5【K】事態は一向によくならない
戦闘開始をして、予想外に早く「イージスシールド」を消費してしまった。非常に不味い。あと1回しか使えない。シャノワールは「イージスシールド」の効果が切れると、シールド展開中にチャージしておいた「キャノンボール」をレヴィアタン目がけて放った。火球がレヴィアタンの胴を貫き、さらに10%ほど体力を削る。するとレヴィアタンは巨大な尾を鞭のようにしならせて地面を薙ぎ払った。激しい効果音とともに足場が奪われる。シャノワールとゴーストはバックステップでそれを回避した。
シャノワール「図体のわりに懐に潜り込めないな」
ゴースト「何か策があるはずです」
チャットする間もなく、レヴィアタンはまた口から光線を噴き出してきた。彼らは左右に飛び込み攻撃をかわす。そして距離をとって態勢を立て直すと、即座に銃を速射した。するとレヴィアタンの足もとで巨大な渦が巻き起こり、その渦にレヴィアタンは頭からとぷんと潜り込んだ。
妙な静けさが辺りを包む。
ゴースト「フォーメーション——固まりますか?」
シャノワール「いや、攻撃を分散させましょう」
ゴースト「シャノワールさん! 足もと!」
しばらくするとシャノワールの足もとに巨大な渦が発生していた。竜の頭が現れる直前に彼はその場からなんとか退避する。レヴィアタンは硬い鱗を纏った尾の先まで姿を見せながら泳ぐように夜空を舞い、それから落下し、そしてまた大渦の中に潜ってしまった。鱗——? とシャノワールは思う。
シャノワール「ゴーストさん、鱗に覆われていない頭部を狙ってみてください」
ゴースト「なるほど。もっとダメージが通るかもしれないですね」
また足もとに大渦が巻き、レヴィアタンが姿を現す。二人とも左右に距離をとる。そして狙いすまして鱗に覆われてない頭部に銃の焦点を当てた。レヴィアタンの体力ゲージが見る見るうちに下がっていく。レヴィアタンはお返しとばかりに口から炎を噴き出した。彼らは後ろに下がって、その攻撃をやりすごす——銃を撃ちながら。結果レヴィアタンの体力は半分ほどになった。今までにくらべて、はるかにダメージを与えている。
だがレヴィアタンの猛攻はそのあとだった。大きなヒレで彼らを切り裂いてきたのだ。レヴィアタンの斬撃が宙を穿つ。これでは攻撃をかわすのに手一杯で、銃を撃ち返せない。彼らは徐々に押されていった。そのあとレヴィアタンは天高く舞い、また怒涛の津波を呼び寄せた。シャノワールはすかさずゴーストの正面に躍り出て、「イージスシールド」を展開した。ゴーストはシャノワールの背に寄り添いながら銃撃している。
レヴィアタンの真下に大渦が巻き起こる。そして大きな身体を器用にうねらせて、頭からそこに突っ込んでいった。ひりつくような静寂がやってくる。彼らは銃をかまえ、地面を注視していた。
ゴースト「現れませんね」
シャノワール「機をうかがっているのかもしれない。気を抜かないで」
大渦はゴーストの足もとに発生した。レヴィアタンが上昇しながら牙を剥く。ゴーストは大渦の上から離れると、即座に敵に「スタンショット」を放った。レヴィアタンは「スタンショット」の麻痺の効果で動きが固まった。
彼らはレヴィアタンの顔に向けて急いで銃を速射した。レヴィアタンの体力ゲージがどんどん減少し、相手の体力は30%ほどになった。「スタンショット」——地味だけど便利なスキルだな、とシャノワールは思った。だがこのままじゃジリ貧だ。「イージスシールド」は使い切った。「スタンショット」も残り1回。まだ足りない。押しきるには火力に欠ける。
シャノワール「ゴーストさん、作戦を思いついたのですが——」
ゴースト「なんでしょう?」
シャノワールは作戦を伝えた。
ゴースト「なるほど。やってみましょう」
レヴィアタンの麻痺効果が切れ、今度はヒレを使って斬撃を飛ばしてきた。二人は易々とそれをかわす。レヴィアタンは後ろから迫ってきて、二人ともそれを攪乱する。追いかけっこのような次第だ。するとレヴィアタンは口から光線を噴き出し、それも彼らはよける。だいぶ相手の攻撃に馴れてきた頃合である。津波の攻撃を除けばなんとか乗り切れるかもしれない。ただゴーストは反撃するも、動きまわって隙を作るシャノワールは防戦一方だ。
レヴィアタンは口から炎を噴き出すと、また地中に潜った。辺りがしんとする。すると次第に廃墟と化した美術館の敷地の中央の地面が渦を巻いた。そこからレヴィアタンは空に向けて一直線に飛翔して、津波の攻撃モーションに入った。
そこをゴーストが「スタンショット」を放ち、宙に張り付ける。
ゴースト「シャノワールさん!」
シャノワールは慎重かつ迅速に、チャージ限度最大の「キャノンボール」を撃ち込んだ。レヴィアタンの頭部に巨大な火球が放たれる。命中である。レヴィアタンは呻き声を上げて散り散りに霧散した。
ボスを撃破したのだ。
ゴースト「やりましたね!」
シャノワール「やりました!」
二人はハイタッチのモーションをした。
フィールドに戻ると彼らは「アシッド・フード」に行った。奥の個室に入る。シャノワールはブラッディ・マリーを、ゴーストはマリブ・オレンジ(飲んでみたかったそうだ)を頼んだ。
シャノワール「それで、今後の作戦を立てたいのですが——」
ゴースト「同感です」
彼らは時間の許す限り意見を出し合い、熟慮し、そして別れた。
「ふう」
〈システム・サクラメント〉をログアウトするとKは一息ついた。二人ともなんとか死なずに済んだ、と彼は思う。しかしゲームの難易度は確実に上がっている。こちらも対策を取らねばなるまい。
インターネットで攻略サイトを探すも、それらしきものは見当たらない。感想サイトに「無理ゲー」だと書かれているばかりだ(デス・ペナルティ発動以降とくに)。自分以外に高難度ミッションに挑んだ者はいないのだろうか? やり直しがきかないだけに情報がほしい。Kは感想サイトのコメント欄を素早く下にスクロールしていった。一瞬、自分の名前が通りすぎる。どういうことだろう? 彼は画面をゆっくり上にスクロールして手をとめた。
[No.587]Kっていう奴を殺ったら、2億もらえるらしいぜ?
[No.588]マジ?kって誰よ?
[No.589]どこ情報だよ!ソースを出せ
[No.560]眉唾だな。
[No.561]2億あったらワイ会社やめる
「情報が拡散されている——」と彼はひとり呆然と呟いた。
それにしても懸賞金がかかっているのは俺だけなんだろうか? ゴーストさんは? 可能性としては無視できない。だって、彼女は俺のパートナー(と表現しても差支えないだろう)なのだから。
時刻は午前0時——そうこうしていると欠伸が出た。続きはまた明日考えよう。そう思い、Kはゲーミングパソコンをシャットダウンしてベッドに潜り込んだ。すぐに沈み込むような眠りが訪れる。
翌朝、彼は爽快に目覚めた。やはり朝はいい。頭もすっきりする。リビングに行くとアウルが台所で料理をしながら振り返った。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「もうすぐできるので座って待っていてください」
「わかった」
朝食はトーストと目玉焼き、それにウインナーとサラダだった。
「どうですか」とアウルが味の感想を求める。
「うん、美味いよ」とKは咀嚼しながら答えた。
朝食を済ますとKは着替えた。黒いトレーナーにベージュのチノパンツ、その上に黒とオリーブ色のツートーンカラーのマウンテンパーカーを羽織った。靴はタフなバスケットボールシューズだ。
「お出かけですか?」とアウルが言う。
「ああ」、Kはうなずいた。「墓参りに行ってくる。たまには顔だしてやらないと、淋しがるだろうしな」
「僕もついていっていいですか?」
「もちろん」
空はどんよりとして、風はひんやりとしていた。墓地に着くとKはバケツに水を汲み、雑巾でラットの墓を丹念に磨いた。そして来る途中に花屋で買った白いカーネーションを供えた。
「このお墓は誰のお墓ですか?」
「前の相棒だよ」
ラット——軽薄だが、どこか憎めないやつだった。人間臭いと言えばいいのか。手を合し、黙とうを捧げながら問いかける。ラット、俺は精いっぱいやっているさ。でも事態は一向によくならない。こういうときお前ならどうする? どうせなら「なんでもねえよ」って前みたいに笑い飛ばしてくれよ。お前が死んでしまったのが今でもまだ信じられないんだ。
なあ——
そんな彼の気持ちも知らないで、頭上には曇天が、いつまでも重く圧し掛かっていた。
閻魔大王「お前は地獄行きだ」
ラット「地獄にソープはあんのかよ?」
閻魔大王「ある」
ラット「行く!」




