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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第5部 激突と処女懐胎
45/71

5【K】なんの犠牲も払わずに




 結果としてハンターたちは敵44体を殲滅し、「ドナルドエン」を完全に制圧した。〈システム〉側は死者0名、重傷者0名、軽症者5名。完全勝利と言いたいところだが、〈ウロボロス〉の最高幹部と長髪の殺し屋を逃したのは大きかった。長髪の殺し屋と対峙したバイパーは応戦するも、ハンター・ピジョンたちが同じフロアに援護に来たところ、隙をつかれて相手を取り逃がした。非常階段から廃旅館の外に飛び出して行ったのだ。そして肝心のKはというと、なんとほぼ無傷であった。ジャケットの左の内ポケットに入れていたブローニング・ハイパワーに〈ウロボロス〉の最高幹部の銃弾が命中し直撃をまぬがれたからである。お守りとして——とナキリナキは言った。その言葉どおり、まさにタリスマンの役目を果たしてくれたわけだ。


「皆、ご苦労やった」

〈システム〉に戻ると、管理者Ⅹはハンターたちに労いの言葉をかけた。皆、疲労困憊だったが、レオパードだけは妙にテンションが高かった。

「雑魚ばっかりで、張り合いがなかったぜ」

「静粛に」、それをハンター・シープが制する。シープは管理者Ⅹの助手のようなものなのだ。

「徹夜明けのテンションやな」と管理者Ⅹは茶化す。それから真顔になった。「それにしても皆よくやってくれた。今日はお疲れやろうから帰ってゆっくり寝るとええ」

「ちょっと待ってください」、Kがそれを引き留めた。「俺は〈ウロボロス〉の最高幹部と接触しました」

 会議場内がどよめく。

「ほんまかいな」、彼女は驚いた。「それで、仕留めたんか?」

「いえ、逃げられました。小型ヘリで」

「小型ヘリ? どこからそんなもん引っ張ってくるんや。その最高幹部というのはどんな奴やった?」

「暗くて見え辛いっていうのもあったんですが、中肉中背でとくに特徴のない男でした。あとスーツジャケットを着ていました」

「強かったか?」と管理者Ⅹは問うた。

「ええ、相手はかすり傷ひとつ負わないのに、こっちは左胸を撃たれましたから」とKが答えた。

「心臓撃たれたんかいな?」、彼女は瞬きして言った。「大丈夫か?」

「ええ、胸に予備の銃を入れていたんで、それに当たりました」

「銃が暴発せんでよかったな」

「まったく」

「まあ、大事なくてよかったわ」

「日頃の行いがいいので」、彼は真顔でそう言った。

「自分で言うか、それ?」、彼女は笑った。

 そのあと家に帰って少しベッドで仮眠した。まさに身体が沈み込むような眠りだった。淡い夢を見る。Kは髪の長い誰かと対峙し、殺しあっていた。

 目が覚めるとアウルが言った。

「銃の訓練をつけてください」

 彼らが〈システム〉の射撃場に行くと、すでにハンターたちで賑わっていた。昨夜の興奮が醒めないのだ。皆、懸命に訓練に取り組んでいる。その中には珍しくレオパードの姿もあった。レオパードの射撃を見ようと、その後方では人だかりができている。レオパードは2挺の拳銃をかまえるとターゲットの表示を縁取るように銃を連射して、正確に撃ち抜いた。そうして中央の枠から、外側の枠に向けてじゅんぐりに、綺麗にくりぬいていった。そのたび歓声が上がる。

 少しするとレオパードは飽きたように射撃をやめ、帰ろうとする。傍にいたバイパーが堪らず引き留めて教えを乞う。

「レオパードさん、どうやったら僕もそんなに銃の扱いに上手くなれますか?」

 レオパードはしばらく黙ったあと、おもむろに振り返って呟いた。

「勘だ」

「勘?」、虚を突かれバイパーは聞き返した。

 レオパードはそれ以上何も答えずに射撃場を後にした。

「あの人は天才なんだ」、Kが戸惑うバイパーに教え諭した。「アドバイスを求めても無駄だぞ。すべて感覚で処理していることだから」

「名選手が名監督になれるとは限らないみたいに?」

「そういうことだ」

「そうなんですね」、バイパーはしょんぼりした。

「でもお前も確実に強くなっている。自信を持っていいぞ」

「ほんとですか?」、その瞳に光が差す。

「ああ、ハンター内でも5本の指には入るだろう」

 それを聞いて、バイパーは気を取り直した。

「先輩、僕、訓練してきます」

「ああ、あまり無理するなよ」

「うっす」

 そのあとKはアウルに付きっ切りで銃の指導をした。


 夕食はアウルのリクエスト(昨日約束したので)により、ステーキを焼いた。分厚い上等なフィレ肉だ。岩塩とレモンで食べる。付け合わせにマッシュポテトとグリーンリーフのサラダも作った。

「Kさん、今朝の作戦で怪我をしたって聞きましたけど、大丈夫ですか?」とアウルが心配そうに尋ねた。

「いや、弾は当たったけれど、ポケットの中のピストルに命中したから、結果無傷だよ」とKは答えた。

「今日の午後2時頃、リン先生から家の電話に電話がかかってきて、早く傷を見せに来なさいって言付けをもらいました。なんかプリプリと怒った感じでしたよ?」

 Kは笑った。「それはおっかないな」

「でも、一応怪我がないか診てもらったほうがいいですよ?」

「ああ、そうするよ」


 Kは寝る前に〈システム・サクラメント〉にログインした。〈ウロボロス〉も重要だが、ゲームも進めておかなくてはいけない。DMを確認する。とくにメッセージは送られてきていなかった。

 フレンドであるゴーストのDMにメッセージを残す。


〈こんばんは、ゴーストさん。前回から高難度ミッションの攻略がまだでしたら一緒にやりませんか?〉


 そして〈システム・サクラメント〉をログアウトすると、Kはベッドにもぐりこんだ。


 翌朝、Kは診療所に行って、リン先生と対面した。顔を合わせたとき、リン先生はさも不満げにムスッとしていた。Kが銃撃を受けたことを黙っていたからだ。

「駄目じゃない」と彼女は言った。「ちゃんと医師に診てもらわないと」

 Kは言葉に窮した。「これくらいたいしたことないよ」

「自分で判断しない」、リン先生は両腰に手を当てた。「とりあえず撃たれた箇所を見せなさい」

 Kはしぶしぶシャツを脱いだ。がっしりとした体躯には、ぱっと見、異常は見受けられない。健康そのもののように。

「撃たれたのはどこ?」

「左胸」

 リン先生は左胸をじっくりと観察し、触診した。

「どう? 痛みはある?」

「いや、全然」

 診察を終えると、彼女は塗り薬を処方した。

「念のため、それつけといて。少しだけ腫れているから」

「ありがとう」とKは言った。

「それにしても左胸を撃たれるなんて、よく無事だったわね」

 Kは可笑しそうに言った。「ジャケットの内ポケットにピストルを入れていたから、丁度そこに当たったんだ。相手の射撃の精度の高さが、かえって裏目に出たね。もうちょっと銃弾がそれていたら、生きて戻ってこられなかったかもしれない」

「豪胆というか、冗談にしても笑えないわね」、リン先生はむっとした。「だからって死に急ぐもんじゃないわよ」

「でもなんの犠牲も払わずに、『何か』を手にすることはできない」

「だからって簡単に命を(なげう)っていいもんじゃないって言っているの」と彼女は言った。

「もちろん、易々と命を差し出すつもりはないよ」と彼は言った。

「ほんとかなあ」、彼女は訝しげな目をした。


 その帰り道、冷たい風が街に吹きすさんでいた。Kはコートのポケットに両手を突っ込みながら並木道をゆっくりと歩いた。今日はとくに予定はない。降って湧いた休暇だ。彼は帰りに食料品店でリンゴとキャベツを買う。千切りキャベツが食べたかったし、アウルに包丁を教えるいい機会だ。ひとりでも生きていけるように、アウルには色んなことを教えてやりたい。彼はきっと貪欲にそれを吸収するはずだろう。


 夜、アウルが寝静まるとKは〈システム・サクラメント〉にログインした。DMを確認するとゴーストから昨夜の返信が来ていた。


〈シャノワールさん、こんばんは。こちらも高難度ミッションをお供できたらと思います。ただちょっとシャノワールさんのお耳に入れておきたいことがございます。実は先日、私たちも「ウロボロス」の襲撃を受けました〉


 危惧していた事態が現実のものとなった。Kはその事実にしばらく呆然とした。




管理者Ⅹ「臭う……Kとリン先生がまた乳繰り合っとる」

シープ「仕事の手が止まっております、司令」

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