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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第7部 襲撃する者とされる者
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4【L】何故その名を知っている?




 地下シェルターの扉を開けると、スキンヘッドが骨と皮だけのミイラになっていてシスターたちは驚愕した。いったい何が起こったのか、少女たちには理解が及ばない。時空の歪みが広がっているというのだろうか? とにかく、遺体を運び出さなくてはいけないので、考えている暇はなかった。

「あんたは身重だから、子供たちの世話をしてて頂戴」

 シスターたちはリリィだけを残して作業着に着替え、深夜、セダンのトランクに長髪とスキンヘッドの死体と共にスコップ3つを積んで山に埋めに行った。これ以上、庭に死体を埋めるのはリスクがあった。だから子供たちが寝静まってから、山に埋めに行ったのだ。波が引いたような、ひどく静かな夜だった。

 リリィはというと、ひとりになるとゲーミングパソコンを起動し、相変わらず〈システム・サクラメント〉にログインした。リリィはゴーストになる。PKを挑まれるのが面倒なので、さっそく〈アシッド・フード〉に行く。店に入ると客の姿はなく、主人が出迎えてくれた。

「ゴーストさん、久しいね。好きな席座りなよ」

 ゴーストは奥のカウンター席に座る。

「パンクさん、こんばんは。ピンクダイキリをいただけるかしら?」

「あいよ」

「最近どう?」

「仲間がどんどん引退していってね、経営はさっぱりだよ」

「そうなのね。何か新しい情報はない? いいネタなら高く買うわよ」

「それは山々だけど、どうだろうね。とくに面白いことはないな」、パンクはそう言いながら液体に氷を足したシェイカーを振る。

 彼はピンクダイキリをグラスにそそぐと、グラスをゴーストの前にそっと置いた。ゴーストは「ありがとう」と礼を言い、それを手に取ってひとくち飲んだ。

「でも〈アシッド・フード〉は変わらず平和ね」

「閑古鳥が鳴いて、うちとしては商売あがったりだけどな。店をたたんじまおうか考えているよ」

「シャノワールさんに関する情報はない?」

「あいにくだな。ちょっとシャノワールさんに執着しすぎじゃないかい? 相変わらずリリィの嬢ちゃんは――」

 パンクが自身の失言に気づいた瞬間、ゴーストは彼に銃を向けていた。

「何故リリィの名を知っている? 性別すら公開していないのに」

〈システム・サクラメント〉内でゴーストがリリィという偽名を教えたのはシャノワールだけなのだ。彼女は「スタンショット」をパンクに放った。パンクはアバターが痺れて動けなくなった。これで強制的にログアウトできなくなる。

「もう一度聞く。何故その名を知っている?」

 パンクは黙っていた。ゴーストはその鼻先に銃口を向けた。

「自分の立場はわかってる? もう一度聞く。何故その名を知っている?」

 彼は葛藤した。そして口を開いた。

「――俺はハッカーだ。国内でも指折りの。ゲームのプレイヤーの本名くらい簡単に調べられる」

「なるほど」

「一思いに殺してくれないか?」

「オメガはあなたね?」、賭けだったが話の核心に迫る。

「そこまで情報を摑んでいるのか。」とパンクは言った。「オメガが俺なのではない。俺がオメガなんだ」

「おんなじことよ」

 ゴーストはパンクに「スタンショット」を撃った。これでパンクの麻痺効果の時間が持続する。ゴーストはおもむろにパンクの瞳を覗き込んだ。

「いったいあなたはどこに雇われているの?」

 パンクはうつむき加減に言った。

「――俺は〈ウロボロス〉に腕を買われてスカウトされたんだ」

 話が繋がった、とゴーストは思った。さらに証言をとる必要がある。

「〈ウロボロス〉のボスは誰?」

 パンクは白状するのをためらっていた。悪党にも情はあるのか、あるいは単に逆らえないのか。ゴーストはじっくりと時間を置いた。黙っていると彼は自分から質問に答えた。

「ヒイラギさんだ」

 間違いない。やはり話が繋がっている、と彼女は思った。

「話のついでだけれど、ツクヨミもあなたね」

 パンクはとっさに顔をあげた。「おっかない女だな。あんたの読みどおり、ツクヨミは俺のサブだ。メインはこのパンクだったんだけどな」

「襲撃のタイミングが良すぎたからね」

 話が整理されてきた。ゴーストは息を吹いて眉間をつねった。彼女は「スタンショット」をまた撃ち込んだ。

「最後の質問よ」とゴーストは言った。「オメガとは何?」

「俺が開発したAIさ。自律型のな」、その文面からは嬉々とした雰囲気が感じ取れた。

 自律型AIで〈システム・サクラメント〉のシステムを乗っ取ろうというわけか。並大抵のハッカーではない。

「質問に答えてくれてありがとう。麻痺効果が切れたら、どこへなり行くといい」

「話がわかるようで助かるぜ」

 麻痺効果がきれると、パンクはそそくさと店を後にした。その背をしばらく眺めたら、ゴーストは「グングニル」で無慈悲に貫く。弩級の一撃に、パンクは地に伏し、そして消滅した。

 以来、前代未聞の被害者を出した、ツクヨミに始まり、パンクに至る大量虐殺は、すべてナインス・シティーで勃発したことから「ナインス事変」と呼ばれ、畏怖されることとなる。

 そしてゴーストはふらりと〈システム・サクラメント〉から消息を絶つ――

 

 それによりゴーストについて考察班により様々な憶測が飛び交う中、下記の2例が現実的だと思われた。


・引退説

・死亡説


 この討論は意見が真っ二つに割れ、結局有識者のあいだでも決着はつかなかった。その中核をなすのが、はたして「最凶と恐れられたゴーストを倒す手立ては存在するのか?」という仮説に基づいた議論である。不可能だと説いた者たちの意見は概ね一致していた。強すぎるからこそ最凶なんだ、あれはチートだ、でなければ災害だ。私たちの同胞も多くが破れた? 想像できるか? 毎回相手はソロなのに実に97人の羽がもがれたんだ。死亡説はない。きっと生きてる。結局リアルが忙しいか、じゃなきゃ〈システム・サクラメント〉のサービス終了も発表されたばかりだしゲームに飽きたんじゃないか?

 その意見に異議を唱える者たちもいた。最凶と言えど数で圧せば勝てる。死亡したと考えるのが妥当だ。

 ソースを示せ。そんな情報上がってないぞ。仮に数で圧せたとして、誰がそんな汚れ仕事やりたがる? 自らも「デス・ペナルティ」の脅威にさらされながら、どこの誰が勝ち筋の見えない相手とやりあうっていうんだ? 万が一、名誉のためだというならば、実際誰も名乗りでてこないじゃないか?

 反論があった。しかし現にゴーストの目撃情報はない。どこぞのプレイヤーと相打ちしたんじゃないか?

 それこそ推論だ。


 そんなネット民の憶測や推論は知る由もなく、彼女は宿舎内を見まわりした。宿舎内を見てまわっていると、誰かがぬいぐるみを胸に抱き、廊下に佇んで窓の外を眺めていた。イチカだった。彼女はリリィに気づくと、微妙に淋しそうな表情をした。

「リリ」

「イチカ、まだ起きていたの?」

「リリ、イチカをおいてっちゃいや」

「大丈夫よ」、リリィは膝を折りうなずいた。「置いてかないわ」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「リリがとおくにかんじる」

 妊娠している以上、いつかはここを出なければいけないのを感じ取っているんだろうか? そう思うとなんだか急にイチカが愛おしくなった。彼女はイチカをひしと抱きしめて囁いた。

「ごめんね、ごめんね」

 その頭をイチカはなでた。「リリ、なかないで」

 リリィの口もとは微妙に震えていた。

「どこかいたいの?」

「違うの」、彼女は首を振った。「なんでもない、なんでもない」

「リリ、くろねこさんとなかよししなくちゃいやだよ」

 またくろねこさんだ。いったいなんのことを言っているのだろう? と彼女は思う。何かの比喩なのだろうか?

「ねえ、くろねこさんっていったい何? 私が鈍いのかな? 誰かのことを言っているのか本気でわからないんだけど?」

 イチカは腕を組んで困った顔をした。「んー、わかんない」

「そう」

「うん」

「もう寝なさい」

「じゃあえほんよんで」

「仕方のない子ね。一冊だけよ」

「わかった」

 イチカはプレイルームに駆けて行き、エリック・カールの「はらぺこあおむし」を取ってきた。そしてイチカと相部屋のミナ――ぐっすり眠っている――を起こさぬように、ベッドに寝かしつける。イチカははしゃぎ、リリィは小声で絵本を読んでやった。やがて彼女の耳もとで寝息が聞こえてくる。

 リリィは読書灯を消し、カーテンの隙間から窓の外を見た。

 アイリスたちはちゃんとやっているだろうか――




アイリス「このペースじゃ朝までかかるわよ」

ビオラ「アイリスが無暗に人を殺すからよ」

パンジー「口じゃなく手を動かして」

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