7【K】ロマンティックなことを言いますね
「〈システム・サクラメント〉内にバグですか?」
Kは管理者Ⅹに召喚されて、司令室で彼女と二人で話し込んでいた。管理者Ⅹは険しい表情で椅子に腰掛けながら、直立しているKを見ている。
「せや」、管理者Ⅹは相槌を打った。「妹から連絡が来てな、まだ詳細不明やけど、バグの存在が確認された。Kにはその正体を突き止めてほしいと考えてる」
「でも突き止めるも何も、詳細が不明では対処のしようがないですよね?」
「そこなんやけどな、まずは以前と変わらずにあんたにはゲーム内で異変がないか監視しておいてほしいねん」
「なるほど」、Kはうなずいた。「それくらいなら俺にもできますね」
「万が一、〈システム・サクラメント〉が機能せんくなったらうちも困る。取引もできんくなるからな。まあ、〈ウロボロス〉の拠点の捜索は他のハンターに任せて、今は最優先にゲームのバグの手がかりを摑むように事を進めてくれ。よろしく」
そしてKは今シャノワールとして、ゴーストと共に〈システム・サクラメント〉の「七つの大罪」〈強欲〉のミッションにチャレンジしている。彼らのゲーム画面には、夜の六本木を模した一人称のフィールドが、きらびやかに表示されていた。
ゴーストが前に出る。
ゴースト「このミッションは何度かチャレンジしました。クリアはできませんでしたが途中までなら案内できます」
ゴーストさんがそう言うのならば、こちらも野暮ったいことは言わずに彼女に任せようとシャノワールは思う。
シャノワール「わかりました。お任せします。ただ途中で無理だと感じたならば、迷わず引いてください」
ゴースト「承知しました」
さっそく大勢の暗殺者が迫ってきて、彼らはそれを仕留めていった。暗殺者の動きは単調だが、数が多い。ゴーストは敵の狙いを自らに惹いて舞うように旋回し、銃撃してまわった。今までになく見事な操作だった。ゴーストもちゃんと練習をしているのだ。足手まといにならないように。一旦、暗殺者がいなくなる。フィールドを奥に進む。
ゴースト「この先から狙撃手が大量に湧きます。私ひとりだけだとここでいつも撃退されます」
シャノワール「ではフォーメーションを変えましょう。敵に的を絞らせないように、分散して撃退しましょう」
ゴースト「はい」
案の定、遠くの建物の上に無数の狙撃手の影が見える。数は20体。激しい銃撃をかわしながら二人は距離を少しずつ詰めていく。狙撃手の銃撃は、リーチはあるものの速射はない。攻撃にリロードがあるのだ。敵を射程に入れるとシャノワールとゴーストは左右に動きながら狙いを定めて、一体、二体、三体、四体と次々に撃ち落としていった。
シャノワール「あと半分。いける」
ゴースト「ええ」
シャノワールは右手の建物の上にいる狙撃手を動きながら正確に排除していく。同様にゴーストは左手の建物の上にいる狙撃手をひとりずつ狙って撃った。狙撃手を一掃すると、街並みが六本木の中心地へと近づいていく。ここまでは順調だった。
シャノワール「いいペースですね」
ゴースト「でもここまで来たのは初めてなので、この先は私もわかりません」
シャノワール「いえ、先導役、大変助かりました」
ゴースト「恐縮です」
しばらく繁華街を進むと十字路に到達した。すると前方より何かが飛来した。
シャノワール「危ない」
シャノワールはゴーストを押して共に横っ飛びをする。すぐにさっきいた場所に爆発が起こった。手榴弾による爆撃だ。そのあと暗殺者たちが視界に姿を現す。
ゴースト「あ、ありがとうございました」
シャノワール「いえ、どうやらこれまでの相手とは勝手が違うようですね。気をつけましょう」
四方八方に爆炎が上がる。それを左右前後に避けながら二人は暗殺者を銃撃していった。
こちらが固まっていたらいい標的だな、とシャノワールは思った。敵を引きはがさないと。
ふいにシャノワールが前に出て囮となる。それを察知したゴーストは隠れていた暗殺者を丁寧に狙って撃っていった。より慎重に。爆撃をかわしながら。
暗殺者をひととおり退治すると彼らは小休止した。
シャノワール「よく僕が囮になったことに気づきましたね。グッジョブです」
ゴースト「シャノワールさんがこれまでも何度も囮になってくださっていたので、すぐにわかりました」
シャノワール「ともあれやっぱり今回は非常にペースがいいですね。こういうときは気も緩みがちです。今一度、気を引き締めていきましょう」
ゴースト「わかりました」
シャノワール「進みましょうか」
ゴースト「はい」
彼らは巨大なビルの真下に到着する。暗殺者の影はない。むしろ不気味なくらい静かだ。辺りを見回していると突然警告音が鳴り響き、画面が赤く明滅しだした。
シャノワール「ゴーストさん、一旦固まりましょう。僕の側へ」
ゴースト「は、はい」
画面中央には「WARNING」という文字が浮かび上がった。ボス戦だ。
シャノワール「準備はいいですね?」
ゴースト「いけます」
巨大なビルの屋上から異形の魔物が降ってきて激しい震動とともに彼らの前に着地する。その姿はやや上背のある体躯に、鳥の双頭を持った黒い悪魔だ。頭の上には「マモン」と名前が表示され、足もとには体力ゲージが表示される。
ゴースト「これまでのボスに比べてシンプルな見た目ですね。あまり強そうに見えませんが」
シャノワール「見た目に惑わされてはいけません。ちゃんと難易度は上がっているので」
マモンはその場でタップを踏むと電光石火の動きで飛びかかってきた。
シャノワール「ゴーストさん、僕の後ろへ」
ゴーストがシャノワールの後ろにまわると、マモンの攻撃はシャノワールの張ったシールドによって防がれた。
ゴースト「シャノワールさん、これって?」
シャノワール「新スキルの『イージスシールド』です。ただし、一日三回しか使えない上にシールドを張ると、効果が切れるまで身動きが取れません。だから僕がゴーストさんを守るので、代わりに攻撃をお願いします」
ゴーストはすかさずマモンに向けてリボルバーを速射した。相手の体力が目に見えて少し削れる。前回のベルフェゴールほど装甲は硬くはなさそうだ。動きを見ても敏捷タイプだろうか。
マモンがバックステップして立ち止まると、自らの影に吸い込まれるようにして地面に潜った。その姿が見えなくなる。
シャノワール「足下、影だけが動いています」
影はゴーストの後ろに回り込むと頭から姿を現した。ゴーストに向けて拳を振り上げる。すかさずシャノワールが前に出て、また「イージスシールド」で防いだ。そこでゴーストがマモンに銃を乱射する。マモンの体力ゲージは残り半分というところだ。短期決戦を勝ちきるには、もう少し勢いがほしい。イージスシールドも2回使ったので、あと1回。しかし、このまま順当に終わるとはシャノワールには思えなかった。
また同じようなことが繰り返され、シャノワールはイージスシールドを使い果たしたが、ゴーストはマモンの体力ゲージを4分の1にした。
シャノワール「ここからですね」
ゴースト「ええ」
マモンは地面に潜るとビルの前に姿を移動させ、飛び上がった。そして身体から大量の金貨をばらまいた。
シャノワールの頭上には「¥」マークが表示され、勝手に金貨を拾い集める。操作が効かないのだ。その隙を狙ってマモンが飛び込んできてシャノワールを右手で叩いた。シャノワールは吹っ飛び、一撃で体力ゲージが3分の2減少する。速さにばかり目がいっていたが、殺傷力が高い。シャノワールはそう思いながらも金貨に飛びついていた。もはやここまでか。
マモンが横から大量の銃撃を受ける。銃撃したのはゴーストだ。足もとに金貨が落ちているのに、状態異常を受けたようには見受けられない。凛としてリボルバーをかまえている。
そのまま銃を撃ち続けるとマモンが倒れ、呆気なく宙に霧散した。打ち倒したのだ。
シャノワール「ゴーストさん、助かりました。状態異常は?」
ゴースト「実は『状態異常無効化』のスキルを交換していたのです。状態異常には何度もひどい目にあったので、またこんなこともあろうかと思って」
シャノワール「なるほど。お手柄です」
ゴースト「いえいえ」
シャノワール「今度はスキルポイントが900も手に入りましたね」
ゴースト「そうですね。大事に使いたいですね。ところで話は変わりますが、今後〈ウロボロス〉と相対するにあたって、何か助言をいただけませんか?」
シャノワール「助言? そうだなあ」
シャノワールは天を見上げた。深い紺色の夜空に、無数の星がきらめいている。ふと、違和感を覚える。夜空の月が黒いモザイクに侵食されていた。
シャノワール「ゴーストさん、月、見てください」
ゴースト「月? なんですか、急に。ロマンティックなことを言いますね」
シャノワール「何か見えませんか?」
ゴースト「確かに、モザイク模様が見えます」
月の表面の黒いモザイクは徐々に広がりを見せていく。
ゴースト「なんでしょうか、あれは?」
ふとシャノワールは管理者Ⅹとの話を思い出す。
シャノワール「もしかすると、バグかもしれない」
ゴースト「バグ?」
シャノワール「とにかくナインス・シティーに戻りましょう」
ゴースト「はい」
しかし、そうこう言っている内に、モザイクは急速に辺りを包み、闇が辺りをすっぽりと覆うように彼らを呑み込んでしまった。二人は必至で呼び合う。
シャノワール「ゴーストさん」
ゴースト「シャノワールさん」
そして画面は暗転した。
しばらくすると黒い画面の中央にはピンク色の文字で「ただいま緊急メンテナンス中です。大変ご迷惑をおかけします」と表示された。
シャノワール「ゴーストさん、大活躍」
ゴースト(フンス)




