表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第7部 襲撃する者とされる者
63/71

3【K】決して無理しないでよ




 深夜2時、夜冷えの中、底冷えのする中、Kたちは秋葉原の廃病院の前で待機していた。都会ということもあり、日暮れから随所にネオンサインが見える。だが辺りは静まりかえっていた。不穏な気配のする――そんな奇妙な夜だった。空には月が――やけに輪郭のくっきりとした満月が浮かんでいた。Kはサイレンサー付きのピストルをスライドする。続けてバイパーもそれに倣う。いつの間に買ってきたのか、レオパードは実に美味そうにメビウスをせかせかと吸っていた。一分だけ待ってくれと彼は言い、時計の秒針が一周する。

『そろそろだね』とオルカが通信機を使って囁いた。『皆集合しよう。単独行動は著しく生存率が下がるから、くれぐれも控えてほしい』

『おうよ』、レオパードが煙草を足もとに落とし、靴底でその火をもみ消した。

『了解した』、Kとバイパーは声をそろえて返事した。

 さっそく廃病院の敷地内に入り、塀沿いから辺りを観察する。外から見る限り、廃病院に明かりは点いていない。正面扉は施錠されていたが、裏口にまわると鍵の開いている窓があった。4人はそこから廃病院の中に侵入した。中には人の気配がない。寝静まっているのかもしれなかった。4人は銃をかまえて部屋を確認する。踏み込んだ先は、どうやら病院の、かつて待合室として使われていた部屋のようだ。

「各バディに別れて壁際をゆっくり行こう」とオルカが周囲を見渡しながら言った。

 辺りはいやに静かだった。オルカとレオパード、Kとバイパーは壁を背にピストルをかまえて、窓から差し込む月明かりを頼りにゆっくりと歩を運んだ。館内は四階建てで、中規模な造りである。その広さも手伝ってか建物内には、やはり人の気配を察知することができなかった。

 作戦が洩れたのか? とKは思った。いや、それはない。任務を知っているのは司令とごく少数のハンターだけだ。とにかく切り替えて作戦に集中するしかない。

「エレベーターがあるぜ?」とレオパードが言った。

 確かに通路の先にエレベーターがある。

「エレベーターのドアの前は待ち伏せされているかもしれない」とオルカが言った。「乗ったら逃げ場がないから階段を使うよ」

 他の3人は了解の返事をした。

 銃撃があったのは、彼らが二階に上がったときだった。階段の向かいから一気に発砲され、一同即座にその場に伏せた。そのあと叫び声が聞こえる。

「〈鴉〉だ! 〈鴉〉がいるぞ!」

「よっしゃ、〈蛇〉がいやがった」とレオパードは声をあげた。「楽しませてくれよ」

 レオパードは立ち上がると同時に銃を撃ちながら敵のもとに駆けて行った。敵は悲鳴をあげながら、どんどんくずおれる。

「レオパード、先走らないで」とオルカが言う。

 オルカの制止を無視してレオパードの姿は消えていった。相手も銃にサプレッサーをつけているのだろうか――わめき声だけが廊下に響いている。

「さっそく単独行動かよ」、Kは呆れた。そしてオルカのほうを見た。「オルカ、大丈夫だと思うが、レオパードを見てやってくれ。この隙を利用して俺とバイパーは三階に上がる。なるべくなら敵を引きつけてほしい」

「わかった。決して無理しないでよ」

「ああ、そのつもりだ」、Kは微笑した。

 オルカがレオパードの後に続いた。次々と敵が湧いて出て、戦闘が激化する。そのいざこざに紛れてKとバイパーはすみやかに三階に上がった。すると三階には騒ぎに駆けつけた者たちが起きてきて出迎えていた。

「いたぞ!」、誰かのどなり声がした。

 Kとバイパーは階段の手すりに身を隠し、迎撃する。

「さすがに数が多いな」とKは言った。

 激しい応酬を重ねながらも、敵はひっきりなしにやってくる。Kは階段の手すりを背に、ピストルのマガジンを入れ替えてスライドした。

「埒が明かないな。俺が隙を作るから四階にのぼるぞ」

「ラジャー」とバイパーは答えた。

 Kは前に踏み込み、敵の群れに立ち向かって行った。縦横無尽に駆けながら、見事銃撃をかわしていく。そして正確に射撃した。〈システム・サクラメント〉でもっと危機的状況に置かれたこともあったおかげで多対一に馴れ、敵の弾が当たる気がしなかった。

『四階に到達しました』とバイパーが通信機越しに言った。

『今行く』とKが答えた。

『僕たちも二階で応戦中』とオルカが言った。

『俺の活躍の場を残しとけよ』とレオパードが意気揚々とどなった。

 Kは傍にあった消火器を手にし、安全栓を抜いて周囲を覆い隠すように白い粉を散布した。とたんに周囲に靄がかかる。

「くそ、前が見えねえ」

「とにかく撃て」

 敵の戸惑いの声を背にKはするすると四階に上がった。一目散に階段を駆け上がる。月明かりの差し込む中、四階ではバイパーがひとりの男と銃を突き合わせていた。相手は長髪をポニーテイルにし、グレーのツイードのジャケットを着こみ、左目の下には三日月型の傷がある。以前、「ドナルドエン」で逃走したプロの殺し屋だ。すかさずKが発砲すると、殺し屋は非常口に走り去って行った。また逃げられた形だ。抜け目がない。

「バイパー、無事か」

「問題ないです」とバイパーは答えた。「敵を取り逃がした以外は」

「邪魔したか?」

「いえ、助かりました。対峙したところ、相手のほうが格上だったと思います」

「そうか」、Kはうなずいた。「とにかく深追いはするな」

「了解です」

 結果、廃病院は制圧した。しかし、波乱に紛れて多くの敵も撤退することとなった。彼らは生き残った敵を椅子に座らせて拘束した。バイパーが目隠しをして、Kが口の中に銃口を突っ込む。

「君たちのボスはどこかな?」とオルカが訊いた。

 捕らえた敵の男は黙っていた。レオパードがサプレッサーを外して銃を撃った。銃弾は発射音を立て、同時に男の耳をかすめた。

「しゃらくせえ。やっちまおうぜ」

「あがっ、ま、待て。ひ、ひっていることは全部話す。だからいのひだけは――」

「へっ、最初から素直にそう言やいいんだよ」とレオパードが言った。

 男は洗いざらい話した。


 朝6時、樹海の入口にKたちが姿を現すと、アウルは心底ほっとした様子だった。

『皆さん、お怪我はないですか?』、樹海をひた走りながらアウルが尋ねた。

『何度かひやひやしたけど結果的にうまくいったよ』とオルカが答えた。

『人を――人をたくさん殺したんだ』、レオパードはさっきからずっとめそめそしている。どうやら襲撃時の興奮の反動で今は落ち込んでいるようだ。『ああ、俺はなんて罪深いんだ』

『とりあえず任務を無事に終えたみたいでよかったよ』、Kは助手席に深く座っていた。

『まだ終えていません』、バイパーがハンドルを握りながら言った。『街に帰るまでが任務です』

『遠足かよ』、Kは言った。『とりあえず無傷で情報を持って帰ったんだ。上々だろう』

『ううう――』、呻き声が聞こえる。

『レオパード、うるさいぞ。もう寝てろ』

『生まれてきてごめんなさい――』

『いいから寝ろ』、寝たら気分が安定するのを知っているのだ。


「報告を聞こか」

 管理者Ⅹは起きてKたちの帰りを待っていた。実際のところ、本当にいつ寝ているのだろうとKは考える。今は司令室で聞き取りを行っている。レオパードは自虐的になっていたので家に帰した。

 だから今司令室にいるのは管理者ⅩとオルカとKとバイパーということになる。

「敵を尋問したところ、〈ウロボロス〉のボスの名前も居所を簡単に吐きました。やはり組織として一枚岩とは言い難いですね。ほとんど報酬のためだけに繋がっている」とオルカが言った。

「ボスの名前は?」

「ヒイラギと名乗っているそうです」

「ヒイラギの居場所はどこや?」

「西新宿の廃校です」

「確かか?」

「俺たちも居合わせました」とKは言った。「どちらも確かです」

「確か〈蛇〉のボス――ヒイラギは定期的に本拠を変えるということらしいな。だから攻めるならなるべく早いうちに越したことない。西新宿の廃校はこっちで調べをつけとくから、今のうちによく休んで、明日の深夜、また4人に襲撃してもらう。最終決戦や。わかったな?」

「はい」

 Kは自宅に帰ると自室で愛用のグロック17をばらして、不具合がないか調べ、丁寧に組み立て直した。サプレッサーも新品と取り換える。そして手になじませてから銃をかまえると部屋のノックがした。アウルだった。

「どうした?」

「明日も送迎の出動要請がかかりました」

「だろうな」

「とても危険な任務だと聞いています。Kさん、必ず生きて帰ってきてくださいね」、アウルは至極心細そうに瞳で訴えかけてきた。

「心配するな」とKは言った。「決着をつける」




リン先生「レオパードさん、処方箋飲んでないでしょ? おまけにお酒まで持ち込んで」

レオパード「生まれてきてごめんなさい――(シクシク)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ