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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第4部 日常と非日常
38/71

8【Ⅼ】練習あるのみね




 シャノワールからのDMを見て、リリィとアイリスは戸惑った。あまりにも一方的な通知だ。〈ウロボロス〉という地下組織に狙われる可能性がある上に依頼もしばらく見送り。もっと対話する必要がある。

「パンジーの悪い予感が当たったわね」、アイリスがあごに手をかける。「〈ウロボロス〉――名前は知っているわ。壊滅したと思っていたのに、まだしぶとく生き残っていたのね」

「〈ウロボロス〉ってどういう組織なの?」とリリィが尋ねる。

「殺しから人身売買、臓器の販売までやる、ブラックな仕事の見本市みたいなところよ。正直あんまり関わり合いにならないほうがいいわね」

「そうなんだ」とリリィは相槌を打った。「依頼が滞るのはどうするの?」

「今あたしの口座には前回と前々回の報酬の1000万が丸々あるわ。そこに今回の2400万を合わせれば、総額3400万円になるわけ。しばらく仕事しなくてもやっていけるでしょ」

「確かに」

「問題は〈ウロボロス〉にあたしらが嗅ぎつけられていないかどうか」

「そこらへんはパンジーがしっかり警戒してくれていたと思う」

「そうね」、アイリスは小さく頷いた。

「ところでシャノワールさんにはなんて返事をすればいいのかしら?」

「〈ウロボロス〉の情報を少しでも多く聞き出して。場合によっては依頼も引き受けると」

「本気?」、リリィは驚いた。

「本気よ」、アイリスは微笑した。

 それからリリィはシャノワールのメールボックスにDMを残した。


〈シャノワールさん、少しお話できませんか? お聞きしたいことがあります〉


 しかしシャノワールはすでにログアウトしていた。するとアイリスは仕事が残っているからと言って自室に戻ってしまった。リリィはテーブルを片付け、シンクで洗い物をしてから、歯を磨き、ベッドに入った。そして眠りが訪れるまで、天井の疵を、ただ一心に眺め続けた。


 翌朝、アイリスの銀行口座には2400万円の振り込みがあった。アイリスは至極ご満悦の様子で子供たちと昼食を食べていた。リリィは箸でマカロニサラダをイチカに食べさせていた。

「どう? 美味しい?」

 イチカは顔をほころばせた。

「おいちい」、思わず抱きしめたくなる可愛さだ。

 向かいの席でコロッケを食べながらアイサが言った。「シスター・リリィ、顔色が悪いの。何かあったの?」

「そ、そんなことないよ」、必死に取り繕うも〈ウロボロス〉の話が頭をもたげているのも事実だ。だから話題を変えた。「アイサ、ピアノは楽しい?」

「うん」、アイサは元気よく首肯した。「もっと上手になってシスター・リリィみたいに曲とか弾けるようになりたいの」

「練習あるのみね」とリリィは言った。「メトロノームは役に立ってる?」

「役に立っているの。ミナとカホと代わりばんこだけど、みんな時間があればリズム感を鍛えているの」

「それはよかった」

 イチカはフォークでコロッケをまるごと刺して食べている。形が崩れて今にも落っことしそうだ。

「イチカ、フォークの持ち方は何回も教えたでしょ? あとミニトマトも食べなきゃ駄目よ」

「あい」

 そのとき電話のベルが鳴った。「はーい」と言いながらパンジーが固定電話の方へ小走りに歩いていく。しばらくするとパンジーが受話器を持って食堂の方に声を上げた。

「リリィ、サキシマ書店さんからよ」

 リリィは席を立って電話の方へ行く。そしてパンジーから受話器を受け取る。

「もしもし、変わりました」とリリィは言った。

「ああ、どうも」、サキシマ書店の店主は言った。「先日取り寄せた『バイエル』が入荷したよ。なるべく早く取りに来てね」

 リリィは礼を言い、電話を切った。

 彼女はアイリスに事情を説明してサキシマ書店に行ってくることを伝えた。

「ちょっと待って」、アイリスは苦言を呈した。「単独行動は控えて」


「わざわざ近所に本を買いに行くだけで、なんでツーマンセルなわけ?」とビオラが愚痴を吐いた。

「それは〈蛇〉が報復しに来るかもしれないからよ」とリリィは答えた。「だから周囲の警戒を怠らないでね」

「ターゲットは全員始末したんでしょう?」

「関係のない女の子たちは逃がしたわ」

「なんか急に帰りたくなってきた」

 リリィは紫色のパーカーに黒いスキニーパンツ、それと白いキャンバスシューズという恰好だった。ビオラは緑色のパーカーにジーンズ、それに青いバスケットボールシューズという恰好だ。お互いパーカーのポケットにはリボルバーを潜ませている。そうして彼女らはうらぶれた書店に入った。

 奥のカウンターでは相変わらず店主が退屈そうにしていた。

「取り寄せてもらった『バイエル』を買いに来ました」とリリィは言った。

「ああ、あれね——」

 書店の店主が背中を向いてからバイエルをカウンターに置く。

「在庫状況がいいのか、思ったより早く入荷したよ」

 リリィは適当に相槌を打ち、料金を支払った。その際、領収書も切ってもらった。


 修道院に帰ったら、リリィはさっそくカホにバイエルを渡した。

「あ、ありがと」、カホはぶっきらぼうにそう言ってバイエルを受け取った。

 ピアノの稽古のときにはカホは早々に自分のバイエルを持参してきた。すでに相当読み込んだらしく、ページには折り目がたくさんついている。付録の紙鍵盤も綺麗に切り取られていた。カホのピアノに対する熱量の高さをリリィは改めて感じさせられた。

 彼女らはピアノに並んで座り、リリィは伴奏をした。

「カホ、スラーをちゃんと意識して」とリリィは手を止めて注意する。「ここは音に切れ目なく滑らかに」

「わかったわ」、カホは頷く。

 リリィはカホの楽譜に意識するポイントを鉛筆で書きこんだ——印をつけるていどに。


 その夜、彼女はマグカップにココアを入れ、小鍋で温めた牛乳でココアをよく練り、さらに熱い牛乳でそれを溶いた。片付けをしたら、ホットココアを飲みながらテーブルにつき、〈システム・サクラメント〉にログインする。フレンド欄を見るとシャノワールはログインしている。そしてDMを確認すると、シャノワールから昨晩の返事が届いていた。


〈返事が遅れてしまい誠に申し訳ありません。聞きたいことというのはなんでしょうか?〉


ゴースト『こんばんは、シャノワールさん。〈ウロボロス〉のことを少しでも多く教えてください。場合によっては今後も依頼も引き受けますので』

 2分後。

シャノワール『〈ウロボロス〉は構成員300人を超えるとされる地下組織です。金のためならどんなに黒い仕事も引き受ける連中です。今後こちら側の依頼を引き受けるのは相応のリスクと覚悟が必要でしょう』

 5秒後。

ゴースト『どうやって私たちが始末したターゲットが〈ウロボロス〉の一員だと認識できたのですか?』

シャノワール『〈ウロボロス〉の構成員はもれなく首筋に〈ウロボロス〉のシンボルのタトゥーをしています。それがターゲット全員にありました』

ゴースト『そのシンボルとはどういったものなのですか?』

シャノワール『環になった蛇が自らの尾を噛んでいるというものです。〈ウロボロス〉にはその姿から終わりも始まりもない完全なものという意味が込められています』

 12秒後。

ゴースト『その柄のタトゥーが先日のターゲット全員の首筋にあったと?』

シャノワール『そういうことです』

 8秒後。

ゴースト『厄介事に巻き込んだとはどういう意味でしょうか?』

 5秒後。

シャノワール『実はうちの組織は〈ウロボロス〉と交戦状態にあります。こちら側にその意志はなかったのですが、狙われる羽目となりました』

ゴースト『そんな。大丈夫なんですか?』

シャノワール『幸い、うちの拠点まではばれてはいません。しかし100%安全とも言い難いでしょう。うちも〈ウロボロス〉の情報を集めているところです』

 10秒後。

ゴースト『何かうちでもお役に立てることがあるかもしれません。持ち帰って仲間と協議させていただきます』

シャノワール『いえ、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきません』

ゴースト『最初に言ったとおり、場合によっては依頼も引き受けます』

シャノワール『わかりました。先日のゴキブリ駆除の現場を拝見して思ったのですが、先方の仕事があまりに手際がよかったので大変驚きました。協力してもらえるのであれば心強いです』

ゴースト『いえいえ、いい返事ができることを願います』

シャノワール『ありがとう』


 そのあと簡単な挨拶をして彼女らは〈システム・サクラメント〉をログアウトした。リリィは流し台でマグカップを洗い、歯を磨いてベッドで寝た。また天井の疵を見上げる。いつからそこにあったのだろうと彼女は思って瞳を閉じた。


 翌朝、会議の議題では当然のごとく〈ウロボロス〉のことが持ち上がった。




リリィ「シャノワールさんの力になりたい(ふんす)」

アイリス「任務に私情を挟むんじゃない」

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