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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第7部 襲撃する者とされる者
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2【L】質問はするな




 寄付の申し出があった。

 その申し出は昼食時、電話でパンジーとアイリスが応対した。Kからの電話は丁度そのとき、かかっていたが、通話中となり繋がれることはなかった。もしリリィがそれを知ったら、口惜しい想いをしたことだろう。

 その夜、シスターたちと調理スタッフの人たちの手袋をリリィは全部編み終わった。彼女は空の段ボール箱にそれらを詰め、表面に黒いマジックペンで「クリスマスプレゼント、シスター、調理スタッフの方へ」と表示をし、自分のベッドの下にしまった。そしてほっとする。なんとかクリスマスに間に合ったからだ。

 手袋、みんな喜んでくれるといいな――そんなことを考えながらリリィはベッドに横たわり、やさしい気持ちで眠りについた。


 翌朝、さっそく来客があった。タートルネックのセーターの上からジャケットをはおった中年の男が二人。寄付の申し出の電話を寄越してきた者たちがさっそく修道院の視察にやって来たのだ。アイリスがにこやかに施設を案内し、男たちは特別な興味もなさそうに彼女の話に耳を傾けていた。女所帯ということもあり子供たちは関心をもってその様子をうかがっていた。考えてみれば、元神父が失踪してからというもの、男が修道院に現れるのは異例なのだ。また、基本的に修道院は男子禁制である。皆が興味を持つのも、仕方がなかった。

「まず」と男のひとりが切り出した。「質問はするな。質問していいのは俺たちだけだ。もし破ったら寄付の話もご破算になると思え」

「心得ました」とアイリスは表情を変えずに言った。

 廊下を通っていると男が言った。

「ずいぶん綺麗にしてるんだな」

 もう一方の男が相槌を打った。「ええ、建物自体は古いですがどこも綺麗にしてますね」

 それを聞いてアイリスが当然というふうに人差し指を立てた。

「昔から部屋の乱れは心の乱れといいますから、我が院は常に清潔を心掛けております」

「だってよ」

「感心ですね」

 長髪を後ろで束ねている男が、ふとイチカの視線に気がついた。通路の陰でぬいぐるみを抱いてこちらを凝視している。男は佇んで手を差しだした。

「おいで」

 イチカは一歩下がって首を振る。

「いや、いや」、そう言って走り去る。

「ちっ」、長髪は舌打ちした。「これだからガキは」

「子供はしゃがんだりして目線を合わせてあげると安心してくれますよ」、アイリスがとっさにフォローした。

「もういい。大体わかった。本題に入ろう」

「でしたら、応接室にご案内しますね」


 応接室ではパンジーがお茶を淹れて運んだ。白い壁にはカンディンスキーの抽象画の複製が額装されてかかっている。男たちは上座のソファに腰を下ろし、アイリスたちは下座の古びたソファに座った。話し合いの場にはリリィも召喚されていた。

「イトウユリと申します」、リリィは名刺を差し出した。ちなみにもちろん偽名だ。

「これはどうも」、男たちは名刺を受け取ると、自身の名刺を返した。「俺は会社をいくつかやっている。こっちのガタイのいいスキンヘッドは秘書兼ボディガードだ。腕も立つ」

 名刺には知らない会社の名前と役職、そして人名が記載されていた。

「まあ、そうなんですね」とリリィはお愛想を言った。

 スキンヘッドの男が風呂敷を彼女たちの前に置いた。

「ここに500万ある」と長髪の男が言った。「確認してくれていい」

「では遠慮なく」、アイリスが風呂敷を解いて確認する。帯をした100万円が5セット入っていた。「500万、確かに」

 長髪は足を組んだ。「あんたらのやっていることを認めた上での寄付金だ。ただし訊きたいことがある」

「なんなりと」

「子供たちの命とあんた自身の命、どっちが重い?」

 アイリスは考えた。「大前提としては子供です。ただ例外があるとすれば、子供を守れるとすれば、自分を優先します」

「血の繋がらない子供をそこまで守ろうだなんて、けなげだねえ」と長髪は言った。「いいだろう。収めてくれ」

 しかしアイリスはテーブルに札束を置いた。

「どうした? 要らないのか?」

「ひとつうかがってもいいでしょうか?」

「質問はするなと言ったはずだが?」

「あんたたち、何者?」

 長髪とスキンヘッドは思わずピストルを取り出した。それより早くアイリスとリリィはリボルバーをかまえて、彼女らは男らの右肩を正確に撃つ。彼らはその場にくずおれた。

「アイリス」とパンジーが部屋に入ってきて言った。「インターネットで調べたところ、その男の人たちの名刺にあった会社はペーパーカンパニーですよ」

「ちっ」、長髪が舌打ちした。「このアマ」

「やっぱりね」とアイリスは言った。

「じゃあこの人たち、いったい何者なの?」とリリィが言った。

「それをこれから絞り出すのよ」、アイリスは長髪の左太腿を撃った。

 長髪は叫んだ。「ぐはっ」

「銃を置きなさい」とアイリスは命令した。

「ちっ」、長髪は舌打ちした。「なぜわかった?」

「血の臭いは消せても同業の臭いは消せない」

「お前ら、殺し屋か」

「質問はするな、だっけ?」、アイリスは銃口を向けて指図した。「さあ、さっさと銃を置きなさい」

 長髪とスキンヘッドはそれに従った。

「このあとどうするの?」とリリィが尋ねた。「簡単に情報を吐くとは思わないけれど」

 アイリスがリボルバー片手に笑った。「あるじゃない。うちには尋問にうってつけの場所が」


 男らのタートルネックのセーターの首もとをめくると、二人には首筋に禍々しい〈ウロボロス〉のタトゥーがあった。

「こんなことだろうと思った。話が美味すぎるのよね」

 ボディチェックを受けた男らは両手を上げ、修道院の地下シェルターを下りていった。その後ろではアイリスとリリィが懐中電灯片手にリボルバーを背中に突きつけている。その前はつかえていた。

「さっさと歩きなさい」とアイリスが言う。

「もっと足もとを照らしてくれ」と長髪が言う。

 男らはそれぞれに牢屋に入れられる。長髪は奥の部屋に、その隣の部屋にスキンヘッドが入れられた。アイリスが施錠する。そして腰に手を当てた。

「ボスの居所はどこ?」

「知らないな」

 アイリスが銃口を向ける。

「自分の置かれている立場はわかってる? 拷問だって可能なのよ?」

「何をされても俺は口を割らないぜ」

「殊勝なことね。でもあんたのいるその部屋の時空は歪んでいる。その悪態も、いつまで貫けるかしら?」

「時空が歪んでる?」

「そこにいりゃ、すぐにわかるわよ」

 アイリスは頬の髪を払った。そして長髪の右腿を銃で撃った。

「がはっ」

「それともきつい拷問がお好み?」

 長髪は首をぶるぶると振った。

「役職の偉いほうを時空の歪みに入れてもいいの?」とリリィが訊く。

「こいつらで偉いほうはハゲのほうよ」とアイリスが答える。「たぶんカモフラージュね。ハゲは終始落ち着いている」、そしてスキンヘッドの男の方を見た。「そうよね?」

「どうだかな」とスキンヘッドの男は言った。

「いつまで強がれるかしらね?」、アイリスはにっと笑った。


 翌朝、長髪はミイラと化していた。骨と皮だけになっている。その顔には長髪の面影があった。それを見て、スキンヘッドは震撼した。恐怖とはちがう異様さを感じ取ったのだ。

 アイリスはスキンヘッドに向けて銃をかまえた。

「どう? 話す気になった?」

 しばらくスキンヘッドは黙っていた。

「何が訊きたい?」

「あんたたちのボスの居所よ」

「新宿だ」

「あんた、なめてんの? しっかり住所まで言いなさい」、アイリスは銃口をスキンヘッドの顔に向けた。

 スキンヘッドはアイリスの殺意を感じ取った。

「わかった。新宿区―西新宿―*丁目の廃校だ。番地以下は知らない」

「ボスの名前は?」

「ヒイラギさんと呼ばれている。本名かどうかは知らない」

「オーケー。もし違ったら死んでもらうから」

「好きにしろ」

 アイリスはせせら笑ってシェルターの灯を消した。




アイリス「あたしにマウント取ろうだなんて、100億年早いのよ」

シスターたち(アイリスだけは敵にまわしてはいけない)


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