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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第4部 日常と非日常
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7【K】酒と火薬と錆びた鉄の臭い




 Kたちが新宿の元ライブハウスに足を踏み入れると、酒と火薬と錆びた鉄の臭いが辺りに充満していた。ライブ会場は改装され、中央に麻雀卓が置いてあり、足もとには麻雀牌と割れたウォッカの瓶、それから遺体が転がっている。遺体を確認すると、どれも急所を的確に撃ち抜かれていた。そして遺体の首筋には〈ウロボロス〉のタトゥーが彫られていた。

「不味いな」とKは呟いた。「依頼先を面倒事に巻き込んだかもしれん」

 奥の部屋からオルカが戻ってきた。

「こっちにも遺体があったよ。一体。正確に脳天を撃ち抜かれていた。やったのは相当の手練れのようだね。Kだったらこんな離れ業できる?」

「俺ひとりじゃまず無理だろうな」とKは言った。「相棒がいてもここまで手際よく始末はできない」

「Kでも無理となると匹敵するのはハンター・レオパードくらいかな?」

「あの人は癖が強いからな」とKは言った。「まず暗殺向きじゃない」

「そういえば、奥の遺体にも〈蛇〉のタトゥーがあったよ」

「やっぱりか」、Kは手のひらで額を押さえ溜息をついた。「嗅ぎつけられる前に、遺体を運んで撤収しよう」

「わかった」

 二台のジープの大きなトランクは死体でぎゅうぎゅう詰めになり、力任せに蓋を閉じると、それぞれに車に乗り込んだ。外はすっかり晴れ上がり、雲間から無数の星がきらめいていた。

 発車するとバイパーが尋ねた。「先輩、これからどうします?」

 アウルを乗せたジープが樹海の入口まで迎えに来てくれるのは、明日の朝なので、それまではどこか安全なところで待機していないといけない。

「そうだな」、Kは考える。「東京と山梨は危険だ。神奈川の北部に迂回して宿を探そう」


 彼らは相模原市のビジネスホテルにチェックインする。Kはバイパーと同じ部屋に泊まった。危険を伴うので単独行動は許されない。オルカとスクワロルの方も同部屋だ。

「先輩、ビール飲みません?」

 そう言われてみればKもリラックスしたい気分だった。どうも側頭部が重たく感じていけない。

「悪くない。一本だけならな」

「やった」

 彼らはホテルの廊下に設置されている自動販売機で缶ビールを買って部屋に戻った。そのあいだ注意を払ったが誰ともすれ違うこともなかった。〈ウロボロス〉の連中も我々が相模原に来ているとまでは想像していないようだ。そして二人は部屋のラウンジチェアにテーブルを挟んで座ると、缶ビールの栓を抜き、乾杯をした。


 翌日、何事もなく〈システム〉本部に戻ると、彼らはさっそく持ち帰った遺体を駐車場に並べて管理者Ⅹに見せた。やはり6体の遺体すべての首筋に蛇のタトゥーがある。

「間違いない」、管理者Ⅹは目を細めた。「どれも〈ウロボロス〉のタトゥーや」

「依頼先を巻き込んだかもしれません。きちんと事情を説明した方がいいかと思います」とKは言った。

「そうやな。相手が望まん限り、当分のあいだ依頼も控えた方がええな。その役はKに頼むわ」

「わかりました」

「ところで遺体はどうやって処理するんですか?」とバイパーが尋ねる。

「それには適任の場所がある」と管理者Ⅹが答えた。「うちも同行するからKとオルカはちょっと付き合え」

「承知しました」、Kとオルカは敬礼した。

 遺体を布にくるみ再びジープのトランクに詰めると、Kは助手席に管理者Ⅹを乗せてアクセルを踏んだ。前方にはオルカの運転するジープが走っている。途中でアウルがオルカのジープに乗り込んだ。そのまま樹海を突き進む。

「司令、また司令の妹さんに会いましたよ」とKはハンドルを握りながら言った。

「そうか、元気しとったか?」と管理者Ⅹは尋ねた。

「ええ、見たところ元気そうでした」

「妹にはあまり迷惑かけたないな」

「そうですね」、Kは深く頷いた。「ところで妹さんから拳銃をいただきました。ブローニング・ハイパワーです」、Kは左のポケットからブローニング・ハイパワーを取り出して見せた。

 管理者Ⅹは目を丸くした。「驚いた。あの子の宝物やんか」

「ずっと持っていてほしいとのことです」

「そうか。相当気に入られたな」

「そうでしょうか?」

「そうや」と管理者Ⅹは断言した。「この女たらしめ」、彼女は冷ややかに微笑した。

 40分ほどして到着した先はグールたちの住処の洞穴だった。皆ジープから降りると、グールたちが集まってきてKたちを取り囲んだが、アウルの姿に気がつくと彼らは警戒を解いた。アウルはたまにグールたちの住処に姿を見せに行っていたのだ。樹海を散策する許可は管理者Ⅹが出していた――それもこれも樹海の変化に適応するために。

「シオンだ、シオンだ」

「ヨクカエッテキタ」

「皆さん、お久しぶりです」、アウルは礼儀正しく礼をした。

「ホカノヤツラモシッテル」

「アア、マエニキタコトアル」

「さっそくやけどカイチョーんとこに案内してくれへんか?」と管理者Ⅹは言った。「あんたらが喜ぶ土産もある」

 以前面会したときと同じくカイチョーは洞穴の一番奥で、黄色い背広を着て、赤い絨毯の上に正座していた。管理者ⅩとKとオルカ、そしてアウルはその正面に立った。Kとオルカは念のためいつでもピストルを抜ける体勢を取って気を張っていた。それとは裏腹にグールたちのあいだでは緊張した様子はなかった。

「爺さん、また新鮮な肉持って来たで」、管理者Ⅹは開口一番そう言った。

「おお、うむ、いつぞやのお嬢ちゃんか」とカイチョーは言った。「ああ、悪いねえ。ありがたくいただくよ」

「6体ある。余さず処理してほしい」

「ああ、もちろん。皆、うん、台風で狩りすらできず、うむ、腹を空かせておる」

「少しでも痕跡残したら承知せえへんで」

「うむ、相変わらず強い眼じゃ。ああ、約束しよう」とカイチョーは管理者Ⅹを見上げて言った。「ええ、時にシオンは、うん、よく面倒を見てもらっておるようじゃの」

「面倒を見てるんはこいつや」と管理者ⅩはKを親指で指差した。

「おお、いつぞやの若者か」とカイチョーは嬉しそうに言った。「お前さんにも、うむ、世話になったね。ああ、シオンのこと、これからも、うむ、よろしくお願いするよ」

「いえ、挨拶が遅れました」とKは言ってアウルの頭に手を置いた。「この子はとても利発で、樹海にも精通していて我々としても大いに助かっています」

「うむ、お前さん、さらに面構えがよくなったねえ」

「とんでもないです」、Kは謙遜した。

 話がつくとKとオルカは協力してジープのトランクから遺体を下ろした。グールたちは歓喜する。

「ニクダ」

「ニクダ」

「ヒサビサのニクダ」

 グールたちは遺体に群がった。今にも噛りつきそうな勢いだ。

「フトッタノ、イル」

「ウマソウだ」

「いえにハコブゾ」、前回派手なディスコシャツを着ていたサブロウというグールが皆を一喝した。どうやら皆のまとめ役らしい。今回はピンクのスカジャンを着ている。

 Kはオルカの落ち着き払った様子を見て尋ねた。「オルカ、手慣れているな」

「前にも何度か司令の指示でやらされたからね」

「なるほど」、Kは頷いた。「こういうことはよくあるのか?」

「以前なら遺体は街に埋葬していたんだけれど、もう埋めるスペースも少ないからね。だから大量の遺体が出たときはグールに処理してもらってる。証拠も残らないからね」

「そうだったのか」

「まあ、持ちつ持たれつの関係だよ」とオルカは言った。「グールは遺体をほしがる。うちは遺体を処分してもらう。利害が一致しているだろう?」

「そうだな」


 その夜、Kはゲーミングパソコンの電源を入れた。起動するまでの時間に爪切りで爪を切る。それから〈システム・サクラメント〉にログインした。メッセージボックスを見るとゴーストから〈ゴキブリ駆除、完了しました〉とDMが届いている。Kはさっそくメッセージを返した。


〈ご依頼の件、確認を終えました。ターゲットをすみやかに「あちら側」に送っていただき、ありがとうございます。

 ただ憂慮すべき点がありまして、始末していただいたターゲットは全員「ウロボロス」という地下組織の一員だと判明しました。今後報復があるかもしれません。くれぐれも気をつけてください。

 厄介事に巻き込んでしまって申し訳ありません。ひいては、しばらくのあいだ、いったん依頼はストップした方がいいかと存じます。

 それと今回の謝礼につきましては、迷惑料込みで倍額の2400万円、明日の朝に指定の口座にお振り込みします〉


 DMを送信するとKはゲーミングパソコンをシャットダウンしてベッドに横になった。昨日から色んなことに気を張っていたせいか、妙に頭が冴えていて寝つきが悪かった。だから眠りが訪れるまで、ただ虫の音を聞いていた。




バイパー「もっろ吞みまひょうよお、せんぱあい」

K(こいつ……缶ビール一本で酔ったのかよ)

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