8【Ⅼ】彼女らはこのスキルに賭けていた
〈憤怒〉のボスを見上げながら、ゴーストとシャノワールは震撼していた。
ゴースト「サタン?」
シャノワール「サタンですね」
ゴースト「サタンって魔王のことですよね?」
シャノワール「ええ、そのとおりです」
サタンが絢爛たる12枚の翼をゆっくりと広げると、天から太い柱のような無数の黒い雷が落ちた。ゴーストらは右往左往する。黒い雷を避けながら応戦するも、商業ビルの頂上まで、弾丸は届かなかった。
サタンは翼を広げたまま商業ビルからゆっくりと飛び降りてきてスクランブル交差点に着地した。ゴーストらは銃を撃ちこむ。するとサタンは手をかざし、エネルギーをチャージし始める。圧縮されたエネルギーの塊がどんどん膨らんでいく。
シャノワール「不味い。ゴーストさん、下がって」
ゴースト「はい」
サタンは手のひらから巨大なエネルギー弾を撃ち放った。尋常ではないエネルギーがすべてを薙ぎ倒し、吹き飛ばし、軌道上には何も残らない。致死的な一撃だった。サタンはほくそ笑んだ。
ゴースト「笑っている」
シャノワール「どうやら遊ばれているようですね」
二人は反撃の狼煙をあげた。二手に散って素早くサタンの側面にまわり込み銃を速射した。相手の体力が微かに削れ、さらにシャノワールは背後に移動して「グレネード」を投げまくった。すると爆炎の中、サタンは上昇して、両手から青い炎を繰り出してきた。シャノワールは機敏にそれをかわすが、サタンは手を休めずに次から次へと炎を投げつけてくる。今度はシャノワールのいる場所が爆炎に包まれた。ゴーストはそのあいだずっと銃を撃っていた。彼を信じて。
爆炎の中、シャノワールは姿を現すと、一直線にサタン目がけて走り込んだ。
〈システム・サクラメント〉には銃ともうひとつだけ武器がある。それはナイフだ。基本的に弾切れしたときのための緊急用の——さらにいえば気休め程度の——武器ではあるが、シャノワールはそのスキルの有用性に着目していたし、ナイフのスキルは交換するポイントの対価が少ないのも利点だ。彼は「グレネード」をゲットして、それでも余ったスキルポイントでナイフのスキルにポイントを注いでいた。
シャノワールは隙を見てサタンをナイフで切りつけた。するとサタンの全身は紫色に明滅しだした。ナイフの固有スキル「ポイズンダガー」だ。毒の効果により1分間に1%、対象にダメージを与えることができる代物である。長期戦においては限りなく有効だといえるだろう。
シャノワール「これで100分以内に決着がつく」
ゴースト「すごい。ボスにナイフを当てちゃうなんて」
シャノワール「とりあえずあとは逃げまわっていれば、相手は勝手に自滅してくれます。下がりましょう」
ゴーストらはサタンから距離を取った。サタンも商業ビルの上に飛び立ち、頭上から黒い雷を降らせる。やはりすべての一撃が致命傷になる。ゴーストは喉の奥がひりひりした。
前線ではシャノワールが軽快に敵の攻撃をおびき寄せ、かわしていた。しばらくするとサタンは黒い雷の攻撃をやめ、商業ビルから舞い降りてきた。再びチャージしてエネルギー弾を放つ。その威力にステージは焼け野原と化した。隠れるための遮蔽物がないが、そもそも遮蔽物があったところで、もろとも破壊されるだろう。摩天楼のごときビルの麓で彼女らはサタンと対峙していた。
サタンの両の手のひらの上には青い炎が燃え盛っていて、彼はまたほくそ笑むと、それをゴーストとシャノワール目がけて投げつけてきた。火炎による怒涛のラッシュを受ける。二人はそれを避けるので手一杯だ。彼女らはフィールドの端まで追いやられていた。
「ポイズンダガー」の効果もありサタンの体力が残り3分の2になると、サタンは再び傾いた商業ビルの屋上に降り立った。今度は地響きが鳴り、いたるところで地面が割れ、その裂け目からは溶岩が勢いよく噴き出す。チャットしている暇はなかった。とにかく相手の攻撃を回避しなければ——
彼女らは左右に飛び込んで敵の攻撃範囲の外に逃れた。
シャノワール「もう逃げ場がない。一旦立て直しましょう」
ゴースト「でもどうやって?」
シャノワール「ビルから降りてきたところを僕が攪乱します」
ゴースト「わかりました。お任せします」
回避に徹したシャノワールの動きは軽やかだった。敵を惹きつけてはすり抜けて、思うように攻撃させない。銃を撃ち、「グレネード」を投げては、サタンの動きをコントロールしている。ゴーストはその後ろで感心しながら銃をかまえていた。一体どういった反射神経をしているんだろう、と。
また黒い雷が降った。彼女らはそれをすれすれでかわした。一旦パターンが読めると、それほど驚異的な攻撃ではなかった。二人は隙を見てサタンを攻撃した。
ボスの体力が半分になると異変が起きた。サタンは高く宙に舞い上がっては、肌は鉛色に変色し、羽は蝙蝠のそれみたいになった。そして鋭く聳え立つ二本の角が額に生えた。まさに魔王と形容するにふさわしい禍々しい姿だった。
夜空に巨大な目玉がいくつも出現する。それらは目を見開いて、光線を放った。たまらずゴーストとシャノワールは逃げ惑うが、逃げた先にも光線だ。攻撃を受けきれない、とゴーストは思う。反撃しなければからめとられる。ゴーストは間合いを詰めて、サタンを銃撃したが、サタンの体力は殆ど減らない。それでも彼女は銃撃し続けた。なんとしても、敗北するわけにはいかないのだ。
シャノワール「目玉を狙いましょう」
上空の目玉を撃つと、それは目を瞑った。ゴーストらは次々に目玉を銃撃していった。目玉がどんどん目を瞑る。しばらくすると目玉はまた目を見開いた。
そんな中、サタンは昇っていた商業ビルから降りて炎を投げつけてくる。二人ともかわすのに手一杯で、押されていた。それでもゴーストとシャノワールは回避しながら銃を撃っていた。サタンの体力が徐々に減っていく。
シャノワールは前に出て「キャノンボール」を放った。サタンの体力が残り3分の1となる。サタンの真ん前に「状態異常無効化」という表示が現れた。毒の効果が切れたのだ。これでは攻勢に転じるしかない。それなのにまた地表が裂け、そこから溶岩が噴き出した。逃げ場はない。サタンは手のひらをシャノワールに向けて圧縮されたエネルギー弾を放った。
間一髪、シャノワールはその攻撃を右に避けた。エネルギー弾によって向かいのビルは崩れ落ち、その威力に彼はゾッとした。長期戦は不利かもしれないが、相手は近、中、長距離どれも攻撃にそつがない。そしてどれも致死的な威力を有している。また逃げ出すのは不可能だ。フィールドの端には透明の壁が差し入れられている。ここで決めなければ終わるのだ。シャノワールはサタンに「グレネード」を投げつけた。
爆炎の中からサタンが姿を現す。その目は赤く光っていた。サタンの手前の虚空に黒い炎が現れる。サタンはそこに手を差し入れて一本の燃え盛る黒い大剣を抜き取ると、右肩に大剣を載せた。
ふいに目にも止まらぬ速さでサタンがシャノワール目がけて飛んできて、大剣を軽々と振り下ろす。シャノワールは攻撃をかわすもどんどん後ろに下がっていった。街が半壊したおかげで隠れるところもない。サタンは黒い大剣を振りまわし続けていた。
また空に無数の目玉が出現して光線を放った。ゴーストとシャノワールは光線をかわしながら、天に向けて銃を撃つ。目玉は次々と目を瞑っていった。二人とも攻撃に馴れてきているのだ。
サタンがまた高く空を舞い、商業ビルの上に降り立った。こちらの攻撃が届かなくなる。
シャノワール「ゴーストさん、僕の後ろへ」
ゴースト「はい」
ゴーストはシャノワールの背に隠れた。
シャノワール「アレいけますか?」
ゴースト「いけます」
シャノワール「じゃあ僕が隙を作るのでお願いします」
ゴースト「わかりました」
サタンは人差し指をゴーストらに向けたと思うと、瞬時に指先から凄まじいレーザービームを繰り出した。今までにないくらい強烈だ。シャノワールは「イージスシールド」を発動し、それを防いだ。
シャノワール「ゴーストさん、今です!」
ゴーストは新スキル「グングニル」をサタン目がけて放った。このスキルは1日一回しか使えない上に、習得に莫大なスキルポイントを要する。だが、その威力は——その名のとおり——正に神槍で貫くような凄まじさで、さらに必中攻撃だ。彼女らはこのスキルに賭けていた。
ゴーストの攻撃は見事サタンを撃ち抜いた。肉体が爆ぜ、体力が0になり、その姿は霧散した。ゴーストとシャノワールはハイタッチのモーションをした。彼女らはホッとすると共に心底喜びを分かち合った。
ゴースト「やりましたね!」
シャノワール「ええ、やりました。とりあえず元いたフィールドに戻りましょうか」
ゴースト「はい!」
ミッションをクリアし、ナインス・シティーに戻った瞬間、シャノワールは撃たれた。帰ってきたところを狙いすましたように背中からズドンと。PKだ。犯人はツクヨミというプレイヤーだった。シャノワールのアバターは消失し、天に舞った。シャノワールを撃ち殺した敵プレイヤーをゴーストもすかさず葬った。でもそんなことをしてもシャノワールは蘇らない。「デス・ペナルティ」が働いているのだから。
そう、そんなことをしてももう意味はないのだ――
「シャノワールさん!」とゴーストはいつまでも叫び続けた。
ゴースト「めっちゃ人に避けられる」
シャノワール「ゴーストさん、もう立派なプレイヤー・キラーですね笑」




