海 彼女 夜
間違いなくあいつの愛読書だった、ご大層ぶった哲学ばっかり並べ立ててある陰気な文庫本を片手に──これまた物静かな、だからこそあいつに嫌味なくらいよく似合う夜の海へ足を運んだのは、決してあいつを悼むためなんかじゃない。
「むしろ。ざまぁみろ、に決まってんだろ」
何せ。ほんの三日前に事故だか事件だかも分からないまま屍体になって魚みたいに打ち上げられていたらしい彼女──すなわち俺の幼なじみは、本当に碌なやつではなかったのだ。ちょっと長すぎる前髪。そこから覗く表情は、いつだって他人の目を窺いすぎて空回りしているせいで辛気臭くて、顔立ちだけは可愛いのを台無しにしていた。そのくせ、俺にはひたすらに態度が横柄で。そのことについて本人に文句をつけたとき、飲み終えた清涼飲料水のペットボトルを俺に投げつけながら、悪びれもせず──あいつが、どうしてか、やけに妖艶に。なおかつ、自慢げに言い放った台詞は今でも覚えている。『嬉しいでしょ? あんただけ特別、ってことなんだから』
は? 嬉しいわけがあるかよ、馬鹿が。今でもそう思うし、だからきっと当時の俺も、そう答えたんだったけど。俺は独り、そんな馬鹿馬鹿しい回想と共に舌打ちをし、波に攫われないように配慮した位置に並べて献花された、虚しい色彩を見下して。
踏みにじってやろうか一瞬だけ悩んでから、けれど、さすがにそこまでの暴挙に出るのはやめた。ただその代わりに、制服のポケットからおもむろに、普段喫煙するために使っているライターを取り出して──例の文庫本、それも実のところあいつの私物だった現品に火を点ける。そう、今日はこれを目的にここを訪れたのだ。
「ご愁傷さま。あんなにお気に入りだったのに、こうしちまえば読めねぇな」
俺も、おまえも、もう二度と。他愛もない軽口を叩くことすらできないのとおんなじに。




