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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第6部 オメガとデス・ペナルティ
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10【Ⅼ】最凶のプレイヤー




「そんな」

 リリィはシャノワールが銃弾に倒れて、ゲーミングパソコンの前で愕然とした。ミッションをクリアして、戻ってきたところを狙ってくるとは思わなかったのだ。ツクヨミに襲撃されて以降、フレンド欄にシャノワールの名前はない。やはりゲーム内で死ねば、本当にアカウントが消滅するようだった――

 喪失感を覚えたリリィは腹いせにその場にいるプレイヤー全員を抹殺した。殺されたプレイヤーたちは地にへばりつき、あっけなく宙に霧散した。命乞いする者もいた。でも、ここにはもう守るべきものも従うべきものも何ひとつなかった。

 そのようにしてリリィは――ゴーストは、〈システム・サクラメント〉内において名うてのプレイヤー・キラーとして、その名を轟かせ、君臨していく。


 翌朝、リリィはアイリスの部屋を訪ね、彼女に事の顛末を説明した。話を聞き終えると、アイリスは姿勢を崩し、腕を組んだ。その姿は窓から差し込む逆光を帯びていた。

「なるほどね。よくわかったわ」とアイリスは言った。

「どうしよう? このままじゃゴキブリ駆除の依頼を受けられなくなる」

「それは考えたって詮無いことよ」、アイリスは背筋を伸ばしてミルクティーをひとくち飲んだ。「我々の目的は第一に〈ウロボロス〉の頭をとることよ。大体、シャノワールさんに電話番号を教えたんでしょ? 何かあれば電話がかかってくるって」、ちなみにアイリスはシャノワールのことを――そのアバターの外見から推察して――女性だと思い込んでいる。

「それはそうだけど――」、リリィは手の中のティーカップを虚ろに見つめていた。


 以来、リリィは暇があれば、こたつの中でうずくまる猫のように電話機の傍から離れなくなった。今も彼女は電話機の横で膝を抱えて座っている。いっそのこと、こちら側からシャノワールに電話をかけることも考えた。でも、結局は、一体何から話せばいいのか彼女にはわからなかった。

 そんなことを考えていると、リリィの頭上に陰がかかった。顔を上げるとビオラが腰に手を当てて立っていた。

「お昼寝の時間だから、子供たちの面倒を一緒に見てくれない?」


 大部屋に行くと、子供たちが皆すやすやと寝ていた。リリィとビオラは子供たちの毛布を掛けなおしてやると、そのあと椅子に並んで座り、小さな声で他愛のない談義を始めた。異変を感じ取ったのは、それから15分くらい経ってのことだ。部屋の四方から黒い瘴気がすり抜けて、噴出してきたのだ。

「また?」とリリィが声をあげた。「最近、霧は現れなかったのに」

「とにかく追い払って」とビオラも声をあげる。

「どうやって?」

「わからないわよ。でもどうにか子供たちを守らなくちゃ」

 しかし奮闘虚しく、黒い霧は子供たちの頭の中に潜り込んでいった。途端に子供たちはうめき声を上げる。しまいには声をあげて泣いたり叫んだりしだした。その様子を見て、リリィはすぐさま最年長のミナの肩をゆすって起こした。

 ミナは目をこすりながら言った。「シスター・リリィ、どうしたの?」

「ミナ。異変はない?」

「んー、とくに何もおかしなところはないよ。あれ? みんなまたうなされているんだね?」

「そうなのよ。みんなを一緒に起こしてくれない?」

「わかった」

 彼女らは必至で子供たちを起こしてまわった。ただ子供たちも起きたあとは、例にもれず、総じてけろっとしている。なんの夢を見ていたのか尋ねてみると、殆どが覚えていないと答える中、5歳のトウカだけは「お花畑」の夢を見ていたと答えた。またお花畑の夢だ――

「お花畑?」とビオラが聞き返した。

「うん、そう」

 前回にアイサに教えてもらった夢の内容に共通する。

「なんのお花畑なのかな?」、リリィがしゃがんで目線を合わせ、優しく尋ねる。

「しろいおはな。まんなかがきいろいの」

 それはやはり以前アイサが答えたマーガレットの特徴だ。

「他には何か覚えてない? 嫌な声がしたとか」

「んー、わかんない。なに? なんでこんなにきかれるの? トウカわるいことした?」

 トウカが困惑しだしたので、彼女たちは夢の話を問い詰めるのを一旦断念した。


 夜になると彼女は〈システム・サクラメント〉にログインした。画面には「お知らせ」が届いていた。


〈サービス終了のお知らせ〉

 本ゲーム〈システム・サクラメント〉は今月末をもってサービスを終了いたします。平素よりたくさんのプレイヤー様のご愛顧を頂き、誠にありがとうございました。つきましては――云々――


〈システム・サクラメント〉が終わる? 可能性としてシャノワールに事前に聞かされていたものの、こうして「お知らせ」として眼前に突きつけられると、徐々に実感が湧いてきた。

 呆然としていると不意にPKを喰らった。それを華麗にいなして「グングニル」で仕留める。いつしか彼女は、〈システム・サクラメント〉最凶のプレイヤーと揶揄されるようになっていた。ありがたくないことにその代償として、今では自暴自棄に陥ったり、ささやかな栄誉を求めて彼女に挑むことが流行化しているのだ。

 彼女はその状況にうんざりして――すっかり常連となった――〈アシッド・フード〉に逃げ込んだ。

「いらっしゃい、お、有名人じゃないか。噂はかねがね耳に入ってるよ」とパンクは言った。

「望んで有名になったわけじゃないわ」、ゴーストはカウンターの端に座った。「ピンクダイキリを頂戴。ところで何かシャノワールさんに繋がる手がかりはない?」

「さあね。PKされたのなら、アカウントが消滅しちまったんだろう」

「パンクさん、私と協力して高難度ミッションをクリアしない? 高ランクのプレイヤーだったんでしょ?」

 パンクはカクテルをグラスにそそぎ、ゴーストの前に置いた。

「『デス・ペナルティ』が発動しているのに本気で高難度ミッションを制覇しようだなんて、イカれてるぜ、あんた。老兵は去るもんだよ。俺じゃとても現環境にはついていけないさ」

「少し手を貸してくれるだけでもいいの」

「悪いけど俺は足を洗ったんでね。今は悠々自適なマスターさ。お誘いだけはありがたくもらっとくよ」

「むう――」

 それ以上、彼女は何事かを思案するように黙り込んだ。


 翌日、気持ちのいい朝がきた。日和も良好だった。リリィは爽快に目が覚める。カーテンをさっと引いて開けると、文字通り眩い青空が街に降り注いでいた。彼女は窓を開き、胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込むと、ゆっくりとそれを吐き出した。それからパジャマを脱いで修道服に着替える。ひとり、習慣と定めている朝の儀式(祈祷)を行うために。仕上げに髪をセットしたら彼女は自室を出た。

 朝食の席はパンジーが隣だった。一同、今日のパンに感謝し、祈りを捧げる。メニューはバゲットとコンソメスープ、それとゆで卵だった。朝食の最中もシャノワールから電話がかかってこないかとリリィはそわそわしていた。だから電話が鳴ったらいつでも反応できるように電話機から一番近い席を選んでいた。

「きょうのごはん、すくないね」とトウカが不平を洩らす。

「なるべく節約しないといけないからね」、パンジーがトウカの口もとをナフキンでふいてやる。

 事実、暗殺の依頼が受けられない状況なので、経費を削減するのは仕方がなかった。

「私のパン、半分食べる?」とリリィは訊いてみる。

「駄目よ、リリィ」、パンジーがそれを制止する。「あなたもしっかり食べないといけないんだから」

 お腹の子供のためにと言いたいのだろう。しかし皆の前なのでパンジーはそこで口をつぐむ。すると電話のベルが鳴りだした。

「はいはーい」とパンジーが言いながら席を立つ。

 とっさのことにリリィは電話に出るタイミングを逃した。

「はい、こちらさんさん修道院です」

 リリィはパンジーの声に耳を澄ませていた。

「まあ、本当ですか? でしたら代表と代わりますので少々お時間いただけますか?」、パンジーは受話器の送話口を手で押さえてアイリスの名前を叫んだ。「アイリス」

「どうしたの?」、アイリスが歩み寄る。

「それが、電話相手が多額の寄付を申し出たいとおっしゃっています」

「ホームページを見たのかしら? なんにせよお手柄、パンジー。あとは任せて」

 アイリスは受話器を受け取った。

「はい、お電話代わりました。代表のクロサキアヤメです――ええ、そうです――はい――それはもう――日中でしたらいつ起こしいただいても結構です――まあ、そんなに――」

 電話を切るとアイリスは微笑んだ。

「ビンゴ。資産家からよ。寄付の目的はおそらく道楽半分――税金対策の一環じゃない? 要件が済めば500万振り込んでくれるってさ」

 シスターたちは口に手を当てて瞳を輝かせた。そんな中、リリィだけは「シャノワールさんからじゃなかったんだ」と落胆していた。




ゴースト「さて今日もお散歩気分でPKするかな」

パンク「『グングニル』の必中効果は反則だねえ。さすがは最凶」

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