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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第4部 日常と非日常
34/71

4【Ⅼ】必ず雨は降るのだ




 リリィは自室にて〈システム・サクラメント〉にログインして、シャノワールとDMのやり取りをしていた。


シャノワール『その暗殺の依頼をしてきた人はなんていう名前だったのですか?』

 4秒後。

ゴースト『確か〈ツクヨミ〉というプレイヤー名でした』

 8秒後。

シャノワール『ツクヨミ――心当たりがないですね』

ゴースト『念のため、合言葉を変更したらどうでしょうか?』

シャノワール『そうですね。それがいいと思います』

ゴースト『何かアイデアはありますか?』

 10秒後。

シャノワール『今のところ特にはないですね。お互いに考えておきましょう』

ゴースト『わかりました。ところで今回はゴキブリ駆除の依頼で連絡してきたのですよね?』

シャノワール『そのとおりです』

ゴースト『どのような依頼内容なのでしょうか?』

 8秒後。

シャノワール『ターゲットの名前はクズノヒトシといいます。罪は少女売春の斡旋。犯行グループの元締めの男です。

 少女に男性と一緒にご飯を食べるだけでお金がたくさんもらえると誘い込んで、実際は無理やり身を売らせています。その毒牙にかかった者の数は二桁では収まりません。

 ただ今回はこれまでよりかなり危うい仕事となります。

 ターゲットはいつも拠点に留まり、取り巻きと共に行動するように心掛けています。寝るときさえ。必要があれば取り巻きも始末してもらってかまいません。

 だから今回はキャリーケースの必要もありません。追って我々が遺体を回収しに行きます。

 報酬は1200万円となります。

 引き受けてくださいますか?』


 リリィは返答に迷った。今までになく危険な任務だ。アイリスの許可を取った方がいい。


ゴースト『検討しますので、一日時間をいただけないでしょうか?』

 3秒後。

シャノワール『もちろん。よくよく考えてみてください』


 そのあと挨拶をし、リリィは〈システム・サクラメント〉をログアウトした。一応すぐにアイリスの部屋を訪ねたが、彼女はウサギの抱き枕にしがみつきながら、ベッドでぐっすりと眠っていた。


 翌日、午前中の会議ではシャノワールからの暗殺の依頼の件が議題となった。シスターたちは円卓を囲いながら難しい顔をしている。今回のゴキブリ駆除の依頼は前回までの依頼とは難易度が違うのだ。いつものことではあるけれど、今まで以上に安全は保障できない。

「いいんじゃない」とアイリスは頬杖をついて言った。「シャノワールさんは信頼のおける方なんでしょ?」

「うん」、リリィは頷いた。

「ちょっと待ってよ」、ビオラがテーブルを叩いて身を乗り出した。「敵が何人いるかもわからないのよ? 危険すぎるわ」

「そんくらい危ない橋はこれまでにも何度も渡ってきたでしょ?」

「でも私もなんだか嫌な予感がします」とパンジーが両手を組んで言った。「全員が五体満足に帰れるとは思えません」

 アイリスは考えた。「わかった。じゃあこの依頼はあたしとリリィで引き受ける。ビオラは留守番を、パンジーは運転手をお願い」

「ちょっと待ってよ。もしアイリスが死んだらあたしたちはどうすればいいわけ?」とビオラが懇願するように言う。

「心配無用よ。あたしを誰だと思ってんのよ?」、アイリスは唇の端を釣り上げた。

「最強の殺し屋、タナトス」とビオラが言った。

「だからその可愛くない異名やめてくれる?」

 緊張がほぐれ、一同が笑った。

「ま、ちゃちゃっと片付けて見せるわ。異議はある?」とアイリスは皆に問うた。

 修道院を運営し、抜群に腕の立つアイリスがそこまで言うのだ。それに彼女なら本当に簡単に片づけてくれるだろうという期待感があった。皆しばらく黙り込み、目を合わせてから頷いた。

「異議なし」


 昼食を終えると、リリィとパンジーは大部屋の椅子に並んで座り、子供たちのお昼寝を見守っていた。またいつうなされるかわからないので、二人とも微妙に気を張っている。そんな中、パンジーは子供たちの寝顔をうっとりと見つめていた。

「可愛い寝顔」とパンジーは言った。

「うん」、リリィが頷いた。「この寝顔を私たちが守ってあげなくちゃね」

 パンジーはあごに手をかけて思慮深げに言う。「今回の任務、かなり危険なように思うわ」

「任務はいつだって危険よ」

「そうだけど」とパンジーが言う。「でも、なんていうの――今回の依頼、なんだか嫌な感じがする」

「嫌な感じ?」とリリィは聞き返す。

「よくわからないけれど、不吉な予感がするわ」

 第六感とでもいえばいいのか、パンジーは昔から不思議な直感を持ち合わせている。晴天の日でも彼女が「雨が降る」と言えば必ず雨は降るのだ。まるでまじない師みたいに。だからパンジーの言葉をリリィは少なからず危惧した。

「任務で誰かが死ぬってこと?」とリリィは尋ねた。

「よくわからない」、パンジーが小さく首を振った。そして胸をⅩ字に抱いた。「ただただ獰猛な蛇に睨まれているような、そんな寒気がする」

「大丈夫よ。だってアイリスがいるんだし」

「そうだけど――」、パンジーはそれ以上何も言わなかった。


 その晩、リリィは〈システム・サクラメント〉にログインした。シャノワールはログインしてなかったが、さっそく返事をする。


〈こんばんは、シャノワールさん。検討した結果、依頼を引き受けることにしました。返事をお待ちしています〉


 リリィは返信を待ちながら毛糸と棒針を用意して手袋を編んでいく。今で7双完成している。時間のかかる作業だが、彼女はそれを全然苦にしなかった。地道な作業は気持ちを落ち着けてくれるからだ。むしろ一種「無」になれる時間を彼女は欲していた。その合間に温かいカモミールティーを飲んだ。鼻に抜ける香りが心地いい。そういえばシャノワールさんって23歳だったんだ。私は22歳だからひとつ年上だなあ。家畜の世話って具体的に一体どういう仕事なんだろう。恋人はいるのかしら。そんなことを考えながら編み物を編んでいるうちに時間はどんどん過ぎ去っていき、リリィは洗い物をしてシャワーを浴びに行った。パジャマに着替えて部屋に戻るとシャノワールからの返信があった。


シャノワール『こんばんは、ゴーストさん。依頼を引き受けてくださりありがとうございます』

ゴースト『いえ、とんでもないです』

シャノワール『こちらも支度があるので、決行は明日の夜8時から9時でお願いしたいのですがよろしいでしょうか?』

ゴースト『大丈夫です。その時間にターゲットは拠点にいるのですよね?』

シャノワール『はい、ターゲットは常に拠点にいて、そこから出てきません。ちなみに根城は元々閉店した地下のライブハウスです。中は防音なので銃声も問題ありません』

ゴースト『そうなんですね。わかりました』

シャノワール『後で詳細な情報を送りますね』

ゴースト『ありがとうございます』

シャノワール『それと合言葉なのですが〈星が降り注ぎ大地を揺るがしました。そちらはいかがですか?〉でどうでしょうか?』

ゴースト『いいですね。それでしたらこちらは〈こちらはほうき星が空に舞い上がりたちどころに朝が来ることでしょう〉にします』

シャノワール『ロマンティックですね』

ゴースト『お互い様ですよ』


 リリィは笑った。


シャノワール『とにかく今度は本当に危険な任務になります。こちらの調査ではクズノヒトシがどれだけ多くの数の取り巻きと根城にいるのかがわかりません。故にくれぐれもお気をつけください』

ゴースト『お気遣い感謝です』

シャノワール『ご武運を祈ります』

ゴースト『ありがとうございます』

シャノワール『では夜更けなので落ちますね』

ゴースト『はい、おやすみなさい』

シャノワール『おやすみなさい』


 お互い〈システム・サクラメント〉をログアウトし、リリィは歯を磨いてベッドにもぐりこんだ。虫の音が聴こえる。彼女はそれを無視した。




パンジー「とても嫌な予感がします……今すぐ私にプリン3個を……」

リリィ(謎のおねだりきた)

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