上座に、叔母は上座から3番目に、優雅に座った。
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