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システム・サクラメント  作者: 友式ユウ
第1部 システムと修道院
9/71

9【K】どれだけ惑わされようとも




「ニクダ、ニク」

「ソノニク、ヨコセ」

 Kとバイパーは茂みの中に複数の人間の気配を察した。Kはすぐさまピストルを取り出し、バイパーはナイフをかまえた。そして背中を合わせた。

「バイパー、これって?」とKは尋ねた。

「ええ、おそらくは以前お話ししたグールですね」、バイパーの額を汗がつたう。「人肉を喰らう種族。まさか日本にもいたなんて。しかもこんなに大勢」

「全部で八人いるな。姿は視認できないが」

「そうですね」

 グールは苛立っていた。

「ナニハナシテル、オマエタチモタベルゾ」

「モウガマンデキナイ」

 バイパーの右手の茂みから、一人のグールが飛び掛かってきた。だぼだぼのワイシャツにスラックス姿だ。その手には包丁が鈍く光っていた。

「取り押さえろ」とKは言った。

「はい?」

 バイパーは飛び掛かってきたグールを蹴り上げて包丁を落とさせると、腕を回して締め上げ、さらにナイフを相手の首に突きつけた。

「これでいいですか、先輩?」

「上出来だ」

 Kはピストルを持った手を真上に伸ばし、号砲を轟かせた。

 グールたちがざわめく。

「ツヨイ、ツヨイゾ」

「コウジ、ツカマッタ」

「ドウスル、ドウスル」

 そこでKは息を吸い込み怒声を放った。

「聞け!」

 茂みのざわめきが鎮まった。それを確認するとKは言った。

「取引がしたい。一番偉い奴のところに案内してくれ。取引が済んだら人質は解放する」

「正気ですか?」とバイパーがびっくりして尋ねた。

「言葉を話している。だったら取引も通じるはずだ」

「一体何を?」

「いいから人質をしっかり取り押さえていてくれ。大事な役だ」

 グールたちは茂みの向こうに集合し談義していた。アア、とか、ウウ、とか声を洩らしながら。やがてオレンジと紫のディスコシャツを着たグールが茂みから姿を現した。

「ワカッた。アンナイしよう」


 グールたちは山肌の洞穴の奥で集団生活をしていた。女や子供もけっこういる。バイパーが人質を取っているのを見て、皆怯えていた。生活用品などは樹海に不法投棄されたものや、樹海で自殺した者や遭難した者の所持品でまかなっているらしい。主な食料はもちろん樹海で自殺した人間の肉だが、野生の動物なども狩っているとのことだ。そして洞窟の一番奥には黄色い背広を着た老人がすすけた赤い絨毯の上に正座していた。

「カイチョーだ。シツレイノないヨウに」と案内してくれたグールが言った。

「突然の訪問につき無礼をお詫びします」とKは礼儀正しく言った。

「生きてこの洞窟から出られたら、人質は必ず解放しますんで」とバイパーは言って、ニッと笑った。

 カイチョーは顔を上げとろんとした瞳で二人を眺めた。その眼は虹彩も角膜も色を失って白く変色していたが、どこか悪戯好きの子供のような輝きがあった。顔はしわだらけで、頬がこけ、白い髭を生やしている。肌はかすかに艶があり、浅黒かった。しばらくするとカイチョーはしわがれた声をだした。

「おや、来客とはいつ以来かね。ああ、確か関西弁を喋る少女が、ええ、物騒な部隊を率いてやってきたとき以来かな。あの時は新鮮な肉をたくさん貰ったねえ」

 きっと司令のことだ。彼女もグールと繋がっていたのか。カイチョーは続けた。

「まあ、お座りなさい。ただ地面に絨毯をひいただけだけど、うん、もうちょっとちこう寄ってお顔を見せなさい」

 Kは「失礼します」と言って、カイチョーと同じように絨毯の上に正座した。そして訊いてみた。

「いつからこのような暮らしを?」

「うんうん、儂は生まれたころころからじゃよ」とカイチョーは穏やかに答えた。「古くは江戸時代じゃな。先祖はどこかの集落で暮らしておったんじゃが、野蛮な者どもに囚われ、ああ、奴隷としてこの国に連れてこられたんじゃ。当時は奴隷に人権はなくてのう、うむ、どこへ行っても差別されたそうじゃて、それで自由を求めてこの樹海に住み着くことになった。しかしのう、生きてれば当然腹も減る。ああ、それで、人の死肉を食らうようになったんじゃと。うん、ここは自殺の名所なんでの、もう駄目かと思ったころに、まあ、幸か不幸か死肉が見つかるんじゃ」

「樹海で暮らしていて道には迷わないんですか?」

 それを聞いてカイチョーは声を上げて笑いだした。何かおかしなことを言ったらしい。笑い終えるとカイチョーは言った。

「儂らは樹海と共に生きてきた。樹海のことなら隅から隅まで把握しておる。うむ、どれだけ惑わされようとも、迷うわけがなかろう」

 ビンゴだ、とKは思った。話の核心に入った。次のフェイズに引き上げる必要がある。

「単刀直入に言います」とKは切り出した。「我々は今道に迷っています。目的地にたどり着く方法を教えてほしいのです。そしたら人質は解放しますし、それに持っている食料もすべてお譲りします」

「お前さん、いい目をしておる」、カイチョーはKの瞳をまっすぐに見つめた。「よかろうて。うん」、そう言って彼は頷くとKの後ろで気をつけのポーズをしていた先程のディスコシャツを着ているグールに声をかけた。「サブロウ、シオンはおるかえ?」

「ハイ、すぐにつれてクルよ」とサブロウと呼ばれたグールは答えて立ち去った。

「シオンは樹海の先導役じゃ。まだ子供じゃが賢い。ええ、連れていくとよかろう」とカイチョーは言った。

「ありがとうございます」、Kは深々と頭を下げた。

「まったく、なんて人だ」、傍らでことの成り行きを見ていたバイパーは呆れたようにそう言って苦笑した。


 もうひとつだけ注文をつけた。それは我々が先に見つけた死体だけは、ちゃんと埋葬すること。グールたちはスコップで穴を掘って遺体を埋め、Kとバイパーが手を合わすと、皆がそれを真似した。彼らも本当は人間なのだ。死の尊さはちゃんとわかっている。いつかは自らも死することだって——

 ジープに積んであった食料はいくらかの水以外を全部グールに分け与えた。グールたちは歓喜した。ニンゲンノメシ、ニンゲンガツクルモノ。そういった声が飛び交った。

 肝心のカイチョーの推薦してくれたシオンという少年は予想していた以上に聡明であった。

「案内させてもらいます。よろしくお願いいたします」、シオンはそう丁寧に言ってお辞儀をした。白い襟付きのシャツにグレーの半ズボン、ぶかぶかの黒い革靴といった恰好だ。年齢は13歳くらいか。「夜が明けるまでは動かない方がいいです。僕でも方向感覚を失います。野生動物が襲って来ないように、焚火を続け、交代で車の中で仮眠を取ったほうが安全です」

「わかった。よろしく頼む」

 Kとバイパーはシオンと堅い握手をした。

 バイパーが車の中で仮眠している間、Kとシオンの二人は焚火を囲んだ。カイチョーが厚意で洞窟に泊まればいいと言ってくれたのだが、仮に武闘派のグールがいたとして、寝込みを襲われたらひとたまりもないので断った。シオンは焚火の炎の揺らぎを身体の正面に映しながら、Kのことを興味深げに見ていた。さっきから疑問だったのでKはシオンに尋ねた。

「君は他の人たちと随分違うね。言葉とか礼儀作法とか身だしなみだとか。そういったことは一体どこで学んだんだい?」

 シオンは顎に手を当てて考えた。「言葉は最初にカイチョーから習いました。あるていど言葉を覚えてからは洞窟に置いてある本を貪るように片っ端から全部読みました。洞窟にも本くらいあります。おかしな話ですけど、死ぬために樹海に来た人の所持品の中にしおりを挟んだ小説なんてあるんですよ?」、彼は上品にフフフと笑った。「小説や新聞は貴重です。外の世界のことが知れるんで。自分にも知的好奇心はありますし、知識はいつか必ず自分の助けになります。本からの受け売りですが『知は無知に勝る』」

「そのとおり」とKは言った。それから彼の弁舌と物の考え方に内心舌を巻いた。「知は無知に勝る」

 バイパーが起きてくると、今度はKがジープの後部座席で丸まって横になった。シオンはまだ全然眠たくないとのこと。Kは目を閉じる。知は無知に勝ると心の中で呟く。すぐに疲労が彼を眠りへと(いざな)った。


 朝が来るとシオンは後部座席の真ん中に座り、身を乗り出して「そこ右です」、「今度は左行ってください」と軽快に指示を飛ばした。バイパーはハンドルを回しながら「まったく大した子供だよ、ハンターも顔負けだなあ」と言って笑った。Kは黙って地図に鉛筆でチェックを入れている。そうこうしているうちに一時間足らずで街の姿が見えてきた。

「ここまで来たらもう安心ですね」とバイパーはにこやかに言った。

「そうだな」とKは言った。そしてシオンの方を見て、「もう大丈夫だ。助かったよ、ありがとう。帰りは送ってやれないが、ここら辺で降りるか?」

 するとシオンは急に態度を変え、もじもじし始めた。「あの——」と言い淀む。

「どうした?」

 シオンは勇気を振り絞って言った。

「僕も一緒に連れて行ってくれませんか?」

 その願いを聞いてKとバイパーはしばらく難色を示した。勝手に外部の人間を連れ帰るのは異例である。

「どうします、先輩?」、バイパーはKの顔色をうかがうように尋ねた。

 Kは唇を噛んで難しい顔をしていた。頭の中で想定しうる困難を組み替えているのだ。一体どうしたもんか——。やがて彼はすっきりしたように後ろを振り返った。

「わかった。一緒に行こう。街の食堂でご飯をごちそうしてやる。あと、サイズの合った歩きやすい靴も買ってやらないとな」

 シオンの表情が見る見る明るくなる。「はい。ありがとうございます」、そして勢いよくお辞儀をした。

「大丈夫なんですか?」とバイパーがKに小声で訊いた。

「なんとかなるさ」、Kは微笑した。

「先輩がそう言うなら僕もオーケーです」

 そうしてジープは街に向かって進んで行った。




武闘派のグール「ニクー、オレノニクー」

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